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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
190/226

4-7


「初めまして。おれは『勇者の亡霊』と名乗る者です。歴代の勇者たち(・・・・・・・)の記憶を持つ(・・・・・・)、――――精霊だよ(・・・・)



「精霊って……」

 魔法師が魔法を使うときに使役する不可視の存在のはず。


「……下手くそな嘘つかないで欲しいん。精霊は見えないし、魔法師にしか感知出来ないはずだけど?」

「断言出来るのは何故かな? 今までそうだったから? そう錯覚してるとは思わないのかな?」

「屁理屈で遊ぶつもりはないん」

「屁理屈か。いいよ、それでも。君たちはまだ子供で、何も知らない。でも、そうも言ってられない」


 再び噛みつこうとするリュウレイを制し、「何が言いたいの」とティフィアは問う。


「君はもう理解しただろう? 無知がどれほど愚かなことか。ましてや君たちは物事の渦中にいる。呑み込まれたが最後、抜け出せたときには全てを失っていてもおかしくはない」

「……遠回しに言われたって僕は分からないよ。ハッキリ言って欲しい」

 目の前のリウルに似た、この何者かを信用するつもりはない。

 歴代の勇者の記憶を持つ亡霊だとか、精霊だとか、明らかに胡散臭いからだ。


「単刀直入に? いいよ、教えてあげよう。――この戦争は始めから最後まで、シナリオ通りに動いてる」

 ハッと息を呑む。

 脳裏に過ぎるのは、サハディ帝国とウェイバード国の出来事だ。


「教会……?」

「さすがに枢機卿員の一人と戦っただけあって、少しは知ってるみたいだね」

「枢機卿?――何かあったん?」

 ウェイバード国とマレディオーヌのことを知らないリュウレイにどう説明したものかと考える。

「色々あって……その、教会に反発しちゃって……」

 更に言えばミファンダムス帝国から戻ったら、そのマレディオーヌとの再戦が待っているのだが。さすがにそれは言えなかった。


 リュウレイは大きく溜め息を吐き「次に会ったとき、全部説明してもらうから」と不満そうに口を尖らせた。……うぅ、ごめんなさい。

「話を戻すけど、ティフィアが言った通りだよ。正確にはミファンダムス帝国を管轄とする“枢機卿員第5位席”の、だけどね? リウが暴走することも、ティフィアがここに来ることも、魔王が能力を使うことも、全部彼女の筋書き通りなんだ」


 そして、と亡霊は続ける。

「リウ、君が死なないための選択肢はこの場において一つしかない」

 右手の人差し指を立て、それをそのままリュウレイへ指差す。



「『勇者』になるしかないんだ」



 ――ああ、やっぱりな。とリュウレイは冷めた心で思った。


 結局そうなんだ。

 どう足掻いても、どう抗おうとも、どうせこうなる。

 自分の人生を生きることなんて出来ない。兄の代わりでしかないのだ。親も、周囲の人たちも、世界も、『リュウレイ』という人物を望んでいないのだ。


 仕方ないのだ、もうこれは。

 これが『リュウレイ』の運命なのだ。


「―――リュウレイ」

 ティフィアが振り返り、リュウレイの右手を握る。

 少し痛いくらい、強く。

「お、嬢……?」

「信じて」

「でも、」

「ここはリュウレイの心の中なんだ。だから――リュウレイがリュウレイ自身を信じなきゃ、奇跡だって起こらないよ」


 奇跡。

 思わず鼻で笑った。


 奇跡。奇跡、だって? そんな気休めにもならない幻想、起こるはずがない。

 馬鹿げてる。本気で言ってるなら、やっぱりお嬢の頭の中はお花畑だ。


「ククッ、奇跡なんて起こらないさ! そんなものがこの世界にあるわけないだろう? 理想論で現実逃避したところで、現実は変わらない。ティフィア、君は旅をしてもそれすら理解できなかったのかい?」

「旅をしたからこそ、だよ。知らなかったこともたくさんあった。嫌なことも、ツラいことも、いっぱいあったよ。……今だってそう。うまくいかないことばっかりで、……泣きそうだよ。どうしてこんなに傷つけ合うんだろうって。どうしてみんな分かり合えないんだろうって。………分かんないよ。僕は馬鹿だから、分かんない……っ」


 馬鹿にしたような亡霊の言葉に、ティフィアはけして否定しない。

 無知で愚かであることを、悔しく思う。もっと出来ることはあったんじゃないかって。後悔ばかりで、過去に戻れるならやり直したいことばかりが思いつく。

 それでも、ティフィアはまっすぐ前を向く。


「僕を信じてくれる人がいるから、僕は僕を信じる。――“理想”は“虚像”じゃない!“願い”だ!そして“願い”は“希望”なんだ!」

 それがどんな願いであろうと、希望を抱くから、人は立ち上がり、前を向ける。

 それは人の持つ原動力(ちから)だ。


「希望?――違うね。“願い”は“呪い”だよ。ほら、君ももう知ってるだろう? 魔族は人間の強い“想い”から生まれるってこと。魔族の大半は人間を憎んでるんだ。それが答えだよ」

 希望なんてモノはない。

 信じても無駄。

 願いは、呪い。


 亡霊の言葉の方がリュウレイには納得出来てしまう。


「―――リウ、」

『勇者の亡霊』が呼ぶ。


「君の中にある『人工証』を完全なる『勇者の証』にしてあげる。そうすれば君は死なない。君は死にたくないんだろう? ほら、望み通りだ。簡単だろう?」

 死なない代わりに『勇者』になれ、と。

 リュウレイとして死ぬか、勇者リウルとして生きるか。

 選ぶまでもない。


「こっちにおいで。さぁ――。オレが救ってあげるよ」

 亡霊が手を差し伸べる。

 父との、ジェシカたち人工勇者たちとの約束があるから。だから生きなきゃいけない。

 ティフィアに握られた手を振りほどいて、亡霊の元へ。


「リュウレイ!」

 足元の骸たちが再びティフィアの体を雁字搦めにし、動けなくする。


「っ、また仕方ないって諦めるの!? 諦めたまま生きるの!? それが本当にリュウレイの願いなの!?」

「…………」

「リュウレイの両親の想いは……っ、ジェシカお義姉(ねえ)ちゃんたちが託したことは……っ、リュウレイを苦しめるための願いだったの!?」

「………………もう、疲れた」

「!」


「希望を抱いても、結局突き落とされるん。……自由に生きられたら本当に良かった。もし生まれ変われたら、次は普通に生きたいな。普通の家庭に生まれて、両親に愛されて、甘やかされて育って、将来に悩んで、……ははっ、…………全ッ然想像出来ないや」

「リュウレイ……!」


「泣かないでよ、お嬢。お嬢も諦めて良いん、オレのこと。オレも――もう、諦めてるから」

 亡霊の手とリュウレイの手が重なる。

 刹那、二人の頭上に何かが浮かび上がる。

 (そら)に浮かぶ大輪のごとき魔術紋陣。しかし、それだけではない。

 それ(・・)は『勇者の証』に繋がるように、見たこともないような術式が付与している。


「な、に……?」

 足元からぞわぞわと這い上がってくるような悪寒。頭の中で何かが警鐘を鳴らす。

 駄目だ。

 あれは駄目だ(・・・・・・)


 紅い、血のような。


『勇者の証』と隣り合うように、他にも2つの魔術紋陣が描かれていく。

一つは片翼に月、もう一つはプリアムという花の大輪を象ったもの。

 見たこともない、知らないはずの術式。


 禍々しい色と光を放ち、その術式をリュウレイが見たとき理解してしまった。



 これが、『勇者の証』の――本当の“()”なのだと。



「……こ、んなん…………じゃあ、歴代の勇者たちは、」

 理解し、察して、気付いてしまう。

 思わず足元に転がる骸を見下ろす。

 ―――以前、紅い大蜘蛛針(ロートレチリック)の“式解析”をしたリュウレイだけにしか理解出来ないだろう。

『勇者の証』。


 その、本来の実体(・・・・・)は――――。


 そのときだ。

 上から急速に近づいてくる“気配”から逃れるべく亡霊は後ろへ下がる。

 彼がいた足元の骸を何体も貫いたそれは――純白の糸だ。


「……魔王の能力か。だけど所詮、その程度」

 更に降り注いでくる糸を、右手を黒い鎌に変えて振り払う。

 一方ティフィアは骸からの拘束をねじ伏せ、亡霊が離れた隙にとリュウレイを自分の元へと引き込んだ。


「お嬢、しつこい……! もう、いいん! もう疲れた、から……だから!」

「――諦めるってことは、心を殺すってことなんだよ!?」

「っ」

「心が死んだら痛くないかもしれない。でもずっと、傷つけて……膿んで、きっとリウルさんみたいに病んじゃうよ……。嫌だよ、そんなの。僕は嫌だよ!」

「オレだって、嫌だよ……っ。嫌に決まってるん! だけど諦めるしか――」


 ティフィアから離れようと藻掻くリュウレイは、ちょうど彼女の肩越しから亡霊が近づいてくるのが見えた。

「リュウレイ、僕たちは生きてるよ。まだ、今を、生きてるんだ」

「お、お嬢! 離れて! もういいから! 本当に、オレは大丈夫だから!」

 一切の感情を削ぎ落としたような、否、自称精霊というのが本当なら、もう人間の真似をすることを止めたということだろう。亡霊は近づき、右手の黒い鎌を構えた。


「お嬢!」

「リュウレイ―――君は、どうしたいの?」


「――――、」


 それはいつもリュウレイがティフィアへ問う言葉だった。

 どうしたい? そんなの、ずっと言ってるのに。

 質問の意図が分からない。


 そうしてリュウレイが困惑してる間に、


 鎌は振り下ろされた。


***






 顔が黒く塗りつぶされた誰かが言った。

「嘘つき」


 だからそれを否定するべく、オレも答える。

そうだよ(、、、、)


「嘘つき」

「そうだよ」

「……ずっとそうするつもり?」

「そうだよ」

「天邪鬼は嫌われるよ」

「そんなことない」


「……馬鹿」

「天才」

「阿呆」

「賢い」

「…………」

「…………」


「兄さんの代わりになんて、最初からなれっこなかったん」

「そんなことない」

「オレ、死にたくない」

「……」

「どうすれば良かったん……?」

「どうしたい?」

「……え?」

「君自身は――どうしたい?」

「それは……」


「嘘を吐き続けることと、約束を守ろうとすること。どっちがいい?」

「………………そ、んなの」

「選ぶのは自分だ。そして、選択肢をつくるのも、また自分。いつだって、そうだったはずだ」

「だけど」

「お前は、――旅をした」

「!」

「旅で何を見てきた? 何を学んだ?」

「オレは…………」


 旅なんて楽勝だと思っていた。

 だけどそこら中に魔物はいるし、野宿するにも準備が必要だし。それはいつもニアがやってくれていたけれど。

 カムレネアでは初めて敗北を味わって、魔術には自信があったのに、実戦はそんな簡単っじゃないと分かった。

 そのあとも何度も戦った。魔物とも、人とも、兵器とも。そのたびに思い知った無力感も、悔しさもあった。


 その中で、いろんな人たちと出会った。お兄さん、王族の人、マナカたち、村人や教会の人たち、魔族。

 分からないこともツラいことも多かったけど、それでも彼らとの出会いは……彼らの言葉は――リュウレイの世界を広げた。


「――――――ほら、大丈夫」

 黒く塗りつぶされた誰かが、優しげにリュウレイの頭を撫でる。

 誰か、なんて。本当は分かっていた。


 分かっていたのに、気付かないふりして。見えないふりして。自分自身に嘘を吐いていた。

 ――白衣を着た、ポニーテールの女性は一人しか知らないくせに。


「ジェ、シカ……っ!」

 名前を言った瞬間、黒かった顔は一気に晴れて見慣れた相貌が現れた。

「馬鹿なやつだ。私の言ったこと忘れたのか?」

「忘れるはず、ないじゃん」

 声が震える。彼女はティフィアと同じように、何度突き放しても傍にいてくれた人だ。

 ティフィアほど強引ではないものの、静かにいつも見守ってくれていた。

「私たちの生きた証を刻みつけて欲しい―――それは『勇者』じゃないと出来ないことか?」


「でも、」

「リウ、君は魔術師だ。もっと合理的に考えると良い」

 言われるまでもない。合理的に考えて、それでも……

 そのときだ。


 ――――――ぶわぁっ、と。


 リュウレイとジェシカを囲むように、たくさんの光の欠片が浮かび上がる。

「私たちがいる。人工勇者のみんなが、お前に託した“想い”が――」

 光がリュウレイの中へと入り込んでいく。


 (まばゆ)い光の奔流。

 だけど不思議と嫌悪も、痛みもない。

 むしろ温かくて、優しい………。


「な、んで……オレは、みんなと関わろうとしなかったのに! なんで、こんな!」

 光がリュウレイに力を与えてくれる。

 傷つき欠けてしまった心に寄り添い、満たしてくれる。

 涙が溢れて仕方ない。

 ティフィアのように泣き虫じゃないのに、それでも止まらない。


「みんな気にかけていたからな。―――生きられなかった私たちの代わりに、生きてくれ、リウ。いや、リュウレイ、だったか?」

「~~~~っ、オレ、は!」

「リュウレイ。生きて、私たちよりも生きて、大人になれ。お前が本当に天才魔術師なら、その名前を世界に轟かせることだって出来るだろ? その証が、私たちに命の意味を与えてくれるなら――それでいい」

「っぅ~~~~! ジェシカ! オレは……オレは……っ」


「生きろ、リュウレイ。お前の道を進め―――っ!」


 光がリュウレイを包み込む。





***


 ――ガギッと振り下ろしたはずの右手の鎌が弾かれる!

 ティフィアを殺そうとしたそれが、見えない壁に阻まれたのだ。

 結界だと亡霊が認識するのと同時に、鎌鼬が襲いかかり後退する。


「お嬢はなんでそう……無茶ばっかするん!」

 強い力で突き飛ばされ尻餅をつくティフィアを、うざったそうに眉を顰めて見下ろすリュウレイ。

「……リュウ、レイ?」

「なんなん、その顔。捨てられた子犬みたいな……。――そうやって無茶されると、守る側としては大変なん。魔術は無制限に使えるわけじゃないんだからさぁ!」


 ぱちくりと大きな黒曜石の瞳が瞬きをする。まだ状況を理解できていないのだろう。

 だから、彼女に手を差し出す。


「……オレはお嬢を信じることにするん」


 更に大きく見開かれた瞳に、今更羞恥心が込み上げて咄嗟に顔を背けた。しかしその耳は赤い。

「リュウレイ……っ! 良かった……良かったぁ……っ」

 リュウレイの気持ちが変わったことを、ようやく察したティフィアは少年の手を借りて立ち上がると、感極まってボタボタと涙をこぼす。


「や、止めてよ……まだ全部解決したわけじゃないんだから」

「――いいや、解決したよ。すべて。おめでとう」

 パチパチと拍手する亡霊へ、二人は警戒しつつ目を向ける。


「リウ、君はまだ実感していないみたいだけど、傷ついた魂は死者の魂の欠片たちによって、傷を埋められた。君は死なない。過去の傷はキレイさっぱり消えたんだ。おめでとう、良かったね」

「……そんな言葉信じられるわけないじゃん」

「証拠ならある。君が召喚した『魔術生体』からの魔力供給がなくなってるはずだからね」

 言われて気付いたのか、リュウレイは言葉を詰まらせた。


「無意識に生命維持のために魔力を周囲から集めていたのがなくなっていた。つまりそういうことだよ。本能はすでに察している。命の危機はなくなった、と」

「――じゃあ、リュウレイは『勇者』になる必要もなくなったってこと?」

「そうだね」

 本当に、全部解決したのか。

 ティフィアは小さく息を吐くと、一気に脱力した。


「『勇者の証』も、じきに魔王の手によって壊される。そして――――そして、新たな『勇者』が生まれる」

「…………………………え?」

 何を言ったのか、頭が理解するのを拒む。


「言ったはずだよ、戦争も、この暴走も、君の動向すらも、すべて枢機卿員第5位席のシナリオ通りだって。そしてこの結末すらも。おれはただ、君を、観に来た。おれにとっての“天敵”になるかもしれないと思ったから。だけど君は相変わらず、不安定で、不完全で、曖昧で、歪だ。おれの“敵”にすらならない。そしてそれは、きっと教会も同じ考えだと思ってる」


「ど、ういう意味……?」

「そうだね、教えてあげるよティフィア。君がリウの精神に(・・・・・・・・)干渉した時点で(・・・・・・・)君はもう死んだも(・・・・・・・・)同然なんだよ(・・・・・・)

 じわり、と嫌な汗が滲む。


 どうしてだろうか、亡霊の言葉が嘘だと思えないのは。


「君の能力……いや、体質、と呼ぶべきだろうな。その体質はあくまで一方通行なんだよ。君がリウの魂に入り込む。でも君の魂は、ちゃんと帰り道が分かるかい? 自分の体に戻れるのかい?」

 リュウレイが心配そうにティフィアへ視線を送るが、それに気付かないほど動揺していた。


 亡霊は嗤う。


「馬鹿だなぁ、君は。あんなにアルニが忠告してたはずなのに」



***

長くなってすみません……

そろそろサブタイトルの意味が分かります(遅

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