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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
187/226

4-4

グロ注意!


***


 紅く染まった世界。屍の大地。

そしてその中心にいる、顔が黒く塗りつぶされた少年。


「こんな場所に来て、どうしたん?」

 不思議そうに首を傾げる少年――リュウレイに、ティフィアは下唇を噛んだ。


「リュウレイ…………」

「何、その顔。怖いものでも見たん?」

 それとも、と少年は続ける。

「――オレのことが怖い?」


「ちがう……っ。違うよ、リュウレイ! なんで――」

 ここがグアラダのときと同じようにリュウレイの心の中(・・・)だとすれば。

 これほど“血”と“死”が広がる狂気な世界に、ずっと……ずっと、リュウレイは。


「『なんで』?――それはオレの台詞だよ、お嬢。どうしてオレの邪魔すんの? 魔王を殺せるチャンスだったのに」

「違うんだよ! 魔王は倒せない! それに、」

「理論上では可能だったんだよ。お嬢が邪魔しなければ、オレが、オレたちが倒せた」

「駄目なんだ! もし魔王を倒せたとしても問題を先送りにするだけで、」

「うるさいなぁ。……何も知らないくせに。何も分からないくせに。――この痛みも、恐怖も、何も知らないくせに……っ! いっつも誰かに助けられて、守られてきたお嬢に何が分かるって言うのさ!」

 顔が黒く塗りつぶされて表情が分からないのに、その怒気も憎悪も殺意も、向けられているのが分かる。


「結局、お嬢はいつまで経っても“お嬢様(、、、)”。世間知らずで、正義感だけ振りかざして、善人ぶって……。そんなに誰かを救いたいなら、オレのこと―――助けてよ」

 嘲るように笑いながら、少年は両手を広げた。

「お嬢のもってる魔力……命、オレにちょうだい?」


 足元の死体たちが急に動き出し、それがティフィアの足を掴むと徐々に体が地面に沈んでいく。

 慌てて抜け出そうと藻掻くが、引き込まれる力の方が強い。


「お嬢の“目”は黒いからいらない。兄さんみたいな瞳の色……見つかんないなぁ……。あれがないと母さんにまた怒られるじゃん。痛いのは嫌だ……」

 呑み込まれていくティフィアに関心を無くし、また死体を漁りながらブツブツ呟く少年。

「リュウレイ! リュウレイ、お願い聞いて! リュウレイっ!」

 抗うように暴れながら少年の名前を何度も呼ぶが、彼は無視しているのか聞こえていないのか、反応はない。


 まるで帝国で出会ったばかりの、自室に引きこもっていた彼に戻ってしまったようで。

 それがとてつもなく悲しくて、苦しくて。

 あのときは格子のついた窓から顔を覗かせて、無理やり接点を持とうとした。嫌がられて、辛辣な言葉を浴びせられて、それに傷ついても泣いても何度も挑んだ。


「リュウレイ―――!!」


 声が、届かない。

 言葉も。

 想いも。

 手、すらも。


 沈み込む体に、サハディでの出来事が既視感(デジャブ)する。

 あのときもそうだった。

 あのときと同じ。

 シスナちゃんもノーブルさんも助けることが出来なかった、あのときと。


「っ、」

 ――ガリッ、と下唇を思い切り噛み切る。


 駄目だ。繰り返すことだけは絶対に駄目なんだ。

 どうして僕はここにいる?

 僕はなんのためにここにいる?

 戦争を止めるためだ。


 でも何よりも――――大切な人たちを守るためじゃないか……!


「ここがリュウレイの心の中なら、」

 きっとここにあるはずだ。

 彼の本心(・・)が。


 少しずつ呑み込まれていく感覚に焦燥感を覚えるが、大きく深呼吸をしてそれを追いやる。そして、目を閉じて耳を澄ませる。

 グアラダのときは、ラージにだけ本心を隠そうとしていた。だからラージにはグアラダの“想い”が最初見ることも聞くことも出来なかったが――リュウレイはきっと。




 ―――「ティフィア。リウのいる部屋には行ってはいけないと言ったはずですよ」

 昔、リュウレイの部屋に何度も入ろうとして拒まれたティフィアに、クローツが言った。

「でも、クローツ父さま……。僕はあの子と、仲良くなりたい……です」

「………。リウは望んでいなかったでしょう? 嫌がることを無理強いしてはいけない」

「そ、ぅだけど……。でもね、父さま。僕ね――――」




 リュウレイは、強がりだ。

 負けず嫌いで、怖くても辛くてもそれを隠そうとする。

 臆病で泣き虫な僕とは違って、強くあろうとする。

 だからね、リュウレイ。きっと君は―――心の中でさえ、君は“本心”に蓋をしてるはずなんだ。


「―――聞こえた」


 微かに聞こえたその声は、あまりにも小さくか細い。今にも消えそうに、なんて言っているのか聞き取れなかったけれど。

 目に見えるリュウレイの姿から正反対の、この紅い世界の端っこ。

 ティフィアはその方向を確認すると、大きく息を吸い。

 そして。


 どぷんっ。

 自ら地面に潜り込んだ。


 地表よりも更に紅く、重い水のようなその場所を掻き分けながら泳いでいく。時おり、なにかに体を引っ張られ邪魔されたりするも、なんとか潜り進め――やがて見えてきたのは。

(―――本?)

 大きな泡の中に閉じ込められた、一冊の本。しかし鍵で開けられないようになっていた。

 よくよく観察すると、表紙にはタイトルが書かれている。


『家族』、と。


「――“昔々、家族ごっこをしていた『家族』がおりました”」

 ハッ、と後ろを振り返ると、そこには一羽の鳥がいた。映鳥(うつしどり)だ。


「“『父親』と『母親』、それから『息子』。だけど『息子』は、上手く『息子』にはなれませんでした”」

 甲高い、淡々としたその声は、まるで機械のように無機質で少し怖い。


「“『息子』を演じられない『息子』を『母親』は怒ります。でも仕方ないのです。だって『息子』は、本当の『息子』ではないのだから!”」


「“『母親』は言います。喋り方が違う。好物が違う。瞳の色が違う。『母親』は毎日怒ります。怒るたびに叩いて、『息子』はいつも謝ります”」


「“『母親』が求める『息子』こそが、本当のこの家族の『息子』でした。でも『本物の息子』はもう亡くなっており、『代役の息子』が本物を演じていたのです”」


「“あの日『母親』は限界がきて、『代役の息子』を殺しました(・・・・・)”」


「“そうして『家族』はハッピーエンド! めでたしめでたし!”」


 おそらく本の内容、だったのだろう。

 それを勝手に読んだ映鳥は、めでたしと言い終えるのと同時にパァンッ!! と体が内側から爆ぜた。

「―――っ!?」

 ティフィアは想わず目を逸らし、それから再び本へと向き合う。


 ――さっき映鳥が話した『家族』という物語。

 ティフィア自身、リュウレイの過去を知ってるわけではない。おそらく義父であるクローツも、彼から何も聞いていないはずだ。

 だけど、なんとなく。

 今の物語は“嘘”だと思った。

 そもそもリュウレイは死んでない。それに――リュウレイの『家族』はハッピーエンドで終わってない。


「鍵はどこ……?」

 泡の中へと入り、本を抱えて鍵を探そうとしたところで、ふと気付く。

 ――“嘘”?

 もしやと本に手をかけると、あっさりと鍵は外れて本が開いた。

 なるほど、さっきの鳥こそが“(キー)”だったというわけか。


「リュウレイらしいなぁ……」

 少しだけ安堵した。リュウレイの心の中に入って、ようやく見つけた“らしさ”だったから。

「『家族』か………」

 ティフィアにとっても『家族』は複雑な存在だ。

 さきほどの映鳥が話した物語は、ティフィアの過去にも近いかもしれない。


 とにかく本を読んでみようとのぞき込むと、そこには字が書かれてなかった。

 代わりに、所々に血がシミを作っている。

「……………」

 ティフィアはそれを指でなぞりながら、眉を顰めて口を固く引き結ぶ。

『家族』という題名の本。その内容が『血』ということは――それがリュウレイにとっての『家族』の印象なのかもしれない。


 紅い世界。

 嘘。

 家族。

 血。

 黒く塗りつぶされた顔のリュウレイ。

 少年が探す、兄と同じ瞳。


「……さっきの鳥の話、全部が“嘘”じゃないってことかな」

 分かりづらいよ、リュウレイ。

 そう愚痴るようにこぼしながら、ティフィアは本を閉じた。


 ――すると、視界の隅で何かが光る。見れば、泡の外に何故か矢がいくつも浮かんでいるようだ。

 それはまるで矢印のように矢先が同じ方向を向いていた。

 再び息を止めて紅い水のような中へと潜り、矢印の先へと導かれるように進んでいく。





 ―――「死ニ た くない」


 進むティフィアの近くで気泡が漂う。その気泡に浮かぶのは、リウルさんとよく似た女性と、そしてリュウレイとよく似た男性が、抱える小さな赤子に笑みを向けていた。


 ―――「でも オ れは」


 別の気泡には本を広げる幼いリュウレイと、吟遊詩人の格好をした青年が楽しそうに何か話してる光景。


―――「兄ノ 代わリ ダから」


 導くように浮かんでいた光る矢も、気泡も消えた最奥らしき空間。

 そこには一つの食卓があった。それを囲む“父”と“母”と“息子”。楽しげに談笑をする『家族』。

 しかしそんな食卓を鉄格子が遮った反対側、そこには顔を黒く塗りつぶした少年が一人『家族』を寂しそうに眺めている。


「っ、リュウレイ!」

 傍に行こうとしたティフィアの足首を、細長い何かが巻きつき掬い上げた。

 うわっ、とバランスを崩した体をやすやすと持ち上げられ、逆さの視界で眼前に現れたのは魔術生体“放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”だ。


「邪魔しないで!」

 なんとか藻掻いて逃げようとするも、しっかりと掴まれた足はびくともしない。

 そのときだ。


こんなこと(・・・・・)間違っているわ(・・・・・・・)?」


 思わず振り返る。

 食卓を囲んでいたはずの“母親”が立ち上がり、首を傾げていた。彼女の向かいに座っていた“息子”がいない。

「いない。いないわ。どこにも。リウルが……。おかしいわ。間違っている」

 ぶつぶつと「おかしい」「間違ってる」と呟きながら、虚ろな瞳が鉄格子越しにいたリュウレイへ向けられる。

「あら、そんなところにいたの?――“リウル”」


 違う。

 リウルさんじゃない。そこにいるのはリュウレイだ。


 なのに“母親”は笑みを浮かべ、鉄格子を開けてリュウレイを食卓へと引き入れる。


「“リウル”……? どうして瞳が紅いの?」

「どうして好物のキノコを残すの?」

「どうして泣くの?」

「どうして外で遊ばないの?」

「どうして本なんて読もうとするの?」

「どうして」

「どうして」

「違うでしょ」「“リウル”はこんなことしないでしょ」「違うでしょ」「“リウル”なのにどうして出来ないの」


 どうして、と投げかける度にバチンッバチンッと“母親”はリュウレイの頬や頭を叩く。

 そして。

「間違いは正しましょう」と。

 “母親”はいつの間にか持っていた木製のスプーンで―――


 彼女のしようとしていることを察し、思わず叫ぶ。


「やめてぇぇぇえええ―――――――っ!!」


 ティフィアの体がほのかに発光し、その手にはいつの間にか剣が握られていた。それを使って足を捕らえていた触手を切り離すと、リュウレイを守ろうと手を伸ばし―――


「―――ぇ、」

 手が、すり抜けた。


「い”い”い”い”い”―――――ッ!?」

「ああ、とれた。次は左目ね」


 ティフィアの足元に、リュウレイの右目が転がる。


 それを思わず拾い、振り返る。

 黒く塗りつぶされた顔に、右目がある部分から赤い血が流れていた。


 更にリュウレイの左目をとろうとした“母親”だが、そこに乱入してきた“父親”がそれを防ぎ、しかし逆上した“母親”がその人を包丁で刺した。

 あまりにも凄惨な光景に呆然としていると、“母親”と“父親”は突然に炎に焼かれて消えた。

 だが、そこで終わらない。

 現れた村人に追いかけ回されたリュウレイは、斧で背中と肩を斬られ、群がる小さな魔物に食われ―――。


「っう―――!」

 口元を抑えた。

 実際に吐きそうになったわけではないが、何かが込み上げてきそうで、苦しくなって。

「っぁ…………ふ、ぅっ!」

 涙がボロボロとこぼれ落ちる。


 こんな。

 こんな、酷いことが。


「りゅぅ、れぃ…………っ!」

 ずっとずっと、君は。


 この痛みを。苦しみを。悲しみを。恐怖を。

 ずっと―――独りで、抱えていたの?





 周囲の光景が全て消え去り、紅い世界の中にティフィアと“放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”だけになる。

 魔術生体は紅い世界に触手で根を張り、黒い涙を流して少しずつ黒いシミを拡げていた。


「リュウレイ、絶対に助けるから……っ! 絶対……絶対に! 君を死なせたりなんかさせないから!」

 涙を拭い、剣を構える。


「だからリュウレイ! 君も――君自身を諦めないで!」


***


過去は変えられない。

でも、その過去は本当に君を傷つけるだけの“呪い”でしかなかっただろうか。

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