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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
186/226

4-3

***


 振り払おうと暴れる触手の上を走りながら、視界の端に捉えた人影に折れた剣先を向けると、武器特性によってその剣先は一気に長くしなやかに延び、鞭となって人影――ガロに襲いかかる!


「よっ、と」

 鞭に触れた触手が抉られるが、それを軽々と避け頭上の触手へと移ると、それを足場にヴァルツォンの元へと跳躍。瞬時に距離を詰めてきたガロの片剣を弾き、その反動で仕掛けてきたもう一つの片剣をギリギリで躱す。


 ガロからの追撃を封じるべく最小限に回避はしなかった。体勢を整えたのはヴァルツォンが先だ。

「ふんっ!」

 巨躯から放たれたローキック。「お?」宙にいたガロはそれに足元を掬われ、体が横向きになると鳩尾に向けて肘打ちするが、左手でそれを防御される。


 だがガロの体は未だ宙にあり、しかも落下してる状態。ヴァルツォンも乗っていた触手から降りると、体勢を崩したままのガロへ鞭を振り下ろす!

 しかし。

「鞭の扱いがなってないぞー、元騎士団長どのー」

「っ!」


 鞭の先が右手の剣に巻きつき、蹴られる前にすでにこうなることを予測していたのか、いつの間にか近くの触手に無造作に突き刺さっていた左手の剣を抜くと、それで鞭を切り離す!

 切断された鞭を一度手元に引き戻し、再び武器特性を解放。鞭はヴァルツォンの右拳へと纏い、やがてそれは形を変えて厳ついグローブとなる。


「便利な武器だねぇ!」

「お前を倒すにはお誂え向きだ……っ」


 体格的にも重さ的にもヴァルツォンの方が落下速度は速い。すでに手の届くところまで近づいたガロの顔面目掛けて、グローブをはめた右の拳が炸裂する!


 ドッ―――――――――――!!!!


 何本もの触手を巻き添えに、ガロの体は地面へと叩きつけられる。

 ヴァルツォンはすぐに彼から距離をとるように跳び離れ、拳を構えた。


「……ぃってぇー! あははっ、痛いなぁ。痛い。痛い。ぷふっ。あはっ」

衝撃でガロを中心とした割れた地面から、上半身だけを起こす。薄らと立ちのぼる土煙で彼の表情は見えないが、愉しげな声にヴァルツォンは思わず眉を顰めた。


 間違いなく直撃だった。

 ガロの顔を潰すつもりで思い切りやったのだから当然なのだが、そんな様子は微塵も感じられない。


「いいね。さっきよりは強くなったかな?……多少はやる気出てきたかも♪」

 ゆらりと土煙の向こうで立ち上がる。ヴァルツォンはすぐに攻撃を仕掛けた。

「ハァ――ッ!!」

 地を蹴り、ガロの目前で魔力を乗せた右拳を振りかぶる!


 それをガロは姿勢を低くし躱すと、そのまま隙だらけの懐へ。しかし、それは罠だ。

 ガロがヴァルツォンを斬りつけようと右手の剣を横へ凪ぐ途中、その剣戟はヴァルツォンの肘と膝に挟まれて止められる。

 すぐに剣から手を離した直後、その手首を掴まれ引っ張られたと思うと急に解放され、体勢を崩したままたたらを踏むガロの頭上に『魔術生体』の触手がちょうど振り落とされる!


「―――」

 束の間の静寂。


 ヴァルツォンはそこから目を離すことはせず、ガロが捨てた剣を右に持ち、右拳のグローブから武器特性を解除した折れた剣を左手に持つ。

「――――――でも、まだ足りない」


 パンッ!


 触手が突然切り刻まれた。それはガロを潰したはずの触手で、その周囲にあった触手も同じようにバラバラに崩れていく。


「ヴァルツォン……俺への憎悪が足りないんじゃない? もっと怒って、もっと恨んで、もっと殺意を滾らせて、鋭く研ぎ澄ませて、意識して、強く強く願って、それだけを考えて、それだけを想像して、それだけを夢想して、それだけを目的にして、それだけを目標にして、それだけが生きがいにして、夢中になって、盲目的になって―――それを一撃一撃に大事に丁寧に苛烈に過剰に込めないとさぁ……!」


 だから足りない、と。

 ガロの紺色の、否、金色の瞳がヴァルツォンへそう訴える。


「俺は同じ過ちを繰り返すつもりはない」

 見たところガロの体に傷一つ見当たらない。攻撃を与えながらわずかに覚えた違和感の正体に、それで確信を持つ。


「過ち? さっきのこと言ってるなら、それは勘違いだよ。誰に何を吹き込まれたか知らないけどさぁ……、足りないんだよ。ヴァルツォン、君の気持ちがただ足りない。もっと、もっと、」

「いくら憎悪と復讐心でこの剣を研いだとしても、俺の剣はなまくらになるだけだ」

 この剣は、大切なモノを守るために存在する。同時に、それがヴァルツォンの“芯”だ。


「――そんなことよりも、ガロ。イゼッタを元に戻して欲しい。目が覚めぬのは、貴殿が何かしているのだろう?」

「えぇ……白けること言わないでよー。感情の高ぶりこそが人を強くするんだZE☆ 感情の強さこそが、純粋な力!」

「何を、言ってる……?」

 戸惑うヴァルツォンを無視し、金の瞳が弧を描く。

「君が弱いままなら、イゼッタ・モーディを殺したって俺は構わないって話?」


「っ!…………あれだけ攻撃を受けても、俺をまだ弱いと評するか」

「あれぇ、見えてない? 俺、無傷だけど」

「………」煽られている。それは理解しているが、心が彼の言葉を拒絶する。


 イゼッタを殺すだと?

 そんなこと、させるわけがない……!


「やはり貴殿との対話は無駄なようだ」

「ふふん♪ いい目つきになったねぇ!」


 これ以上の戯れ言は不要だろう。

 ヴァルツォンは地を蹴り、ガロもまた跳躍して距離を詰め――激突。

 激しい鍔迫り合い。愉しげな彼の表情に怒りは募っていく。

 しかし冷静さは欠いていない。


 互いの力が拮抗し、離れるのも同時。ヴァルツォンは近くの触手へと飛び乗り、ガロは邪魔な触手を斬り落としながら向かってくる。

 ガンッ! ギィイッ!! ガッ! ガッ!

 宙で。触手の上で。地上で。幾度も交わる二人の剣。


 ――それを離れた地上から見上げていたライオットは、まさしくバケモノ同士の戦いだなと顔を引き攣らせていた。

「ライオット! 余所見しないでください!」

「……バケモノになりたいとは思わないけど、今だけはその力をちょっとだけ分けて欲しいくらいだぜ……」


 ニアに頼まれ、魔王と対峙するティフィアの邪魔になりそうな魔物や魔族の相手をしていたライオットとユグシル。

 諫められたものの、集中力を欠いてるのはユグシルの方だ。おそらくニアとガロの動向が気がかりなのだろう。


「俺様たち、何をやってんだろうな………」


 帝国の半分は壊滅。戦争を止めるべくティフィアが魔王と交渉中。その間にも被害は拡大しているはずだ。

 仲間も守りきれず、魔族に助けられ、皇帝が造った“お人形”がすることを守り。

 モテたいからと不純な動機で入隊したライオットにとって、帝国騎士団長になるのは予想外だったし、今のこの現状だって仲間やユグシルの存在がなければ逃げ出してるところだ。


 ずっと流されて生きてきた。言われたことをして、失敗したらそれとなく誤魔化して、うまくやっていたつもりだった。

 ライオットは適当な男だ。無責任な男だ。それは自覚してるし、それでいいと思っていた。

 目標もない。やりたいこともない。守るべき部下はいるが、あそこで戦うヴァルツォンのように己の命を賭してまで守りたいと思えているだろうか。


「……」

 呆然と、漠然と、ただなんとなく生きてきたライオットには、やるべきことを必死に足掻いて手を伸ばそうとするティフィアやニア、ヴァルツォンの姿を見て、余計に己の手には何もないことに気付く。


「ライオット! ぼんやりしないでください!」

 行きますよ! と眼前の魔物へ剣を向けるユグシル。

 その動きに合わせるようにライオットも構え、二人で一体の魔物を倒す。


 次は、と周囲を見渡そうと顔を上げたとき、ちょうど倒した魔物に『魔術生体』の触手が突き刺さる。


「な、」

「お、おお!?」

 魔物の死骸に残っている魔力を吸い上げているようだ。


 そうして気付く。

 魔術生体“放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”の様子がおかしい事に。


「暴走してんのか……!」

 禍々しい紅い瞳から、ボロボロと零れ落ちる黒い涙。おぞましい魔力の奔流。

“アレ”から全力で逃げろと頭の中で警鐘が鳴り響く。殺される。“アレ”はきっと、魔の者も人間も見境なく殺す。

 思わず後退っていた。すでに逃げ腰である。

 視界の隅でユグシルも恐怖に体を震わせているのが見えた。


 これ以上この場に留まっているのは良くない気がする。逃げよう。そう彼と視線で認識を共有した――そのときだ。


 ゴォ―――――ッガガガガガガ!!


 ものすごい勢いで何かが地面に振り落とされ、血を振りまきながら地を抉り転がる。それを追いかけるように人影が更に迫り、剣を振りかざす!


 ギィィイン!!

 剣と剣がぶつかる。


「血だるまになっちゃったねぇ! ヴァルツォン! 君じゃあやっぱり、どうしたって俺には勝てないみたいだ!」

「っ、だから諦めろと……!? 焚きつけて煽った張本人のセリフとは思えないな……っ!」


 地面を転がっていた方はヴァルツォンだったようだ。ガロの言う通り、全身から血が噴き出している。 ニアとの戦闘での傷口もぱっくりと開き、怪我していない所を探す方が難しい。しかもガロの方は依然として無傷ときた。

 今も鍔迫り合いしながら、その肉体からはブシュッ、と血が跳んでいる。


「ちょっとだけ面白かったよ! 愉しかった! ありがとうヴァルツォン、そろそろ終わらせてあげるからねぇっ♪」

「ぐぅっ……!!」


 ガロのまとう魔力が増す。それと同時に剣が重くなり、少しずつヴァルツォンが押され始めた。


 その光景を見て、ユグシルは『魔術生体』の暴走を見たときと同様の恐怖心に支配されていた。

 元、といえど帝国の騎士団長だった男だ。本調子でなかろうと、それでも無傷で手加減できるような相手では絶対にない。それを弄ぶように、愉しげに、一方的に嬲っている。

 その嗜虐性も狂人性も、ユグシルには理解できない。


 だが。

「え――――ライオット……?」


 恐れに身動きできないユグシルの隣を、赤紫(ワインレッド)の髪が駆け抜ける。


「あーっ、くそ! 何やってんだ俺様は! なんでユグシルと逃げなかったんだよ!」

 彼は自身へ悪態を吐きながら、剣をガロに向けて投げる。それに気付いた彼はヴァルツォンから離れて剣で弾き、邪魔者(ライオット)に冷めた視線を向けた。

「雑魚がさぁ~、イキっちゃ駄目でしょ?」

「!――ライオット、退がれ!!」

 ヴァルツォンでさえ二人の力量の差に、ライオットへ撤退を命じる。


 ……でも生憎と、俺様の上司はもうアンタじゃないんでね。


 そんな言い訳を自身にしながら、投げ飛ばした剣が(・・・・・・・・)鞘に戻ってくる(・・・・・・・)のを感じ、それを抜剣。


 ライオットからの敵対の意志を察し、面倒そうにガロは向き合うと剣を構える。

 相手は『武神』。勝ち目なんてない。

 じゃあなんで俺様はこんなことしてるんだ。


「ぁぁぁあああああああああああああああっ!!!」

 今にも逃げ出したい気持ちを追いやるように叫ぶ。


 ライオットの剣とガロの剣がぶつかる―――!


「剣が震えてるよ~?」

「そ、んなこと! 分かってんだよ!」


 ガロの剣に押されて一度離れると、後ろの方で剣を支えに立ち上がろうとするヴァルツォンを一瞥する。

「ヴァルツォン!」

「……何故、来た」

「俺様だって逃げたいわ! 今すぐにだって!――でも、ここでお前が死ぬべきじゃないと思ったんだよ! それだけだ!」


 満身創痍でも『武神』と渡り合えていたこの人を、ここで殺されてはいけないと思った。

 ヴァルツォンは犯罪者だ。重罪人。例え帝国がほぼ壊滅状態であっても、帝国騎士の騎士団長がそれを助けることなどあってはいけないことなのだが。


「俺様の直感は、まぁなんとなく当たるんだ。そのおかげでここまで生きてこれたわけだし………――あぁ、何言ってんだ俺様は。もう嫌だ、帰りたい。酒飲んで女引っかけて、いちゃいちゃして寝たい……」

「それなのに俺の邪魔してるの? 死にたがりかと思った」

「あ、はは……ホント、それ。俺様、まだ死にたくないからさ……だから『武神』様、どうかここは退いてくれません?」

「えー? YA☆DA☆」

「………………」


 冷や汗が首筋を伝う。剣を握り直したところで、『魔術生体』から膨大な魔力が放出していることに気付き、ふと空を見上げる。



【オレの代ワリに、オ前たちが死ネバ良い。――穿チ死セル地獄(ナイトメア・フェルノ)

 


放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”を中心として、一斉に空を埋め尽くすほどの魔術紋陣が展開される。

 


 世界が、真っ白になった。


***


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