4-2
※最後の辺り、ちょっとグロいシーンあるので注意
『魔王』アイリスの“対”は、アルニの妹だとティフィアは確信した。
しかし本来それは矛盾している。
『勇者』が存命でないならば、『魔王』は存在出来ないはずなのだから。
理由は分からない。
でも、理由はどうあれそれが真実なら――『魔王』は、倒すべき“敵”ではない。
だって……魔王はただ、兄を想う妹そのものだから。
「アイリスさん、だったらこのやり方は間違ってる! 教会は確かに戦争を望んでるかもしれないけど、注目なんてしてない!」
ウェイバード国にはマレディオーヌが、グラバーズにはカメラがいる。
二人の枢機卿員が帝国から離れた南の国にいるのだから、それは明らかだろう。もちろん彼女らにはそれぞれ管轄があるから、自由に行き来できないのかもしれない。
しかし、あの二人は戦争にそれほど興味がないようだった。
マレディオーヌに至っては、己の力を魔の者に使うことは「意味が無い」と一蹴したくらいだ。
「知ってるの。でも、この帝国を管轄してる枢機卿員第5位席の興味は惹けるの」
「5位席の、枢機卿員……?」
「オマエも旅の中で会ってるはずなの、あの女の従者に」
忌々しげに吐き捨て、そこで話は終わりだと宙に張り巡らせた己の髪を足がかりに上空へと登っていく魔王と紅い大蜘蛛針。
「……ティフィア様、追いかけますか?」
リウルが生きてる可能性があるという話を言及したいだろうに、ニアは口を挟む事もせず、今だって何かを堪えるように眉間に皺を寄せていた。
「ううん、たぶんこれ以上は無理だと思う」
そんなニアの意志を尊重し、ティフィアは次の手段を考える。
アイリスにはアイリスの目的がある。だけどそれは前提に、アルニのことを想って、だ。
彼女を止めるには、そもそもアルニが置かれてる状況を改善する必要があるだろうけど……あいにく、教会とアルニの関係も、8年前の事件もよく分かってない。
だとすれば、魔王を止めることは出来ない。
「では、どうするつもりですか……?」
怪訝そうに尋ねるニアに、苦笑いを浮かべて答えた。
「負けを認めてもらうんだ、皇帝に。――人類は魔の者に敗戦したって」
「それは………」
「戦争で死んだ人、傷ついた人、大切なモノを失った人……きっと納得しないよね。ニアも、納得出来ないかな」
「………………。リウル様は、魔王を倒さずに死にました」
「うん……」
「あの頃は分かりませんでしたが……リウル様は自害することで、戦争を止めたのでしょうね」
「………うん……」
「私はそんな、優しいリウル様とティフィア様だから――」
優しさは危うさを伴う。
リュウレイがここにいたら、それは弱いからだと揶揄しただろうが。でもニアは知ってる。
強さもまた、脆いのだということを。
だから。
「だからこそ、私はお仕えしたい」
目の前で跪くニアに、ティフィアが目を丸くする。
「ティフィア様、私はもう帝国の騎士ではありません」
「え……?」
「この国に戻って、親衛隊を辞めました。そして、貴方様の剣となり盾となることを選んだ」
「ど、どうして」
ニアがクローツに拾われ、それからずっと彼を慕っていることをティフィアは知っている。だからこそニアのしたことが信じられないのだろう。
「泣いてばかりで、弱い貴方を守ることが私の役割だと思っていました。ですが、旅を経てティフィア様は変わった」
泣き虫なのは変わらない。でも、臆病だった彼女は強くあろうと必死に足掻いて、前に進もうとしている。
ならばもう彼女が必要としているのは、“お守り”してくれる保護者ではなく、彼女と共に戦う“仲間”だ。
リウル様と共に戦うことは出来なかった。あの頃、弱かったニアは逆に守られてきたから。
もしかすると、臆病だったのは自分の方だったのかもしれない。
信じて裏切られるのが。依存して失うのが。
でも本当にそう思うのなら、待っているだけではいけないのだ。
私も変わらなければいけない。
「私はティフィアが進もうとしているその道を、一緒に歩きたいのです。大切なモノを守るために、強くなるために、そのために世界を知ろうする貴方様と共に」
弱いのに。それでも足掻く、その純粋さに。
ニアは生涯の忠誠を、誓う。
「――私ニア・フェルベルカは、ティフィア・ロジストの騎士としてここに誓います」
剣を横に置き、ティフィアの右手の甲へと口付ける。
「―――――」
そのとき、何かが灯るのをティフィアは感じた。
胸の奥深くが熱くなって、ざわついて、何かが己の中で形成されていく。
ラージとグアラダを助けたときに感じたものに近い。けれど、それよりももっと、確かで。
僕は――。
一瞬、ニアの姿が、全身を鎧で固めた男の人と重なる。
「っ、ぁ……?」何故か涙が溢れそうになる。
そのときだ。
瞬時に剣をとったニアが何かを弾く!
――魔術生体“放たれた呪堕の永眼”の触手だ。
「何故こちらを攻撃するんです……?!」
咄嗟に弾いたものの、それが魔術生体の触手だとは思っていなかった。
周囲を見渡せば、ちょうど近くにいたライオットたちが屠った魔物の亡骸に触手が貫き、彼らも驚いたように声を上げているところだった。
ぽた。
ぽた、ぼたぼたっ。ぽた。
頭上から黒い滴が降ってくる。
「紅い……瞳?」
見上げた『魔術生体』は、黒い涙をこぼしながら紅い瞳でティフィアを見下ろす。
なンデ。
ドうしテ。
死にタクない。
まるでそう訴えているように聞こえて。
「……――リュウレイ?」
瞳の色のせいか、それがリュウレイのように見えた。
「ティフィア様!」
「うわっ」
ニアに抱えられてその場から跳び退くと、直前までいた地面に何本もの触手が突き刺さる!
「っ、暴走してるみたいですね」
「……ニア、あれって人工勇者が造ったんだよね」
「ええ、そうです」
ティフィアは『人工勇者計画』について詳しいことは知らない。
ただ、人工勇者は命を削って何かすごい魔術を使い、魔王を倒すというおおまかな概要だけは分かる。
「父さまは?」
「クローツ様は城に。人工勇者の護衛と、隊の指揮を執ってるはずです」
ここからクローツやリュウレイたちのいる城に戻るまでは距離がありすぎる。
それに問題が発生したなら、それこそクローツがなんとかしてくれそうだが。
――あの、黒い涙……。ウェイバードで見たやつと似てる。なんだろう、嫌な感じがする。
躊躇うことはしなかった。それが必要だと感じたから。
「リュウレイ……!」右手を伸ばして、魔術生体へと意識を向ける。「僕を受け入れて!」
ぶつりと意識が黒く遮断し、次の瞬間に目の前に広がる光景に愕然とした。
紅い。
真紅に染まった視界の中で、足元に広がるのは大量の子供の死骸。しかもその死体はすべて、何故か右の目玉だけがくりぬかれている。
「――ぅ、ちがう。ちがう。これじゃない。これでもない」
目の前で幼い初年が死体を漁っている。一心不乱に、何かを探すように。
その手に持つのは――死骸の“目”だ。
「っ」
「どこ? どこにあるん?…………あれ、お嬢じゃん」
この場に似つかわしくない、平淡な声音で少年が振り返る。その少年は確かに見慣れた少年のはずなのに、違和感があった。
血まみれなのだ、全身。
特に肩と背中には、斧で斬りつけられたかのような深い傷があり、そこから止めどなく血が流れている。
そして、なにより――その顔が真っ黒に塗りつぶされていた。
「リュウレイ……?」
「こんな場所に来て、どうしたん?」
不思議そうに首を傾げる少年。
この世界は、狂気に満ちていた。
***
闇堕ちリュウレイ!ようやく登場!