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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
181/226

3-5


***



 ニアとヴァルツォンが最前線へ向かう一方、ティフィアはすでに模擬体と同調を成功させていた。



「………どう、なので? 変な感じ、ない、ので?」

「うん、違和感とかはないかな。正直、元の体とあんまり変わんないくらい」

「………………良かった、ので」


 元魔王は話さなかったが、能力と術による強引な模擬体への『同調』は、本来であれば記憶や人格に影響が出る場合がある。五感を移す、と元魔王は説明していたが、実はそれだと不足している。意識ごと(・・・・)移しているのだから。


 ティフィアはすぐに元魔王から与えられたチャンスというのに食いついたが、隣にいたアルニという人間は反対していた。シュオルフとしても、それは当然の反応だと思っている。


 魔の者は人間のように嘘は吐かない。

 嘘を吐く必要がないから。

 だけど秘密にすることはある。


 ――嘘吐きではないが、正直者というわけではないから。


「もう、行く、ので」

 シュオルフが適当にその辺から拾った剣を渡すと、ティフィアは頷いた。

「……シュオルフさんはその人たちのこと、宜しくお願いします」

 彼女が見据えた先に転がるのは帝国騎士の人たちだった。気を失っているのか、寝息を立てたまま起きる気配がない。


「こっちは適度に、やるので。……頑張って」

「! ありがとう」

 思ってもなかった励ましの言葉に不意打ちをくらいつつ、嬉しくなって笑みで返す。


 頑張ろう。


 ティフィアは振り返り、少し離れたところで激しい戦闘を繰り広げている場所へと向かった。






 近づけば近づくほど、そのバケモノじみた戦いの痕跡に息を飲む。

 幸いにもそのおかげで魔物や魔族の姿は見えない。いや、すでにここ一帯にいた魔の者は消されてしまったのかもしれないが。

 急がなければ……戦火をこれ以上広げるわけにはいかない。


「あっれぇ? こんなところで奇遇だねぇ~、ティフィアちゃん!」

 唐突に真横から併走するように人影が現れた。


「っ!」驚くのと同時に、咄嗟に身をよじって地面に飛び込むように転がると、人影が繰り出した双剣(・・)の斬撃が空振る!


「勘は良いよね、キミ」

くすんだ茶色の少し長めの髪と、紺色の瞳をした上背のある青年――「ガロ、さん……?」


「そうでーす☆ ガロ・トラクタルアースでぇ~す☆」


 ふざけたような笑みを浮かべ、それから剣を構えると再び襲いかかってきた!

右からの攻撃を躱して左から肉薄してくる剣を防ぐ。「ぐ、」思ったより重い。受けきれない。

「それなら!」

 瞬時に体勢を変えてガロの剣戟を受け流す。

 マレディオーヌのあの黒い光線の威力に比べたら、全然かんたんだ。


「……へぇ、そんなこと出来るようになったんだ」

 一介の兵士でもガロの攻撃を受け流すことは難しいというのに。

 サハディ帝国で見たときは、相変わらず非力で理想論ばかり垂れ流す子供だと思ってたけど。なるほど、一応成長はしているようだ。

 だけど、それだけだ。


「! っ! ぅぐっ!」

 ガロの素早く重い連撃。しかも双剣という多彩な攻撃のバリエーション。何度それを受け流し躱したとて、しょせん経験値も浅く武術を習ったこともない少女に防ぎきれるものではない。


「戦争は子供の遊び場じゃないから、そろそろ退散してもらうNE☆」

 そろそろ終わりにしようと、今までよりも素早い一閃!

 軽く体勢を崩されていたティフィアは避けられないそれを、咄嗟に剣で防ごうとしたときだ。



「トラクタルアース流、閃斬術――刃迅(バロッシュ)!」



「っ、おっと!」

 急速に真横から間合いを詰めてきたその剣戟をひらりと躱し、攻撃を中断させられた腹いせとばかりに横槍を入れてきた人物へ回し蹴りをお見舞いする。――が、それは防がれると同時に掴まれ、更に今度は逆サイドから間合いを詰めてきた別の人物が、強制的に蹴りの体勢から抜け出せないガロの足を狙って剣を振り下ろす!


「あっはは♪ いいねえ!」

 でも、まだ詰めが甘い。


 掴まれた足に力を入れ、それを軸に体を捻って己の体を支えていた足を宙に浮かせて掴んでいた男の側頭部に蹴りを入れる!

 それから、すでにガロの眼前まで振り下ろされているもう一人の男の剣は、双剣で防ぐ。


 その一連の動作はあまりにも速く、呆然と成り行きを見守っていたティフィアは冷や汗を流した。……僕と剣を交えたときは、ほとんど手加減されてたんだ。


「――てっきりヴァルツォンが追いかけてきたのかとも思ったけど、まさかキミたちが邪魔してくるなんてねぇ!」

「ンな楽しげに言われてもよぉ……っ! 俺様だってなんで武神と戦ってんのかワケ分かんない! なぁユグシル! 今すぐ引き返そう! 魔の者退治が優先でしょ、絶対!」

「ライオットの勘はやっぱり恐ろしいですね……。いえ、これで良かったんですよ。『勇者』である彼女を守れたんですから」


 ――帝国騎士団騎士団長ライオット・キッド。

 それから、副団長のユグシル・トラクタルアース。

 ティフィアを守るようにガロと対峙するのは、騎士団のツートップだ。


「……ああ、その子が例の……ロジストの」

 ライオットは一方的にティフィアのことは知っている。だからこそ、『勇者の証』も持たない弱い勇者を守ったところで、この国の戦況がひっくり返るわけがないことも分かるのだが。


「――久しぶりですね、ガロさん。『武神』が何故彼女にちょっかいかけてんです?」

「久しぶり、ユグシル☆ 嫌だなぁ、そんな睨まないでよ。俺ってさぁ、ほら、虐めっ子だから。弱い子は虐めたくなっちゃうんだよね~。まぁ、冗談だけど」

「相変わらず得体の知れない……バケモノめ」

「そんなに褒めないでよ~! ユグシルも弱いんだから、虐めたくなっちゃうじゃん?」


 ギリッと奥歯を噛み締める音に、ライオットはユグシルの背中を叩く。

「落ち着けって。家庭の事情は知らんけど、お前の言う通り“アレ”はバケモノだぞ。誰が相手でも、遊ばれて壊されるだけだ」


「そうそう。騎士団の“お笑いコンビ”が揃ったところで、俺には勝てないゾ?」

「“お笑い”を目指した覚えはねぇけど………ま、まぁ、ほら! 無駄な争いは止めよう! 俺様たちの敵は魔の者であって、人間同士で戦うなんてそんな不毛なこと止めよう!」

「ははっ♪ 必死だねぇ、ライオットくん♪――確かに俺も遊んでる場合じゃなかったや。ついつい、ちょっかいかけたくなっちゃうのは俺の短所だね! じゃ、BYE☆」

 本当に用もなにもなかったのか、あっさりガロは身を引いて魔王たちがいる方へと去って行く。


 様子を窺っていたティフィアも、自分にも時間がないことを思い出して後を追いかけようとすると、ライオットに止められた。

「待て待て。……えっと、勇者って呼ぶべき?」

「あ、ティフィアって呼んでください。さっきは助かりました。ありがとうございました!」

「別に大したことはしてないって! 俺様はライオット。こっちはユグシルな」

「………、ライオット。自己紹介するために彼女を引き止めたんですか」

「え? いやいや違う! 違うんだけどよぉ……うーん、」

 腕を組んで考え事をする彼は、恐らく“勘”を発揮しているのだろう。でもそれを説明するのが難しいのか、ライオットは何か言いたげにしつつも黙ってしまった。


「あの、僕行かないと――」

「ティフィア様!?」

 聞き慣れたその声に、ティフィアは嬉々として振り返る。「ニア!」


 堅苦しい鎧を身につけ、褐色のボブヘアーと薄桃色の瞳。サハディ帝国で別れてから半月くらいか、ずいぶん久しぶりな気がする。それまでずっと一緒にいたからかもしれない。


「……やはり来たんですね。戦争を止めるために」

「うん。元魔王のヴァネッサさんに協力してもらったんだ」

「! そうでしたか。元魔王に会えたんですね……。色々聞きたいことも、話したいこともありますが……」

「時間がないんだ。僕は長くこの帝国に留まれないから」

「分かりました、私も一緒に行きます。――ユグシル、ライオットも行きますよ」


「どうしてニアさんが仕切るんですか」

「貴方たち騎士団でしょう。街まで魔の者が侵入してる上に、さっき転がってる騎士団兵士をたくさん見ました。この戦いを長引かせるわけにはいかないはずです」


 彼女の言う通りだ。それは言われずとも分かっている。

 だがユグシルの上官はライオットで、ニアはすでに親衛隊隊員ですらない。

 同じトラクタルアース流の門下生で、トラクタルアース家の正統な嫡子は自分で、なのに武神ガロから直々に指導受けていたニア。

 ――分かっているのに、感情が邪魔してくる。


「ユグシル、行くぞ」

「! ですがライオット!」

「あの我が輩魔族は部下たちを守ってくれてる。なら、動ける俺様たちは戦うしかねぇじゃん?」


 誰が仕切ろうが指図しようが、そんなことは関係なく。自分たちのすべきことを忘れるな。――ということだろう。

 まぁ、この無責任男がそこまで考えてはいないだろうけれど。でも彼の根幹にあるのは、何よりも大事にしているのが“仲間”だから。だからライオットの言葉は信用出来る。


「……分かってます。やりますよ、ライオットがそう言うなら」

「素直じゃねぇなー。――ま、そんな感じでやらせてもらいますわー。いいよな、ティフィア」

 ライオットの気安い呼び方にニアの片眉がピクリと反応するが、口出すつもりはないようだ。

 そんなニアの反応に、ティフィア少し笑いそうになってしまった。


「はい。僕たちは僕たち、ライオットさんたちはライオットさんたち、だから」

 やり方は人それぞれあるだろう。それを強要するつもりはない。

 ただ目的が同じなら、きっと協力し合える。


「行こう。魔王アイリスのところへ――!」




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