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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
179/226

3-3


***


 ――『魔王』。

 それは魔の者を統率し、《魔界域(ラグラ)》を支配する魔族の王。


 吟遊詩人の(うた)や歴史書で語られる魔王の姿は様々で、魔族のようにヒト型の異形だという点は共通している。

 狂暴で残虐で、人を憎み、人を嬲り殺すことを愉しむ。魔族よりも知能があり、小賢しく、『勇者』にしか倒せない。


 それが魔王。


 人々の歴史に伝わる魔王という存在だ。


 しかし――真実はどうだろうか。


『魔王』は『勇者』の“対”であり、『勇者』が選ばれることで生まれる。

『魔王』が人間を憎むのは『勇者』が人間を憎んでいるから。


 だから。


 戦争を止めるためには魔王を説得しても無駄だということ。

 ……勇者の“想い”を変えなければ、魔王は戦争も人を憎むことも止めない。


 ―――――だと、いうのに。





「勇者が、壊れてるかもって………」ティフィアは知らず拳を握りしめた。

「根拠ならある。教会やどこぞの国が管理せずに『勇者』を放置してることが不自然じゃ。……歴代の勇者にもおったそうじゃぞ? 気が触れて、放置された勇者が。そのせいで当時国が3つほど滅び、その領土は《魔界域(ラグラ)》に吸収されたのじゃが」


 どうして、と思う。

 何が原因で壊れてしまったのかは分からないが、それでも人々のために戦ってくれた人じゃないか!……それなのに、どうして放っておくだけなのか。蔑ろにしているのか。

 ふと頭に浮かんだのは、ミファンダムス帝国にある勇者の慰霊碑だった。

 いつからか誰も祈らず花も枯れたあの場所を、ニアが悲しげに見つめていたことを思い出す。


「――そのときはどうやって魔王を倒したんだ?」

 アルニの問いにヴァネッサは首を傾げた。

「魔王を倒せるのは勇者しかおらぬ。魔王が倒されたということは、勇者が倒すしかなかろう? 無理やり戦わせたんじゃろうな。心が壊れているなら、操るのも簡単じゃろうて」

「胸くそ悪ぃやり方だな」

 吐き捨てるようにぼやく彼に、元魔王は「合理的ではあるがのう」と返す。


「合理的か? そもそも勇者が選ばれるせいで魔王が生まれるんだったら、その原因をなんとかすれば戦争自体なくなるだろ」

「そうじゃのう……。でもそんなこと、教会も一部の人間も知っていることじゃ。原因を対処出来ないのか、或いはそのつもりがないのかは知らぬ。どちらにせよ、現状ではすでに『魔王』も『勇者』も存在しておって、魔の者と人類は戦争をしようしておる。――もう始まっておるかもしれぬが」


「………ヴァネッサは、勇者の居場所は知らないの?」

「居場所を特定出来るような便利機能は魔王でも持ち合わせておらぬ。ただ、“対”が生きているかどうかは分かる。……リウルが死んだとき、妾に流れ込んでいたヤツの感情が無くなったからのう。あの瞬間、妾は存在する意味を失った。しかしこの身は消えることも出来ず、まるで『亡霊』のように漂っておるのじゃ」

「亡霊……」


「妾は―――リウルが生きていると思っておる」

「!」


「妾はリウルが死んだのをこの目で見、この身で感じた。死んだことは間違いない。じゃが、妾が不安定ながらもこうして存在しているということは、あやつも同じように存在している。『勇者の証』に不具合でもあったのかのう……?」


「前にレドマーヌが言ってた“運命共同体”って、そういうことか」

 サハディでレドマーヌと出会ってすぐ、ミルフィートに邪魔されるまでに教えてくれたことを思い出したアルニに、ヴァネッサは頷く。


「“勇者が誕生すれば魔王も生まれ、魔王が誕生すれば勇者も生まれる。勇者が死ねば魔王も死んで、魔王が死ねば勇者も死ぬ”――だったか? でも一つだけ矛盾してるよな?」

 ヴァネッサは先ほど言った。勇者が選ばれるから魔王が生まれる、と。

 しかし、それだと“魔王が誕生すれば勇者も生まれる”という一文だけおかしくなってしまう。


「……前例があるからじゃ。初代魔王と――それから、今代の魔王アイリスが、のう」

「え?」ティフィアは思わず声を漏らした。


 アイリス。


 その名前は確か、アルニの妹と同じ……――

 咄嗟に隣を振り返ると、アルニは大きく目を見開いていた。


「――――、」


 何か、呟いた気がする。


 だけどそれを遮るように『――見えてる(・・・・)、ので? 元魔王(ヴァネッサ)様』と虚空から誰かの声が響く。

「ん?………おおっ、シュオルフか!? 定時連絡を寄越さぬから、魔王に消されたかと思っておったぞ!」

『スパイはすぐバレた、ので。気付けば魔王軍に入ってて……それ以前の記憶は曖昧、だけど、人間に助けられた、ので』

「ほぉ、勇者以外にも奇特な人間はいるんじゃなぁ」


『緊急だったので、予定とは違うけど……ミファンダムス帝国北端、現在の最前線にて我が輩の能力使用。“設置(・・)”は完了。――すでに開戦状態、人間側劣勢。大型の魔物多数配置……魔王は確実に帝国を陥落するつもり、なので』

「っ、開戦状態……!?」

 がたりと椅子が後ろに倒れるのも気にせず、ティフィアは立ち上がり顔を青くさせた。


「……、もう少し前線を維持するつもりかと思ったんじゃがな。アイリスのヤツめ、短期決戦が狙いじゃったか。沈黙を破って動き出したかと思えば……やれやれ、あやつの意図は理解出来ぬ。――魔王と勇者はどうしておる」

『んー…………ちょっと、なんか、……すごい状況なので。出来れば来て欲しい、ので』

「妾は行けぬ。更に戦況を混乱させてしまうからのう。――シュオルフ、事前にこっちで設置していた『鏡板』を出せるかのう?」


 ちょっと待って欲しい、ので。と残して一度声が遠ざかると、唐突にヴァネッサの隣に縦2(メイテル)、横1(メイテル)の楕円型の鏡が浮かび上がった。

 魔法師であるアルニはそれを直視出来ないので、眉を顰めて視線を逸らし。ティフィアはその鏡をじっと見つめる。


「シュオルフの能力は『鏡映し』ッス」

 不意に彼女の疑問に答えるよう、レドマーヌが説明を始めた。


「設置した鏡の反響によって映し出された音や景色を、同じく設置した鏡から見ることが出来るッス」

「じゃ、じゃあ、向こうの様子が見えるってこと!?」

「その通りッス!」

 レドマーヌが頷くのと同時に、鏡面が波打つように揺らぐと徐々に映し出される光景。

 ――それを観たとき、ティフィアは息を呑んだ。


 鏡の近くに転がる帝国騎士団員の死体たち。割れた大地。遠くで禍々しい目玉触手のバケモノと複数の大型魔物が接戦し、どこかで魔族が嗤う声と、生き残った騎士団員が緊迫したように叫ぶ声。

 僅かに見えた帝国領は大地から氷漬けにされ、結界はすでに破壊されていた。魔の者が悠々と帝都に向かって進軍していき、凍り付いた地も割れた地にも、魔の者と人間の血がそこかしこに広がる。


「っ、ぁ、」

 思わず後退る。


 ティフィアは戦争というものを知らない。いや、ほとんどの人間はそれを身近に感じたことなどないだろう。

 今まではすべて――『勇者』が一人で担ってきていたから。


 これほど凄惨で、現実離れしていて、恐ろしいものだとは知らなかった。

“痛み”も“死”も“恐怖”も“絶望”も、湧いて出てくるような。そんなものだとは。


 ……僕はただ、誰かが悲しむ姿を見るのが嫌だった。


 でも、実際に目に映る『戦争』というものは……そんな我が儘が通るようなことではないと思い知らされる。

 戦争は止まらないだろう。例え『魔王』を説得出来たとしても、人間側は魔の者を許さない。鏡越しで見ただけでも、死傷者はかなり居る。ティフィア一人が話したところで、憎悪も復讐心も消えることはない。


 遅すぎたんだ、全部。

 決意も、覚悟も、決断も。なにもかも。


 下唇を噛んで俯きかけたそのとき、隣から「諦めるのか?」と聞かれた。


 諦める?

 何を?

 違う。そんなつもりじゃない。

 胸から込み上げてくるこの気持ちは、そんなものじゃない。


「――ティフィアよ、チャンスをやろう」

 ヴァネッサの言葉にハッと顔を上げる。

 元魔王は静かにティフィアを見据えていた。


「妾にはもう魔王としての権能はない。が、魔族としての能力なら行使出来る。ただし、妾の存在が不安定ゆえに能力自体も劣化しておる。それでもおぬしが望むなら、力を貸そう――ティフィア(勇者)よ」

「……そ、れは、帝国に転移出来るって、こと?」


 願ってもないことだ。だけど、行って何が出来る――?

 それに帝国に行って、同じように転移して戻れなければゴーズさんとの約束を破ることになってしまう。

 サーシャちゃんを守る。そのためにマレディオーヌとの戦闘は避けられない。

 ティフィアの戦闘力なんて微々たるものだが、それでもいないよりはマシのはず。


「妾の能力は『干渉操作』。この鏡板を通して、帝国へ干渉出来るようになるのじゃ。おぬしが転移するわけではなく、おぬしを模した“模擬体”に五感を移してのう」

「模擬体……?」

 首を傾げると、鏡の向こうでシュオルフらしき声がボソボソと聞こえ、やがてそれに応えるように鏡面が輝くと次の瞬間にはティフィアそっくりの分身体が映し出された。

「ぼ、僕がいる……!」


『“鏡映し”で貴方のコピーを作ったので。でも、あくまでコピー……動かないし、しゃべれない、ので』

「そこで妾の『干渉操作』じゃ。おぬしの五感を模擬体(コピー)に移し、帝国で自由に動くことが出来る」

「すごい……」

 ようするにもう一人の自分が帝国にいる、ということか。もちろんそれを操るのはティフィア自身なのだが。


「じゃが、制限がいくつかある。妾の能力を維持出来るのは最長3時間。それからシュオルフの能力で生み出した模擬体に回復術式は使えぬ。模擬体が壊れる、或いは3時間過ぎたら――このチャンスタイムは終了じゃ」

 ――どうする、ティフィア。と、まるで挑発するような物言いに、少女は躊躇うことなく言い放つ。


「行く」



***



「帝国から離れて、魔の者狙って狩りまくってたら少しぐらい会いに来るかと思ったのに。……素っ気ない態度されると、無理やり振り向かせたくなるもんだと思わない?」

「何を言ってるのか分かりません、ガロ」

 そりゃあそうだ、とクローツから鋭い視線を受けながらも、飄々とした態度でガロは肩を竦める。


「俺はずっと『魔王』を探してたんだよねぇ。でもいつまで経っても出てこないから、出てこざるを得ない(・・・・・・・・・)状況(・・)を作るしかないでしょ?」

 出てこなければいけない状況……戦争のことを言ってるのであれば、それはつまり。

「ニアとリウの報告からもしやと思っていましたが――シスナのことも、サハディで起こった事も、すべて貴方が引き起こしたということですか?」

 冷淡な口調なのに、隠しきれない怒りの感情が孕んでいるのを感じとり、思わずガロは口角を上げた。


「クローツさぁ~、怒るのはいいけどシスナを殺したのは君の判断だよ? 俺と一緒にサハディに行かせたのが間違い。そんなに俺のこと信頼してた?……そんなわけないよね? だってクローツは俺のことずっと疑ってたでしょ?」


 あの頃から。

 あのときから。


 ――フィアナ様が死んだ、その瞬間から。


「っ、ガロ隊長! 本当に貴方が――ッ!」

 彼女の護衛としてずっと側にいたガロが、たとえ任務で離れていようとどんな状況であろうと、みすみすフィアナ様を死なせるはずがない。


 それだけすごい人なのだ。

 それくらいフィアナ様を護り続けていたのだ。


 なのに。


 呆気なく。唐突に。彼女は息を引き取った。

 城の、廊下の真ん中で。


 魔族の仕業だというのが有力な容疑だったが、クローツはずっと不審に感じていた。


 もし魔族の仕業なら。

 もし誰かによって殺されたのなら。


 フィアナ様が最期にガロへ「ごめんなさい」と遺すだろうか、と。


「クローツのことだろうから、根拠のない推測だって不審感にフタしちゃったのかな? だとしてもシスナを同行させたのは失敗だったねぇ! もし親衛隊員だったら、ナイトメアがあそこまで強化されなかったし、【魔界域(ラグラ)】への砲撃も全く届かずに終わったのに。――ははっ♪ クローツのせいだぁー! クローツが間違ったから、こんなことになっちゃったんだー!」


 あははははっ! と笑いながら剣を握ったまま向かってきたクローツを避けるように後ろへ跳び、屋上の横に(そび)えるとんがり帽子のような屋根に着地する。

 ガロが見下ろす屋上には人工勇者たちの多くがすでに倒れ、要であるリュウレイもだいぶ疲弊していた。

 クローツも魔族と戦い満身創痍で、これはもう手を下すまでもなく全滅するだろう。


 最小限の犠牲で、魔王を倒す。そのための『人工勇者計画』だった。

 だけど実際はどうだろうか。

 魔王軍の侵攻すら、人工勇者には止められなかった。


「……結局、100の巡りをなぞるしかないんだよねぇ、これが」

 クローツには悪いが、これで世界中に伝わったはずだ。

 どんな手を使っても、魔術の技術力や軍事力を用いたとしても――魔王軍には勝てない、と。

 魔王軍や魔の者と対抗出来るのは『勇者』しかいないのだ、と。


「都合が良いことに、なんかリウル・クォーツレイも現れてくれたことだし。……つーか、なんで生きてんの?」


 死んだはずの勇者が生きている。それはよく分からないが、たぶん教会が何かしたんだろ、どうせ。何も聞かされていないが、そもそも駒の一つであるガロに丁寧に教えてくれるような人物はいない。


「まぁいっか。俺の仕事をしなくちゃNE☆ ふふっ、ようやく戦闘許可降りたし、楽しむぞー!」

 むしろ彼の存在は好都合だ。リウルが魔の者を倒せば、そのぶん『勇者』を支持する人が増える。

 ガロは双剣を抜き近づいてきた魔族を瞬殺すると、そのまま屋根から飛び降りた。






 視界からガロの姿が消えると、クローツは考え込みそうになる頭を振り、リュウレイへ視線を向ける。

「……クローツさん」

 魔王とリウルの登場。更にガロとのやり取りに困惑し、不安そうに見てくる少年へ口を開いた。


「――リウ、魔王を倒しましょう。それで全てが終わる」


 シスナをガロと同行させたのが失敗だった、とガロは言った。

 しかし、それは違う。


 分かっててシスナを行かせたのだ。戦争を引き起こすために。引き金をひくために。


 すべてはこのため――魔王を倒すための、尊い犠牲。


 ガロに怒ったように見せたのは、彼が口を滑らせるのを期待したからだ。

 シスナの件、サハディの件両方ともガロが企てたのか。

 彼はクローツの問いに答えなかったが……逆に言えば、それが答えとも言える。


 彼はシスナを殺した。それは間違いない。彼女をノーブルに売り、ナイトメアで【魔界域】を攻撃するように仕向けた。

 ――だが、ノーブルを追い詰めるようにサハディ帝国に手を加えたのも、ノーブルを唆したのも、間違いなくガロではない。別にいる。その人物こそが、むしろガロを動かしている。

 そして、おそらくミファンダムス帝国を陥れようとしているのも……その人物が黒幕だ。


「まだ動ける人工勇者たち、これが最後になります。……良くここまで頑張ってくれました。終わりにしましょう、これで幕引きです」

 養子縁組し、我が子となった少年少女たち。

 元々未来のない子供たちではあったが、それでもこんなツラい思いをする必要などないのに、犠牲になることを選んでくれた。


 彼らに、報いなければいけない。


 すでにほとんどの魔力を使われ、更に複合魔術による脳の酷使で、まだ生きている僅かな人工勇者たちは、意識もなく虚ろな瞳をリュウレイに向けている。

 リュウレイはその中にジェシカがいないことに気付くと、思わず足元を見て、床に寝転がる白衣の少女の姿に歯を食いしばった。


 リュウレイを後ろから抱きしめて、優しく宥めてくれた義姉は、もういない。


「…………【窓、展開――ッ】」


 杖を力強く振り上げ、ガツンッと杖先が床をつく。

放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”を維持する“窓”はそのまま、更に術式を展開していく。


【 “術式加算”、連立術式解放。――震撼せよ! 天を貫き、大地を穿つ絶死の瞳。破滅と破壊をもたらせ!――穿ち死せる地獄(ナイトメア・フェルノ)ッ!!】


 それは奇しくも開戦のキッカケを与えたナイトメアの術式だ。

 しかし失敗したノーブルとは違い、人工とは言え『勇者の証』が付与しているこの攻撃術式ならば――魔王を倒すことが出来る。


 リュウレイもありったけの魔力を込め、杖先を“放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”へ向けた。


***


だいぶ更新が遅くなっております、すみません……

正直、次話の更新も遅くなりそうです。

気長にお待ちいただければと思います。

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