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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
176/226

2-8


今までニアが双剣を使わなかった理由は二つある。



 一つはガロに双剣の指導を受けなかったから。いや、正確には教えてもらえなかったのだ。


「双剣? ダメダメ、基盤が出来あがってないのにそんなもん使ったら、変な癖ついちゃうでしょ?」

「癖、ですか……?」

「基礎は大丈夫だけど、ニアには自分の“型”がないから。それが出来るまではトラクタルアースの流派をひたすら覚えんしゃい」


「……そう言って、教える気がないのでは?」

「あはは♪ 嫌だなぁ、俺ってばそんなに信用ない?――片手剣と双剣だと戦い方も変わってくる。双剣はあくまで手段の一つとして使うべきだよ。俺みたいに完全無欠の最強剣士ならともかく!」


「手段……。つまり二刀流を最初から使うのではなく、いざというときに相手の不意を突くため、とかですか?」

「うんうん、その通りッ! それに双剣を武装時にもし戦場で片方の剣を壊したら、片手剣で戦わないといけないでしょ?」

「確かにそうですね」


「でも正直なところ双剣なんて使わない方がいいけどねぇ。手段を増やしたいなら、クローツみたいに魔術を学んだ方がよっぽど使い勝手いいし」

 ――ガロの言うことはもっともだ。剣を増やすより、魔術を使えるようになれば相手を選ぶこともない。対人戦でも、魔の者でも。


 それでもニアが剣士としての道を志すキッカケを与えたのは、あの鎧の男なのだ。

 剣士として。騎士として。双剣使いとして。……私はあの人と、対等になりたかったから。


 そして――理由のもう一つは、仲間を守れなかったこと。

 鍛錬を詰み、ひたすら強くなるために経験を重ね、それでもニアは騎士として仲間を守ることが出来なかった。彼らがピンチのとき、駆けつけることが出来なかった。


 ……私はリウル様とも、対等にはなれなかった。






「所詮、貴様も元といえど王族……っ! 貴様らはいつも保身や我欲ばかり考える! その行いが! どれほど弱き者を犠牲にし! 食い物にしてきたか――っ!」


 互いの剣戟を弾き、躱し、受け流す。

 ヴァルツォンの攻撃はどれも重い。それなのに動きに無駄も隙もなく、素早い。

 怒りに満ちているというわりに、冷静なのだろう。


「それには同意します! 人は過度な地位と権力を持つと、っ、己が欲に溺れてしまう!――でも! 誰もがそういうわけじゃない! 貴方の師だって元は貴族でしょう!?」

「あの方は国へ貢献してきた! その報酬が爵位だっただけだ!」


 ヴァルツォンの剣にはすでに罅が入っている。本来ならこれほど打ち合ってはとっくに壊れてもおかしくない。うまく力を受け流されているのか。


「それなら、尚更分かるでしょう!? 例え愚か者が多くとも、彼らがこの国を支えてる! 彼らがいなくなれば国が滅ぶ! 魔の者が侵攻している状況下で、国民たちから居場所を奪うつもりですか!」

「――っ、だから……蔑ろにしていい、と?」


 急に打ち合っていた剣を下げたヴァルツォンは後退し、一気に魔力を高める。

 なにか技を繰り出すつもりだ。

 ニアも右手の剣を一度鞘に納め、左手の剣先を彼に定めながら腰を落とす。


「勇者も、国民たちも、使い捨ての駒にしか思っていないこの国を……仕方ないから、許せと?」

「そんなこと……っ!」

「ない、とそう断言出来るのか?―――俺は、許せない!」


 ビキッ!


 ヴァルツォンの魔力に堪えかね、いよいよ根元から剣身が折れる。しかし彼は視線をニアから外さない。確実に仕留めるつもりだ、その折れた剣で。

 カシャン、と落ちた剣身が音を立てる。それを合図にヴァルツォンとニアは同時に片足を踏み込んだ!



「武器特性、解放――ッ!!」


「トラクタルアース流、突き術――尖影涛撃(ラッシュゲーティン)ッ!!」



 ヴァルツォンの折れた剣がぐにゃりと歪んだのが見えたが、それよりもニアの剣技の方が先に彼へ肉薄する!

「ハァアアアアアアアアッ!!!!」


 目にも留まらない速さで、無数に突き出される剣先。ヴァルツォンが堪らず身体を仰け反らせて躱す。 だが、これはただの突き連撃ではない。

 彼の視界に映り込む剣の影。――それは一つだけではなかった。


「ぬぅ……っ!?」咄嗟に後ろへ転がりながらヴァルツォンが見たのは、突きの斬撃が宙に残ったまま(・・・・・・・)更に袈裟斬りを振り切ったニアの姿だ。


 けして彼女は鞘に納めた剣を抜いたわけではない。


 ――トラクタルアース流の剣術というのは、そういうものなのだ。


 ニアがよく使っている抜剣術に『亜空斬』というのがある。それは空間ごと切断する剣技で、技を使ってから1秒間は切断した空間に触れた者の固さや質量に関係なく、斬られる。

『尖影涛撃』はそれの突きバージョンだ。貫かれた空間ごと斬り、その斬撃は残る。亜空斬と違うのは、剣を振り切ってもそこから次の連撃(コンボ)に繋げ、追撃できるという利点。


「まだ終わりませんよ!」

 距離を空けたヴァルツォンを追い、再び『尖影涛撃』を繰り出そうとするニア。

「トラクタルアース流……“残撃”が特徴だったな。なるほど、厄介ではあるがタネさえ知っていれば造作も無い……!」

 にゅる、とヴァルツォンが持つ剣身が、細長くしなやかな――鞭へと変貌していた。


「!」

 危機を察知して跳躍したニアの足元で、鞭が教会の屋根を撫でるように吹き飛んでいく!


「で――」デタラメでしょう、それは!?


 着地する足場を失い教会内へと落下するニアを、追いかけるようにヴァルツォンも飛び込む。落下状態で逃げることの出来ない彼女へ鞭で追撃すべく。

「くっ!」

 魔力がこめられた鞭が幾度も襲いかかり、それを剣で弾いていく。そのせいで上手く体勢を整えられず、剣技も出せない。更に床が近づいてくると、鞭の魔力は増して叩き落とすように振り下ろされる!


 ドォンッ!


「かはっ」背中から床にめり込むように落とされ、一瞬意識がブレた。

 だが、すぐに身体を転がして上体を起こせば、ニアの落下地点に追尾して着地したヴァルツォンが、いつの間に拾ったのか折れた剣先を持って床を貫くところだった。


 復讐に囚われた瞳がニアを見据えた。


「……仕留め損ねたか」


 ぽた。ぽたた。

 折れた剣身を素手で握っているせいか、彼の左手からは血が流れている。


 自分が傷つくことも、他者を殺すことも、躊躇わない。それはまるで、自らを追い込もうとしているように感じた。


 この状況をひと目見れば、ニアの方が劣勢に映るだろう。


 ――なのに……私には、この男の方が満身創痍に見える。


 倒さなければ。

 止めなければ。


 ゲホッ、と口の端から零れる血を拭い、ニアは立ち上がると剣を構える。

「双剣は使わないのか?」

「使いますよ。今は、使ってないだけです」

「……まぁいい。次こそは確実に仕留める」

「いいえ。残念ですが――“次”はありません」

「何?」訝しげに眉を顰めたヴァルツォンだが、次の瞬間ニアが構える剣の鞘に提げられた“鈴”を見て、ハッと息を呑む。


 あの鈴は魔道具だ。魔力さえあれば、どのタイミングでも使うことは出来る。例えば屋根から落とされたときでも、或いは床に叩き落とされたときでも。

 魔道具()の能力は分身体を生み出すこと。だとすれば今目の前にいるのは分身体で、本体が隠れて――いや、逆か? どちらにせよ、また全方位攻撃で、


「ぬぅん!」

 真上から気配を感じ、鞭にありったけの魔力をこめて振り払おうとした直後、ヴァルツォンは真上から落ちてくる剣に動きを止めた。

 そこに分身体なんていない。ニアが鞘に納めていたはずの彼女の剣が、目の前でクルクル回りながらゆっくりと落ちてくるところだった。


「――昔の私なら、こんな小細工しなかったでしょうね」

 背後から聞こえた、苦笑まじりの声。


 ヴァルツォンは一瞬、誰と戦っているのか分からなくなった。

 ――――ニア・フェルベルカは、こんな戦い方をする騎士だっただろうか、と。


「ぬぅぅうあああああああああアアアアアアアアアっ!」


 それでも。

 それでもヴァルツォンは負けられないのだ。

 ここで止まるわけには、いかないのだ。


 驚異的な反射神経で、振り向きざまに速攻の一閃!


 鞭のひと凪がそこにいたニアと建物の柱を両断する。

 だが、人影は揺らぐ。陽炎のように。


「!」

「こっちです!」

 声のする方を見上げる。


 ニアは落下してきた己の剣を宙で受け止めると、そのまま二つの剣を構えた。



「我流――“双迅牙”ッ!!」



 水平にまっすぐ上から下へ振り下ろされる双剣が、ヴァルツォンの肩から脇腹にかけて切り裂く!


「っぐぅ……!!」

 血しぶきが舞う。


 ――俺は。俺の復讐は……ここで止まっていいものなのか?


 彼の脳裏に浮かび上がるのは、友であるイゼッタの姿だ。

 今も尚、眠りにつく彼女。国に裏切られ、辱められ、壊れた彼女。


 許せるものか。

 止まれるものか……!


「が、あぁぁぁああああああああああッ!!」


 倒れそうになる身体を奮い立たせ、落とした鞭の代わりに強く拳を握る。


 誰が相手であろうと!

 どんな理由があろうとも!

 この怒りが。憎しみが。嘆きが。


 それが今にも動けなくなりそうな、立ち上がれなくなりそうな……俺にとっての“希望”なのだから。


「その傷でまだ動けるんですか……っ!」

 すんでのところで顔面を狙ってきた拳を躱して後退したニアは、正直困り果てた。

 動けなくなるくらいの傷を負わせたつもりだ。これ以上ヴァルツォンが動き回れば、或いは傷つけてしまえば、さすがに死んでしまうだろう。


 しかし彼の瞳には意識も意志もある。

 まだ折れてない。

 タフ過ぎる。だが、きっとそれほどに彼の想いは強いのだ。


「……どうすれば、」

 死なせたいわけでも殺したいわけでもない。むしろ彼は協力者になってくれるかもしれないのだ。失いたくない。


 ――そのときだ。


「!?」

 思わず城がある方角へと振り返った。

 先程とは比べものにならない、尋常ではない魔力の渦。


 そして、それだけではない。


 ――なにか、胸騒ぎがする。


 とんでもないことが起こるような予感に眉を顰めると、不意に教会の扉が勢いよく開かれた。

「先、輩!」レシアだ。


「大変、です……! 魔王が……っ! 勇者が………!!」

「お、落ち着きなさいレシア! 一体何が、」

 慌てたように駆け込んできた彼女は、あれだけの殺意を放つヴァルツォンにさえ意識を向けることなく、ニアの腕を掴んだ。

「ゆ、勇者が……現れて……っ! 今、……魔王と、戦ってて!」

 それで、と彼女は続ける。


「それで、勇者が―――――――――――」


 ニアは一瞬、レシアが冗談を言っているのかと思った。

『勇者』。

 それは、本物になりたいと誓ったあの少女ではなく―――。


「っ!」

 勇者の名前(・・)を聞いたヴァルツォンが突然走り出した。待ちなさいというニアの制止も聞かず、満身創痍のまま。


「先輩、」

「レシア、クローツ様と連絡は?」

「全然、……繋がら、なくて……」


「……このままでは――戦争が、」


 過激化すれば、終わらなくなってしまう。

 もしここで魔王と勇者が決着つけてしまえば、また100年後に繰り返してしまう。

 それを止めたいと願ったティフィアの想いが、無駄になってしまう……!


「先輩! 隊長の、こと……お願い、します!」

「――私はもう、親衛隊員ではありませんよ」

「でも!」それでも縋ってくる後輩へ、借りていた剣を返す。


「クローツ様は強い。それは貴方も知ってるでしょう?」

「だ、だけど……」

「私にも、やらなければいけないことがあるんです。心配なら、貴方が行きなさい。……怒られるのは覚悟して下さいね」

「先輩……」


 クローツへの想いは、なくなったわけじゃない。

 レシアへ言ったことは事実だ。彼は隊長だ、ニアたちよりも当然強い。それに彼の側には人工勇者たちやリュウレイもいるのだ。


 レシアを残して教会を出る。方向音痴のニアではあるが、強大な魔力が方角を示してくれる。


 そこが前線だと。

 そこに――魔王と勇者がいるのだと。


 とにかく急がなければ。

 不安に掻き立てられるように、走る速度を上げた。



***


次回「3.混沌」

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