表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
175/226

2-7


***


「ミファンダムス帝国に集いし『反乱軍(同胞たち)』よ。――待たせた。これより作戦を開始する。……まずは包囲上にある貴族街を潰す。誰一人として取りこぼすな。女子供であろうと容赦なく見せしめ、我らの“怒り”と“覚悟”を知らしめろ」


 声繋石の指輪を通して、仲間たちに作戦開始の合図を送る。

 各部隊の司令官から「了」と返され、ヴァルツォンは通信を切ると面を上げた。


「……」

 眼下にあるのはミファンダムス帝国の貴族街と呼ばれる場所だ。ここには王族や貴族に連なる者たちが生活している。

貴族街と他の街を隔てる塀や門があるのだが、門番兵はすでに処分し貴族街の各区にはすでに仲間たちが身を潜めている。包囲は済んだ。あとは殺すだけ。


 貴族街にある教会の屋根の上で、仲間たちが表に出て武器を手に彼らを殺すのを見て、ヴァルツォンもそれに参加しようとそこから降りる直前、上空――正確には城の方から巨大な魔力の流れを感知して足を止める。


「大魔術、か」


 向けられた先は国の外。おそらく魔王軍に向けてだ。しかしタイミングを考えると、反乱軍への牽制も兼ねているはずだ。

 現にこの膨大な魔力の渦を感じた者は足を止め、危機感の強い者は青ざめたように震えている。


「クローツめ」戦争ごっこに夢中になっていればいいものを。

 内心悪態を吐きつつ、怯んだ仲間を導こうと声繋石の指輪へ意識を向けたときだ。


 ――視界の隅で、教会の屋根へと突然飛び上がってきた人影に気付いた。


 腰に提げた剣へ手を伸ばしたが、それよりも相手の方が早いと判断しすぐさま距離を取るべく転がり落ちるように屋根から落ちる。落ちながら教会の屋根がガシャ!! と吹っ飛ぶのが見えた。

 宙で身体を捻って着地すると、今度こそ抜剣し頭上から降りてきた剣とぶつかる!


 ガッ――――!!!

 鉄同士がぶつかり耳障りな音と共に衝撃がヴァルツォンへと襲いかかる。が、鍛え抜かれた巨躯はそれを受け流す技術が備わっている。

 このままでは反撃されると感じたのか、相手はすぐに引き下がって離れた。


「さすが、です。……元、でも……騎士団長だった、だけ、ある」

 人影――剣を一度納めた女性が口を開いた。その口振り、その容姿。心当たりがある。

「親衛隊員レシア・フュビアンか」

「肯定。……私は、隊長の命により……あなたを捕獲しに、来た」


「殺しにきたの間違いではないのか」

「隊長は……望んでない」

 もみあげだけやけに長い短髪の女性は、小柄で背も低いが、背筋が伸びているのと無表情の相貌が大人びているせいか幼さは感じられない。

 しかし、こうして対峙しているにも関わらず気配が感じられないのと、剣の鞘に提げられた魔道具の鈴を見れば、一切気は抜けない。なによりクローツがヴァルツォン捕獲のために差し向けてきたのだ、強敵だろう。


「降伏は、受け入れる。……拒絶、すれば……隊員たち、が……あなたの仲間、殺すかも」

「貴様ら親衛隊員にあっさりと負けるような仲間はこの場にいないぞ」

 脅迫には屈しないと言えば、彼女は肩を竦めた。


「愚者。この状況下……どうして、反乱を起こすの。信じがたい」

「俺たちは革命を起こすためにここにいるわけではない。帝国への不信と怒りが突き動かしているだけだ!」

「“今”しか……見えてない。魔の者は、どうでもいい……?」


「“今”だからこそ――ッ!」

 正面から行って潰せるような国ではないことは、ヴァルツォンは嫌でも知っている。だからこそ、この戦争を利用しない手はない。

 ヴァルツォンの怒気と殺意が乗った魔力に、レシアは小さく溜め息を吐いた。

「もう、何も言わない。……言葉は、不要。――命令に従う、……それだけ」


 彼女は居合いの構えをとり、ヴァルツォンは剣を中段に構える。

 レシアの言う通り。ここまで来て止まれるほど、この感情は収まる術を知らない。あとはぶつけるだけなのだ。


「――ッハァァア!!!!」

 ガゴッ、と踏み込んだ地面が割れる。来る、と直感したレシアの眼前にヴァルツォンはいた。

「……!」大きく振りかぶった剣を殴りつけるような動き。それを剣で受け流すも軌道を変えられない。レシアは身をかがめてそれを避けるが、そこには動きを読んでいたように彼の膝があった。

「っ!?」


 この体勢で避けるのも防ぐのも無理だ。そう判断した彼女は歯を食いしばり、その膝にむしろ頭を差し出した!

 がつんっ、と衝撃が直に頭へ伝わるが、自ら当たりに行ったおかげでそれほど衝撃は強くない。反動で後ろへ反る身体をそのまま距離をとるべく後退。ヴァルツォンは追撃せず、再び構えた体勢でレシアを睨んでいた。


「……こないの?」

 追撃しないのか、と問えば彼は訝しげに首を傾げた。

「得体の知れない相手と対峙して深追いするほど愚かになった覚えは無い。一向に気配もなく表情の読み取れない……そういう相手は、特にな」

 兄弟子を思い出す、とはさすがに口にはしなかった。


 ――兄弟子ルシュ・ブローウィンもそういう人だった。

 確かに純粋な強さで言えばヴァルツォンの方が上だったが、しかし兄弟子と稽古試合して一本取れたことはなかった。正確にはすべて引き分けにされたのだ。


 あの人は集中力と洞察力に長けている。スロースターターなのが玉に瑕なのだが、集中力が度を超えると相手の動きを本当に読んでくるときがある。実際、周囲がスローに見えるらしい。

 そのせいで何度反撃され、地に膝を着いたことか。

 師に騎士団長の後継を任命されても、皆から強いと称賛されても、それでも奢ることなく研鑽を積むことを止めなかったのは兄弟子のおかげだ。


 そして兄弟子に似ていると感じる親衛隊員の彼女も、おそらく反撃――カウンター技が得意だと感じる。反応速度も良い。反射神経が研ぎ澄まされている。

 なるほど、ヴァルツォンの戦い方を知っているクローツは、だから彼女を選んだのだろう。


「……そう、得体の知れない、か。……なら、もっと、……不明瞭にしてあげる」

 ちりん、と。「―――“領域変換(フォウル・レギオン)”」

 鈴の音が響くのと同時に、何かが波紋状に広がっていく。


 親衛隊の厄介さはこれだ。だが、これでも元は騎士団長。“領域変換”への対処方法は師から教わっている(・・・・・・・・・)


「これで、……終わり――」

 魔道具の影響か、レシアの姿が幾重にもタブって見える。同じように動き、その全員が言葉を発しているようにしか聞こえない。

彼女()が抜剣し近づいてくるが、もし対処方法が分かっていなければさすがにヴァルツォンも苦戦を強いられただろう。どれが本物か、或いはどれも本物か。


 剣を下段に構え、左足を下げる。思い切り身体をかがめるように沈ませ、大きく息を吸い込む。

 ――あの鈴の魔道具は“音”によって、魔術的支配領域を作り出す。

 魔力量によって領域の広さは変わってくるのだが、それは鈴の音の大きさで分かる。おそらく、5(メイテル)ほど。


 ならば――その支配領域(・・・・・・)すべてを一斉攻撃し(・・・・・・・・・)己の魔力で支配者を(・・・・・・・・・)塗り替えればいい(・・・・・・・・)


体内で渦巻く魔力を剣へとこめる。堪えかねてビキッと罅が入るが、この一撃までもてばいいので気にしない。

「ハアアアアアアアアアアアアァァ…………ッ!」

 極限まで高め、こめられた魔力。レシアも何か勘付いたのか剣を前へ構える。だが、すぐに“領域変換”を解かずに下がらなかったことを後悔した。


 濃度の高い魔力が剣身へと収束し、ついに解き放つべくヴァルツォンが動いた。


 一歩、だ。

 或いは一閃。

 否、両方。


 下げていた左足が前に出て、重そうに見えた剣身が構えから振り抜かれて、一閃。


「ぁ、」レシアは、正直死んだと思った。


 宙を裂いた一閃は空振りのように見えたが、魔力がこめられたその一撃は彼を中心に衝撃破を放ったのだ。

 一瞬、突風のようなものを感じた。でもそれは簡単にレシアの“領域変換”を壊し、レシアの分身体をも打ち消し、地面を抉って宙を切り裂いた。


 圧倒的な力量差。

 隊長が少しでも危険だと感じたら退きなさい、と言っていた理由が今更分かった。

 ……でも、レシアは生きていた。


 それはヴァルツォンが意図して手加減したわけではない。

 彼は本気で殺すつもりだった。

 では、どうして生きているのか。


「――間一髪ってところですか。危なかった……」

「………せ、先輩ぃい………っ!」

 思わずレシアは涙ぐみ、目の前にあるその背中へ飛び込みたい気持ちになった。だけど腰の抜けた身体ではそれも出来ない。


「……あれを防ぐとは、」

 ヴァルツォンが獣のように不機嫌そうに喉を鳴らして、間に割って入ってきた人物を睨み付ける。


「腑抜けた、という噂もあったが、どうやら間違いだったか。――ガロ・トラクタルアースの愛弟子……っ!」

「愛弟子とか、止めて下さい。鳥肌立ちました、気持ち悪い……」

 レシアの次に彼へと立ち塞がったのは、褐色のボブヘアーに薄桃色の瞳の女性ニア・フェルベルカだった。


「レシア、貴方は下がっていてください」

「で、でも……先輩、これは私の……任務、だから……」

「確かに私は親衛隊も辞めて、関係ないとも言えます。が、私の主は絶対に見過ごさない。私も、親しかった後輩を見殺しに出来ませんし。これだけ言い訳があれば、動くには十分でしょう」


 それに、とニアは続ける。


「ヴァルツォン・ウォーヴィス。私は貴方にも話があるんです。しかし……聞いて答えてくれるほど、簡単ではなさそうですね」

 憎悪がこめられた眼差しに思わず苦笑してしまう。

「当然だ。勇者リウルの仲間だった貴様が、何故“そちら”に着く! やはり全てがガロの思惑通りということか!」


「……何を言っているか分かりませんが、やはり貴方は何か知っているみたいです。出来れば先生を敵視してる人とは協力関係を結びたいところですが」

 それは現段階では無理そうだ。ニアの言葉など聞いてるようで聞いてない、今にも感情のままニアへと攻撃をしかけようとする敵意に満ちたヴァルツォンに眉を顰めた。


 ……先生は一体何をしてこれほど憎まれているんですか。


 ニアの知らない、師であるガロの別の顔。

 サハディで感じた、彼の歪み。


 ――本当はリウルの死体を見つけた彼へいろいろ聞きたかったのだが、冷静さを欠いた彼は何も答えてくれないだろう。

 ガロと何があったのかも含めて聞くには、彼を倒すしかない。


「元騎士団長……私も本気を出さないとマズイですね。――レシア、剣借りますよ」

 腰が抜けたときに落としていたレシアの抜き身の剣が足元に転がっていたので、それを足で蹴って左手に掴む。


 這う這うの体で後方へ下がっていたレシアはその行為に驚いた。


 隊長に似て真面目で几帳面なニアが、剣を蹴って拾うなど絶対にしなかった。それに二刀流だって。

 レシアは親衛隊員としてニアの後輩にあたる。だからニアのすべてを知ってるわけではないのだが、それでも今まで彼女はニアが二刀流だった姿は見たこともない。

 ニアの師であるガロは双剣使いだが、ニアはてっきり片手剣使いだと思っていたから。


 そして、それはヴァルツォンが知ってるニアの情報でもなかったようだ。


「双剣……。師匠の真似事で俺を倒せると思っているのか? ヤツが双剣なのは己への縛りだ。剣が増えれば強いなど、」

「――強さの形は一つだけではありませんよ、ヴァルツォン・ウォーヴィス」


 余裕のない彼の姿が、昔の自分に重なって見えたニアは自嘲する。

 ずっと“過去”に囚われていた自分自身と。


「剣も同じです。拘るから、縛られるんです。……不思議ですね、私、今の貴方に負ける気がしません」

「なんだと……?」

 癪に障ったのか更に凄みを増して凶悪な顔になるヴァルツォンへ、右手の剣先を突きつける。


「違うというならば――答え合わせをしましょう。間違っているのは私なのか、貴方なのか」

「邪魔をするなら貴様も殺す!」


 踏み出したのは同時。

 一瞬後に、剣と剣が衝突する甲高い音が響いた。


***


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ