2ー2
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「ふへへ、いっぱい出来たね」
「失礼だけど……ティフィア様、意外と器用だったんだね」
「うん、僕も驚いた」
シフォンケーキ、ババロア、クッキー、フルーツタルト。
テーブルへ置かれた大皿にはたくさんのデザートが並べられ、目にも鮮やかだ。
レドマーヌも口から涎を垂らして、珍しく短い橙色の尻尾をフリフリ揺らしている。
「食べてもいいッスか!? いいッスか!?」
「みんな呼んでからにしようよ」
瞳を輝かせるレドマーヌに苦笑を浮かべて返すと、分かったッス! すぐ呼んでくるッス! と部屋を飛び出して行った。
「じゃあ自分は飲み物でも用意しようかな」とカメラも部屋から出てしまい、ティフィアは一人小さく息を吐く。
――様子がおかしいアルニを元気づけるため、何かプレゼントしようとお菓子づくりを始めたのだが、カメラの指導が良かったのかティフィアが意外と才能あったのか、お菓子づくりは捗り、調子に乗って大量生産してしまっていた。
じゃあどうせなら皆にも振る舞おうということで、色んな種類のデザートも作ったのだけれど。「ちょっと作りすぎちゃったかな」
食べきれるか心配な量を目の前に小さく苦笑する。
――でも、今日くらいは良いだろう。
「みゅあ~! 意外と美味しそうだにゃぁ~!」
「ミュダ、お前普通にデザートとか大丈夫なのか? 糖尿とか下痢とか、」
「私は猫の姿してるけど魔族にゃ!」
部屋に一番乗りで入ってきたのは青年と猫のコンビだった。「ラージ、ミュダ! いらっしゃい」
「ああ、ティフィア。招いてくれて感謝する」
「ふへへ。いっぱいあるから、たくさん食べてね」
「ラージ! こっちに座るみゃ!」「好きな物でもあったか?」一人と一匹が適当に近くの席に座ると、今度はゴーズとサーシャがやってきた。
「ティフィアおねぇちゃん! あのね、ありがとうございます! サーシャね、甘いの大好き!」
「お菓子が食べられると聞いたときのサーシャの喜びよう……瞳をキラキラ輝かせて、まるで天使! 無垢なる天使! いやはや、ボクにはサーシャの存在こそが甘露のように見える……!」
「サーシャちゃんも、……えーと、ゴーズさんも、いらっしゃい」
相変わらずゴーズはサーシャが絡むとよく分からないことを口走る。
その二人の後ろからウィーガンもやってきて軽く挨拶し、そうしている内にアルニとガ―ウェイ、それからレドマーヌも戻ってきた。
「食い切れンのか、これ?」
テーブルの上にあるたくさんのデザートに呆れたように目を向けるガ―ウェイの、背中を押しながら席に着かせるアルニ。
「いいんじゃね? こんな贅沢も休息も、もう出来ないかもしれねーし」
「そうッスよ! 腹が減っては戦はできぬッス! いざというときに空腹で動けなかったら最悪ッス。だからいっぱい食べるッスぅ~~♪」
「あとで母上たちにも持っていかないとな」
「みゅぁ~、先に切り分けて取っておかないと、あの食いしん坊魔族に全部食べられそうだにゃ」
そうして全員が席に着いたところで、カメラが紅茶の入ったポットと人数分のカップを台車に乗せて持ってきた。
「自分が給仕するから、ティフィア様も座って食べると良いよ」
「でも……」
「ほら、いいから」
無理矢理空いてる席に座らされ、それから「みんな揃ったから良いッスよね!? いただきますッス!」と勝手に食べ始めるレドマーヌに、みんなも慌ててそれに続く。
こうしてティフィア主催のお茶会は唐突に始まった。
「このシフォンケーキ、ふわふわでおいしい……っ!」
はむっ、と大きな口を開けてクリームをたっぷりつけたシフォンケーキを頬張ると、それはそれは嬉しそうにサーシャが笑みを咲かせた。
「サーシャはこういうのが好きなのかい? そうか、ならあとでボクもカメラ枢機卿からレシピを聞くことにしよう。君がいつでも頬を赤らめて至福の笑顔を見せてくれるなら、いつでもどこでも作れるように!」
「なんかゴーズ、変態っぽいッス。サーシャは怖くないッスか?」
「ゴーズのおじちゃんはいつもこんな感じだよ? でもおかぁさんのことはもっと好きだから、もっともっとうるさいよ?」
「う、うるさ……? サーシャがボクのことをそんなふうに思っていただなんて……」
いつか存在がウザいとか言われるんだろうかと一人で落ち込むゴーズを放置し、レドマーヌはサーシャとデザートを食べながらこれが好きとか美味しいとか話し始めた。
それを横目にガ―ウェイは大きく欠伸を掻きながら「俺は酒と肴が良かった」と愚痴る。
「だったら部屋で一人飲んでれば良かったじゃねーか」
ティフィアたちの好意を無碍にしてるわけではなく、そもそも甘いのがあまり好きではないガ―ウェイに苦笑しつつアルニが返すと、テメェは馬鹿かと罵られた。
「いつ教会が攻め込んでくるか分からねぇし、ここにはカメラ・オウガンがいるんだぞ? それに魔族と、一度は俺たちを裏切ろうとしてたゴーズ。どいつもこいつも目的のためなら手段を選ばねぇヤツらばっかだ」
それ、ガ―ウェイが言うのか? と内心呆れつつ、アルニは“彼ら”を見回して「俺は嫌いじゃねーけどな。傭兵団みたいで」と呟く。
誰もが同じ方角を向いているわけではない。色んな事情を抱えた人たちがいるのだから当然だ。
だけど1つの目的のために――そういう人たちが一緒に戦うような、そんな“ならず者たち”の生き様を見ているのが好きだった。
カムレネア王国で知り合った賞金稼ぎや旅人、レッセイ傭兵団やアレイシス傭兵団。
今こうして同じテーブルを囲んで一緒にデザートを食べる彼らが、そんな知り合いたちを彷彿とさせる。
「………。傭兵団が解散したことにケチつけにここまで来たのか、テメェは」
「そんなわけねーよ。――ただ、除け者にされたのは気にくわなかったけどな」
傭兵団の中で俺には目的とか、そんなものは無かった。
だけどガ―ウェイ――いや、レッセイたちに追いつくことに必死で。一緒に馬鹿騒ぎしたかっただけで。
…………それだけだったんだ。
「今だって俺に話すつもりはないんだろ? ガ―ウェイたちの目的ってやつは」
「テメェは部外者だからな」
つまりは必要ない、ということだろう。戦力外通告だ。
「言うと思った」頷き、クッキーを口に放り込む。
サクサクと軽い食感と共にバニラとショコラの風味が口に拡がる。美味い。まさかティフィアにこんな特技があったとは。
あいつ、普通に女の子としての人生歩んでいれば、もっと幸せな道もあっただろうに。
当の本人はアルニの視線に気付いて「えへへ」と緩く笑みを向けた。
それから、あれだけあったデザートがほとんどなくなった頃、紅茶を飲み終えたカメラがラージへ目を向ける。
「―――さて、そろそろ時間かな。もういいかい、ラージ」
「そうだな、糖分は十分に補給したし、行くか」
不意に二人が席を立つのを、何も知らないサーシャだけが眠気に目を擦りながら首を傾げた。
「ラージおにぃちゃん、どこか行くの……?」
「ああ。……――“仲間”を助けに行ってくる」
ラージの“仲間”――それは反乱軍の部下たちのことだ。
これからラージはカメラと共に教会へ向かう。反乱軍の指揮官の一人として。
昨晩、急にそのことを言われたティフィアとしては引き留めたい気持ちがないわけではない。
――結局ラージは麻薬の中和剤が作れた、とは一言も口にしなかった。
おそらく出来ていないのだろう。
それでも中和剤が出来るまでここにいれば、“仲間”たちの命の保証はどんどん薄れていくし、薬草商会もラージ不在を狙ってどうなるか分からない。
だからこそラージが教会に投降するのは本人の意志なのだが、教会やマキナ女王が彼に『権利書』の在処を吐かせるため、麻薬の使用や拷問することは間違いないだろう。
「ウィーガン、母上のことは任せた。……今度は、お前が俺を待ってくれ。俺は必ずここへ戻ってくる」
「ラージ……どうか、無理をせず。自分の命を大事に」
「分かってる。大丈夫だ、俺にはミュダがいる」
「その通りだにゃ。私がラージを死なせるわけにゃいだろ」
ラージの肩にミュダが乗る。ここ最近いつも見る光景だ。それがどこか安心させてくれる。
中和剤はない。だけどラージの表情はとても自信に満ちあふれていた。何か策があるのかもしれないが、それ以上に――ラージとミュダが一緒なら、大丈夫な気がした。
「ラージ、頑張ってね」
「そっちも、健闘を祈る」
行くよ、とカメラが一人と一匹に近づき、そして姿を消した。空間転移で移動したようだ。
「じゃあティフィア、アルニ! レドマーヌたちも行くッス!」
「うん、そうだね」
「おねぇちゃんたちも行っちゃうの?」
さすがに何か感じ取ったのかサーシャが不安そうに見てくるが、大丈夫だよと笑みを向ける。
「ちょっと……偉い人に会って話をしてくるだけだから!」
偉い人というか元魔王なのだけど。
まぁ、あながち間違ってないはずだ。
「サーシャ、皆やるべきことがあるんだ。ボクらは彼らの武運を祈って、帰りを待つとしようではないか」
「うん……」
「それにサーシャもお母さんにおやつを持って、食べさせてあげる仕事があるだろう?」
珍しくまともにフォローするゴーズに、サーシャは分かったと頷く。
「でもね、サーシャが祈ると……きっと良くないことがあるから。だからね、サーシャ、まってるよ? またみんなでオヤツ食べられるの、まってるよ?」
「うん! ありがとう、サーシャちゃん」
サーシャの頭を撫でて、それからアルニの方へ振り返る。
「………」
本来ならティフィア一人で行くべきなのだろうが、教会もラージのことですぐには動けないはずだ。
マレディオーヌと教会がサーシャを狙って動くとすればもう少し猶予があるだろう、とアルニも一緒に行きたいと言ってきたのだ。
ティフィアとしては心強いし嬉しいけれど、――アルニが何を考えているのか分からない。
ジッと見つめていると訝しげに首を傾げたアルニが「何かついてるか?」と自分の顔を触りだす。
「あ、ううん。ごめん、ちょっとぼんやりしちゃったかな」
「……大丈夫か?」
「緊張してるけど大丈夫!」
力んでそう言えば苦笑された。
「ほら二人とも! 早く行くッスよ! 元魔王様が待ってるッス!」
痺れを切らしてレドマーヌが急かす。
それを謝り、先に行こうとする彼女を追いかけようとしたらアルニが隣にやってきて「お菓子ありがとうな。美味かった」とティフィアの頭をそっと撫でていく。
「…………えへへ」
良かった、美味しかったって言ってもらえた。
それが嬉しくて笑みを浮かべながら二人の後を慌ててついて行った。
だいぶ更新のペース落ちていて申し訳ないです……
次話はついに元魔王ヴァネッサと対面します。