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『隊長、魔王率いる魔王軍を確認。ポイントF地点よりB地点へ、帝国領へ真っ直ぐ行進中。数は……魔族が約30、魔物は多数。想定より少ないです』
声繋石のピアスから届く声にクローツ・ロジストは「了解。引き続き偵察お願いします」と返すと、それから最終調整を終えた『人工勇者』へと振り返る。
ここにいるのはほとんど未成年の少年少女たち。
彼らにはクローツが造り出した『勇者の証』の複製の一部が与えられた、選ばれし者。
そして、彼らをまとめる年長のジェシカ。
勇者の実弟、リウ。
――いよいよ彼らの命を使うときが来てしまったか、と目を細める。
勇者リウルが自殺したと報告を聞いたときから、クローツはずっと魔王を倒す術を考え続けてきた。
魔王を倒せるのは勇者のみ。勇者と他の人間との違いは、女神からの加護があるかないかの差違。ならば、その『勇者の証』を人為的に普通の人間に与えることは出来ないのか。
研究し続け、そうして行き着いたのが『人工証』。いわゆる複製――否、下位互換だった。
本来『勇者の証』は複製出来ない。
その理由は魔術では理解出来ないモノが混じっているからだ。式ではない、何か。
――魔法だ。
そう、『勇者の証』は魔術と魔法が組み合わさった術式だ。
魔法と魔術は相性が悪い。水と油のようなものだ。なのに、『勇者の証』は術式として安定している。
――だから魔法師であるジェシカに声をかけたのだ。
ミファンダムス帝国は魔法師が産まれた場合、必ず国へ報告する義務がある。それは先々代の皇帝陛下が取り決めた法律で、報告をしなかった者には厳罰処分が科せられる。
その魔法師の名簿にあったジェシカは、幸い帝都の病院にいた。
生まれつき体が弱い彼女は、すでに体の機能を機械に頼っていた。呼吸も、内蔵の働きも、排泄も。ジェシカの家族はそんな彼女の姿に堪えきれず、見舞いにくることもなくなったらしい。
「もし、健康になれたら――」
もし、死への運命を少しでもずらせたなら――。
「――君がそれを望むなら、僕は君の命を犠牲にしてでも必ず世界を救いましょう」
死神のような誘い文句に、ジェシカは泣きながら笑ってくれた。
この命が役立つなら、と。
そうして一人目の養子が出来た。彼女は己が知る魔法への知識や理解を教えてくれた。そうして何とか様になった“人工『勇者の証』”――『人工証』。
しかしここで問題となったのは、この『人工証』はあまりにも強力過ぎるという点だった。
『勇者の証』は所持者の魔力を増幅、治癒力や身体能力の向上といった強化をしてくれるが、それはあくまで所持者の能力値をカバーする程度の存在。だが『人工証』はその歯止めが利かない。
魔力は増幅し続け、治癒力や身体能力が加算していくと――それはもはや人の形には留まらない。
だからこそ、分散する必要があった。
シスナとティフィアが抜けた――総勢34人の『人工勇者』。
それから分散した『人工証』を一括に管理出来る母胎の術式『管理基盤』を所持する、リウ。
彼らは全員で勇者一人と同等の存在となり得る。
『――隊長、あと5分ほどでA地点……帝国の、いえ、人間の領域に魔の者が踏み入れます!』
「……了解。術式を展開します、すぐに戻ってきなさい。ご苦労様でした」
声繋石の通信を遮断すると、緊張からか小さく溜め息を零す。
それから改めて『人工勇者』たちへ視線を向ける。
――帝都エルダーニを囲う外壁の上、本来は兵士が街の外を監視するための場所を借り、狭いながらも皆【魔界域】のある方角をじっと大人しく眺めていた。
隣にいた、己よりも大きい杖を抱えた少年リウがクローツの様子に顔を上げる。
「来たん?」
「ええ。……リウ、」
「分かってるよ。一発目は威嚇射撃だけでしょ?」
人工勇者たちの力を見せつけて、もしそれで引き返してくれるなら――それで良い。だが、おそらく“そう”にはならない。
「義父上、こっちは問題ない。リウ、いつでもイケるぞ」
白衣を着た短いポニテ少女ジェシカが振り返り、胸を張る。それにリウは頷き「じゃあ、やろっか」と人工勇者たちの前に出た。
【“窓”――展開ッ!】
杖を振り、透明感のある青い帯を2枚出現させ、更に続ける。
【“原初の勇者”を再接続。欠片を結合させ、本来の姿を現せ!】
リウは自分の中に『人工勇者』たちの力が集まっていくのを感じながら、杖を頭上へと掲げると――そこに魔術紋陣が展開された。
太陽と一対の翼が描かれたそれは、まさしく『勇者の証』に他ならない。
しかもそれだけではない。リウの周囲にあった“窓”が増え、少年を囲う青い帯は全部で10枚となった。
光り輝く『勇者の証』の下、リウは真っ直ぐと地平線の彼方にいるであろう魔王軍を見据えて杖先を向ける。
【“瓦解の目、呪種子、堕落の手”――我らの魔力を糧に、仇なす者共へ恐怖の種を植え付けろッ!】
三種の複合術式――!
【――釘つけられた呪堕の眼ッ!!!!】
ビキッ。ビキキッ! ビキキキキッ―――――パァン!!
リウの周囲に展開された“窓”が、1枚を残し全てが割れて砕け散る!
それと同時に『勇者の証』が輝きを増す。
――一方、先ほどまで魔王軍を偵察していた親衛隊隊員のロムトは、隊長の命に従って急いでその場を離れていた。
不意に足元が揺れたように感じ一度足を止めれば、ゴゴゴゴゴゴォォォオオオと地響きが魔王軍がいた方から聞こえ、咄嗟に振り返ってしまった。
「っ……これが、『勇者の証』の力なのか……」
ロムトは勇者リウルを知らない。歴代最強の、すごい勇者だったということ以外は。だけど隊長のクローツから彼が自殺したと言われ、そして『勇者の証』の複製を造り出したことも聞かされた。
だから恐れることはない、と。人間は魔の者に必ず勝利するのだと。
しかしロムトの眼前に広がる光景は――おおよそ人間が為せる技だとは到底思えなかった。
魔王軍の先頭にいた魔物たちが地震で思わず足を止め、その次の瞬間には彼らの足元の地面が崩れ始めたのだ。
――地割れだ。
魔術による強制的な地盤沈下。それから大地を割ってのけた。
だが、これだけで終わらないことをロムトは知っている。
割れた大地は直径100m。対岸の地面までは50mといったところか。これくらい魔族は障害にもならないだろうし、魔物も種類によっては飛んだり投げてもらったりして越えることが出来るはずだ。
一時的な足止め。だが、それに臆することなく魔族や鳥型の魔物が越えようとしたとき――その崖下で目玉のような何かが光った。
そして。
ヒュッ! ヒュ、ヒュ、ヒュッ!
地割れを越えようとした魔の者の足を、崖下から伸びてきた植物の蔓のようなモノが捕らえる!
逃げようと藻掻くよりも速く、捕らえられた魔の者は地割れの中へと吸い込まれていき、グチャバキッブチュッ! と謎の咀嚼音にロムトは背筋を震わせた。
……あ、あんなものが魔術? バケモノを召喚した、の間違いじゃないのか? という考えを振り払い、とにかく巻き添えをくう前に逃げないと再び走り出した。
――場面は戻り、リウとクローツは確かな歯ごたえに眉を顰めていた。
「やはり向かってきますか……」
地割れなんて関係ないとばかりに飛び越える愚かな魔の者を魔術によって消滅させていくが、相手も馬鹿ではない。下級魔物を盾にして犠牲にし、或いは結界のような術を用いて触手を防いで難なく突破していく。
だが、それにしては躊躇いがなさ過ぎる。
魔族であれ魔物であれ、彼らには生存本能が備わっていることは分かっている。魔族に至っては痛覚があるのではないのかという、確証は無いにしろ仮説は出ている。
……所詮、魔の者。人間とは違う。
しかし、それならば何故今まで停戦状態だったのか。死ぬことを恐れないというのなら、どうして今まで鳴りを潜めていたのか。
「クローツさん! 次の魔術、いくよ!」
リウの声に我に返ると、クローツは「お願いします」と許可する。
――一発目は威嚇射撃だった。
だけど魔の者は侵攻を止めることはなく、むしろ地割れを越えて人間の領域へと足を踏み入れた。この時点でもう、戦争は始まったのと同義。
おそらく様子を窺っていたであろう帝国軍騎士団も動き出すはずだ。
人工勇者たちもまだ大丈夫なように見える。騎士団と魔の者が本格的に戦闘を開始する前に、今度は更なる強力な魔術で牽制すべきだろう。
「リウ、」
「分かってる、任せて。……だってオレは、」
天才魔術師だからね、と旅の中で何度も言ったことがふとリウの脳裏に過ぎる。
……でもそれは、“リュウレイ”の言葉だ。
今のオレはリウル・クォーツレイなのだから―――「――だってオレは、“勇者の弟”だからね!」
勇者の兄と同じ運命を辿っている。それが分かっていてもリウは杖を振るい、魔術を構築していく。
――呪われているこの身が生きてる理由は、もう……それしかないのだから。
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