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更新遅くなってすみませんでした。
明けましておめでとうございます。
「ん。やる」
「………ついに貴方までおかしくなりましたか、ライオット」
目の前で胡乱げにライオットを睨む生真面目そうな男クローツ・ロジストは片手でこめかみを抑えた。
「というか任務はどうしたんですか」
「俺様だけ先に帰った。急を要すると思って」
「“急を要する案件”が、それ、ですか?」
それ、と言いながらライオットが突き出す肉塊へ目を向ける。辛うじて人間の形は維持しているが、それだけだ。さすがに魔術研究に加わっているとは言え、死者を蘇らせることなど出来やしない。
そんなことが出来るのなら、いかなる犠牲を投じても勇者リウルを蘇らせているというのに。
「いやいや、よく見ろよぉ~。生きてるぞ、これ。すんげぇ生命力だよなぁ~、怖ッ!」
何を馬鹿なことを、と言いかけて閉口する。肉塊の、ちょうど頭らしきところにある目が、キョロリとこちらを見た。
焦点の定まらない紅色の瞳。
「……、なるほど。可哀想に」
「もうなんか分かった?」
「この子の魔力は膨大です。その魔力がこの子の意志に働きかけている。――つまり、魔力が生命力の代わりを果たしているんです」
体のほとんどを魔物に食い散らかされ、他にも人為的な傷もある。痛いはずだ。それこそ、さっさと死にたくなるような。到底、堪えられないような激痛が。苦しみが。
意識があるのか分からないが、それでも生きることを渇望している。……それほどまでに生きたいのか。
「とりあえず俺様にはどうにも出来ねぇーし、やる。回復したら教えろよ?」
よぉし、俺の仕事終わったぞー! と肉塊をクローツに強引に渡すと、踵を返して街に繰り出そうとする。だが、団長の帰還を知らされた副団長が颯爽と現れて「なに勝手に帰ってきてんですか! 第一、まずは報告! それから部下と連絡をとって――」苛立たしげに注意を始めた。
クローツは彼らに背中を向け、それから早足で自分の研究室へと向かう。
「――義父上?」
扉を開けた先には短いポニーテールを揺らしてクローツの存在に驚く白衣姿の少女がいた。彼女の名前はジェシカ。クローツの養女である。
ジェシカは何か大きな機械を操作していたのか、上の大画面に何かが映し出されている。それを確認すると、ちょうどメンテナンス作業を終えたところのようだ。
「いいタイミングです、ジェシカ。すぐに適合者確認システムを起動してください」
「分かった」何かを察したのか、彼女は言われた通りコンソールを弄り出す。
それを横目にクローツは機械に繋がれたポットを開くと、抱えていた少年らしき肉塊を優しく入れた。
「……どうか、女神様の祝福があらんことを」
ポットの蓋を閉じジェシカの元へと急ぐと、システムはすでに起動していた。ウィィンと機械音を鳴らして画面に大量の“式”が羅列し、グラフが表示される。そこから換算された適合率は86%。
「そのまま進めましょう。『人工証』の管理基盤を使って下さい」
「……一応聞くけど、本当にいいのか?」
「構いません。管理基盤でないと、あの少年を生かしたまま治療なんて出来ないでしょうし」
「そういうことを聞いてるわけじゃないのに話をはぐらかすってことは、これはまた義父上の悪い所が出てしまっていると思っていいか?」
「……彼は生きたがっている。それなら――」
「なるほど、私たち『人工勇者』と同じ、か。……なら、仕方ない」
クローツの言葉に納得したのか、ジェシカは迷いのない手つきでコンソールを再び操作し、画面には『勇者の証』が大きく映し出された。
そして。
***
――斧が防壁を何度も叩く音が響く。
逃げ場のない壁に囲まれた中で、オレは身動きのとれない体をガタガタ震わせ、最期の時を待っていた。
手間取らせやがって。こんな場所に。早く終わらせよう。ひと思いに。と、村人の声が聞こえる。
やがてバキンと、呆気なく防壁が破られた。
彼らが近づいてきて、斧を振り下ろす。
衝撃はあった。でも不思議と痛くない。熱のせいか、それとも。
ドクドクと体から血が抜けて地面を濡らす。あれほど熱かった体はどんどん冷たくなる。
「おいおい、生きてるぞコイツ」
「ま、マジかよ。やっぱ呪いは本当だったってことか……?」
「首落とせ! さすがにそれなら――ぅおッ!? 魔物!?」
呪われた血に惹かれて魔物共が集まってきた、と慌てふためき襲われる村人たちを見上げながら、オレは……――。
―――――ふと目を覚ました。
「……ここ、は?」
見慣れない、真っ白な天井。いくつも並ぶ簡易ベッドの一つにオレは横たわっている。
上半身を起こし、開いていた窓から差し込む陽光と微風が頬を撫でると、少し長くなった自分の前髪が視界で揺れた。
「?」違和感を覚えて一房掴むと、じっと見つめる。
黒く、ないか?
なんで、と目を覚ます前のことを思い出そうとし――ハッと左目を抑えた。
「見えてる……?」
母にえぐり取られたはずの左目。しかしそこにはちゃんと左目があって、視力もある。それから斧で斬られた肩も背中も痛くない。触れると、傷跡すら残っていないようだ。
夢を見ているのか、或いはここが死後の世界なのかと己の頬をつねる。
「――痛いでしょう? それは貴方が生きている証拠です」
誰もいなかったはずの部屋に、急に響く知らない声。
びくりと肩を振るわせて出入り口の扉へ視線を移すと、そこには生真面目そうな男が無表情でそこに立っていた。
「っ」
「君について少し調べました。……まさか、勇者様に弟がいたとは」
カツ、と男のブーツが床を叩く。――近づいてくる。
頭の中で斧を振り落とそうとする村人の姿が過ぎり、この男もオレを殺しにきたんじゃないかと錯覚し、咄嗟に周囲を見渡す。そして近くにあった花瓶から花を一輪抜くと、それを男に向けた。
「【“窓”展開――!】―――………あ、あれ?」“窓”が出てこない。
集中出来てるし、魔力だってある。なのにどうして、ともう一度“窓”を展開しようとするが何度やっても同じだ。
「――やはり、君が報告にあった防壁術式を構築した本人ということですね」
気付けばすでに近くまできていた男は、何故か小さく笑った。
「無駄ですよ。……魔術は同時展開出来ませんから」
「同時、展開……?」そんなことしようとしてない。わけが分からず男を見上げれば、彼はベッドの横にある椅子に座った。
「廃坑道に防壁術式の残骸があったと聞いてます。本来術式というのは役割を終えれば魔力残滓だけを残して消滅するモノ。残骸があるということは、」
「……オレが、解術してないってこと?」
そうです、と男が頷く。……確かに自分の魔力を感知すると、一部がどこかへ流れているのが分かる。それを遮断し、もう一度“窓”を展開すれば今度こそちゃんと出来た。
だけど術式を構築することもなく“窓”を消すと「いいんですか?」と問われた。
「……どうせオレ、防壁しか使えないから」
それに攻撃魔術知ってたとしても、自分より魔術に詳しそうな相手に勝てるとは思えない。……間違いなくこの人は魔術師だろうし。
「そもそもその歳で魔術が扱えること自体すごいことですよ」
「……いざってとき、使えないなら………意味ないん」
落ち着いている今なら、思う。
母がオレに襲いかかってきたとき、うまく魔術を使えればなんとか逃げられたかもしれない。父も母に刺されることも、呪いだと村長に言われて家に火を点けられることも、斧で襲われることもなかったかもしれない。
オレが間違えたから。
オレが失敗したから。
父さんも母さんも、死んじゃったんだ。
ギュッと毛布を掴み、じわりと溢れる涙が零れないように我慢する。
「……。一つ、君に謝らなければいけないことがあります」
「?」
「君は今生きていますが、――その命には制限時間があります」
せいげんじかん、と鸚鵡返しするオレに、男は手を翳した。すると淡い光とともに目の前に魔術紋陣が浮かび上がる。その魔術紋陣は――『勇者の証』だ。
「これは『人工証』と言って、『勇者の証』を複製した術式です。それが君の命を繋いでいる」
「………」
「この術式は性質から長く維持出来ないんです。……保って、5年。それが上限です」
「……」今オレは6歳だから――11歳を迎えられれば良い方、ということだ。
「それで……酷なお願いをしなければいけないのですが、」
男はそこで言葉を切り、一瞬視線を彷徨わせた。
迷っていた視線は、しかしすぐにオレを見据える。
「その命を、僕にくれないだろうか」
***
部屋を出た生真面目そうな男――クローツ・ロジストは疲れきったように大きく溜め息を吐いた。
実際、精神がだいぶ参っている。
「義父上、何もそんな性急に『人工勇者』のこと教える必要はなかったんじゃないか?」
白衣を着た短いポニテ少女ジェシカだ。心配で様子を見に来たのだろう。
彼女を一瞥し、それから首を横に振る。
「……あの子は魔術師としての才能がある。それに初歩的な知識もあった。僕が教える前に、自ら答えに行き着いてしまう可能性があったので……」
「なるほど。――それで、彼の返事は?」
「…………、了承してくれましたよ」
「意外と早かったな。時間かかると思ってたが」
それはクローツも同じだ。
目が覚めてすぐに余命宣告だ。しかも、その限りある命をくれ、だなんて。
酷いことを言っている自覚はある。お願いだなんて言ったが、強要同然だ。
だけど少年はわりとあっさり「分かった、いいよ」と頷いたのだ。
生きたいと、あれだけ生きることを切望していたはずなのに。
言動に矛盾がある。……それはきっと、何かが少年の心を縛り付けているからだろう。――いや、「何か」なんて。そんなの村での出来事しか無い。
「とにかく、彼のことは僕と君とで様子を見ましょう」
「ニアさんはティフィアの子守りで忙しそうだしな。仕方ない」
「ニアも業務があるから、子守役をシスナに変えたいところですが」
「ははっ! シスナは義父上が大好きだから、甘やかされてるティフィアに嫉妬しそうだけどな!」
「甘やかしてるつもりはないんですがね……」
「――そうでなくとも、ティフィアは私たちとは違うから」
「……」
人工勇者は皆――あの少年と似たような境遇の子供たちばかりだ。
制限された命。
自由のない躯。
それでもクローツのしていることは、そんな子供たちに2度目の絶望を与えているのと等しいのだ。
――“世界を救うため”。
そんな大義名分のために。
それでも、やらなければいけない。
誰かが責任を負い、犠牲にならなければ――『勇者』が死んだこの世界を救うことなど、出来やしないのだから。
***
あと5年しか生きられないこの命を、術式として使わせて欲しい。
――そう言われて同意したオレは、数日後に与えられた部屋にこもって魔術関連の本を読み漁っていた。
ジェシカには積極的だなと苦笑され、クローツからは心配そうな表情を向けられたが……オレからすれば、死んで終わってたはずの人生が延長したのだから、それは喜ばしいことだ。
生きろ、と父に言われて。
呪いだ、と村長や村の人たちに蔑ろにされて。
オレは生きて、しかも魔術の勉強も出来て、この命を誰かを救うために使うことが出来る。
“勇者としての兄”とも、“勇者でなかった兄”とも違う人生。
そうだ―――これはまさしく、“オレの人生”だ!
オレは魔術の勉強が出来て嬉しい。
オレはオレの人生を生きられて嬉しい。
キノコを無理して食べる必要も、母の機嫌取りも必要ない。
「そうだ、オレはようやく解放されたん……!」
兄からも。
母からも。
村からも。
自由と言ってもいいくらいだ。
……なのに、なんで。
「っ、」
なんでオレ、泣いてるんだろう。
「ぅうっ。うえっ、ぁああ……っ! ああああああっ!」
生きたいと願った。そして生きている。
魔術師になりたいと願った。それを叶えることが出来る。
良かったじゃんか。
願いが全部叶うのに、嬉しいはずなのに。
「ああぁあああっ、ぁぁあああああっ! ひっぐ! う、うぅっ! う~~~っ!」
拭っても拭っても涙は止まらない。
堪えようとしても嗚咽は止まらない。
まるで駄々をこねる子供のように、みっともなく泣き叫んで。
―――オレは本当の気持ちに蓋をした。
次話から『現在』に戻ります