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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
165/226

1-3


 村に帰るとラヴィは約束通り両親と話をつけてくれた。

 母の形相と村の様子に危険と察し、咄嗟にオレを連れて逃げてしまったことを謝り、それから彼は懐から数枚の手紙を両親に渡す。


「……正直、これを渡すつもりはなかったさぁ~。おいらも(・・・・)この村は好きじゃないから」

「こ、これは――」手紙には送り主も宛名も書いてない。だけどヨレヨレのそれは、書いた本人が何度も書き直したのだろう。それを読んでいた父が大きく目を開き、口元を戦慄かせて手で抑えた。


「………そう、ですか」

 父が答えたのはそれだけだ。


 しかし父はオレを一瞥し、それからラヴィへと視線を戻す。

「俺たちは……最低な親なんです。どうしていいか、分からんです。……最低と分かっていながら、それを言い訳にしてるような……ダメな親なんです。この子のことも、どう接していいか、分からんです」


「おいらは親になったこともないし、子供を失った気持ちも分からないけど~……でも、『リウル』って人間は一人だけだよ~。同じ名前だろうと、同じ人にはなり得ない。……勝手な押しつけで、二人のこと蔑ろにすることだけは許せないよ~……!」

 ここにいる幼いリウルと、勇者となったリウルは違う。感じ方も考え方も違うのに、それを否定することは二人を冒涜している、と。

 勇者になったリウルにも色々な人生があった。それをなかったことにして、弟のリウルに兄の面影を強要して、――それは勇者になる前のリウルのことすら否定する行為だと。


 怒りのこもったラヴィの言葉と、両親のことを案ずる内容の手紙に、ついに男は涙を流す。

 初めて父が泣く姿を見たと驚くオレの視界の隅で、母が唐突に立ち上がった。

「……――私は、認めない」

「おい!」


「あなたは黙ってて。ずっと“リウル”のことを見てたのは私なのよ? 産んだのも、育てたのも。帝都に連れていかれるあの子のことを最後まで見送ったのも。……でも、“リウル”はちゃんと私の元に戻ってきたのよ? それでいいじゃない。そうよ?“リウル”は一人だけ。ずっと一人だけ。私にとっての“リウル”は今もずっと変わらないわ!」


 出て行って、と母はラヴィに言う。


「この家から、この村から出て行きなさい! あなたは嘘つきだわ! あいにく、そんな嘘には惑わされないわよ! 出て行って!――出て行けぇッ!!」

 近くにあった花瓶を手に取ってラヴィへと投げつける!


 父とオレは一瞬ヒヤッとしたが、ラヴィはそれを普通にキャッチして受け止めると、それからオレの方へ一瞥する。

 このままラヴィがいると母はずっと癇癪を起こし続けるだろう。だから、ここでお別れ。


 少し寂しい気持ちに蓋をして、ばいばい、と小さく手を振る。ラヴィもまたオレにだけ分かるように笑みを浮かべ「歓迎されてないようなんで~、帰りまぁ~す」と言い残してあっさりと出て行ってしまった。


「なんなのよあの男……!」

 憤慨する母の横で、父は手紙を大事そうに抱えてラヴィが去っていった方に頭を下げる。

 ここからはオレが頑張る番だ。

 ただ母に反抗してたときとは違う。目指すべき道が出来たのだから。


 ――ありがとう、ラヴィ。



***



 村が見えなくなった頃、木に寄りかかって待っていた仲間の姿に小さく笑みを浮かべながら近づく。

「ごめんよ~、待たせちゃってぇ」

「お人好し」と呆れたように返されるとラヴィはええ~、と不満そうに声を上げた。


あのとき(・・・・)魔法で助けてくれたのニマルカでしょ~! おいらだけじゃないよ~!」

「は? 私じゃないわよ。たまたま風が吹いただけで魔法だって決めつけるのはどうかと思うわ?」

 ウェーブがかった金髪と垂れ目が特徴の女性――ニマルカは、うざったそうにラヴィを()めつける。


しかし、リウルが母親と村人から逃げるときに都合良く吹いた突風には魔力を感じた。間違いなく魔法である。


「……村には寄らなくて良かったの~?」

 勇者リウルの故郷。それは同時に、彼の幼なじみであったニマルカにとっても故郷だ。

 そして彼女の父親は――あの村の村長でもある。


「ふん、私が帰ってきたら、あのジジイ心臓止まっちゃうんじゃないかしら。それは見たい気はするけど、あまり長居して帝国に私たちの動きを気取られるわけにいかないわ」

「そうだねぇ……。おいらたちが傭兵団を一足先に抜けたのは~、帝国の偵察が目的だしね~」

 目的を口にすると途端に憂鬱な気持ちになり、思わず「アル坊、元気かな~」と言えばニマルカが唸った。


「うぅっ……! こういう裏方の仕事ってルシュの役割のはずなのに……まさか罰ゲームで負けるなんて……っ!」

 そうじゃなかったら私がアルニちゃんと今でもイチャイチャしてたのに! と悔しがるニマルカに苦笑し、ラヴィは不意に村がある方角へ振り返る。


「ねぇ、ニマルカ」

「なぁに?」

「この辺一帯の魔物って~、“リウ”が小さい頃に懐柔したんだよねぇ~?」


“リウ”。

 ラヴィがそう呼ぶのは『勇者リウル』のことだ。


 そしてニマルカは“リウ”のことを「あの子」と呼ぶ。


「そうよぉ? あの子、魔の者相手でも優しかったもの。怪我した魔物介抱して、それがジジイにバレて何度も怒られてたわねぇ」

 だけどそういう経緯があるからなのか、村の近くにある森や坑道ですら魔物の気配がない。魔物でも恩義を感じることがあるようだ。


「じゃあ、大丈夫かなぁ……」

 リウルの母親の様子だと、彼女がすぐに変わることはないだろう。そうなるとリウルが本を読んだり、魔術の特訓をするのは必然的に村の外――あの廃坑道近くになる。

 ニマルカから事前に聞かされてはいたが、それでもここに来るまで正直半信半疑ではあったが。


「――魔物は普通の動物とどう違うのかなぁ~……」

「止めて、あの子と同じこと言うの」ぼんやりと記憶の中で“リウ”が言ったことを口にすれば、ニマルカに怒られた。

「魔の者は倒すべき存在よ。所詮は相容れないもの……あの子の思想は理想論でしかないわ」

「分かってるよ~!」


 彼女は“魔の者”と“あの子”に関しては厳しすぎる気がする。

 ラヴィは内心大きく溜め息を吐き、そろそろ行こうかとニマルカと共に歩き出す。


 気がかりではあるが、それでもリウルが選んだ事なのだ。

 きっと大丈夫。彼は“リウ”や自分とは違う。立ち向かう勇気があるのなら――リウルはこれからもっと強くなるだろう。

 そしたら魔女を倒しにくるだろうか、と隣に立つ『暴嵐の魔女(ニマルカ)』を一瞥する。


「なんだか不快な笑みを浮かべるの止めて欲しいわねぇ?」

「いひひっ、違うよ~! ただ――」


 そう。――ただ、


 リウルの成長が楽しみだなぁって思っただけだ。



***



「リウル、お前キノコ食えんよな。母さんにバレる前にソレ、俺ン皿に移せ」

「え、う、うん……」


 ラヴィと会った日から数日、――父は少し変わった。


 今までずっとオレのことから目を逸らしてきたこの人は、よく話しかけてくるようになった。顔を引き攣らせ視線を泳がせながら。

 オレもオレであまり父と接したことがなかったから、親子二人緊張しつつ会話するという傍から見れば違和感のあるやりとりに見えるだろう。


 ――今更、という気持ちがないわけでもない。それでも、父がオレとの関係に向き合ってくれたことが嬉しくて。


「ありがと、父さん」

「お、おう」


 不器用でもいい。

 生まれて初めて――ちゃんと親子になれた気がした。


「“リウル”、最近キノコ残さず食べて偉いわ! やっぱり大好物だものね、今までは反抗期だったのかしら?」


 問題は母だ。

 母の目があると、父は萎縮したように目を逸らしてしまう。そこだけは変わらない。


「……そうだね、確かに反抗期だったかも」ある意味で。

「ふふっ、そうでしょう?」

 母はオレが言う通りになって機嫌が良さそうだ。本当は違うのに。滑稽だと思う。


 それから、外で遊んでくると言ってこっそり村を出てあの廃坑道へと向かった。

 村からの最短ルートをラヴィに教わっていたし、休み休み行っても片道1時間くらいで着く。


 ラヴィの友達の秘密基地は、今やオレの秘密基地でもあった。


 基本的には魔術の特訓を廃坑道の入り口付近で行い、雨が降ったり風が強い日は中で本を読む。

《赤ちゃんでも分かる魔術入門書》の他にも、棚には色んなジャンルの本があるから飽きない。

 どちらかと言えば動物関連の本が多いかもしれない。ラヴィの友達は動物が好きなんだろうか。


「この包帯とか、怪我した動物に使ったんかな……」

 地面に落ちてる血が滲んだ、切り刻まれた包帯を拾い上げるとスンスンと鼻を寄せてニオイを嗅ぐ。

だいぶ時間が経ってるみたいだし、さすがに埃くさいだけだ。


「そうだ! これを解析してみよう!」

 せめて何の動物のものか、分かるかもしれない。

 まずは魔力を意識して、


「ええと……【“式”による“式分析”開始】!」


 その瞬間ヴンッと音を立てて、周囲に薄く青白い半透明の帯のようなものが浮かび上がる。よし、『窓』が出た。あとは……。

 木の棒の先端を包帯に当てる。これだけで“式”の情報が映し出されるはずだ。

『窓』を見れば、見慣れた言葉とは全く異なる、うねった字が帯にずらりと並ぶ。


 うっ。これ、包帯の成分まで読み取ってない……?


「包帯のデータはいらないんだけど……」でも除外の仕方しらないし、このまま全部読むしかないかと一つ一つ目を通す。

 最悪なことに砂の“式”まで混じってる。これは途方もないかもしれない。


「ええと、この“式”は確か……。あ、こっちは法則になってるから、そうなると“式”の読み方が変わるん……?」

 ただ包帯についた血の正体を探るだけなのに、今日中に終わる気配がない。いや、全部の“式”を理解するまで半月はかかりそうだ。


「今日はここまでかな」ふぅ、と額に滲んだ汗を拭い、そろそろ村に戻らないと暗くなってしまう。


『窓』を維持するのにも疲れるし……。でも、やろう。自分で決めたことだから、ちゃんとやり遂げたい。

 明日も頑張ろう、と家路に着いた。




 それから村と廃坑道を往復する毎日。

 隠れて魔術の勉強と特訓をしながら、少しずつ“式”を解析出来ることが楽しくなっていた。

 毎日が充実していて、夢中になっていたオレは――だから気付かなかった。

「………」

 笑顔が増えて嬉々として外に遊びへ行くオレの姿を、母はどんどん“兄”と重ねていたことに。

 それがどういうことに繋がっていくのか。

 オレは思い知る。

 己の浅慮さと、無力さを。


おそらく次話でリュウレイの過去編終わります(あくまで予定)


急転直下

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