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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
160/226

8-3


 部屋を出たところで、ちょうどティフィアたちを探していたアルニとレドマーヌと合流し、お腹空いたという魔族少女の言葉に再びサーシャの案内の下『食堂』へ向かった。

 実際には広い空間に簡易テーブルと椅子があちこち点在してるだけの部屋だったが。


「食事はわたしが用意しますので、みなさんは腰掛けてゆっくりしていてください」

「サーシャも手伝うよ!」

 ウィーガンの後を追うようにサーシャと、それから「俺も手伝ってくる」とアルニも部屋から出て行き、残った者たちでそれぞれ席に着く。


「……ラージ、テメェはこれからどうするつもりでいる」


 沈黙が続く中、それを破ったガ―ウェイの問いにラージは目を伏せた。


 反乱軍はすでに壊滅的ダメージを負った。生き残った者たちを助けに行くのもリスクが高いし、だからといってこのまま放置は出来ない。

 それに『薬草商会』にも一度戻らないといけないだろう。ラージ不在が続けば混乱するだろうし、マレディオーヌが暴れたせいで街も惨状になっている。従業員たちも不安だろう。


 しかし今戻れば、確実に政府軍と教会に捕まる。


「――色々考えたが……、俺は教会に投降しようと思う」


「!? な、なんで!」驚き声を上げるティフィアを一瞥したその薄茶色の瞳には、言葉とは反して諦観の色はなかった。

「このままお前たちと一緒にいても、それこそマキナ女王たちの思う壺だ」


 彼女たちの目的は薬草商会が実権を握る、薬草の製造と管理だ。もしここで権利書と共にラージがいなくなれば、権利を持たない薬草商会そのものを潰すか、もしくは教会や政府の手の者を潜入させ、少しずつ侵略するという策を取るだろう。


「投降するときは大々的にやる。そうすれば名目上もあって俺をすぐには殺せない。その間、ウィーガンに商会の立て直しをやってもらう。……ミュダ、そんな目で見るな。俺は死ぬつもりはない」

「みゅあ~、本当か?」

「ああ、本当だ。それに投降するときはミュダにもついてきてもらうつもりだ」

 それなら、と渋々納得するミュダの頭を撫で、続ける。


「俺が投降することの利点は2つ。薬草商会を守れることと、反乱軍をもう一度まとめ上げられるかもしれない、ということだ」


「? どういうことッスか?」

「……グアラダが教えてくれたからな」


 全員がラージの敵ではない、と。


 その大半は薬に犯され、今回の騒動で死傷者は多い。

 きっと今更生き残った者たちを集めてもう一度ついてこいと言っても、それこそ信じてはもらえないかもしれない。


 ――それでも。


「反乱軍は俺が説得する。彼らの力は必ず必要になるし、俺は今度こそ彼らを守らなければいけない」

 これ以上、ラージのことを信頼してくれた人たちを傷つけ死なせるわけにはいかない。

 ……俺はちゃんと向き合うと決めたのだから。


「でも拷問は避けられねぇだろ。薬も使われるだろうぜ?……テメェの母親同様に」

 ガ―ウェイの指摘に、ごもっともだと頷く。

「分かってる。だから投降するまで、少し時間が欲しい」

「時間?」


「―――麻薬の中和剤を作る」


 その言葉に全員が目を大きく見開いた。


「本気で言ってるかな?」半信半疑といった様子でカメラが問う。それに再び頷く。

「実は引っかかっていたことがある。カメラ枢機卿を除いて、この場にいる全員あの栽培場に長時間、しかも戦いながらにも関わらずメグノクサの花の影響が全くない」

「それは麻薬として精製されてないからじゃ……?」


「確かに花の影響はそれほど強いわけじゃない。しかしあれだけの花の量、しかも戦闘で興奮状態にあって息も荒くなっていたはず。少なくとも目眩や幻覚症状が出てきてもおかしくないんだ」

 それなのに、症状が一切ないというのは不自然すぎる。

「……おそらく、あの場に花の影響を“中和”できる何かがあったはずなんだ」


 それが出来れば、いくら麻薬を投与されても問題ない。それどころか中毒症状に苦しむ人々をも救えるかもしれない。

 さすがにランファのように重症だとすぐには効き目がないだろうが。


「手がかりがあるなら、きっと出来る。――それに伴って、勇者、頼みがある」

「ぼ、僕……?」話の流れから中和剤作りに協力して欲しいと言われるのかと動揺していると、ラージは唐突に自分の口の中に手を突っ込んだ。

「ひえ!?」

「ど、どうしたッスか!? ご乱心ッスか!?」


「五月蠅いみゃぁ~。黙って見てろ」

 ミュダが不機嫌そうに尻尾を揺らす中、えずきながらもラージが取り出したのは一つのピアスだった。

 それを掲げて「“解放”」とだけ告げると、ピアスから放たれた淡い光が零れ、それが宙で集まり収束していく。するとそれは薄っぺらい長方形になり――やがて光が消えると一枚の紙が出現した。


「まさか!」思わず腰を上げたカメラを警戒するようにミュダとレドマーヌ、ガ―ウェイがいつでも動けるように目を光らせる。

 そして、その紙がゆっくりとティフィアの元へと落ちてくると、思わずそれを手に取って書いてある文字を読む。


「メグノクサの精製工程・管理における権利書……?」

「ぉえっ………そ、うだ。それが『権利書』だ」

「け、」権利書!?


「――ははっ、そんな喉奥に……まさか身に離さず持ち歩いていたなんてね。でも自分が見てる前でそんなことしていいのかい?」

「現状問題ないだろう。カメラ枢機卿、お前の思惑はマレディオーヌや女王とは別にあるようだから」

 ずれた眼鏡を戻しながら返すと、図星だったのか肩を竦めた。


「でもマーレには言ってしまうかもよ?」

「そんなことすればティフィア・ロジストを危険な目に遭わせてしまう。それを勇者派筆頭のお前が望んでいるようには思えない」

 それだけじゃない。マレディオーヌからティフィアたちを助けたのは間違いなく彼女だ。

 その事実がある限り、彼女がティフィアから権利書を奪うことも害そうとすることも考えにくい。


 もちろん可能性はゼロではないし、いつ掌を返すかも分からない。

 だが、ティフィアにはレドマーヌがいる。彼女の能力があればカメラを牽制できる。


「あ、あの……」カメラとラージが睨み合ってる中、ティフィアが手を挙げた。「僕に権利書を預けるってこと……?」

「ああ、そうだ。俺が反乱軍をまとめて教会から脱走するまで、預かってて欲しい」

「……ぼ、僕には無理だよ。こんな大事な物……どうして、」


「中和剤の精製が間に合うか分からないし、拷問されて見つけられる可能性もある。………それと、勇者。前にも言ったが――俺はお前に感謝している」

 ハッと、俯けていた顔を上げる。


「行方不明者の捜索と救出に協力してくれたことも。……グアラダと分かり合えたことも」

 ランファたちを救出するという目的は達成出来た。

 確かにグアラダや反乱軍の犠牲はあった。それでも、こうしてラージは立ち上がって、まだ足掻くことが出来る。グアラダと分かり合えていなければ、きっともう折れていた。


「だから勇者――いや、ティフィア。俺はお前を信じられる。他の誰でもない、お前のことを」


 確かに強さで言えばガ―ウェイや、能力の高さを考えればレドマーヌという選択もあるだろう。

 だけどだからと言って信用出来るわけじゃない。彼らにも彼らの考えがある。しかしティフィアなら―――ラージやグアラダの想いも丸ごと、守ろうとしてくれるだろうから。


「~~~っ!」

 じわじわと込み上げてくる涙を、ティフィアは強引に拭う。


 グアラダは死んでしまった。守れなかった。助けることが出来なかった。顔に出さずとも、ずっと考えていた。結局僕は無力で何も出来ないのだと。

 でもラージはティフィアに権利書を預けてくれた。

 それは重荷や責任を押しつけたわけではなく、グアラダとの仲を取り持ち助けてくれたことへの信頼なのだと。


「……分かったよ、ラージ」

 その信頼に応えたい。――そう思えたのは初めてだった。


『勇者』だからじゃない。彼が信頼してくれたティフィア・ロジストとして。


 なるべく、じゃない。

 頑張ろう、じゃない。

 絶対に。


 ラージが戻るまで、この権利書を守る……!


「……ハァ、また厄介事を抱えて」

 溜め息を吐くカメラに、意味も分からず「ざまあみろッス!」と舌を出すレドマーヌ。

 そして。


「おやおや皆さん元気いっぱいですなー! こっちは歩くのもままならないというのに!」


 部屋の扉から美味しそうな匂いが入ってきたと思ったら、はっはっはー! と笑い声を上げながらアルニに支えられてゴーズが登場した。


「ゴーズのおじちゃん、むりはダメ!っていったのに……」

 ウィーガンと一緒に料理が乗った台車を押しながら、むくれた表情のサーシャ。おそらく廊下を歩いていたゴーズを見て咎めたようだが、聞き入れてくれなかったことが不本意なのだろう。

「ああ、すまない愛しのサーシャ! しかしボクにはまだやらなければいけないことが……っ!」


「うぜえ。いいからさっさと座って話せ。テメェがあのときなんでいなかったのか、それから行方不明者(ランファたち)の救出に関してもな」

 ガ―ウェイの鋭い視線に「やれやれ、せっかちな団長殿だ」と揶揄しながらも、言われた通り席に着く。


 運ばれた料理をテーブルに置くと、サーシャは「おかぁさんのところにも持っていかなきゃ!」と忙しなく部屋を出て行った。まだ幼いのに空気を読ませてしまったことにゴーズは罪悪感を覚えつつ、彼女のためにさっさと話すべく口を開く。


「まず一つだけ、ボクの隠し事を明かしておきましょうか!」


「隠し事?」空気を読まずに目の前の料理に手をつけるレドマーヌを一瞥し、アルニは首を傾げた。

「まぁ隠してたというか、話す必要性がなかったから言わなかっただけなんですけどね。――あ、その前に。みんな、サーシャが用意してくれた美味しいご飯ですぞ。冷める前に食べてくだされ」


 サーシャだけが料理したわけではないのだが。

 それに気にしていない様子のガ―ウェイやカメラはともかくとして、心境的に腹も空いていないティフィアたちはそれでも詰め込まないといけないことは分かっているので、おずおずと食べ始める。

 ミュダはラージの肩の上で欠伸を掻いているが、それ以外の全員が食事を始めたのを確認すると、ゴーズは。



「では先ほど言いかけた続きを。―――実はボク、メビウスから個人的に麻薬を買ってまして」



 ぶほぉッ!?


 カメラ以外の全員が、その爆弾発言に料理を噴き出した。





ゴーズとレドマーヌはシリアスをシリアスにさせないスキルを持ってます(?)

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