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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
159/226

8-2


***


 ラージがウィーガンに案内されて入った部屋には、他に行方不明とされていた人々が簡易ベッドやソファでそれぞれ休んでいた。

 彼らのことは資料やウィーガンから見聞きした覚えがあるだけで赤の他人なのだが、それでも生きていたことに安堵と同時に不審感が芽生える。


 ……正直、全員が無事だとは思っていなかった。

何人かは見せしめか、脅しのために殺されていてもおかしくはないとばかり。


「……ラージ、」

 一つのベッドの前で彼は足を止め、視線を落とす。代わりにラージはしかりと前を見据え、目を細めた。


 ベッドに半身を起こしてぼんやりと壁にかかった絵画を眺めている女性。

 ラージと同じ褐色の肌に薄茶色の瞳。違うのは長髪のストレートで、最後に別れたときよりも白髪も皺も増えていた。


 ――こんなにも老けてしまったのか。


「みゅあ~、ラージ。その女、」

 なにかに気付いたように、肩に乗っていたミュダが声を上げるが、それ以上は言わないでくれと首を横に振る。

「母上」

 数年ぶりに、母親を呼ぶ。反応はない。

 ウィーガン同様骨張った細い手を両手で包み込むように握る。昔はラージよりも温かかったその手は、今やひんやりと冷たい。


「……―――会いたかった」

 ずっと。

 独りで心細かった。

 怖かった。

 グアラダがいたから折れずにここまでこれたけど、そうじゃなかったら自棄を起こしていたかもしれない。


 涙は出なかった。

 悲しいと思うよりも、今はただもう一度再会出来たことが嬉しかった。


「ラージ……」

 後から部屋に入ってきたティフィアが言葉を詰まらせているのに気付き、振り返って苦笑を向ける。

「いいんだ、覚悟はしていた。……ウィーガン、母上は中毒症状を引き起こしているんだろう?」

 メグノクサの花の中毒症。

 ウィーガンは首肯するように頷く。


「ランファ様がいなくなる直前、『薔薇(いばら)の館』へ赴いていたことを知ったわたしは、そこへ潜入調査することにした。すでにご存知でしょうが、あの場所は麻薬が横行しており、娼婦も利用者もだいぶ薬漬けになっていたよ……」


 思い返しながら眉を顰める。


「メビウスという男は人心を掌握するのに長けていた。人の地雷や弱味を見抜く洞察力。あの館に働く者、そしてメビウス傭兵団にいた者たちは薬があろうとなかろうとメビウスに執着しているように見えた。だから彼らから情報を聞き出すのに手間取ってしまった」


 ラージにランファが残した全てを託し、それからどれだけの月日が経ったのか。ウィーガンには分からない。ただ根気強く接し続け、なんとか傭兵の一人を懐柔し聞き出してランファの元へ駆けつけたときには――すでに彼女はこの状態だった。


「――重度の中毒症。意識が朦朧とし、薬物への過度な依存と執着。……おそらくランファ様はメビウスに全ての情報を明け渡してしまっている。それでも殺されずに生かされていたのは、ラージのおかげだな」

「……」

「わたしは遅かったんだ。もっと早く情報を掴めていれば……っ! わたしは、わたしは!」

 悔やむように拳を何度も額に打ち付け、涙を流す。


 しかしラージはランファを見つめたまま不意にぼそりと呟いた。

「母上がメビウスごときに(おく)れを取るものか」

「狙われてると分かっていにゃがら単身『薔薇の館』に乗り込んで行ったのも変な話にゃ」

「……『薔薇の館』、か」

 熟考し始めたラージに「ランファ様にずいぶんと似てきて……。うぅ、それなのにわたしは!」と更に泣き出すウィーガン。




「………ねぇねぇ、ティフィアおねぇちゃん」

 唐突に袖を引っ張られ振り返れば、サーシャがこっち来てと部屋の隅へと指差す。

「どうしたの?」

 部屋の隅に移動すると、幼い少女は背伸びしてティフィアの耳元へ内緒話するように小声で話し始めた。


「あのね、あのウィーガンって人、うそついてるよ?」

「え?」

「せぇーれーさんがね、ざわざわー!ってしたの。だからサーシャ、わかるの」

「えっと……嘘吐くと精霊がざわつくの?」

「うん!」大きく頷く彼女の言葉に、魔法師って本当にすごいんだなと感心する。


「サーシャちゃん。ウィーガンさんの言ってたこと全部が嘘なの?」

「ううん、ぜんぶじゃないよ? う~んとね、“じょーほーを聞き出すのに~”ってところと“早くじょーほーつかめてれば”って言ってたときだよ!」

「……それって、」

 もしサーシャの言う通り彼が嘘を吐いているなら、ウィーガンはもっと早い段階でランファさんの居場所を知っていた……?

 なら、どうしてすぐに行動に移さなかったのか。救出しなかったのか。潜入していたというのなら、それが難しい環境だったのかもしれない。

 でも、それなら今ここで嘘を吐く理由は……?


「―――ぁ、う」

 ハッと、弾かれたように振り返る。

 その呻き声はランファが漏らしたものだ。

 彼女が虚ろな薄茶色の瞳を彷徨わせ、辺りを見回しながら何かを探し求めているようだ。


「……母上、ここに麻薬はありません」

 すぐ横に離ればなれだった息子がいるというのに、見えていないのか気付いていないのか、彼女はラージを無視して呻き声をあげながら手探りで薬を求める。

「花……は、どこ? ください、ほしい。なんでも、するから」

 譫言のように呟くそれに、ランファと再会して初めてラージは悲痛に顔を歪めた。


「ランファ様、“花”ならここに」

 そう言ってウィーガンが差し出したのは見るからに造花と分かる白い花だった。メグノクサの花に見立て、一応香水のような物をふりかけているのか、どことなく甘い匂いがする。

 しかしランファは嬉しそうにそれを奪い取ると、その匂いを思い切り吸い、首を傾げた。

「? これ、ほんもの?」

「ええ、そうですよ」


ウィーガンの言葉にランファが訝しむ。そしてまた辺りを見回し、そこで初めて視界にラージを捉えた。

「!」

 ようやく合わさった目。

 急に緊張し始めるラージに、ランファはどこか夢心地で手を伸ばし、それから彼の服をぐっと掴むと引き寄せ、くんくんとニオイを嗅ぎ始めた。

「花のにおい……」


「……」

「みゅあ~、本当にラージのこと見えてないのかにゃ?」

 複雑そうなラージに、ミュダがぽつりと呟く。

「……………ん、ラージ?」ずいぶんと鈍いが、ミュダの言葉にランファは反応した。


「ラージ、あいたいな………。おおきく、なったろうな。あいたい」

 遠き日の想い出を懐かしむように彼女は目を閉じる。

 俺はここにいますよ、とは言えなかった。一緒に嗚咽まで漏れそうだったから。


 ――生きていてくれて、良かった。


 ここまで症状が進んでいると、体から薬が抜けるまでだいぶ時間がかかるだろう。

 何年、何十年かは分からない。

 だけど今までは生死も分からないまま再会出来るのを望んでいた。しかし、今目の前にいる。生きている。これからは一緒にいられる。

 ミュダもいる。グアラダの想いが、ちゃんとここにある。俺はもう独りじゃない。

 ――それなら俺はまだ頑張れる。


「母上、俺のことが分かるようになったら……話したいことがあるんです」

 俺は――母上みたいになりたいと思っていた。

 あなたは憧れで、強くて賢い母上のようになれれば、俺もまた強くなれるんじゃないかと。

 でも俺を支えてくれた、俺を愛してくれた女性がいたんです。


 こんな俺を。

 弱くてみっともない、失敗ばかりで人を疑うことしか出来ない俺のことを。


 もう「母上なら」と言い訳はしない。俺は俺のまま、生きていく。それがグアラダの願いだから。

 ……いつかグアラダのこと、母上にも話させてください。


 ミュダを撫でながら、ラージは強く思った。



***



 ベッドにゴーズを寝転がすと、目の前に急にレドマーヌが現れて思わずアルニは「うお!?」と声をあげてしまった。

「れ、レドマーヌ……?」元魔王へ報告に行ったんじゃ、と驚いていると、彼女は顔を顰めた。


「報告はもう終わったッス! それよりもアルニさん――あの女、カメラさんの言っていたサーシャって女の子、もしかしなくても!」

「……まぁ、そうだろうな」

 一応ゴーズの様子を確認し、熟睡しているのを見て溜め息を吐く。


「カメラの言ってたことが本当なら、マレディオーヌはあの子を狙ってくる。……あの怪物とまた戦うと思うと恐ろしいけどな」

「でもレドマーヌとアルニさんなら、相性が良いとも言ってたッス」

「レドマーヌは相手の動きと術を“静止”させられるからともかく、なんで俺なんだ」

 小細工が利く相手ではないだろう。

 それこそニマルカがここにいれば、黒い筐体を一瞬で全て凍らせるとか出来たかもしれないが。


「………アルニさん、一つだけ聞いても良いッスか?」

「ん?」

「精霊が見えるって話、本当ッスか?」

「――なんでそんなこと知りたいんだ」目を細め、声のトーンが下がる。

 睨むようなアルニの視線に、レドマーヌは特に気にした様子もなく平然と返した。


「いや、ただ聞きたかっただけッス。本当かどうか知りたかっただけッス。好奇心ッス」

「………」

 今までレドマーヌには何度も助けられている。敵意はもちろん害意もないのだろう。

 だけどアルニは正直に頷くことは出来なかった。

 まだサハディにいるときだったなら、追求されれば観念したように「そうだ」とあっさり肯定しただろう。


 だけど――今は。

 少しずつ記憶を取り戻し始めてしまった今は、『魔法』と『魔法師』に関することを口にすることの恐ろしさ(・・・・)が分かるから、答えられなかった。


「――レドマーヌは“静止”の能力(ちから)を持ってるッス」

「?」

 急に話が変わり戸惑うと、彼女の琥珀色の瞳が真っ直ぐアルニを見据える。

「アルニさんがもし“それ”が嫌だと思っているなら、……そもそも“記憶”が戻ることを怖いと感じるなら――レドマーヌはそれを止めることが出来るッス」

 言ってる意味を理解し、思わず息を呑んだ。


「………お前、見かけによらずよく見てるんだな」

 いつから気付いていたのかは分からないが、精霊が見えることと記憶が戻ることを不快に感じていたことを察していたようだ。


「ティフィアもたぶん気付いてるッス。……アルニさん、最近様子がおかしかったッスから」

「………」

 そんなに、分かりやすい態度をしていただろうか。いや、していたかもしれない。でも自分でそれが気付けないほど、自分自身のことでいっぱいいっぱいだったのかもしれない。

 まるで少し前のラージのようだ。


「“静止”する必要はねぇよ」

「……大丈夫ッスか?」

 こいつはいつも誰かを心配そうに見るな、とレドマーヌを見ながら思う。


「大丈夫、かは分かんねぇ。……正直、ときどき自分が自分じゃないみたいな感じがある」

「それはヤバいじゃないッスか!」

「たぶん記憶が戻ってきてるから――」



“記憶を失う前の俺”が、“今の俺”を塗り潰していっている。



 さすがにそれは言えなかった。


「アルニさん……?」

「――いや、記憶の整理が追いついてないんだろ」

「そう、ッスか……」

「……レドマーヌ、俺からも一つ頼んでもいいか?」

「いいッスよ! なんでも、どんとこいッス!」

 ウェルカム! と両手を広げる魔族少女に苦笑を浮かべながら。


「――もし俺がティフィア(・・・・・・・・・)と対立しても(・・・・・・)、お前はティフィアの味方でいてやって欲しい」

「? 喧嘩でもするッスか?」

「喧嘩か……そうだな。そんな感じだ」


 あいつはきっと己を犠牲にしてでも直感的に、直情的に、誰かを救おうとするんだろう。

 ティフィアがナイトメアに何かやったときも。そして今回――それ(・・)を同じようにグアラダとラージにしたときも。


 彼女が何をしようとして、何をしたのか。アルニもはっきりと分かっているわけではない。

 ただ、これは確信だ。


 ――ティフィアは必ず(・・・・・・・・)俺を救おうとする(・・・・・・・・)


「よく分からないッスけど、喧嘩はよくないッス! でもアルニさんが前もって頼むってことは、ティフィアの方が“正しい”ってことッスか?」

「ああ、間違いなく」

「それが分かってるのに、喧嘩するッスか?」

「譲れないモノってのは、誰にでもあるだろ?」


 なるほど、と納得したように頷くと「頼まれたッス! アルニさんの言う通りにちゃんとティフィアの味方するッス!」と何故か妙に意気込む。

 気合いを入れることではないのだが。

 まぁいいか、と小さく笑みを零す。


 これでいい。


「じゃあ、ほら。ティフィアたちのとこ行こうぜ」

「了解ッス!――う、お腹空いてきたッス……」

 アルニがレドマーヌを連れて部屋を出る。




 ――がちゃりと音を立てて二人が出て行くと、ちょうどまさにゴーズが目を覚ました。


「……? 話し声が聞こえたような気が、」

 まだ気だるい体を起こし、それから懐に入れていた魔力回復薬の薬瓶を口に含む。

 それでも魔力が足りない。

 これでは立ち上がれないだろうと溜め息を吐くと、ぼんやりと思い出すのはさきほどのことだ。


 マレディオーヌから逃げるように街外れの丘へ転移したとき。

 あのときゴーズは、実は意識があったのだ。

 ただ魔力が切れて怠すぎて、目も開けられない状態だっただけで。


 ――そして、そのときカメラは言っていた。

 魔力の性質である『因子』。そして、その『因子』は精霊の根源だと。


「……なるほど、なんとなく………魔術と魔法の違いが分かるというものですな」

 魔術師にとって魔力は『式』そのものであり、その式を組み合わせて『式法則』を造り出す。

『因子』は『式』。

『精霊』は『式法則』。

 魔法師は精霊という、すでに出来上がった『式法則』を使うから術の発動が早いのだ。


「しかし、もしその考えが当てはまるなら……――」

 出来るのではないだろうか。


 ―――メイサの病を治す方法が。


「…………魔法と魔術を組み合わせれば、」

 ゴーズは考える。



 それが―――悪魔の法則(・・・・・)だとも知らずに。



***


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