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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
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7.共に生きる







 建物はほとんど瓦礫となって崩れ、あちこちに血の痕が見える。その近くには誰かが倒れ伏せ、四肢のどこかを失った者が痛みに悶え、抉られ何もなくなった地を眺めて呆然としている者もいた。


 彼らは全員反乱軍だけではない。巻き込まれた政府軍の者や、逃げ遅れた街人もいる。

 傷つき、死に至り、惑う者たち。

 それらを高台から見下ろしていたティフィアは下唇を噛み締め、幾度も涙をこぼしていた。


「おい、あんまり顔出すな。気付かれるじゃねーか。同情ならヨソでやれ」

 背後からの冷たい叱責に、ティフィアはごめんなさいと謝りながら、近くの茂みへと姿を隠す。


 ――街のすぐ横にある小高い丘。そこの背丈のある生い茂った茂みの中に、ティフィアたちは転移してきた。


 まだ黒い雨の影響があるのか、アルニは顔を青ざめさせてぐったりとしている。

 ラージもグアラダとミュダのことで気持ちが追いついてこないのか、ぼんやりとしたまま。

 ゴーズは何故か魔力が切れたのか、転移してすぐに眠りについてしまった……。

 一緒に転移してきたカメラはガ―ウェイが監視しているし、カメラも何も言う気がないのか黙っている。


「みゅぁ~、空気悪ッ」


 青銀色のネコが胡座をかいてるラージの足の中で、耳の後ろをカリカリ掻きながらうざったそうに口にした。

「その要因の一端でもあるミュダに言われたくないと思うッス」

 ミュダは転移してから、やはり動きにくいと言ってネコの姿に戻ってしまったのだが、やはりラージとしては複雑だろう。


「そんなこと言われてもみゃあ」

「というか、さっきの祈術……。ミュダ、もしかして制限されてないッスか?」

「制限?」

「本来魔族の能力は魔王様によって制限されてるッス。生まれたばかりとは言え、許可なしに制限が解除されることはあり得ないはずッスけど……」


「そもそもなんで魔王から許可が必要みゃあ? 自分の能力なのに許しがいるのは不可解にゃ」

「う、う~ん。何故って問われると……そういうものだからって返すしかないッス……」

「にゃんだそれ」


 意味が分からないとミュダが首を傾げる一方で、多少良くなったのか横たえていた体を起こしたアルニを支えるように、ティフィアが背中に手を添える。


「大丈夫……?」

「気持ち悪ぃ……。鳥肌が治まらねぇ」

 自分の腕を擦りながら、悪寒を感じるのかぶるりと身を震わせた。


「アルニ、ありゃあ何だ……?」

 ガ―ウェイの問いに「分かんねぇよ」と首を振る。

「……分かんねぇけど、でも、アレは駄目だ。精霊たちが怯えてた。何よりも――均衡が、」

「均衡? なんのだ」

「何って、それは――」言いかけて、途中で何かに気付いたように口を閉ざした。が、ずっと黙っていたはずのカメラが「因子(・・)、じゃないのかな」と続ける。


 ティフィアとガ―ウェイはピンときていないようだが、アルニは言いかけて止めたその言葉を言い当てられたことに息を呑んだ。

「……やっぱりね。アルニ君、本当は精霊が見えているんじゃないのかい?」

「!」


「精霊が見える……?」ガ―ウェイも知らなかったのか、怪訝そうに片眉をつり上げる。

 ……確か魔法師は精霊を感知出来る体質だったっけ。

 でもアルニは感じるだけではなく見ることも出来るということだ。それってすごいことなんじゃ……。


「精霊ってどんな感じなの?」と問おうとして、ティフィアはあれ? と首を傾げた。

 何故だろう。

 アルニが苦虫を噛み潰したような、ひどく不快そうな表情をしていた。


 精霊が見えることが、アルニにとっては嫌なことなんだろうか。


「因子ってのは確か、魔力の性質みたいなもンだったな。なんでそんなもんと精霊が同じみてぇに言ってやがる」

「……さすがに、真実に最も近い男と言われる人物でも、魔法や魔術には疎いみたいだね」

「使えない人間からすりゃあ、そんなもんだろうが」


「そうだね。特に魔法師はあまり魔法に関して話さないから。――じゃあ教えてあげよう。精霊は、精霊として生まれる前(・・・・・)は『因子』なんだ。つまり、魔力そのものなんだよ」

「精霊が、魔力そのもの?」


「そう。因子は周囲の環境、或いは感情によってその性質を変化させるんだ。やがてその環境に依存すると因子は属性を身につけ、それが精霊と呼ばれる存在となる」

「テメェ、魔法師じゃなかったはずだ。なんでそんなに詳しい?」

「……昔、知人に聞いただけさ」


 この時点ですでにティフィアは話についていけてないのだが、とりあえず魔力=因子=精霊という――ちょっと違うのだが――その認識で頭の中にインプットした。


「で、因子の均衡?ってのはなんだ」

 ガ―ウェイの問いにあっさり答えようと口を開いたカメラだが、



 ガッ!!



 眼前でガ―ウェイの杖によってたたき落とされた氷柱に一瞬背筋が冷えた。


 そして、「どういうつもりだ、アルニ」カメラを庇うように前に割り込んだガ―ウェイの肩越しから見えた、無感情に、ただ純粋な殺意だけを向けてくる金色(・・)の瞳に――肝まで冷えるような怖気と、同時に歓喜が湧き上がる。


「その目の色……!」

「あ、アルニ……? どうしたの? それに、その目……」

 戸惑うガ―ウェイとティフィアを無視し、アルニは金色の瞳を細めてカメラを見据える。


「――それ以上話すつもりなら、俺は『魔法師』としてお前を殺す」


 魔法師として、と彼は言った。

 それに我慢出来ず、笑みを浮かべてしまう。


「ふふっ、脅されてしまった。すまない。確かに口を出しすぎてしまったようだ。以後、気をつけるよ――アルニ・セレット(・・・・・・・・)


 口を噤んだカメラの様子に満足したのか、アルニは殺気を潜めると同時に瞳の色をいつもの灰黄色(かいこうしょく)に戻ったが、ガ―ウェイだけは気付いただろう。


 彼に対して、彼のフルネーム(・・・・・)を呼んだ。

 そして、それをアルニは平然と受け止め、疑問にすら感じていない。

 アルニは8年前から、それ以前の記憶がない。

 だから己の家族のことも、ファミリーネームも知らなかったはず。

 なのに違和感すら感じていないということは―――どの程度までかは分からないが、彼は徐々に記憶を取り戻しているということだ。


「ふふふっ」

 笑みが止まらない。これほど順調に事が進むとは……ある意味マレディオーヌに感謝してもいいかもしれない。


 いずれ彼は記憶を取り戻す。

 それに伴うように“本来の力”も元に戻るだろう。

 そしてアルニ・セレットと『勇者』がいれば―――!


 ―――自分の勝ちだよ、教皇……ッ!






 カメラが一人勝ち誇った笑みを浮かべている一方、ミャダは退屈そうに大きく欠伸を掻いて「………みゅあ~、空気悪ッ」と二度目の愚痴をこぼした。


 しかしレドマーヌはティフィアたちの方を心配そうに見ているため、誰も愚痴に対して反応してくれないことに不快そうに尻尾をぺしぺしとラージの足に叩きつけ、それからふと上を見上げる。

 さっきまで俯いていたラージはじっとカメラたちを眺め、眼鏡越しの薄茶色の瞳がすっと鋭く細まった。


 それはグアラダの記憶(・・・・・・・)を持つ(・・・)ミュダにとって、馴染みのあるものだ。


 ミュダは尻尾を伸ばして彼のポケットから少し溶けてしまったチョコを取り出し、ラージに渡す。

「!」彼は驚いたように目を丸くし、ぎこちなく受け取るとそれを口に放った。


「考え事をするときは糖分摂取、だったか? ルーティンは守るべきにゃ」

「……」

「――考えはまとまったかにゃ?」

「…………いや、」


 首を横に振り、だが、と続ける。


「一つだけ、聞かせて欲しい」

「いいだろう、にゃんだ」


「ミュダ、お前の神様は―――何を願った?」


 グアラダの願い。

 それがこの魔族の存在意義なのだとするなら。


「みゅぁあ~? 分かってて聞くのか、それ?……我が神グアラダの願いは―――」



 裏切るくらいなら一緒に死んでくれ、と言った。

 ずっと、これからも傍にいて欲しい、と。

 どんな窮地でも、グアラダが一緒にいてくれるなら……俺は。


 これはきっと恋でも愛でもない。

 ただの依存だ。

 それでも俺は。

 それでも俺たちは。




「我が神グアラダの願いは、『ラージと共に生きていく』ことみゃ」




 共に、生きる。

 生きていく。


 ……そうか。

 そうだな。


 そうだよな、グアラダ。


「――分かった」


 そう返すと、ラージは一度服の袖で目元をゴシゴシと拭い、それからミュダの前足の脇へと手を通して顔の前まで持ち上げる。


「ミュダ、俺にとってもグアラダは神様みたいな人だ。……俺たちにとっての神様はグアラダだ」

「みゅあっ」

「なら、俺たちは神様の願いを叶えないといけないな」

「ようやく分かったみたいだにゃ、ラージ」

「……ああ」


 ――生きよう。


 グアラダと一緒に生きて、笑い合えたはずの時間を。

 やり直せたはずの時間を。

 それが彼女の願いなら。



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