6.壊れて、
「ちょ、待ってくれマレディオーヌ! 話が違うやないか! この栽培場で兵器は――」
「あァん? 事情変わったンだよ、見りゃァ分かんだろ」
「分からへんよ! ここを失えばメグノクサの花はもう作れない! この場所が花たちにとって最高の場所なんや!」
「うっせェなぁ……騒ぐなハエ。喧しいんだよ。そンでもって、お前はもう用済みなわけ。ハイ、お疲れサンでしたー」
「なっ!?」
片耳を塞ぎながら犬を追い払うように「しっしっ」と手で払う仕草をするマレディオーヌに、メビウスは絶句し、ガ―ウェイは眉を顰めた。
「……麻薬を広めることがテメェらの目的じゃねーのか?」
「麻薬は手段であって目的じゃァねぇなぁ? それに麻薬は少ないほど希少価値が上がるだろォ? 価値があるほど、人間ッてのは求めちまう憐れな生き物だ。――クッ、馬鹿なヤツほど可愛げがあるってな!」
何が面白いのか、くつくつ笑うマレディオーヌは不意に左人差し指をガ―ウェイへ向けた!
反射的に体を地面に転がして避けると、その背後でギギギィィィィイイッ!! と黒い光が迸る。
「ガ―ウェイ!」
「こっち来るな! テメェらは固まってねぇで散開しろ!」
アルニの心配そうな声に指示を飛ばし、それから先ほどまで自分がいた場所へ視線を向けると――山積みにした傭兵たちと地面が一瞬にして抉り、消し飛ばされていた。
咄嗟にメビウスも逃げたらしいが、花畑が抉られたことに愕然としている様子だった。
それを鼻で笑ったマレディオーヌは、警戒態勢のガ―ウェイを無視して視線を移す。
まだ貧血気味のラージと、それを支えるグアラダ。そして二人を庇うように前に出るレドマーヌ。
「……なんであの二人、和解してンだ?」
小さくぼそりと呟く。
予定ではグアラダがラージを裏切り、ラージはグアラダを憎み、グアラダは罪悪感に苛まれているはずだった。
これか。
これのせいで『-因子』が溜まっていないのか、と。
メビウスがしくじったのか、或いは――。
――まぁいっか。と思考を放棄したマレディオーヌは、右手を上に掲げ――「圧倒的な破壊を見せてやれ、【焼滅超磁砲】!!」振り下ろした!
刹那、
ギィ――――――――――――――――――ィィィイイイイイイイイッ!!
金属を引っ掻いたような強烈な音を響かせ、12個の筐体が黒い光を。
放った。
【限定解除!―――聖なる鎮魂歌ッ!!】
【霞む陽炎の如く、隠々と惑わせ!――“黒骨兵の群霧”!!】
ギギギギィィィイイ―――――――ギギギギギッジッジジジジジッ!!!!
レドマーヌの祈術が3つの黒い光線の動きを止め、がアルニとティフィアへそれぞれ向かっていた光線がどこからか湧き上がってきた黒い霧を打ち抜き、ガ―ウェイは姿勢を低く光線を掻い潜るとそのまま近くにあった筐体へ杖で殴りたたき落とす!
「うっ、おあ”!?」
すぐに別の筐体がガ―ウェイへお返しとばかりに光線を放つが、杖で受け流し飛び退く。
更に追撃せんと筐体が動く前に、どこからか現れたティフィアが「うりゃあっ!」と剣で殴り邪魔する。
そしてアルニが小物入れから薬瓶を取り出し放り投げると、筐体の一つに透明の粘り気のある液体を掛け、魔法を使って凍らせる。
「……あー、無駄な事してンなぁ。意味ねェって、ソレ」
マレディオーヌが指をぱちりと鳴らすと、傷を負った筐体に魔術紋陣が浮かび、ダメージが消える。
「チッ!」
アルニは舌打ちすると、小物入れから煙幕弾を出そうとし―――咄嗟に身をかがめた。
ひゅんっ! 頭上で風を斬る細剣の刃。メビウスだ。
「くそっ、なんのつもりだ! メビウスさん!」
「仕方ないやろ……っ! 花畑がっ! 俺の花畑が……! 苗を、植えないと。肥料を与えないと。俺の、俺の花ぁぁあああああ!」
錯乱したメビウスの目に正気は感じられなかった。立て続けに振り回される剣を短剣で流し、弾きながら下がる。そのとき、後ろから誰かが入れ違いにメビウスの斬撃を止める!
「グアラダ……!?」
「ここは下がって。私が決着をつけます!」
「任せた!」しかりとメビウスへ敵意を向ける彼女に躊躇うことなく任せると、アルニは「ゴーズ! いるんだろ! 転移術は!」と見当たらない彼へ声をあげた。
一方グアラダは鍔迫り合いながらメビウスに問いかけていた。
「もう止めてください、メビウス! マレディオーヌはここを焼き尽くしても構わない様子! あなたの夢は叶わない!」
「はっ……はははははっ! ホンマにそう思うてるんやったら、めでたい頭やで!……確かに栽培場はここしかない。でも花の株はいくつか隠しとる! 終わりやない! 終わりやないんや!」
「っどうしてそこまでして……!」
「分かるやろ、グアラダ! この花には夢がある! 痛みも苦しみも取り除いて、ただただ幸せになれる魔法の薬や!」
「そんな一時のまやかし程度で、心の痛みは完全に取り除けるはずがない! 一瞬の快楽に縋りついて、そしたらまた薬に頼って……結局痛みを抱えたままだ! 麻薬は何も解決してくれない!」
「解決出来るようなことばかりやない! そんな……っ、強くなれへん者たちはどないするん! 傷を癒やせない者たちは何に縋ればいいん!? 居場所のない者たちは何を支えにすればええ!?――俺はなぁ、グアラダ! 終われないんや! 夢のためにも!『薔薇の館』のためにも!」
「ッ!?」ガギッ! と刀が弾かれる。
スパン、と細剣が一閃を描く。
「グアラダ!」
ラージの悲鳴めいた呼び声が聞こえる。
――そのとき、肩口から胸にかけて鮮血を舞いあげながらグアラダは己に問う。
まだ戦えるだろ、と。傷は浅いはずだ、と。
ようやくわかり合えたのに。一緒に生きて、傍にいて、一緒に死のう、と。
ここで終われないのは、私だって同じはずだ、と。
「――――――ぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!」
仰け反った体を、地面に足を踏みしめて即座に体勢を整えると、驚いたように目を丸くしているメビウスの胸へ――――突つ!
「グヒュッ!」
確実に不意を突けた。間違いなく肺を貫いた感触に、グアラダは歯を食いしばる。
「一応、感謝します。ラージに会えたのはあなたのおかげだ。ありがとう。……さようなら」
そのまま刃を水平にし彼の体から刀を斬り抜くと、胸から脇にかけて斬られたメビウスの体が血を吹き出しながら崩れ落ちる。
刀身についた血を払い飛ばして鞘に戻し、それからラージの元へと戻ろうと足先を向けたときだ。
ぐん、と左足首がなにかに絡み取られ、動かない。
ハッとして足元へ目を向ければ――「はっ、ひゅっ、は、ははっ」目を血走らせたメビウスが笑っていた。
「なっ、なんで……!」
言いながら気付く。麻薬だ。この男は長年麻薬を摂取していた。先ほどの刀傷も、肺を壊されて息が出来ないようだが痛みを感じていない――!
「離せ!」
「ひっひひっ、ひゅっひゅーっ、ははっはっ!」
「っ!」
「――グアラダ! 逃げろ!」
ラージが叫ぶ。
顔を上げたときには、すでに真っ黒な光がそこまできていた。
「―――――、」
咄嗟に刀を抜き、足を掴むメビウスの手を斬り落とす――が、駄目だ。避けられるような距離じゃない。
ラージを守るために術を使っているレドマーヌは動けない。
アルニやティフィア、ガ―ウェイも駆けつけようにも他の筐体が邪魔をする。
ゴーズは最初に魔術を一発放って以降、姿も現さない。
「グアラダ! グアラダぁぁああああああ!!」
貧血で思うように動かない体でラージが手を伸ばしているのが、見えずとも分かる。
――死にたくない。
――傍にいたい。
――支えたい。守りたい。
――ずっと、一緒に。
「ラージ、」
これからも――――――笑い合える――と――――――――
「――ぁ、……あ…………」
伸ばした手を降ろし、ラージは地面ごと抉られたその空間を呆然と見つめる。
さっきまでそこにいた、この数年間ずっと傍にいてくれた彼女が。
秘めた想いを利用され、それでもこれからも傍にいて欲しいと。一緒に生きて、一緒に死のうと。
約束したのは――つい先刻のことだ。
「ぐあ、らだ………?」
いない。
いない。
どこにも、いない。
辺りを見回しても、呼んでも。
彼女の存在が――感じられない。
「グアラダ……!」ティフィアもまたその事実に打ちひしがれるが、すぐにアルニによって腕を引かれ、目の前に光線が横切る。
「今は集中しろ! お前も死ぬぞ!」
アルニの言葉に、ラージは首を横に振った。
「死ぬ……? グアラダが……死んだ……?」
違う、違う、と何度も首を横に振る。
「そんなわけ、ない。だって、」さっきまで一緒にいたんだ。
話をした。
笑い合った。
彼女の想いを知って、これからは歩み寄ろうと。
ちゃんと周囲を見て、耳を傾けようと。
――ああ、そうだ。
「やくそく、したんだった」
未だにぼんやりとする頭で、一緒に死んでくれと言ったことを思い出す。
ポケットから取り出した毒の入った飴玉。
大丈夫、これで俺も。
「クッ―――くはっ! いいねェいいねェ! 感じる……ッ! 澱んだ空気ッ! 悲しみと怒りが渦巻いて―――ほら、見てみな! 絶望の雨が降るぜ!」
ギギギギッギィ――――――――――――――――――ィィィイイイイイイイイッ!!
耳障りな音と共に【焼滅超磁砲】が天井をぶち抜く!
瓦礫が降り注ぐ中、見上げた空は分厚い雲に覆われ――。
ぽつり、
ぽつり、と。
「雨……?」
ティフィアは顔に掛かった雨の滴を拭うと――それは何故か、墨のように黒い色をしていた。
「っ!」
それに一番に反応したのはアルニだった。顔色を真っ青に、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後退る。
「あ、アルニ……?」
「そういえば、そいつ魔法師だったっけかァ……? そりゃァ悪いことしたぜ、――精霊たちの断末魔を肌身で感じンだろォ? すっげェきついらし……――――あ?」
黒い雨が降る。
ほとんどの白い花たちは花弁を散らし、仲間も失い、色も雨に打たれて黒く染まり、或いは血の色に染まり。
その中、レドマーヌに核を打ち抜かれたはずのネコの魔物がゆっくりと起き上がり「みゅあん」と鳴く。
鳴く。
泣く。
啼く。
「―――、」死んだはずの魔物が、どうしてか蘇って鳴き続けている。
それはまるで、何かを訴えているように。
ティフィアはネコの魔物がラージを見て泣いているのに気付いた。
「みゅあん、みゅあ、みゅあ」
黒い雨が、その魔物の声を邪魔するように強く降り出す。
――死にたくない。
声が。
――守りたい。
願いが。
――傍にいたい。
想いが。
「そこに、いるの……?」
グアラダ。
カチンッ、と何かが填まるような音がした。
そして――、
「……うみゅ。それが私の“神様”の名前であり、その願いこそが私の“存在理由”だ」
魔物が、しゃべった。
それに驚くよりも早く、青銀色の魔物は周囲の黒い雨を取り込みながら体を大きく膨らませ――やがてどこか暖かな光を放ったと思いきや、それは姿を変えた。
「!?」その場に居た全員――マレディオーヌですら驚きを隠せずにいた。
「にゃんだか動きにくい、が。この方が良いか。……ラージ、」
揺れる、長い尾が伸びてラージの手にあった飴玉を弾き飛ばす。
そのラージですら、目の前に立つその人影に絶句していた。
「……ま、ぞく」
――そう、魔族だ。
ぴょこりと頭から生えた髪色と同じ青銀色の三角耳も、腰から生える尻尾も、縦に細長い二つの瞳孔も、胸に埋め込まれた水色の“魔装具”も。
それが魔族であることを物語っている。
しかし、その姿は異形でありながらもラージの見慣れた人の顔をし、無表情の中に優しげな眼差しで見下ろすその瞳は―――。
「グアラダ……ッ!?」
紛れもない。
見間違えるはずもない。
メビウスと共に消し飛んだと思われたグアラダがそこにいた。