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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
153/226

5-7


***



 ガ―ウェイは思い切り杖を振り回し周囲の傭兵たちを蹴散らすと、体勢を整える前に一気に間合いを詰めて襲いかかってきた細剣の剣身の腹を殴って矛先を逸らす。

 その細剣の持ち主であるメビウスは、懐に入ってきたガ―ウェイへ蹴りを繰り出すが、すぐに膝を抑え込まれて防がれてしまう。そして胸ぐらを掴まれると地面へと叩きつける!


「ぎっ、ぉ!」

 首がグキッと異音を放ち地面を抉ると、続けざまに杖で追撃せんと振るうが。


「みゅあん、みゅあっ♪」「みゅあうみゅあう♪」

 歌うようなネコの魔物たちの鳴き声が脳内にまで響くと、ぐわんぐわんと視界が回る。


 平衡感覚を失いふらつくガ―ウェイを今度こそ蹴り飛ばすと、メビウスは首を抑えながらゆっくりと立ち上がった。

「本当に強くて敵わへんよ、レッセイ。危うく死ぬとこやった……」

「今死んでれば楽になれたかもしれねぇぞ?」


 先ほどの一撃が効かなかったわけではないはずだ。

 メビウスは魔術を使えない。おそらく隠し持っているであろう魔道具だ。全身硬化させてダメージを減らす。カムレネアにいたときも愛用していた。


「メビウス、テメェは腕が鈍ったんじゃねぇか? 商売人の手ぇしやがって。アレイシスが泣いてんぞ」

「せやなぁ、こんなことしてるって知ったら、団長(あねさん)怒るやろなぁ。でもこれが俺の“夢”や。邪魔はさせへん」

 メビウスが下がると、再び傭兵たちが前へ躍り出てくる。


「チィッ!」足へ負担になるからと、あまり戦闘を長引かせたくはないのだが。それでも次から次へと湧いてくる傭兵たちに、これが麻薬の力だと見せつけられているようだった。

 さすがのガ―ウェイでも一人対多数はキツい。特に足の怪我という枷がしんどい。


 ……奥の手を出すか? いや、駄目だ。“アレ”はマレディオーヌと対峙したときのためにとっておきたい。


「――ガ―ウェイ!」

 傭兵たちを何人か沈めた頃、アルニの声に瞬時に反応する。


 ガ―ウェイの目の前に突如として現れた一本の氷柱。「うらぁああっ!」それを杖で思い切り殴れば、傭兵たちを掻い潜り鳴き声をあげていたネコの魔物の胴体を貫く!


「風の精霊よ――」

 足に精霊を纏わせ、倒れて山になっていた傭兵たちを足場に宙をふわりと跳んだアルニは、高めの天井スレスレから部屋を見下ろし、灰黄色(かいこうしょく)の瞳を忙しく彷徨わせていると、不意に見つけたとばかりに短剣を3本投げ落とす!


「み”っ!?」

 狙われていることに気付いた魔物が逃げるよりも速く、短剣が降り注ぎ――だが、それをメビウスの細剣が防いだ。

「油断も隙もあったもんやないなぁ……っ!」

 そして地面に刺さった短剣を拾うと、それを逆に投げ返した!


 アルニが返された短剣弾き落とすのと、ガ―ウェイがアルニ同様に傭兵たちを足場に彼らの頭を踏みつけながらメビウスの元へ飛び掛かるのは同時だった。

 ガンッ!

 近づいてくる気配を察していたメビウスと細剣と、ガ―ウェイの杖が再び交わる!


「おっかしいなぁ、メビウス! テメェの方が少しずつ押されてんぞ!」

「くっ……! ホンマに厄介なお人や!!」






 一方ティフィアの方は、自分がメビウスの娘だと嘲笑するグアラダに首を横に振った。


「か、関係ないよ! だってグアラダはラージを大切に思ってるんでしょ? だったら!」

「……関係ないわけ、ありません。もし(おれ)があの人の娘でなければ、こんなことにはきっと――」


 地下で育ったグアラダが、唯一守ってあげたいと思った少年。

 最初は庇護欲とか母性とか、そういうものだったのかもしれない。


 お互い、独りぼっちだった。側にいるようになって、いつの間にか近くに誰かがいることが当たり前になって。少しずつ言葉を交わすようになった。

 初めは名前を呼ぶだけだった関係が、日を重ねるごとに言葉を増やしていく。


 共に囲む食事が、とても暖かくて美味しいことを知った。

 文字も金の価値も分からないグアラダに、彼は忙しいのに時間を割いてまで教えてくれた。


 次第に。ちょっとずつ。ゆっくりと。二人の距離は近くなっていく。


 触れたい、そう思うようになった。

 眠っている彼の小指を、絡ませるように握る。

 それで満足していたのに、どんどん膨らむ欲求にグアラダは戸惑った。


 もっと。もっと。


 喉が渇く。体内に孕む熱が飢えを呼ぶ。触れて、抱きしめて、キスして。それ以上のことも。


 ――だけど、違うのだ。


 月日が経つほどグアラダの気持ちは膨れ上がっていくのに対して、ラージだけは出会ったときのまま……変わらない。


 好きだ。でも好きでいてはいけない。

 愛してる。でも愛してしまってはいけない。


 本当にラージのことを想うならば、この距離感でいなければいけない。近いのに触れられない。好きなのに好きと言えない。

 グアラダのこの“想い”は爆弾だ。ラージは受け入れないし、むしろ拒絶して真意を疑うだろう。


 だけどメビウスに「ラージをやる」と言われたとき、グアラダは喜んでしまったのだ。手に入れたいと、自分のモノにしたいと。


「……(おれ)はラージを裏切った。それはもう覆しようのない事実。もうラージは(おれ)を信じてはくれない。それなら………」

 メビウスに従おう。

 そうすればラージは死なない。(おれ)はこれからもラージと一緒にいられる。

 いいじゃないか、それで。


「それなら―――(おれ)は、ラージが欲しい」


 涙を流しながら笑みを浮かべるグアラダに、ティフィアは絶句した。

 痛い、と胸を刺すような心の痛みをよそに、刀を構えるグアラダに応えるようにティフィアもまた剣を構える。


 ……僕はどうすればいいんだろう。


 グアラダがここで勝っても、ティフィアが勝ったとしても、結局誰も救われない。

 グアラダとラージ。

 二人の想い。


 ――ラージはグアラダのことをどう想っているんだろう。


「ふっ」先に動いたのはグアラダだ。素早い剣戟は先ほどよりも冴え、一方でティフィアは痛みの走る左腕を庇いながらそれをなんとか躱す。


 グアラダの悲しみに満ちた笑みが忘れられない。


 僕に出来ることは本当にないのかな。

 こうして戦うことしか出来ないのかな。


 そのとき。


「ぐぁ、らだ……」


 呻き声にも似た、小さなグアラダを呼ぶ声。


 彼女が反応するよりも早く、ティフィアは己の武器を捨てて振り下ろされる刀を素手で受け止めた。

「なっ!?」


「…………グアラダ、行こう」

 呼び声とティフィアの行動に驚き、力が抜けた隙を突いて、強引に刀を奪い放り捨てる。

 唖然としている彼女の手首を掴んで、レドマーヌに「動いちゃ駄目ッス! 死にたいッスか~!?」と取り押さえられているラージの元へ。


「ま、待って。待ってください、勇者。何を。何をしようと」

 彼女の向かう先に気付いて振り払おうとするも、ビクともしない。刀傷から血が止めどなく流れているというのに、なんという馬鹿力。


「――――僕ね、後悔してることがあるんだ」

「え……?」

「今まで旅をしてきたんだ。仲間と一緒に。長い旅じゃなかったけど、その間――僕は何一つ出来なかったんだ」

「なんの話、」


「誰かを助けることも、救うことも、守ることも。『勇者』の肩書きを持ってるだけで、僕は何も出来なくて。一緒にいてくれた仲間やシスナ(友達)は僕を守ってくれたのに」

 守りたいと、強くありたいと願った。

 助けたいと、非凡であることを願った。


「でもね、一番後悔してることは――僕の想いを、エゴを、貫き通さなかったことなんだ」

「エゴ……」

「もっと我が儘になれば良かった。もっと話せば良かった。もっとわかり合おうとすれば良かった。もっと――僕の本音を伝えれば良かった」


 シスナちゃんを失って、リュウレイとニアが帝国に戻って。

 どうして僕は泣いてばっかで、もっと自分の気持ちを伝えなかったんだろうって。

 伝えたところで、何も変わらなかったかもしれないけど。

 それでも。


「僕、たぶん嫌いなんだ。僕自身が泣き虫なくせに、誰かが泣いてるの。誰かが悲しそうにしてるの。だって見てるこっちがツラくなる」

 助けたいとか、救いたいとか。確かにそうなんだけど。

 ツラそうな顔の人を見てると、胸が痛くなるから。


「だからね、グアラダ。全部僕のせいにしていいから――」

 ティフィア? と問うレドマーヌへ笑みを向け、それから青白い顔をして真っ直ぐグアラダを睨むように見つめるラージの手を取る。


「ゆう、しゃ。かのじょ、は……てき、だ」

 ビクッとグアラダが反応する。敵だ、と。はっきりと、そう言われたのだ。

 逃げようと暴れるグアラダを掴む手を強くし、むしろ離すまいと逆に引き込む。


「グアラダ!」

 涙を流す水色の瞳をのぞき込むように、黒曜石の瞳が近づく。

 そして。



「――お願い(・・・)僕たちを受け入れて(・・・・・・・・・)!」




 その瞬間、世界が変わった。



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