4-3
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「団長、俺はあんたのことなんて呼べば良い?」
城の部屋にゴーズが作った“霧のアルニたち”を置いてティフィアと分かれた後、ゴーズと共に地下通路にやってきたアルニは、そこに隠れていた一人の男へ声を掛けた。
――相手を見下すような灰色の瞳、への字に曲がった薄い口元、深く刻まれた眉間の皺、左の眉尻の上にある黒子。
8年だ。
グラバーズで拾われて、みんなに育ててもらいながら傭兵団の仲間としてずっと一緒に戦ってきた。
会いたくて。聞きたいことがあるから、と言い訳して王国を出て。
ティフィアたちと旅をして。
そして、今――ようやく追いついたんだ。レッセイに。
「――ガ―ウェイだ。テメェ、教会で聞いてただろうが」
ガ―ウェイ・セレット。
それが団長の本名。
「やっぱバレてたか。じゃあガ―ウェイ、とりあえずティー……ティフィアと話したこと伝えるぞ」
「ああ? どうせ暴れ回りゃあ良いんだろ? 陽動、撹乱。俺の仕事はいつもそれだからなぁ」
「それはいつもガ―ウェイがニマルカと先走るからだろ。そもそも足の怪我、大丈夫なのかよ」
「おい、俺が“足が痛いから動けましぇ~ん”って言い訳するタマだと思ってんのかよ」
「でも傭兵団は解散したのでしょう? ある意味同じ――と、危ない危ない!」
「テメェはいつも余計なことしか言わねぇなあ! その口縫い合わせてやろうか、あ”あ”ん?!」
捕まえようとするガ―ウェイの太い腕からするりと避け、あっはっは! それは嫌ですぞ! と逃げるゴーズ。
そうだ、いつもこうだったじゃないか。傭兵団は。
ここにルシュもニマルカもラヴィもいて、ふざけてばかりで、馬鹿みたいなことばっかで。
あの頃に戻りたい、と思うのと同時に――もう戻れないんだな、とも確信した。
ガ―ウェイはもうレッセイじゃない。
レッセイ傭兵団は解散して、もう誰もいない。
もう、戻りたい過去は、どこにも――ない。
……そうだろ、ガ―ウェイ。
俺の、祖父ちゃん。
「――ほら、いつまでも遊んでないで! とにかくまだ調べ終わってない場所見て回るぞ。明日までにある程度地下の全貌、暴いておかねぇーと」
「アルニの言う通りですぞ、団長。まったく、子供じゃないんですから短気を起こすのは止めていただきたい」
その言葉にイラッという効果音と青筋を増やすガ―ウェイと、性懲りもなく彼を煽るゴーズに溜め息を吐いた。
***
ラージと話を終え、アルニたちと合流したティフィアと反乱軍の捜索隊も一緒に地下を捜索し。
空白だった地下の地図もほとんど埋めて、残り2カ所を残したところで時間切れとなってしまった。
「ね、眠いですぞ……」
「さすがに疲れた……」
薄明刻。城の部屋に戻ってきてすぐ、アルニとゴーズはベッドへ転がった。
ゴーズは慣れない転移術や、あとは何か魔道具を通路や部屋のあちこちに配置しており、アルニもそれに協力したり、“動力炉”に二人で寄ってコソコソ何か仕掛けたりと忙しそうだった。
かく言うティフィアの方も、地下を巡回していた政府軍に見つかりそうになったり、ガ―ウェイが途中で飽きたのかどっかいなくなったりとハプニングは色々あったのだが。
「ったく、だらしねぇな……。年寄りの俺と、こんな小せぇ女の子の方がピンピンしてるぞ」
「団長はどうせ、どこかで寝てたのでしょう? 見なくとも分かりますぞ……」
「俺たちは魔力使いまくってんだよ……ちょっと、寝かせて」
言い終えると二人は限界だとばかりに寝息を立て始めた。
それを呆れたように見下ろして肩を竦めたガ―ウェイは、じゃあ俺は地下に戻るぞと言って窓から飛び降りた。
「え」一瞬固まった。
ここ、10階くらいの高さだったよね!? と慌てて窓の下を見下ろすが、壁の凹凸を利用して飛び降りつつ無事着地し、警備兵の目を上手く掻い潜りながらさっさと消えていく姿に感心してしまう。
ああいうのも慣れているのだろうか。すごく様になっていたけど。
というか足は大丈夫なのだろうか。
「……僕も寝よ」
考えても分からないことは、深く追求しない方がいいとガ―ウェイに会って強く学んだ気がする。
それより少しでも体力を回復しておこうと、ティフィアもまたベッドへ潜り込んだ。
眠り始めてどれくらい経ったのか、「おはようございます」と執事の人が起こしに来たときには窓から差し込む朝日が目に痛かった。
そして朝食をいただき、さっさと行けと言わんばかりに馬車の元へと案内され、すぐに出発となった。
「……なんだか僕、緊張してきた」
今まで『勇者』だからと巻き込まれていたが、自ら事を起こそうというのは始めての体験だ。しかも教会や国の意とは反することをしようとしている。
罪悪感がないのかと問われれば、そんなことはない。だけど後悔してるわけじゃない。
ティフィアの言葉にアルニは小さく笑い、「やることは変わらないだろ」と返す。
「そ、そうなんだけど……! ちゃんとやれるか心配ではあるよ」
「大丈夫、そこまで心配する必要はないですぞティフィアちゃん! なにしろ団長もボクもついてる。失敗などありえない!」
「そのお前らが一番の不安要素なんだけどな」
「――あの、もう少し声のトーン下げてください。どこに監視の手が伸びてるか、分かりませんから」
騒がしくする3人を注意するのは、馬車の中に隠れていた女性だ。他には二人の男と、御者の男が同意するように大きく頷く。
彼らはメビウス傭兵団のメンバーだ。
御者の方は前から城に潜入していた人物で、マキナ王女からの信頼も篤い。他の3人はティフィアたちの背格好や体型に近しい者が選抜され、途中で入れ替わる算段となっている。
「ご、ごめんなさい……」
「申し訳ない! ですが緊張を取り除いてやらねば、いざというときに動けませんからな!」あっはっは! と高笑いするゴーズを、アルニが殴って黙らせた。
「お前が一番うるせぇんだよ。作戦始まるまで黙ってろ」
「いたたた……、アルニのその粗暴さは団長に似たのかニマルカに似たのやら……」
「――勇者様方、そろそろ降りるご準備を。くれぐれも政府軍と女神教にはご注意を」
御者の言葉に三人はそれぞれ目深に外套を羽織り、馬車の後ろへ移動する。
「どうかご武運を」
「行ってきます!」心配そうな彼らへ、ティフィアは安心させるように笑みを浮かべて元気よく飛び降りる。
それに続いてアルニとゴーズも降り、すぐに地下へ続く排水溝へと向かった。
一方、ラージもまた緊張に顔を白くさせていた。
「……若、何か飲み物用意しましょうか」
「いらん、トイレが近くなる。それよりも、勇者は本当に協力してくれるんだろうか……。途中で実はスパイだったとか、」
「その可能性を否定したのは若ですよ。昨日、なんのために『証』の確認したんです?」
「そうだが………」
「それにもう、みんな動いています。――そろそろ腹をくくりなさい」
喝を入れるようにグアラダに背中を軽く叩かれたが、それでもラージの気は重いまま。
失敗したら終わりだ。
プレッシャーに胃がしくしくと痛む。
「……、若。全部が終わったら……ランファ様が帰ってきて、街も国も昔みたいに商人たちが活気づく、あの頃に戻ったら――嬉しいですよね」
「? 当然だ、嬉しいに決まっている」
そのためにラージは反乱軍側にいて、こうして指揮官としての役を任されているのだから。
――――――いや、違うか。
反乱軍も、薬草商会も、メビウス傭兵団も、元々母上の持ち物だった。
俺は母上のモノを引き継いだだけで、どれも自身で築き手に入れたモノではない。
あるとすれば、それは――グアラダだけだ。
「そういえばグアラダは母上のことは知っていても面識はなかったな。あの人はすごいぞ、お前もきっと好きになる」
「若から耳にタコが出来るほど窺いましたよ。……でも私もランファ様とお会いしてみたい。だからこそ、我々は為さねばならない。そうでしょう、若?」
「――ああ、その通りだ」
いつの間にか気持ちは落ち着き、思考も澄み渡っている。グアラダのおかげだ。
「グアラダ」
「はい」
「俺の手足となって勝利を運べ。そのための道案内は俺がする」
「はい」
「だから絶対に死ぬな」
「はい。死なずに、あなたを守り抜く。絶対に」
ラージは大きく深呼吸し、ポケットからチョコを取り出してかみ砕くと声繋石のピアスへ意識を向ける。
反乱軍“ウェイバード隊”の隊員と、そしてメビウス率いるメビウス傭兵団、それからティフィアたち勇者一行へ―――戦いの狼煙を上げた。
「作戦開始――――ッ!」