4.遭遇戦Ⅰ
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会議を終えてウェイバード隊に作戦を伝えたラージは、苛立ったように執務室のテーブルを人差し指でコツコツ叩いていた。
――グアラダの報告では、勇者は教会を襲撃した者たちと共に消息を絶ち、勇者の仲間であるアルニも一人で行動している、か。
「……勇者は教会と対立した。だけど何故そんなことを……」
それともあくまで“フリ”であって、それに飛びついて勇者に接触しようものなら危害を加えようとしたとか難癖つけられてしまうかもしれない。
しかし勇者がこのまま戻らなければ、マキナ女王の条件は守られない。
どちらにせよ、明日には政府軍が動くだろう。
「――グアラダ、捜索隊の状況は?」
いつもの定位置にいるグアラダを見やれば、彼女は無表情で首を横に振った。
「首都にある王城も、この国の教会も全て空振りでした。残るは――地下通路だけど、」
「……あそこは今までも少しずつ探索範囲を広げていたが、いかんせん広大過ぎる。当然だが、政府軍の兵士も見回りしているし、せめてあと1日猶予が欲しかったが」
調べきれていないのは教会の下、グラバーズとの国境付近、封印の間付近か。こうなれば政府軍と全面抗戦しながらの調査をするしかない。
だとするとやはりグアラダを前線に配置し敵を撹乱し、別働隊に捜索を当てながら……人数はどうする。
短期捜索が望ましいから、ある程度の人数は必要だ。しかしそれだと地上の兵の数が足りなくなる。薬草商会は首都の街中、いくらでも包囲出来てしまうから……
「何度練り直しても、やはり皆に伝えた作戦通りにするしかないか。……マレディオーヌの牽制は頼む、グアラダ」
「この命に代えても。必ず若とこの商会はお守り致します」
「……冗談でも止めてくれ。俺はグアラダがいなければ何も出来ない」
母上がいたら、きっと奇策の一つや二つ思いついていただろうに。やはり俺は頼りないな、とポケットからチョコを取り出すと口の中に放り込んだ。
そのときだ。
「――失礼します、若! 至急談話室に、」部屋の扉をノックし、慌てたように声をかけてきた隊員の声に驚いていると「ああ、ええで。ちょっとホンマ急いでるから」と別の声が割り込んできたかと思えば、扉が勝手に開いた。
「さっきぶりやな、ラージ」
「メビウス……?」
はだけた礼服に、緩く一つに束ねた長髪の男は片手を軽く上げた。
そして、その後ろから小さな人影が前に出てきた。
「!?」
「初めまして、ラージさん。知ってるかもしれないけど……僕はティフィア・ロジスト。――勇者です」
毛先が青みがかった銀髪の少女は頭を下げて自己紹介すると、すぐさま本題を口にした。
「アルニから話は聞きました。僕は貴方に肩入れするわけじゃないけど、行方不明者の捜索には手を貸します。情報を共有しましょう」
それは願ってもない提案だった。
だが。
「……俺は時間稼ぎを頼んだのであって、協力は望んでいない。君は教会に属する人間のはずだが?」
後ろから刺されることを想定しなければ。
縋りつきたい気持ちを抑え、冷静さを欠かないよう小さく深呼吸をする。
見極めねば、彼女の真意を。
「言ったはずです。――僕は『勇者』だ。争いに加担するつもりはないけど、無関係の人々が傷つくのを見過ごすことは出来ません」
「『勇者』であることが担保ということか……」
勇者というのは無条件で人々を守り、助ける存在。
そんな偽善者が本当にいるのかと思うが、実際今までの過去がそれを証明している。
勇者は、それこそ己を犠牲にしてでも人間を守る。そういうモノだから。
ふむ、と思案するラージとは対照的に、ティフィアは内心不安と緊張に震えそうだった。
――薬草商会へ訪れる少し前だ。
ガ―ウェイは教会に狙われてるし顔もバレているからと地下通路のどこかに隠れてもらい、ティフィアとラージ、アルニは日が沈んだ頃に城の前で合流した。
話もそぞろに早々にマキナ王女と謁見して、来賓として部屋を借りて翌日には馬車で出立することとなり……やはり周囲の目がある以上、下手に手出しするつもりはないようだ。
「ゴーズ、確か“幻”を作るの得意だったよな。とりあえず俺たちの“偽物”作ってくれ」
「いやはや、久方ぶりの感動の再会だというのに、ほとんど挨拶もないアルニは少し冷めた大人に成長してまったようだ。悲しい気もするが、これが成長というものなのだろう!」
豪勢な晩餐に招かれ、緊張から味のしないそれを強引に喉に通して部屋に戻ると、早速とばかりに作戦会議を始めた。
「よく言う……、突然いなくなったのそっちだろ。――まぁいいか。とにかく、明日の出立までにやることをやっておかねーと」
「えーと、『薔薇の館』のメビウスさんと、反乱軍のラージさんに話をつける、だよね?」
「ああ。二人から協力を取り付けられないなら、行方不明者捜しは諦めた方が良い」
「うん、さっきティフィアちゃんにも話したけど、ボクらもそこまで暇でも危険を冒せる余裕もないからね。こっちとしても、それは最低条件だ」
なんだかハードルが高いような気がして、うっと言葉を詰まらせるが「まぁたぶん大丈夫だろ」とアルニはそこまで問題視していないようだ。
「メビウスさんはすぐ承諾してくれると思う。ラージの方も元々時間稼ぎを要求してきたんだから、実際行方不明者が本当にいようといまいと提案には乗るだろ」
「そ、そっか」
「――ただ、問題は……二人を説得するのはお前じゃないといけねぇーのと、ティーのその頼りない不安そうな言動だ」
「え!?」
「はっきり言うねぇアルニ! あっはっはっ! まぁその通りなのだけれど!」
まさか自分が問題になるとは、と落ち込むティフィアをよそにアルニは続ける。
「いいか、ティー。お前は『勇者』だ。そして提案を持ちかける側だ。……そんなやつが不安そうにモジモジしてたら、痛くもない腹を探られたり、一方的に利用されるだけだ」
だからこそ、強気でいろ、と言う。
「あと信じて欲しいとかも言うの禁止な。ラージってやつには、たぶん逆効果だ」
「う~……難しいよ~! で、でも、アルニも着いてきてくれるんだよね……?」
「残念だけど、俺はゴーズと一緒に少しでも地下通路の空白な箇所を探ってくる」
「そ、そうなの……?」「ええ!?」
不安そうに目を向けるティフィアはともかく、何故か想像もしていなかったとばかりに驚愕しているゴーズへ、アルニは呆れた顔を向ける。
「いや、なんで驚くんだよ……。ティーが戻るまで、何もしないつもりだったのか?」
「そのつもりだったさ!」即答だった。
どや顔のゴーズを無視し、アルニはティフィアへ一枚の硬貨を渡す。
「まずはメビウスさんと会え。提案に賛同してくれたら、薔薇の館に点在する転移術使って商会に送ってもらえ」
「う、うん」
「良し、じゃあ行動開始だ。――ほら、ゴーズ。霧出せ。それから転移術も」
「アルニは団長とニマルカに似て、人使いが荒くなったようだね。やはり育ての親が粗暴だと――」
「全部終わったら前みたいに魔法見せてやるよ」
「――ボクに任せてくれると良い! 転移は苦手だけども、それ以外はなるべく完璧にこなしてみせるさ!」
二人の騒がしいやりとりに苦笑を浮かべながら、ティフィアはそろりとアルニを見る。
やっぱりいつも通りだ。いつものアルニだ。
あのときの不安はなんだったんだろうと思うくらい、通常運転だ。
それから思うのはアルニとゴーズの関係性だが、さすがに想像つく。
以前リュウレイに魔術をある程度知っていた理由を話していたのを一緒に聞いていたし、アルニがここまで砕けた話し方で接することから――レッセイ傭兵団という答えに行き着く。
……でも、だとしたらゴーズが団長と呼ぶガ―ウェイは。
ティフィアは首を横に振り、今は自分のすべきことを集中しなきゃと思い直す。
僕から言い始めた我が儘だけれど、それでも協力してくれるひとたちがいるなら――この我が儘を貫き通さなきゃいけないから。
「――分かった」
考え込んでいたラージが不意に声を上げ、物思いに耽っていたティフィアは彼の出す答えに――
「こちらとしても協力してくれるのはありがたい。……ただ、君が本物の『勇者』であるかどうかの確認だけさせて欲しい」
「え」思わず固まってしまった。
「勇者には体のどこかに『勇者の証』があるのだろう? 念のためだ。別に興味本位とかではないからな」
「若、心の声が漏れています」
「ち、ちが……! 違うと言っただろう!?」顔を赤くして焦るラージと、それを無表情でからかうグアラダのやりとりにメビウスが苦笑する。
その傍らで、ティフィアは顔を青ざめさせていた。
――ど、どうしよう……! 僕、今『証』持ってないよ……!
そういえばリュウレイから返して貰っていない。いや、たぶん『証』を持ってたら人工勇者として帝国に戻らなければいけなくなっていたから、わざとなのかもしれない。
それが今回、最悪な方に傾いたというわけだ。
確かに『証』を見れば勇者の身分を一発で本物かどうか見分けられるのだから、ラージの言い分は正しいのだが。
「? どうかしたか?」
ラージとしては教会から歓迎されていたティフィアが偽物であるとは、あまり思っていない。ただ、それでも教会が彼女によく似た影武者を用意している可能性も否めない。
不安要素は確実に潰しておきたいがための発言だったのだが、彼女が動揺したように視線を彷徨かせたことにラージは不審感を抱いた。
「……まさかとは思うが、」
「若」そこで思いも寄らぬ人物がラージの言葉を遮ってきた。グアラダだ。
彼女は音もなくラージへ近づくと、その耳元へ囁いた。
「若、『証』は体のどこかに顕現するモノ。――この場で彼女に脱げ、と言っているのと同じでは?」
「はあ!? な、ななな、なん……っ!? ぬ、脱げっなんて――――い、いや、……確かにその通りか」
証がある場所によってはそうなってしまうことに気づき、真っ赤な顔でごほんと咳払いすると「すま
ない、配慮がたりなかった」とティフィアへ謝罪する。
「しかし確認はしておきたい。――グアラダ、彼女を別室へ。同性同士なら大丈夫だろう」
その言葉に何に対する謝罪か理解したティフィアは、殊更逃げ場のない窮地に追い詰められる。いや、逃げるわけにはいかないんだけれども。
「さぁ、こちらへ」とグアラダに隣室を案内されながら、ティフィアは考える。
考える。
考える。
考える――!
「ではお願いします」
ドアを閉め、念のためにと鍵をかけたグアラダの視線が痛い。
……どうしよう、いくら考えても思いつかないよ!
ここで変な動きすれば怪しまれるし、かといってティフィアの体に『証』はない。
「どうかされましたか?――まさか、無い、なんてことはありませんよね?」
カチャ、と彼女が鞘に手をかける。
ますますテンパるティフィアは、もうどうにでもなれ! と言わんばかりに思いっきり服を脱ぎ捨てた。
「――――」
殺されるかもしれない。少なくとも、偽物だと斬りつけられてもおかしくはないだろう。
その瞬間を唇を引き結んで待ち構えていたが。
「……確認出来ました。もう、着ていただいて大丈夫です」
「へ」……あれ?
グアラダの反応に呆気をとられると、彼女は首を傾げた。
「どうかされました?」
「い、いえ!」
よく分からないまま、床に放った服を慌てて着直す。……もしかしてゴーズさんが魔術でカモフラージュでもしてくれたのかな。
それなら前もって言って欲しかったとこっそり溜め息を吐いた。