3-5
ガ―ウェイとゴーズとのこと、勝手に決めちゃったなぁ。
そう思い、足のこともあり少し休もうということで洞窟内で各々自由にしている間に、アルニに連絡をとることにした。
「アルニ」
声繋石の指輪へ意識を向けると、わりとすぐに繋がった。
いつもの調子で『どうした?』と返事が返ってきて、なんだかとても安心した。
リュウレイやニアのことが一瞬過ぎって、アルニもいなくなってたらと思っていた気持ちに胸をなで下ろす。
「あのね、実はアルニがいない間に色々あって……」
それから教会で起きたことを説明し、今はガ―ウェイたちと一緒に拠点として使ってるゴーズの家へ向かっていることを伝えると、彼は『あのお面のやつ、ゴーズだったのか……』と呟いた。
「あれ、アルニ知ってる人だったの?」
『……』その問いにアルニは答えず、代わりに薔薇の館で行われた会談について話し始めた。
反乱軍と政府軍の状況。
薬草商会の会長であるラージという人物が、反乱軍の司令官の一人であるということ。
マキナ王女からの条件と、ラージからの依頼。
行方不明事件。
説明を終えて一息吐いたあと、アルニはどうする? と聞いてきた。
『別に王女様とラージの言葉を全部無視したって、誰からも批難はされねぇぞ。遅かれ早かれ、反乱軍と政府軍の衝突は避けられねぇし』
「で、でもラージさんの言葉を信じるなら、行方不明の人たちの安否が気になるよ」
『じゃあ王女様の条件飲むか? だけど教会と対立したんだろ? 大丈夫なのか?』
「うっ。………ど、どうしよう、アルニ」困った声をあげるティフィアに、アルニは大きく溜め息を吐いた。
『もっと言えば、行方不明事件も事実かどうか分かんねぇ。お前の同情を誘って、信じ込ませようって魂胆かもしれない』
「う、う~ん………」
嘘かもしれないし、本当かもしれない。嘘じゃないかもしれないけど、それは体よく『勇者』を使うための誘導かもしれない。
そういうのは分かんないし、疑ったらきりがないとも思う。
でも事実なのだとすれば、実際行方不明になった人たちは実在するということだ。
「そういえばライオスの街も、サハディ帝国でも、似たようなことがあったよね」
ライオスでは魔族が直接関与していたらしいし、サハディでもノーブルは執拗に魔の者への憎悪に燃えていた。
今回は教会が関わっているようだが、ティフィアはどうしても別件だとは思えなかった。
『……一つ言っておくぞ。全部なんとかしたいっていうのは無理だからな。どう考えても手が回んねぇし。それに元魔王にも会うんだろ?』
「うん……」
『ミファンダムスの状況は分かんねぇけど、王女様の言葉だとまだ本格的に戦争は始まってない。だけど時間の問題だ』
始まる前になんとか出来れば最良。最悪でも始まってすぐなら、なんとかなるかもしれない。
殺し合い、誰かが死んでしまえば――もう止まらない。
「……――マキナ王女は、目障りな反乱軍を早くなんとかしたい。だけど馬車に乗れば今日を含めて4日の猶予があるんだよね?」
『ああ。でも教会に戻って、襲撃者に加担した“勇者”がどういう扱いになるかは分からないぞ』
教会と政府軍は通じている。戻った直後に幽閉されて、全てが終わるまで解放されないかもしれない。
「それなら、お城に直接行くのはどうかな?」
マキナ王女は教会での出来事を知っているかもしれないが、勇者が教会に反旗を翻したなんて、混乱を避けて軍や一般民に伝えることはしないだろう。
堂々と城に乗り込んで、そこで馬車を借りて――グラバーズまで行く。
『そうなると俺たちは身動きとれないぞ?』
「最初に僕たちが馬車に乗り込んで、途中で誰かと入れ替わるっていうのは?」
『代役か。それならメビウスさんに頼めば、引き受けてくれるかもな。でもそうなると、俺たちはグラバーズに向かわないってことにならねーか?』
「うん、そこは別ルートで行こうと思う。今僕がいる洞窟なんだけど、ウェイバード国の至る所に地下通路があるらしくて、そこと繋がってるんだって」
『地下通路?』
「ガ―ウェイさんたちもまだ全貌は掴めてなくて、“封印の間”とか、変な“祭壇”みたいな広間もあるらしいけど……」
そもそもガ―ウェイが教会を襲撃したのは、元々教会の地下にある謎の空間の正体を掴みたかったのと、ヴァフォメットの占星術を封じる目的があったらしい。
本来は誰にも気付かれないようにこっそり侵入するはずだったのに、転移術を失敗してステンドグラスをぶち破ってしまったから、やむを得ずああなってしまったのだという。
「えっとね。それで、地下通路からなら国境にある山を登らない分、馬車と変わらない速さでグラバーズの郊外に着くみたい」
『なるほどな。でもサーシャって子はグラバーズにあるゴーズの家にいるんだろ? わざわざ地下通路から行く意味あんのか?』
「――行方不明の人たちを保護しようと思う」
『は!?』さすがに突拍子もない発言に声を裏返したアルニに、ティフィアは苦笑する。
「無茶なこと言ってる自覚はあるよ。それに3日あれば見つけられるってラージさんは言ったって聞いたけど……」
それで本当に彼らが無事保護されるなら、それはそれで良い。
でも。
「僕ね、もうシスナちゃんやノーブルさんみたいに誰も助けられなかった事態に陥るのだけは、……それだけは嫌なんだ」
取り越し苦労なら良い。過剰な心配だったと後々笑えるなら、それで良い。
だけど、もし不測の事態が起きたら?
マキナ王女が約束を破棄して反乱軍と衝突してしまったら。
教会や枢機卿員から妨害を受けてしまったら。
「あのね、アルニ――」そこから先、続けて言おうとしている言葉にティフィアは一瞬躊躇うも、飲み込もうとしたその先を、しっかりと口にした。
「僕はもしかしたら、結果的に教会と対立するかもしれない。仮にも『勇者』だから、そんなことあっちゃいけないんだろうけど……。――ともかく、僕と一緒にいたらアルニも教会に嫌われちゃうかもしれない」
教会から指名手配されれば、もう普通に表を堂々と歩けないかもしれない。
アルニはグラバーズに行ったらカムレネア王国に戻るみたいだし、王国はならず者には寛容だけど王族が勇者派である以上、今までのような暮らしは出来ないだろう。
「だから、だからね。アルニに迷惑かけちゃうかもしれないから、ここで僕らの旅は終わりにしよう」
言った。
言ってしまった。
ニアとリュウレイがいなくなって、それでも一緒に着いてきてくれたアルニを突き放すようなことを言った。
僕は勝手で、我が儘だ。どうしようもなく、子供だ。
それでも――マレディオーヌのあの攻撃を受けて感じたのだ。
勝てない、と。
もしガ―ウェイさんの足の怪我がなかったとしても、僕とゴーズさんの3人がかりでも。
どうしても勝てる想像が出来ない。
次に対立したら、きっとマレディオーヌは本気で攻撃してくるだろう。無事でいられる気がしない。誰かが傷つき、倒れ、死んでしまうかもしれない。
それを僕は堪えられない。
――それが、今まで一緒に旅をしてきた仲間であるなら。アルニだったなら。……嫌だ。
そうだな、と頷かれることを下唇を噛み締めて待っていると、ふっと笑われた気がした。
『……ティー、お前は本当に”勇者”なんだな。やっぱり、……お前は“勇者”だよ』
「?」
まるで自嘲するようなその言葉に、違和感を覚えた。
「アルニ……?」
『――……いや、悪い。なんでもない。俺も城に向かうから、そこで合流しよう』
そう言い残して、一方的に通信が切れてしまった。
一応合流すると言ったのだから、ここで旅を降りるつもりはないのだと思っていいのかもしれないけど。
「………アルニ、何かあったのかな?」
ここはアルニが記憶をなくしたグラバーズからも近いし、思うことがあるのかもしれない。
でもあとで会うし、そのときに様子見ればいいよねとティフィアは釈然としない気持ちを追いやり、アルニと話したことをガ―ウェイたちに話して協力してもらうべく彼らの元へと足を向けた。