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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
137/226

3.選択


***


 アルニが『反乱軍』と交渉すべく教会を出て行くのを見送った後、ティフィアはそっと声繋石の指輪を撫でるように触れる。


 ……あの日からニアとリュウレイに繋がることはないというのに。

 それでも気付くと未練がましく触れてしまう自分自身に苦笑し、それから顔を上げて前を向く。


 今朝、占星術を使ったことで体調を崩したバフォメットを部屋まで支えて連れていったとき、彼に言われた言葉を思い出す。

 教会に関わってはならない、――と。






「ティフィア様、あなた様は『勇者』だ。その肩書きがあれば、かの皇帝もそうそう手出しすることは出来ません。ですが、それは貴方を傷つけるモノでもあるのです」

 ベッドに横たえたバフォメットは、普段よりも青白い顔を向けて口早に話す。


「教会がどのような意図を持って、なにを企てているのか……残念ながら私には推し量ることも出来ません。しかし、彼らはティフィア様を――いえ、あなた様方のことを利用しようとしている」

「利用……?」


「――先ほどは言いませんでしたが、占星術で“視た”未来の光景。その中にティフィア様とアルニ様の姿がありました」

「! 僕とアルニが?」


「……そうです。そして二人が殺し合い(・・・・・・・)、あなた様が消えてしまう未来が」


「―――」殺し、合う? 僕とアルニが?

 そんなわけない。そんなことあるわけない。


 アルニは『勇者』が嫌いだ。だけど、これまでカムレネア王国でのあの一件以来、そんな素振りはなかったはずだ。

 僕が偽物で、勇者には到底思えないからかもしれないけれど。

 それでもアルニが意味もなく剣を向けることはないと確信は持てる。

 だとすれば、彼が剣を向けなくてはならない状況をティフィア自身が作ってしまう可能性の方がありそうだ。


「……バフォメット様は、未来を変えたいと思っているんですね」

「ええ、もちろん。この占星術(ちから)は、そもそもそのために編み出したわけですから」


「………」

 もし、勇者として行動することがアルニとの対立に繋がってしまうなら……それは、嫌だ。

 だけど僕が僕の思うまま動いて――それで本当に良いんだろうか。

 むしろ、それによってアルニと違えてしまったり、誰かを傷つけてしまわないだろうか。


 何もせず大人しくしていれば。でも、戦争を放ってはおけない。

 ニアとリュウレイも戦争に参加するだろう。二人は強い。でも、何かあったらどうしよう。

 戦争を止められたら、アルニは僕を『勇者』として見るだろうか。でも、そもそも止められないかもしれない。


 どうしよう。

 どうすればいいんだろう。

 どうすることが“正しい”んだろう。


「ティフィア様」

 考え込んでいると、バフォメットが手を伸ばしてきたので、それを握る。


「私は……あなた様なら変えられると信じております。あなた様の存在は“イレギュラー”だ。だから教会はティフィア様のことを見張っている。――どうか、己の信じた道を見誤らないようにして下さい」


そして彼は目を閉じ、眠りについた。






 分からないことだらけで――だからこそここにいる。

 知らなければ、大切な人たちすら救えないと思ったから。……そのために進むことを選んだのだから。


「あの!」信者たちとの話を終えた神父へと声をかければ、彼は驚いたように大きく目を見開いた。

「……どうかされましたか、勇者様?」

 どこか警戒するような雰囲気に、少し戸惑いつつ。

「マレディオーヌさんと話がしたくて。どこにいるか、分かりますか?」


「あいにく、先ほど外出されてしまいました。場所は分かりませんが、勇者様には教会の外に出ないよう仰せつかっております」

 外には反乱軍がいるようだし、昨晩のことを考えれば外に出るつもりはなかったけど。


 ……なんか、外に出られると都合が悪いみたいな感じだなぁ。


 今はアルニもいないから、むやみに外に出て何かあっても対処出来るか分からない。それにはぐれてしまう可能性もある。それならここでジッとしているべきかもしれない。

 だけど。

 ――なんだろう。本当にそれでいいのかな……?


「神父さん、どうして僕が外に出ちゃいけないのか理由って知ってますか?」

「それは危険だからです」

「……危険って、何が危険なんですか」

「反乱軍が危害を加えるかもしれないからです」

「どうしてそう思うんですか」

「昨夜、襲撃されかけたという話をカメラ枢機卿員様から伺いました。彼らが勇者様を狙った可能性が否めない以上、危険だと判断されたのでしょう」


「………」やっぱり、とティフィアは思った。

 サハディ帝国にいた神官もそうだったが、彼もそうだ。――聞かれたこと以上のことを話そうとはしない。


 それはティフィアを混乱させないためかもしれないが、余計なことを言って疑われるのを恐れているようにも感じる。

 更に尋ねようとして「ティフィア様」と後ろから声をかけられ、振り返るとカメラがいた。


「戻ってくるのが遅いから、何かあったのかと心配になってしまったよ。――さぁ、バフォメットの屋敷に戻ろう。聞きたいことがあるなら、自分が答えるよ」

「では勇者様、カメラ枢機卿。わたしはこれで」

「あ、待っ――」引き留めるよりも早く、頭を下げた神父はさっさと逃げるように去ってしまった。


「ほら、ティフィア様。ここも危険かもしれないから」

 手を差し出してくるカメラに、バフォメットの言葉が過ぎる。

 ――――教会はティフィア様のことを見張っている。

 ――――どうか、己の信じた道を見誤らないようにして下さい。


「……僕は、」

 言われたことを鵜呑みにするつもりはないけれど。

 だけどみんなが言ってくれた言葉を信じたい気持ちと、嘘を吐かれているかもしれないという疑心が渦巻く。


 もう、間違いたくない。


 シスナちゃんを救えなかったことが、ノーブルさんを理解することが出来なかったことが――重くのしかかる。

 考えるということが、こんなにも難しいことだったなんて……知らなかった。


「ティフィア様?」考え込んで微動だにしない彼女に、訝しそうに首を傾げるカメラ。


 戻ることが正解なのか。

 カメラを振り切って、外に出ることが正解なのか。


 ……でも、外に出たからって何をすればいいんだろう。


 それなら。

 無謀にも教会から出て、何かおかしなことに巻き込まれるよりは――ここは戻るべきなのかもしれない。

 そう結論づけてカメラへと足を一歩踏み出したとき。



 ガシャン――――――――ッ!!



「え、」

 ティフィアの背後にあったステンドグラスが割れたと思ったら、黒い鬼のようなお面を被った人物が転がり入る。

 カメラが咄嗟にティフィアの前に出て、収納石のピアスから槍を取り出すのと黒鬼面(こっきめん)の周囲に黒い霧が噴き出したのは同時だ。


「っ!――ティフィア様! 自分が時間を稼ぐから、すぐに屋敷へ転移を!」

「う、うん!」カメラに押されて、よろけながら魔術紋陣がある場所へ向かう。

 それを一瞥して確認するとカメラは槍を振って黒い霧を払い飛ばし、黒鬼面へと矛先を突き上げる!……だが。


「!?」

 貫いたはずの肉体には(から)を突いたような感覚しかなく、しかも黒鬼面の体が陽炎のように揺らぐのを見てハッとする。

「――枢機卿ってヤツも大したことねぇな!」

 フェイクか! と下がろうとした彼女の視界に、揺らぐ黒鬼面の足元から――今度は“白い”鬼のお面を被った人影が映る。


 そして、ガゥンッ! と不意に下から槍を弾かれ、大きく体勢を崩したカメラの懐に入ると白鬼面(はっきめん)は持っていた杖で彼女の腹へ突き返す。

 しかし杖先が何かに阻まれたように、腹の数ミリ手前で動かなくなったのに舌打ちすると、体勢を整えたカメラから反撃される前に飛び退いた。


「やっぱ教会内だと効かねぇか」白鬼面が小さく呟いた言葉を、カメラは聞き逃さなかった。


『教会』のことを知っている。


 それだけで“全力”を出してでも抹殺しなければ、と槍を構えて「【全術式――同時解放】」と唱えた。

 刹那。

 彼女の周囲に5枚(・・)の薄青色の帯“窓”が展開し、それが一斉に砕けて割れると同時にカメラは白鬼面へと一気に距離を詰める!


「は、」瞬間移動したように突然目の前に現れた彼女に小さく息を吐き出し、ほとんど反射的に槍を弾く。だが、偶然は続かない。

 息つく暇もなく槍はすぐに攻撃を繰り出し、白鬼面はそれを勘で避けるものの服は裂け、体もあちこちに血が滲む。


 白鬼面はそれに舌打ちするが、「いやはや! 女性ならけしからん格好だというのに、ボロボロの団長(・・)は一体誰得でしょうな!」と少し離れたところから笑いを含んだ声。

 それは転移の魔術紋陣がある場所から近いところだ。


 そちらへ顔を向けると、ちょうど黒鬼面の周囲に浮かんでいた“窓”が消えて足元の魔術紋陣が破壊された後で、その横でティフィアが剣を手に戸惑っている様子が見えた。


 まずい、と踵を返す直前。

 ゾッと背筋に悪寒が走り、咄嗟に槍を背中に回して立てるとガッと“何か”を弾いた。


 足元に転がったそれを見やれば、尖った建物の破片だった。かなり鋭くて大きい。もし防げなかったら致命傷を負っていたかもしれない。


「呼び方変えろっつっただろうがよぉ……。――まぁいいか、ようやく速さにも目が慣れてきたわ。最近雑魚ども相手で鈍ってたからよぉ」

「………」冷や汗が流れる。


 教会内の仕掛け(・・・・・・・)を知っていて、それを掻い潜り――なおかつ致命傷となる体の部位を狙って的確に攻撃してきた人物とは初めて出会った。


 なるほど、これが。「ガ―ウェイ・セレット………!」


「ほら、やっぱバレたじゃねーか」

 被っていた白鬼面を放り投げ、ガ―ウェイと呼ばれた男はニヤリと悪人面に笑みを浮かべた。



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