2-3
「今まで保留にしてきたん返答ですけど、ウチらメビウス傭兵団――もとい、『薔薇の館』は正式に女神教の庇護下に入ることを宣言します」
メビウスの言葉に反応したのは二人。
小さく息を零したラージと、したり顔のマレディオーヌだ。
「よォく言った、メビウス! 分かってるじゃないかァ」
「ラージ、ごめんなぁ? 本当は力になりたかったんやけど、ウチの子たちの中にも教徒はおるし、みんな不安がってん」
申し訳なさそうに頭を下げるメビウスに、ラージは特に動揺するわけでもなく平然とした表情で首を横に振った。
「いえ。むしろ今まで契約も同盟関係もないのに助力して下さっただけでも、お釣りがでるほどです。母上への義理立てのために、これまで助けて頂いてくれたことに感謝しています」
「――強がンなよぉ、ラージ坊ちゃァん?……いいンだぜ、白旗挙げてくれても。アタシたち教会は、誰でも受け入れる方針だからさァ♪」
「教会はただ“権利”が欲しいだけでしょう?『薬草商会』にのみ与えられた――回復薬の製造管理書が」冷ややかな鋭い視線がマレディオーヌへ向けられるが、彼女は意に介すことなくふんぞり返って鼻で笑った。
「やれやれ、おっかねェ目だなぁ……。まるで親の敵でも見るよォな眼差しじゃねーか」
「……、違うとでも?」
「言いがかりは止めな。ランファ・ブランタークは行方不明なんだろォが」
「――――では、今から8年前。数年間に渡り『行方不明事件』が多発していた。それに教会も政府も関わっていない、と?」
『行方不明事件』?
名称は違えど既視感を覚えるそれに、アルニは壁越しに眉を顰めた。
「あ? 当然だろォが、アタシがそんなみみっちィことするワケねェだろ?」
「マレディオーヌ枢機卿はそうだとしても――神父も同じ考えというわけではないでしょう?」
ラージの鋭い視線が、先ほどからずっと黙しているマキナへと向けられる。
「当時、教会は一部の商人たちに多額の“給付金”を与えていました。そのせいで市場のパワーバランスが崩れ、『商人協会』も機能していなかったために路頭に迷う商人が大勢出てしまった……」
そして、とラージは続ける。
「その商人たちに教会が資金を与え、教徒になることの他にも役割を与えています。残念ながらその役割が何かまでは分かりませんでしたが、証拠もありますよ。――ウェイバード政府が教会へ巨額の資金を提供していた証拠も」
ラージは背中に手を回すとモゾモゾと服の中から書類を取り出し、テーブルの上に広げた。
「すっごいなぁ、ラージ! 俺も調べたのに全く掴めんかったんや!」
書類へ目を通しながら声を上擦らせ、メビウスは興奮しているようだ。
対してマレディオーヌは資料を手に取って、すぐに文字の多さに辟易したのかそれを放り捨てた。その一枚がこっちの壁際まで滑り落ち、アルニは近づいてそれを読む。
「政府と教会が手を組み、力ある商会を潰し、呑み込もうとしていたことがこれで分かるはずだ。そして、都合の悪い人々を拉致し行方不明にした。……辻褄が合うんですよ、全部」
丁寧に調べ上げた情報と、しっかりとした裏取り。
度重なる教会と政府間での不自然なやりとりの証拠に、しかしウェイバードの女王は表情を崩すことなく口を開いた。
「――なんのことでしょう?」
とぼけた……!?
「国としてはただ教会へ支援金を送っただけですし、それを教会がどう使ったかまでは関知していません。マレディオーヌ様、神父様から何かお聞きしておられます?」
「んー……そォいえば前に、困ってる商人たちに少しばかりの金をやったって聞いたことある気がすンなぁ……?」
「困っている者に手を差し伸べる、素晴らしい行いですわ。でもそれによって市場に影響が出てしまったことは、我々の不徳の致すところ。そこで路頭に迷われてしまった方々への謝罪と復帰を願い、援助金や職を与えただけのことです」
「っ、そんな言い訳が通用するとでも! 証拠だけじゃない、証人もいるんだ!」
「ああ、この書類に記載されている名前ですか?……残念ながら、彼らはもういませんよ」
「な、何を言って――そんなわけ、」あるはずない、と言いかけてマレディオーヌが我慢出来ずにクッと噴き出すように笑ったことで、予感は確信へと変わる。
「この話し合いに来る前に、街ン中であちこち暴徒が悪さしててよ? すぐに政府軍が取り押さえたらしいンだが、どォも一般人にも被害が及んでてよ。――偶然って怖いよなァ?」
「偶然、だと……? そんな馬鹿なことがあるわけない! 彼らの身柄はきちんと保護していた!」
席を立って噛みつくラージを制するように、メビウスが彼の肩を掴んだ。
「ラージ、落ち着き。――ちょっとお二人さん、さすがにやり過ぎや。反乱軍を潰せないことに焦れる気持ちはあるんだろうけど、こんな強硬手段使えば無関係の人々も傷つけてしまうやん」
「はァあ? やったのは暴徒であってアタシらは沈静させたセェーギの味方だろォが。そもそもさァ、そう思うならラージ坊ちゃん説得すればいいだろ? 反乱軍を解散させろってよォ?」
ギリリッ、とラージが奥歯を噛み締める音がアルニの方まで聞こえた気がした。
「まぁまぁ、枢機卿も落ち着いて。今回みなさんをお呼び立てしたんはウチです。そしてウチの方針はさっき述べた通りですわ。この場はとりあえずお開きにして――」
「―――残念ですが、それは出来ません」
メビウスの言葉を遮り、女王は静かにラージへと視線を向ける。
「ここでハッキリさせたいのです、我々としても。……ラージ・ブランターク。貴方は『薬草商会』の会長としてこの場にいるのですよね?」
「……ああ、そうだ」
「ですが『反乱軍』であることに対して、先ほどから肯定も否定もしていませんね。それは何故です?」
彼女の問いに、やはり言葉を詰まらせた。
「なんだいなんだい、怖じ気づいてンのかよ。そんなに政府軍が怖いなら、とっとと投降しちまえばイイだろぉが」
「………」再び黙り込むラージに、話にならないとばかりにマキナ女王が首を横に振る。
「わたくしはこの国の王として、国民を害す危険性のある者たちをこれ以上見過ごすわけにいきません。貴方が今答えを出せないというのであれば、この場で捕らえて拷問にかけても良いと考えています」
「……反乱軍だと答えたところで、同じように捕らえるつもりなのだろう?」
「ええ、もちろん」
にこり、と優雅な笑みを浮かべる。
「貴方に与えられた選択肢は二つのみです。――ここで捕まるか、反乱軍を見捨てるか。どちらが貴方にとって“損”となるか、商人でなくとも分かるはずです」
顔を顰めるラージの隣で、メビウスが慌てたように口を挟む。
「ちょ、ちょっと! ここで騒動は止めてぇな……? ここには一般人も大勢おるから」
「分かっています。彼一人捕らえるくらい、」左人差し指の指輪を唇へ近づけて接吻すると、彼女の足元に青銀色のネコのような獣が現れた。調教獣だ。
「この部屋を乱すこともなく、この子がすぐに済ませてくれます」
マキナ女王は愛おしそうにネコの調教獣を抱き上げると、“ソレ”は「に”ぁ”ぁ”ぁ”あ”ッ」と呻くように鳴き声を挙げると、ゆらゆら揺らしていた尾を伸ばした。
尾は別の生き物のようにウネウネと伸び、その先端がラージの眼前で止まる。
「………」
ラージは人差し指でずれた眼鏡を戻し、小さく深呼吸する。
そして短い逡巡の末、彼は口を開き。
「――待った!」
突然部屋に入ってきた乱入者に、全員の視線が集まる中――乱入者は言った。
「そのラージって人を捕まえるのは待って欲しい」