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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
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2.勇者代理


 その後何も知らないティフィアが戻ってきたが、カメラに睨まれている以上言えるはずもなく。

 心配ではあるがレドマーヌにティフィアの側から離れないよう頼み、アルニは単身教会から出た。


 外はすでに昼のようで、街は多くの人で賑わっている。


 路地には所狭しと露店が並び、ありとあらゆる商品が陳列していた。中には見たこともないような薬草や食材、変な形の武器もある。

 ローバッハも貿易が盛んではあったが、そもそも国全体で力を入れているカトリプトサ港町とでは規模が違いすぎる。聞き覚えのあるブランド名や商会の名前もあちこち視界に入ってきた。


 せっかくだから少し見て回りたいところだが……。


 異国の客たちに紛れて周囲を警戒すると、昨夜の襲撃犯たちかどうかは分からないが尾行されている。動く気配はないので、様子を見ているといったところか。

 それでもさすがにこの状況下で買い物できるほど肝は据わっていない。


「絶対なんか巻き込まれてるよなぁ……」

 今まではティフィアが『勇者』だから、それによって偶発的に、或いは意図的に事件に巻き込まれている感じはあった。

彼女と共に旅に出ることを選んだのだから、まぁある程度は仕方ないと納得してるが……カメラに頼まれた件といい、襲撃犯の件といい――今回は何かそれだけではない気がする。


「………、おい。どうせ近くにいるんだろ、マーシュン」


「――お気づきでしたか。いやはや、上手く隠れていたつもりでしたが」

 足を止めることなく、人混みを割って歩きながら呼びかければ、人一人挟んだ左側から声が返ってきた。やっぱりいたか、こいつ。


「お前、俺たちについてきてるよな。まさかとは思うけど、教会と繋がってるわけじゃねーよな?」

「おや、わたくしに興味がおありで? わたくし自身の情報は少しお高めですよ?」

「……」


 マーシュンは使い勝手の良い情報屋として、元々ルシュが使っていたのをアルニも取引きするようになった。情報料は高いが、仕入れるネタはいつどうやって知り得て裏付けしたのか分からないくらい仕事は早いし正確だ。


 情報屋としてなら、間違いなく彼は優秀だ。ただ手癖と性格の悪さで多くの被害者たちから恨みを買いまくっていることを除けば、だが。


「サハディにも、ウェイバード(この)国にもいるし。……ニマルカから聞いたけど、ローバッハでティーにもちょっかいかけてたんだろ」

「お困りの方には誰よりも速く駆けつけたい。それがわたくしの理念ですから」

「国を跨いでまで……商魂たくましいことで」呆れた口調で言えば、ありがとうございますと感謝されてしまった。


「――それでわたくしを必要とされたということは、何か聞きたいことがおありなのでしょう?」

「ああ。この国の現状について知りたい」


 アルニの依頼に「ウェイバード国の、ですか?」と珍しく驚いていた。


「わたくしが言うのもあれですが……それでしたら、わたくしに聞かずとも今から会いに行こうとしているお方に聞けば、アルニさんのなけなしのお金をとられることもないはずですが」

「なけなし言うな!」


 事実だけども! 今は傭兵の仕事もしてないから収入がないから仕方ないだろ!

 というか、なんで俺の懐事情をお前が知ってるんだよ!

 いや、そもそも俺が向かっている場所もすでに検討ついてんのかよコイツ。


「……あの人も商売人だからな。しかもお前とは違った方向性の(たち)の悪さがあるし」

「質が悪いとは失礼ですねぇ。――まぁ、いいでしょう。では前払いとして、お金ではなくわたくしも情報をいただきたい」

「まさか、また――」サハディのときに思い出した記憶がないかと要求してきたことを思い出し、思わず顔を顰めれば「いえいえ」と否定された。


「興味はありますがね、情報の価値が釣り合いません。なので別の話を聞かせて欲しいのです」

「別?」

「ええ。――一緒に行動していらっしゃるあの魔族の娘について、知っていらっしゃることを」

 魔族の娘というとレドマーヌのことか。


「そんなに知らないぞ?」

「ええ、構いません。そもそも魔族が人間と親しくしていること自体、珍しいことですから」

 確かに。マーシュンが興味を惹かれるのも無理はないかもしれないか。


 元魔王に関することは念のために伏せ、名前と“穏健派”であること、サハディで出会って今はティフィアの友人であることを掻い摘まんで話した。


「なるほどなるほど……貴重なお話、ありがとうございます」

「今のでいいのか?」

「ええ、ええ。魔の者にも派閥があることを知れただけ、むしろおつりが出るほどですよ。まぁ出しませんけど」

 魔の者の内部事情は、当然魔の者にしか知り得ない。レドマーヌの存在自体、マーシュンからすれば情報の宝庫ということか。


「出されてもいらねーよ……。――で、この国については?」

「アルニさんも存じているとは思いますが、このウェイバードは貿易で成り立っている国です。昔は治安も悪かったのですが、『商人協会』が大きくなってからは治安も安定していました」


 ですがねぇ、とマーシュンは声量を落とした。


「数年前にその商人協会の会長ランファ・サイシスが消息を絶って(・・・・・・)以来、商会の力はだいぶ落ち、今はウェイバードの貴族たちがほとんどの商会を取り仕切っております」

「貴族?」


「この国は今まで、貴族はいてもそれほど権力は有していなかったのですがね。現在はやりたい放題、市場を荒らしまくっているようですよ。おかげでウェイバード国の商人たちは信用がた落ち。野ざらしに晒される商人たちも多いと聞きます」


「その割に治安が悪いようには見えねーけど……」

 襲撃されそうになったり尾行されたりはしているが、それはあくまで『勇者』の事情の問題だ。

 見た限り、ローバッハよりも街自体の治安は悪くない。むしろ、どこの店も羽振りが良さそうだし、商人たちも余裕のある顔をしている。


「――そういうあぶれ者たちには一発逆転のチャンスが与えられているからですよ」

「なんだよそれ?」

 貴族たちの娯楽は、わたくしよりも質が悪いですよ~? と、マーシュンはやけに楽しげに話し出す。


「まず、宝石を何個か握らせるんですよ」

「……宝石?」

「ええ。換金すれば、まぁそこそこの価格になるくらいの。ちなみにこの国には換金所がありません。これも数年前に廃止されてましてね。ですから、そのままでは金になりません」


 換金できないなら、どうするか。

 その宝石を買い取ってくれる客を探すはずだ。


「ですが、その前に“彼ら”はこう囁くのです。『その宝石で傭兵を雇え。さすれば、その宝石の取引価格の倍を上乗せし、金をやろう』、と」


「傭兵? なんで……」


「話はまだ続きますよ? 『そしてこの国に蔓延る“反乱分子”を一人でも狩ることが出来ればその倍の金を、二人狩れば更にその倍を報酬として支払い、それから今後生活や仕事に困らないよう全面的支援を約束する』と契約させるんです」


 傭兵。反乱分子。狩り。

 マーシュンの話から連想されるのは――。


「……まさか、この国――紛争でもしてるのか?」


「ええ、ええ! ご名答です、さすがアルニさん。――現在ウェイバード国では『反乱軍』と名乗る反乱分子と『政府軍』とで、水面下で小競り合いをしている真っ最中でございます」


 まじかよ……。

 でもそれで得心いった。昨夜の襲撃犯、間違いなくその『反乱軍』とやらだ。おそらく教会に属する『勇者』が政府軍につくことを恐れたのだろう。

 勇者への支持は篤い。勇者がいるだけで、どちらに正義があるかまで左右されてしまう。それだけ『勇者』は影響力が強いのだ。


「最悪な状況じゃねーか」

 しかも俺は今から、その『反乱軍』と話をつけようとしているわけか。下手したら捕まるどころか殺されるぞ。


「ぐふふっ、どうぞお気をつけて。わたくしもお得意様を亡くすのは惜しいですから……」

 不吉なことを言うんじゃねぇ! と叱責する前にマーシュンの気配が消え、苛立ちを抑えきれずに舌打ちする。


 ――まぁ実際問題、殺されることはほぼないはずだ。


 仮にも勇者の仲間だ。間接的にでも勇者を害するような真似を、普通はしないだろう。

 だけど『反乱軍』が何に対して政府に反発しているのか、その理由が分からないと交渉しようにも地雷を踏みかねない。


「はぁぁぁぁあああああああああ」思わず大きく溜め息を吐き、空を仰ぎ見る。


 ……ルシュ、情報収集って本当に大事だな。傭兵団にいたときは、皆そういうことはルシュにほとんど任せてたけど、きっと大変だっただろうな。


 昔のことに思いを馳せ、現実逃避するアルニだった。


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