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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
132/226

1-6


「そういえば聞きたいことがあったッス」

 籠に入っていたリンゴをひと囓りしてから、カメラへ視線を向けるレドマーヌ。


 そして平然と、世間話でもするように「教会は今の勇者(・・・・)を把握してるッスか?」と尋ねた。


「――お、おいっ!」

 慌てて制止するが、もう遅い。

 恐る恐るカメラの様子を窺うと、彼女は「どういう意味かな?」と小首を傾げる。

「それは――『自称勇者』(ティフィア様)ではない、『勇者(ホンモノ)』のことを言っているのかな?」


「!」

 ティフィアが本当の勇者ではないことを教会が知っているかどうかは分からない、と以前ニアは言っていたが……。


「やっぱり教会は知ってて泳がせてるッスね」

「人聞きが悪い言い方は止めて欲しい。こちらとしても、どう扱うべきなのか意見が割れているんだ。良くも悪くも、彼女は『勇者』として世界に知られてしまっているからね」


 カメラの言うとおりだ。ティフィアの存在が異常なまでに拡散されており、旅で寄った街で人々に群がられることが多かった。

 それほど認知されてしまえば、教会としても様子を見ることしか出来なかったのだろう。


「自分としては彼女が『勇者』であっても良いと思ってる。現にティフィア様は戦争を止めようとしているわけで、その行いは尊いモノだ」

「それは……“勇者派”の答えなのか?」

「残念だけど、今のは一個人の回答だよ、アルニ君。――それに全員が知っているわけではない。知らない神官たちも中にはいる。彼らは純粋にティフィア様を勇者だと崇拝しているよ」


 ただし、とカメラは続ける。


「“女神派(・・・)が同じかどうかは(・・・・・・・・)分からない(・・・・・)


「――どういう意味ッスか?」

「元は同じ『女神教徒』だったのに2つの派閥に分かれてしまったのは、そもそも“それ”が原因だからだよ」


 意味が分からないと2人が視線で問えば、おもむろにカメラはテーブルの上の籠から青色のベリーの実を摘まんで口にし、一呼吸おいてから話始めた。



「女神教の始まりは、実は初代勇者ゼフィル・ガーナ様の存在がきっかけだと言われている。

 ――その昔、魔の者の脅威に為す術もなかった時代。人間は移動集落を用いて、魔物や魔族から姿を隠しながら細々と生活していたんだ。それでも少しずつ、その絶対数を減らしていきながら」


 人間が絶滅するのも時間の問題かと思われた頃、『勇者』は現れた。


「彼女は女神様から神託を受けたと『勇者の証』を携えて魔の者と勇敢に戦い、魔の者を率いる魔王を討ち滅ぼした。今まで一切太刀打ち出来なかった相手を、彼女が葬った。その力はあまりにも神がかっていて、だからこそ人々は『女神』という超越した存在を信用するようになったんだ」


 そこから人々が女神レハシレイテス様を信仰するようになり、『女神教』が生まれた。


「……しかし、女神様の力を持ってしても魔王の力を完全に根絶やしには出来なかった。それが100年に一度という周期で、魔王が復活する“100の巡り”という巡環(システム)が出来てしまった原因でもあるけど――そこは関係ないから省くよ?」


 システム、という言い方に少し引っかかりを覚えたが、話はまだ続くようだ。


「問題なのは“100の巡り”によって、魔の者と人間との戦争に100年という間隔が空いてしまったことだ。……100年という平穏の猶予が与えられた人々は、魔の者に対抗出来る術を研究し、文明を発展させてきた。そうして『魔術』も開発されたわけだから、人間はすごいよね」


 だけど、と彼女は言う。


「人間の平均寿命は約80年。つまり100年経つということは、世代交代してしまうよね。いくらゼフィル様が偉大な方でも、勇者という存在がどれだけ人々の希望なりえたとしても、……人はその目に焼き付けた光景も感動も、次代に引き継ぐことは出来ない。――つまり、信仰心が薄れてしまうんだ」


 本来ならそのまま宗教自体消滅するか、規模が小さくなるかのどちらかだろう。

 しかし“100の巡り”は繰り返される。

 再び魔王は復活し、その度に勇者が選ばれる。

 まるで忘れることを許さないとでも言うように――。


「しかし女神様の姿や声を知るゼフィル様はもういない。そうなるとどうなるか。……目に見えない存在への信仰心は、やがて全て勇者様へと向けられるようになった。――それが『勇者派』という派閥が生まれた発端だよ」


 本当に実在するかどうか分からない神よりも、実際に自分たちを助けてくれる存在へ畏敬の念を向ける。それは理解出来るが……。


「だとすれば女神派ってなんなんだ? どうして派閥に分かれたんだ……?」

 気に入ったのか再びベリーの実を摘まむカメラへアルニが疑問をぶつけると、彼女は肩を竦めた。


「正直な話、自分も分かってないんだ」

「は?」


「『勇者派』が勇者様へ傾倒しているのに対して、『女神派』は別に女神様へ傾倒しているわけじゃない。……だけど、世界中で起こる全ての事象は女神様から人へ“与えられた”試練や恩恵だと考えているようだよ」

 試練や恩恵……?

 全ての事象ということは――“100の巡り”も?


「女神教自体あまりにも大きいから忘れがちだけど、結局のところ宗教だからね。人によって考え方も捉え方も違うものだよ。自分が言うのもアレだけど、勇者派が単純(シンプル)過ぎるんだ」


 ふむ。

 カメラの話を全て真に受けるとすれば、厄介そうなのは『勇者派』の方だ。勇者へ気持ちが傾倒しているなら、もし知らない人がティフィアが偽物だと発覚したときに暴走する危険性がある。

『女神派』はおそらく、何事も享受する姿勢という感じか。胡散臭い気はするが、何が起きてもそれは女神様のご意志だと傍観するタイプなのかもしれない。



「――どうかな、レドマーヌ君。これでも掻い摘まんで話したつもりだけど」


「……、人間は宗教まで複雑で分かりにくいッス」

 横目でレドマーヌを窺うと「複雑化して本質を濁してる気もするッスけど」と小さく呟く。

 カメラには聞こえていなかったようで、彼女は話続けて乾いた喉を紅茶で潤していた。


「でも、レドマーヌの最初の問いにはちゃんと答えてないッスよ」

「?――ああ、本物の勇者を把握しているかどうか、だったかな?」


 頷くレドマーヌに、カメラは小さく口角を上げた。と同時に彼女の雰囲気が変わった。

 あ、なんか嫌な予感がする。


「ちょっと待――」止めようと席を立つアルニを無視し、彼女は口早に言い放つ。


もちろん(・・・・)把握している(・・・・・・)。どこで何をしているかも含めてね。でも残念なことに、その人物は『勇者』として決定的な“欠点”があってね……『勇者(・・)として戦ってもらう(・・・・・・・・・)ことが(・・・)出来ない状態(・・・・・・)なんだ」


 呆気にとられる二人に、さて、とカメラは続ける。


「――――今の話、教会でも枢機卿員と教皇しか知らない上に帝国にも共有していない、超極秘情報なんだ。君たちが知っていると分かれば、それこそ即刻処分しなければいけないレベルの」

「!?」


意味が分からず首を傾げるレドマーヌと、顔を引き攣らせて冷や汗を滲ませるアルニを一瞥し、彼女はいつもの愛想笑いではなく悪魔のような笑みを浮かべた。

「――自分に協力して欲しい、二人とも。分かっていないレドマーヌのためにハッキリ言わせてもらうと、これは脅迫であり強制だ。拒むことは許さない」


「きょ、」唐突にレドマーヌも席を立ち上がると、青ざめた顔をこっちに向けてきた。「きょきょきょ、脅迫!? どうしようッス! 初めての体験ッス!」

 アルニの肩を掴んで「元魔王様にどう報告すればいいッスか!? レドマーヌはどうすればいいッスかぁ~!?」とガクガク揺する。


「ちょ、と――落ち着」

「失態ッス! レドマーヌ一生の不覚ッス! こんなはずじゃなかったッス~!」

「おい、」

「さすがに怒られるッス! 失望されちゃうかも知れないッス! 違うッスよ、こんなつもりじゃなかったッスよぉ~っ!」


「っ、」さっき食べた物が迫り上がってくるのを感じ、違う意味で顔を青くさせたアルニは咄嗟にレドマーヌの頭を思い切り殴った。


「い、――ったぃじゃないッスか、アルニさん!」

「うるせえ! お前が俺を殺す気か!」

 とりあえず料理食って落ち着けと言えば、彼女はしぶしぶ承諾し言われた通り食事を再開した。……いや本当に食うのかよ。


「フフッ、君たちは面白いね」

 心底おかしそうに笑うカメラへようやく向き直り、睨み付ける。


「お前、やっぱりニアの友人でもなんでもないだろ」

「そうだよ。自分は彼女と一度も面識ない、赤の他人だね」

 嘘を吐いていたわりに、あっさりと明かすのな。


 訝しげにそう思っていたのが筒抜けだったのか「最初から疑っていた君たちから信頼を勝ち取るよりも、こっちの方が早いからね」と言われてしまった。


「ああ、でもティフィア様にはまだ言わないで欲しいかな。さすがに彼女を殺すことは出来ないし、色々と不都合なこともあるからね」

「――で? なにを協力しろと?」

「そんなに急かさなくても話すよ。……理由は言えないけど、女神派――マレディオーヌからとある人物を守って欲しいんだ」


 どんな要求をされるかと身構えていたが、さすがに面食らった。


「護衛ってことか?」

「そうだね。できれば勇者派(うち)で保護したい」

「保護……」


 脅迫までしておいて、保護の依頼か……。普通にティフィアがいるときに話しても、彼女なら脅迫する必要なく快諾しそうだが。

 しかしわざわざティフィアが席を外した頃合いで話したということは、知られたくないということか? だけど何故?


「その、保護対象って誰なんだ?」


「――サーシャ・モーキス。くすんだ茶髪と翠色(エメラルド)の瞳が特徴の、歳はたぶん5つくらいの女の子だよ」


「…………………は?」

「聞き損ねたかな? 名前は――」

「いやいやいやいや!」

 どうやら女神派と勇者派とで奪い合っていると考えられる人物が……5歳の女の子、だと?


「ま、まさか……その子が『勇者』ってことは、」

「いいや、彼女は至って普通の少女だよ」

 普通の女の子をわざわざ護衛して保護する意味が分からない。

 だが理由についてはどうやら話すつもりはないようだ。


「ちなみにその子、君と同じ“魔法師”でね。警戒を解く意味でも同じ魔法師のアルニ君がいると安心かと思って」

「………………本当は?」

「ぶっちゃけるとね、君とレドマーヌ君の能力はマーレと相性が良いんだ」

「そういうことか……」


 つまりあれだ。少女の保護がカメラの目的だが、それを邪魔してくるであろうマレディオーヌに、俺とレドマーヌをぶつけて時間稼ぎをしようという魂胆か。


「教会が女児誘拐ッスか? あまり感心しないッス」

 海星鯛(イスター)という赤紫色をした魚を焼いたものを食べながら、魔族少女が批難の声を上げる。


 ……そういえば魔物と魔族って同じ魔の者なんだよな? あまりにも普通にレドマーヌが人間っぽいから違和感なかったが、魔族的には問題ないのだろうか。


「保護だと言ったはずだよ? それにマーレに捕まるよりはマシだと思うけど」

 確かに、ニマルカよりも粗暴な性格をしていそうだった。


「保護した後はどうするつもりなんだ」

「疑い深いな、君は。……もちろん、安全が確認でき次第家に帰してあげるよ」


 どこまで彼女の言葉を信用すればいいか分からないが、どちらにせよ拒否出来る立場ではないか。

 カメラが強いかどうか分からないが、さっきから隙を窺っているレドマーヌが動かないということはそういうことなのだろう。

 そもそも枢機卿員はどうやら荒事があればかり出されるくらいだし、ある程度の実力はあるのかもしれない。


「――分かった。とりあえずは協力しよう」

「フッ、それでいいよ。……サーシャ・モーキスはグラバーズにいる。それまでは君たちの好きなように動くと良い」


 頼んだからね、アルニ君。レドマーヌ君。


 そう言って彼女は愉快そうに黒曜石の瞳を歪ませた。



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