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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
129/226

1-3


***


 ティフィアとアルニが部屋から出たのを確認すると、白く濁った瞳がカメラへ視線を向ける。


 微笑みをたたえていた彼女の表情は、二人の姿が消えるのと同時に感情が抜け落ちたように消え失せてしまった。――これが彼女の“現在(いま)の姿”だ。

 それを知るバフォメットは「……まさかとは思いますが、」と続ける。


「あの子たちを利用なさるおつもりで?」

「―――もちろんだとも(・・・・・・・)

 躊躇うこともない返しに、思わず顔を顰める。

 しかし彼女はそれに気付くことなく、嘲るような笑みを浮かべた。


「これほどの好機は他にないからね。幸い、みんな戦争の方に注目しているから、マーレにさえ気付かれなければ問題はない」

「……」

第一位席のおかげで(・・・・・・・・・)教皇はまだ動けない(・・・・・・・・・)。……ようやくチャンスが巡ってきたんだ。今度こそ。今度こそは上手くやってやる。失敗なんてしない。今度こそ自分が、自分こそが――」


 黒曜石の瞳が虚ろに歪む。



「―――『勇者の証』を完成させてみせる」



「……」バフォメットは彼女のその痛ましくも憐れな姿に心を傷めながら、つい先日のことを思い返す。

 それは声繋石の水晶で“知人”とやりとりをしていたときのことだ。








『バフォメット様、急なお願いをして申し訳ありません。……ですが、私はもう他に頼れる人が思い浮かばず、』

「気にすることはないよ、ニア(・・)。私に出来ることは何でもしよう。――それにフィアナ様の忘れ形見の面倒ならば、快く引き受けよう」


『ありがとうございます! バフォメット様の助力があれば、ティフィア様も心強いと思います』

 心底安堵したような声音に、バフォメットもまた自然と笑みを浮かべた。


 突然ティフィアと旅に出ると連絡があったとき、正直不安ではあった。リュウレイとは面識がないものの、ニアとティフィアの過去を知る身としては気が気ではなかった。

 心の傷は、そう簡単に癒えるものではないからだ。


「ニア、帝国(そちら)は今大変なようだから、無理はしないように」

『はい。……あの、バフォメット様』

「?」

『――私は一度、“あの場所(・・・・)”に帰ろうと思います』


 唐突な告白に、すぐに察しがついたバフォメットは驚きはしたものの、黙って彼女の言葉に耳を傾けることにした。


『ティフィア様たちと旅をして、色んなことがありました。……出会いも、ありました。私はいつの間にか、嫌っていたはずの“周囲の目”になっていたんです』


 王族として生まれた彼女は、剣士となる道を選んだ。

 カムレネア王国がいかに他国に比べて寛容と言えど、王族や貴族の人生はどこも変わらない。

 親兄弟、周りの人々からどんな目で見られていたか。


 それでも彼女は己の境遇から抜け出し、自ら道を切り開いたのだ。

 そして彼女はまた、立ち塞がる壁を乗り越えようとしている。


『リウル様を死なせてしまったのは、私の責任です』

「ニア、」

『いえ、バフォメット様。悲劇のヒロインぶっているわけではありません。――それは、揺るぎない事実ですから』


 だから、と彼女は力強く口にする。


『向き合うことにしたんです。リウル様(過去)も、ティフィア様(未来)も。そのために私は行かなければいけないところがあるんです。私たちが過ごした(・・・・・・・・)あの家に(・・・・)――』


 ニアにとって、あの場所に行くというのはツライはずだ。

 それでも決断したのだ。

 ならば応援しないわけにはいかない。


「行っておいで。後のことはこの老いぼれがなんとかしよう」

『ありがとうございます。宜しくお願いします』

 そして通信を切り、バフォメットは息を吐く。


 ――久方ぶりに占ってみようか。


 最近はこの部屋にひきこもったきり、何をするでも何か考えるでもなかった。

 だけどニアの前向きな言葉に当てられたのか、今ならきっと――あの“地獄”のような結果はでないはずだと。


 しかし、そのときだ。


「――やぁ、バフォメット。さっきは面白い会話をしていたみたいだね」

 ハッと顔を上げると、いつの間にか転移の魔術紋陣から一人の女性が立っていた。


 菫色(バイオレット)の髪と黒曜石の瞳、中性的な美貌を惜しげも無く晒す彼女こそが、枢機卿員第2位席のカメラ・オウガンだ。


「………盗聴とは、あなた様らしからぬ手癖の悪さですね」

「確かにそうかもしれない。こういうのは4位席の十八番だったね」

 言いながら、彼女はチョーカーにハマった収納石から槍を取り出す。


「私を、殺す気ですか」

「フッ、まさか」

「では何を……」

 訝しげに問うバフォメットに、カメラは唐突に槍を振る。


 その矛先はバフォメットまで十分距離があるにも関わらず、急に背筋が冷たくなるのと同時にバキッと音を立てて声繋石の水晶が割れて砕けた。


「っ、」

「バフォメット、君は何もしなくていい。自分がティフィア・ロジストに同行する」

「……何故(なにゆえ)、でしょうか」

「何故? おかしなことを言うね。教会の目的はただ一つ――『勇者の証』、それだけじゃないか」


「そうですが……」それを、あなた様がおっしゃるのですか。と続けるはずの言葉は呑み込んだ。


「とにかく、君は自分の言う通りにしていればいい。――余計な真似だけはしないで欲しいな」








 ――――そうしてサハディ帝国でニアの友人だと騙ったカメラは、ティフィアたちと共にバフォメットの元にやってきた。

 その意図が、彼にも全く読めずにいる。


 ただ、きっと良くないことが起こることだけは分かる。


 ……どうにかティフィア様たちと彼女を引き離せないものか、とバフォメットは考えるように目を閉じた。


***




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