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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
四章 墓標【前編】
127/226

1.女神派と勇者派






 ――女神教枢機卿員。



 それは教皇を補佐する幹部へ与えられた役職であり、席は全部で5つあるそうだ。

 現在第1位席だけがとある事情で空いており、カメラ・オウガンは第2位席。

 元々『女神派』を率いていた第1位席に代わって、現在は第3位席のマレディオーヌが派閥管理しているようだが。


「最近『女神派』がこのウェイバード国でおいた(、、、)をしていると聞いてね。ニアに頼まれたついでに牽制でもしようかと」

「それでカメラさんが直々に……?」

「どの種族でも派閥争いは大変なんスねぇ……」

 本来であればミファンダムス帝国にある教会から出ることすら滅多にない“彼女”が来た理由を聞いて、ティフィアとレドマーヌは同情するように納得した。


 ―――ここ、ウェイバード国のカトリプトサ港に着いたのは昨晩のことだ。


 アルニの怪我がある程度回復してからサハディ帝国から出国し、その二日後には到着して宿をとった。

 現在、四人はその宿のレストランで食事をしているわけだが……。

 こんな状況でよく平然と食べられるな、とアルニはぼんやりと三人を眺める。


 サハディ帝国でニアとリュウレイがミファンダムス帝国へ帰るのと入れ違いにやってきた――カメラ・オウガン。

 菫色(ヴァイオレット)の髪にティフィアと同じ黒曜石の瞳。枢機卿員の礼服を身に纏い、とても端正で綺麗な容姿をしている。

 一見して性別に区別がつかないが、同じ疑問を抱いたティフィアが普通に尋ね、女性であることは判明した。


 ……ニアに頼まれてやってきたとは言うが、真偽は定かではない。

 もしかしたら伝え忘れていただけかもしれないが、女神教の枢機卿員の一人で、しかも“勇者派”の筆頭ときた。そんな教会にとっても重役の人間に、自分の代わりを頼むだろうか。

 例え彼女の言っていた“理由”のついでだとしても、どうにも腑に落ちない。


 考え過ぎならいいが。


「ん? アルニ君、あまり食べてないようだけど、食欲がないのかな?」

 ふとアルニの視線に気付いたカメラが、心配そうに彼の前にある減ってない料理を一瞥する。

「もしかしてまだ傷口が痛むッスか!?」

 そんな彼女の言葉にすぐさま反応したのは魔族のレドマーヌだ。

 ちなみにレドマーヌの翼は目立つからとマントで上手く隠してある。ド派手な髪と瞳の色は隠しようがないのでそのままだけど。


「アルニ……体調悪いなら無理しないほうが良いよ?」

 そして極めつけにティフィアだ。

 この国でも勇者の存在は広まっているらしく、周囲の客たちは「勇者様だ」「勇者様御一行だ」と浮き足立っている。

 ――つまり、“美女(教会幹部)”に“ド派手少女(魔族)”に“勇者”と、注目の的というわけだ。


「ゆっくり食べてるだけだから、俺のことは気にすんな」

 店の中にいる客のほとんどから視線を集めている中、気にせず飯なんか食えるかとツッコミたい気持ちを抑え、狗熊(ヲーガック)のステーキを強引に頬張る。

 噛めば噛むほど癖の強いニオイと、じゅわりと広がる脂が病みつきになる。うみゃい。


「確かに食事はゆっくりとることに意味がある。それからこうして大勢と食卓を囲むことにもね」

「大勢、かな……?」

「レドマーヌはついつい欲張って暴食してしまうッス~……。でもみんなでご飯食べるのは楽しいッスねぇ~!」

 というか、そもそも魔族であるレドマーヌに、教会の幹部が普通に接しているのも違和感がある。

 レドマーヌの言葉に同意するように、満面の笑みで頷くティフィアの無邪気な表情にアルニは小さく溜め息を吐き出す。


 サハディ帝国での一件があるから過敏になりすぎているだけかもしれない。

 もう少し様子を見ようと思うことにした。




 その日の夜。物音に気付いたアルニは目を開け、すぐさまベッドから起き上がると窓へ近寄る。

“相手”に気付かれないよう潜みながら、そっとカーテンから宿の外を窺えば――闇夜に紛れて武装した男たちが六人確認出来た。

 ……たぶん裏口にも何人かいるだろう。


「嫌な予感は的中するもんだよなぁ……」

 この国に来たときから勇者御一行だと騒ぎ立てる人々に混じって、観察するような、探るような視線には気付いていた。

 彼らの目的はともかく、こんな夜更けに武器を携えてコソコソ訪ねてきてる時点で友好的な相手ではないのは確かだ。


「アルニ、準備出来たよ」

 別室で休んでいた2人が静かに部屋に入ってきた。

 ……ん? 2人?

「レドマーヌは?」

 姿の見えない魔族少女のことを聞けば、「呼んだら来るって言ってた」とのこと。姿消せるのかよ、あいつ。


 なんで今までそれをやらなかったんだと思ったが、そういえばサハディの街で会ったときも食い逃げ犯として追われていたことを思い出す。

 まさかご飯を食べるためだけに出てきてた、とか……?


 ――とりあえず呼べば来るならいいかと思うことにし、手振りだけで着いてこいと2人に指示し部屋から出る。

 廊下の突き当たりの窓を開け、隣の建物との狭い隙間を這いずるように登ると屋根の上へ。それから3つ隣の建物まで屋根づてに渡ると、魔法を使ってゆっくりと地面へ着地。

 そしてなるべく足音を立てずに走り、宿からだいぶ離れた人気の無い路地で一息吐いた。


 最近こんなことばっかだな……。


「前も思ったけど、アルニってこういうこと慣れてるの?」

 前、というのはサハディで一緒に逃げたときのことを差しているのだろう。


「まぁ……傭兵団にいたとき、な」

 主にニマルカとレッセイがやらかしたときだけど。あいつら、やぶ蛇をつつくことには長けてたからな。

 依頼人怒らせたり、寝てた大型の魔物にちょっかいかけたり……いつも尻拭いはルシュがやってたっけ。


「――アルニ君、ティフィア様。そろそろ移動しないとマズイかもしれない」

 気配を察したカメラの言葉に我に返る。

「どうしようか。行く宛てがなければ、教会に行く手もあるけど」

「『女神派』は大丈夫なのかよ」

「自分がいるから、おかしなことはさせないよ」

 逆に言えばカメラがいない状況を作られてしまえば、どうなるか分からないということか。――勇者(ティフィア)がいるにも関わらず。


「俺もツテがないわけじゃねーけど……」

 正直あまり使いたくはないツテだ。いざというときの最終手段と考えていたぐらいだし。

 だが教会と天秤にかけたとき、どちらに傾くかと言えばまだ教会の方がマシか……?


「あ、じゃあバフォメット様のところはどうかな?」考え込むアルニに提案してきたのは、意外なことにティフィアだった。

「誰だ?」

「バフォメット・スヲッカ。教会の抱えている占星術師の方だよ。――なるほど、あの人なら匿ってくれそうだ」

フィアナ(お母さん)の知り合いなんだ。僕もお世話になったことがあってね、すっごく良い人なんだよ」

 カメラはともかくティフィアが信頼しているなら大丈夫かもしれない。


「で、その人はどこにいるんだ?」

「教会の転移が使えれば速いんだけどね……」

「山奥にいつも籠もってるよ」


 や、山奥……。

 ウェイバード国はほとんど平野だ。山があるとすれば国境近くまでいかないといけなくなる。


「どちらにせよ、やっぱり教会に行くしかねぇーか」

「最短経路は自分が案内するよ」とカメラが先導し、周囲を警戒しながらついていく。


「ねぇアルニ、僕たちを襲おうとしてた人たちって誰なんだろう?」

「さあな。だけどサハディ帝国のときにせよウェイバード国にせよ、動きが早すぎる」

 どちらも港に着いたその日に、何かしら起きている。

 それはつまり――ティフィアたちの動きが知られているということだ。


「でもどうして僕たちなんだろう? ノーブルさんのときだって、結局何も出来なかったのに……」

 確かに。俺が知ってるだけでも、ティフィアが唯一活躍したのはカムレネア王国で魔族を退いたことぐらいだ。

 それ以降は色々と問題に巻き込まれはしたが、どれも解決まで至っていない。


 そうなると“存在自体が邪魔”とかか?――誰にとって、どういう理由かは分からないが。だけど、それならこんな遠回しなことをする必要がないはずだ。


 ……それとも。


「着いたよ」

 足を止めたカメラが振り返る。

「いいかい、絶対に自分から離れないように。……教会にはいくつもの魔術がかけてあるから、トラップには気をつけて」


 ――それとも、誘導されている(・・・・・・・)のか。


 教会へ足を踏み入れる。

 ニアとリュウレイがいないことが、少し心許なく感じた。



***



()、勇者一行が教会へ入るのを確認しました。やはり若の読み通りのようです』

「そうか……。分かった、気をつけて戻ってくるんだ」


 声繋石のピアスから通信が切れると、“若”と呼ばれた褐色の青年は椅子の背もたれに体重を乗せ、ポケットからチョコを取り出すと口に放り込む。

 疲れた頭に糖分を補給したところで、天然パーマの髪を更にぐしゃぐしゃと掻き乱しながら街の地図を広げた机へ視線を落とした。


「勇者が教会に属しているのは分かってたことだ。サハディ帝国で魔術兵器を止めようとした、その一点だけで信用するには値しない―――そうだろ、グアラダ」

 眼鏡越しに鋭い薄茶色の瞳がグアラダと呼んだ女へ向けられる。

 黒髪のポニーテールと、すらっとした体にフィットしたような黒い服。そしてその腰には刀を提げた彼女は無表情で頷く。


「はい。協力してくれそうな人物の候補ではありましたが……残念です」

「所詮は帝国の人間。すでに教会から洗脳されている可能性も高い。……分かってたことだ。分かってた………分かってた、けど」

「……」

「――どうしよう、グアラダぁ~! 教会が更に戦力強化してしまった!」


 あああああっ! と急に頭を抱えて叫びだした“若”を、またいつもの『発作』が始まったとグアラダは

こっそり溜め息を吐いた。


「若、大丈夫ですよ。我々は“若”さえいれば、」

「何言ってんだよ! 俺なんかいたってどうしようもないじゃん! 母上がいれば……母上さえいれば………もうダメだ。絶対ダメだ。今度こそ終わった」

 ぶつぶつとネガティブなことを言い出した己の主人の姿に、彼女は今度こそ大きく溜め息を吐いた。

 彼は別に無能ではない。むしろ優秀すぎるくらいなのだが、母親が偉大すぎた反動なのかどうも己への自信がないのだ。


 この数年間、ずっと教会相手に引けをとらず『ここ』を維持し続けているというのに。


「若、」

「無理だ、もうダメだ。戦力の補強とかこれ以上どうしろって言うんだ……。まだ他にも心配なことも多いのに」

「若、」

「母上だったらもっと上手くやれたはずなのに。やっぱり俺には荷が重かったんだ」


 さすがに苛立ってきたので舌打ちし、ずんずんと足音を立てて机を思い切り叩く。

 バンッという大きな音と衝撃に、ずれた眼鏡をそのまま驚いた顔で見上げてくる“若”。

 ……上目遣いとか可愛いなおい。という心の声は、しっかり蓋を閉めて。


「――ラージ」

 彼の名前を呼ぶ。


(おれ)がいます。戦力に問題はないでしょう」

「い、いや、でも……お前に頼りきるわけにはいかんだろ」

「もっと頼ってくれていいくらいです。それに諦めるのはまだ早い」

「そ、そうだけどさぁ……」


「ご命令を」

「だけど、」

「ご命令を」

「――っ、分かった! 分かったから……なんかあったら、無理せず退くように。いいな、絶対だからな!」

「もちろんです」

 ようやく顔つきが戻った主人に、グアラダは口角を上げる。


「さっきはああ言ったが、やっぱり勇者が加わることはマズイ。戦力だけではなく、“こちら”の士気にも関わるし、民衆を扇動されると厄介だ」

「はい」

「こっちに引き込めるなら最良。――最悪、動けなくしろ」

「……殺すのは、」

「ダメだ。勇者を殺したなんて知られたら、それこそ教会の思う壺だ」

「了解。決行はいつにします?」


「警戒されてるからな……。本当は先手を打ちたいところだが、何よりタイミングが悪い」

「枢機卿員のマレディオーヌですね」

「彼女がいる間は手を出すな。さすがにグアラダでも勝てる相手じゃない。……今は様子を見よう。それまでは休んでていいぞ」

「若は?」


「俺はまだやることが――て、おい! ちょ、何す、」まだ働こうとする主人の首根っこを掴んで脇に抱えると、そのまま執務室を出る。

 目指すは寝室。寝ずに働こうとするこの要領の悪い彼をベッドに放り投げるためだ。


***




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