0.約束
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―――8年前。
燃え広がる炎が全てを焼き尽くさんと舐め溶かし。
人も、建物も、そこに宿る想いたちも――どれも関係なく平等に、無に帰そうとしている。
それを眺めながら「なんて美しいのだろう」と“彼”は思った。
どれほど望んだとしても、人の心は必ず歪みを産み落とす。
不平等で不条理で、欲望と理性が矛盾を孕む。
しかし、この炎はどこまでも平等だ。
何もかもを平等に、燃えて溶かして消して――――。
思い描いてきた“理想”が、そこにはあった。
「これが……『勇者の証』の完成形か」
黒い煙が立ちのぼる闇夜に浮かぶ紋章。
それは禍々しい紅い色をした三つの魔術紋陣だった。
一つは片翼に太陽、一つは片翼に月、そして最後の一つはプリアムという花の大輪を象ったものだ。
美しいその“式”は、だけどすぐにボロボロと崩れ落ちていく。
壊されたのだ。――この子供に。
「っ、はぁ……はぁ、はぁ………!」
息を荒げて地面に這いつくばる少年は、金色の瞳からポロポロと涙をこぼしながら睨み付けている。
「なん、で―――」
可哀想なアルニ。
おれのことが許せないのだろう。
騙したことを、嘘を吐いたことを、利用したことを。
そして彼にとって大事な存在すら――壊してしまったのだから。
哀れで……救われない。
「ねぇ、アルニ」
――だからこれは、きみのためでもある。
「約束をしよう」
世界を救いたいおれと。
世界を呪うきみ。
これほどまでに利害が一致する望みは他にないだろう。
「世界に蔓延る悲しみの連鎖を終わらせるために、」
すべてはそのためだけに。
その願いのために。
だからあの日――リウル・クォーツレイは死んだのだから。
――そうして『勇者の亡霊』は言った。
「おれが世界を救ってあげる」
それが勇者の使命なのだから、と彼は嗤った。
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