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痛みの拠り所 ③


***


「おい、もういいぞ」黒い筒の棒切れを袖の中にしまいながら振り返ってそう言うと、物陰に隠れていた親子が顔を出す。


 褐色の肌が特徴の、よく似た母親と息子だ。

 違いがあるとすれば、母親の方は長髪ストレートに対し、息子は天然パーマというくらいだろう。


「悪かったね、ガ―ウェイ。助かったよ」

 細かい意匠のレースをふんだんに使ったドレスを着た彼女は、苦笑いを浮かべた。


「どいつもこいつも……俺はレッセイだっつーの。さっき教えたばかりだろ、ランファ」

「ああ、そうだったそうだった。馬鹿やらかして帝国に追われているんだったか!」

「もう助けてやらねーぞ小娘」

 小娘と言われて嬉しそうにくつくつ笑うランファは、自分の後ろに隠れている我が子を前に引っ張り出す。


「ほら、ラージ。お前も礼の一つくらい、このジジイに言ってやんな」

「!? ほ、本気でおっしゃってます……母上?」ラージと呼ばれた少年は薄汚い姿のレッセイに礼をするのを心底嫌そうに顔を歪ませた。

 まだ10代前半と幼い少年は、どうやら自尊心が強いらしい。なんと生意気な。


 やれやれと肩を竦め、それからレッセイは足元に転がっている輩へ視線を向ける。

 旧知であるランファへ挨拶しに訪れていたところ、急に彼らが襲い掛かってきたのだ。


「ったく、まさか『商人協会』の会長がいる前で荒事起こすたぁな……。アホか、こいつら」


 商人協会。それは名前の通り、商人たちを取り仕切る協会のことだ。

 商人になりたければまずこの協会に登録すべしと言われるくらいで、全世界の市場を把握しており、商人に安全なルートと安定した収入を得るためのサポートなどをしている。


 その商人協会の長が――ランファだ。


 先代まではまだ弱小だった協会が、今や世界になくてはならないほど大きくしたのは彼女の手腕である。

 ほとんどの商人は協会に籍を置いており、レッセイが気絶させた彼らも一概ではないだろう。

 そしてそれほど影響力がある協会を敵に回せばまずこの国ではやっていけないし、当然商人という道も絶たれることになるわけなのだが。


 ……まぁ、正確には襲ってきたのは商人が雇った輩風情であり、本人たちではない。だけどランファにはお抱えの優秀な情報屋がいるし、すぐに雇った人物は特定されるだろう。


「……残念だが、レッセイ。今は商人協会(ウチ)も微妙な位置なんだよ」

「? どういうことだ」

「ひと月前くらいにグラバーズから女神教がこの国に流れてきてな。――あっという間に商人のほとんどが敬虔な信者にされちまった」


「あ? なんだそれ……」たったひと月で、商会の力を貶めるほど多くの商人を懐柔したってことか?

 さすがに無理がありすぎる。ということは……。


「こっちも困惑してるよ。今まで懇意だった商会たちも様子がおかしくてね。……もうすでに裏市場は“あっち”に抑えられちまってる」

「前々から周到に用意されてたっつーことか」

「だろうね。気づけなかったのは私の落ち目だけど、この女神教の勢い……やつらは世界征服でも目論んでるのかねぇ?」


 ただの教会ではない。それは帝国にいたときからレッセイも勘付いてはいたが、まさか市場にまで手を出すとは。


「――レッセイ、悪いことは言わない。今すぐにこの国から出た方がいい」

「………そうだな、まだ(・・)教会と敵対するつもりはねーし。テメェはどうすンだ、ランファ」

 やつらの目的は分からないにせよ、影響力のある商人協会を見逃すはずがない。


「私は商人協会の会長だ。まだ残ってる連中を残すことも、ウチに登録してくれた商人たちを放ることも出来ないさ。――まぁ、息子だけはなんとかするよ」

 慈愛に満ちた眼差しを少年に向けるが、二人の話についていけてないラージは“?”を頭上に浮かべるだけだった。

 惜しい人物を失うかもしれない。だけど、彼女の決意を曲げることはレッセイにも出来ないだろう。


じゃあな(・・・・)、ランファ。また会えることを願ってる」

「ガラにもないことを言うんじゃないよ、ジジイ。―――さよならだ(・・・・・)ガ―ウェイ(・・・・・)

 踵を返し、宿へ向かう。振り返ることはしなかった。






 レッセイが宿に着くと、すでに一戦交えたのかラヴィが宿の店主と何人かの輩を縛り上げているところだった。

「あ、おかえりぃ~」と呑気に片手を挙げる彼に、なんとも気が抜ける。

 念のため気配を探るが隠れているやつはいないようだ。


「他のやつらは戻ってきたか?」

「ううん、まだみたいだよぉ~。でもそろそろ――」

「あらぁ? こっちにも来てたのねぇ。私たちモテモテじゃな~い!」大量の酒瓶を抱えた、赤ら顔の酔っ払いニマルカが戻り。

「良かった、全員いるみたいだな」それからすぐにルシュも顔を出した。


 どうやら4人ともそれぞれ襲われたようで、再びルシュがアルニを背負い、荷物をまとめて急ぎ出発することになった。


 すでにレッセイたちの情報が出回っているのか、遠巻きにじっと観察する者、声繋石を使って誰かに連絡を取る者がちらほら見受けられ。そして商人自身か或いは雇われた輩が、ちょいちょい襲い掛かってくる。

 それをニマルカとレッセイが軽く捻り上げていき―――ウェイバード国を出た頃には人間よりも普通に魔物を相手することが増えた。


 本来なら船を使った方がカムレネア王国へ早く着くのだが、さすがにこの状況で船を使えばそれこそ逃げ場を失う危険性があるので、とりあえずウェイバード国からなるべく離れようということで全会一致した。

 そうして安全だと思われる地に着くまで情報共有すべく、ウェイバード国で襲われたときのことをそれぞれ話していたのだが。


「世界征服ね、間違いないわ」


 みんなの話を聞いてそう断言したニマルカに「じゃあ、どうして今まで動かなかったんだろうな」と疑問を呈するルシュ。


 ――女神教の成り立ちを知る者はほとんどいない。ただ、100の巡りが始まった頃に生まれたらしい、とだけしか伝わっていないからだ。

 それだけ昔から存在する宗教であり、唯一魔王を倒せる勇者を庇護する立場から、敵に回す国なんてないだろう。


 信者からのお布施や各国からの支援金などで運営されており、本来はそれほど金回りが潤沢ではないはずなのに、ルシュが話を聞いた店主やランファの話から、教会はどこからか多額の金を得て、それをウェイバード国でばら撒いていたということになる。


「もしかすると帝国でも似たようなことしてたのかもしれねぇな」

「そんな噂はなかったけど……やっぱり貴族と王族を丸め込んでたんだろうな」

 当時帝国にいた頃、ルシュが持ち得る限りのツテを当たっても帝国が隠していた情報を手に入れることはできなかった。

唯一あるとすれば、その細かい概要は不明な『勇者計画』――その存在だけだ。


「なんで“今”なのかっていうのもあるけど……それよりも私は、どうしてウェイバードを狙ったのか気になるわぁ?」

「世界市場を握っておきたかったからじゃないの~?」

「金があるのに、今更市場を握る意味が分からない」


 同じ理由で世界情勢に影響を及ぼす、というのも意味がないだろう。そもそも女神教自体が世界に一番影響力があるのだから。

 ……そう考えると、今更ながらこの世界のパワーバランスは歪だなとルシュは思った。


「……グラバーズの隣、だからじゃねーか?」

 ぽつりと呟いたレッセイの言葉に「それどういう意味よ」とニマルカが首を傾げた。


「いや、意味とか目的とか良く分からねぇーけどよぉ。…………なんとなく。勘だ」

 レッセイの勘はよく当たる。ルシュは熟考し、それから自信なさげに考えを口にした。

「レッセイの勘で言えば――グラバーズは鎖国してる。でも隣国のウェイバードが、もし秘密裏に横流ししていたとすれば……?」


「横流しぃ~?」いまいちピンと来ていないラヴィが首を傾げるが、ニマルカは「なるほどねぇ」と顎に手を置く。

「もしもよ? もしもグラバーズに反教会派(アンチ)がいて、それをウェイバード国がこっそり支援していたとすれば、どうかしら。教会にとって、目障りじゃない?」


 確かによそ者を捕らえろという命令も、横流しがなくなってグラバーズから出てきた反教会派を捕獲するためのものかもしれない。

 だが所詮は憶測だ。確証があるわけじゃない。


 どちらにせよグラバーズへ入国するための抜け道はウェイバードにしかないし、わざわざまた戻って調査するリスクは背負えない。

 なんにせよ、まずはアルニをローバッハに置いてから考えようということでウェイバードの件は保留となった。



***


 

「長い道のりだねぇ~」

「言わないでちょうだい、余計に船が恋しくなるわ」

 ウェイバード国を出て2つ目の国へ入る頃、さすがにニマルカが音を上げた。


 今いる国はそもそも海がないので船で移動することも出来ず、ひたすら陸地を歩き続けていたのだから致し方ないだろう。

 レッセイは先導を歩きながら、無言で保存食の乾パンをぼりぼり食べている。


 みんな歩くのに飽きてきたんだなと苦笑を浮かべていたルシュは、ふと背負っていたアルニが動いたことに気付いた。

「待って、みんな。アルニが起きた」

 足を止めて背中を覗き込めば、寝起きでぼんやりとした少年の顔が目に入る。


「おはよう、アルニ。大丈夫か」

「……、………?」

 一瞬何か言いかけて、しかし言葉になる前にアルニは首を傾げた。

「……アルニ?」


「――数日ぶりね、アルニちゃん! 私のこと、覚えてるかしら?」

「おいらのことも分かる~?」

 そこへニマルカとラヴィが割り込むようにアルニの隣へ来てアピールするが、頷くことも否定することもなく、ただぼんやりと二人を眺めるだけ。


 反応が悪い。

 ……まだ意識が曖昧なのかもしれない。


 しかし、ちょうど乾パンを食べ終えたレッセイがズカズカやってくると、アルニの両頬をパチンと叩くように挟み込み、そのまま顔を抑えつけた。

「起きろ、アルニ。……いい加減お前には聞きたいことが、」

「ちょ、ガ―ウェイ!」気持ちは分からないでもないが、まだ起きて間もない、しかも意識が不安定な状態の子供にとるべき行動ではない。


 咄嗟に本名を呼んで止めようとしたルシュだが、


「―――それ、は。おれの、こと?」

「あ?」

「……あるに。って、おれのこと?」


 ――愕然とした。


「な――、なに、言ってやがる」

 さすがにレッセイも動揺し思わずアルニから手を放して後ずさるも、少年は虚ろな眼差しをレッセイに向けたまま――再度問う。




「おまえは、だれだ?」




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