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痛みの拠り所 ②


「まだ痛むんだけど」と恨みがましくレッセイを見れば、「テメェが笑ったからだボケ」と昨晩殴られた頭を再び叩かれた。

 レッセイはすぐに手と足が出る。しかも手加減してくれないのでけっこう痛い。本当に痛い。


 たんこぶが出来た辺りを撫でながら朝日に照らされて明るくなってきた森を歩き、野宿場所へ戻ってくると、酒瓶と一緒にアルニを抱き枕にしているニマルカがすぐに目に入った。

 乱れた服と涎をそのままに気持ちよく眠っている彼女をレッセイがさっそく足で蹴り起こしているのを一瞥し、ルシュは朝食を作っているラヴィを手伝うべく腕を捲る。


「おはよう、なにか用意するものあるか?」

「おはよぉ~、旦那ぁ! あのね~、これを食べてみて欲しいんだぁ」

 これ、と指差したのは鍋だ。そこには黄金色のスープに煮込まれた野菜が浮かんでいる。

「これってもしかして昨晩の……?」

「そうだよ~! 卵持ちだったから、それも一緒に入ってるんだぁ。底の方にあるから、ちゃんと混ぜて掬ってね~」


 お椀にスープを装って、まずは汁だけを啜る。

 匂いはそれほどないのに、口に含んだ瞬間弾けるように強烈な旨味が襲ってきた。それに合うように香辛料も効かせており、それほど空腹でなかったはずのお腹が「くぅ」と無様に音を立てる。


 隣でラヴィに笑われたが、それを無視して次は具も一緒に食べる。歯ごたえが残る野菜のシャキシャキ感、それから魔物の卵らしき薄っすら紅色の小さな粒はもちもちとしており、その見事なまでの食感と旨味のハーモニーに、ニマルカではないが酔い潰れてしまいそうだ。


 なるほど、ニマルカが持ってた酒も少し入れてあるのか。

 それがスープにまろやかさと爽やかさを加えている。


「……うまいな、これ」

「でしょでしょ~! おいらの中でもトップ3に入るくらい上出来だと思うんだぁ」

 嬉しそうに笑みを浮かべるラヴィの目元には隈が浮かんでいる。おそらくあれから眠らずに鍋を仕込んでいたのだろう。


「……」

 ラヴィとニマルカはカムレネア王国で、とある人物から匿われていたのを最近レッセイが引き取った。

 ニマルカは精神的にも剛胆で大雑把だし、元々独りで生きてきたところがあるから色々と強い。しかしラヴィは違う。

 友人(・・)を失ってまだ日も浅い。きっと何かしてないとごちゃごちゃと考えてしまうのだろう。


「アル坊は今日も起きてくれるかなぁ?」

「どうだろうな。……………アル坊?」

「アルニのこと~! なんか『ぽい』でしょ~?」

「ぽい、か……?」よく分からないが、ラヴィは時々変なことを言うので気にせず流すことにしよう。


 ニマルカもレッセイにげしげし蹴られてようやく起きたようで騒がしい。

 ……アルニはまだ眠っているようだが、このまま食事の用意をしよう。





「あ”あ”ぁ……旨味が染み渡るわぁ………」

 二日酔いで青白い顔のニマルカが、蟹足蜻蛉(ゲロウ・カトレ)のスープを飲んで感動していた。

 確かに二日酔いにも効きそうだ。


「ガ―ウェイ――じゃなかった、レッセイ」

「テメェわざとやってねぇか? 本気で怒るぞ」

「確認だけど、俺たちは一度カムレネア王国に戻るってことで良いんだよな?」

 無視かよと舌打ちし、レッセイは胡坐に肘をつき、怠そうに「そうだ」と答えた。


「さすがにガキを抱えたまま旅は出来ねぇ。……分かってると思うが、俺たちには敵が多い。本当はこのままグラバーズ国を調査してぇとこだけどな」

 ルシュが聞きたいのはそういうことではないだろう。それはレッセイも分かっている。だけどハッキリと口にしないのは、彼自身も迷っているからだ。


 だからルシュもニマルカもそのまま話を進めようとするが、「本当にそれでいいの~?」と異を唱えたのはラヴィだった。

「みんな死んだと思ってた家族が――アル坊が、生きてたんでしょ~? それなのに続けるの~? アル坊を一人置き去りにして……」


 レッセイ――否、ガ―ウェイは帝国のやり方に疑問を抱き、伝手やルシュを使って『勇者』に関して嗅ぎまわっていた。


 それに勘付かれそうになり、彼は家族に被害が及ぶことを恐れてカムレネア王国行きの船に乗せたのだが………その航行の途中で船は事故で転覆したのだ。

 生存者は0人。原因は海に生息していた魔物と衝突したからだと言われているが、それをガ―ウェイもルシュも信じてはいなかった。

 ――なぜならルシュは途中まで(・・・・)その船に乗っており、そして船が転覆した原因も見ていたからだ。

 だから二人は帝国へ復讐(・・)するために、情報と仲間を得るべく旅に出た。……まさかアルニが――ガ―ウェイの孫の一人が生きていたとは思わなかったが。


 だからこそラヴィの言うことも分かる。

 たった一人でも生き残っていた家族の傍にいて、守ってあげるべきだということは。

 しかし、それに反駁したのは意外にもニマルカだった。


「ラヴィちゃん、自分に重ねるのは止めなさい。これはレッセイが決めることよ」

「だ、だけど~!」

「……ラヴィ、目的を忘れるな。俺たちは帝国に復讐するために、ここにいるんだ」更にルシュからの追い打ちに、ラヴィは口を噤んだ。


 そう――ここにいるのは、同じ目的を抱く同志(なかま)だ。


「ルシュの言う通りだ。――アルニが生きていようと他の失った者たちが戻ってくるわけじゃねぇ。俺たちは帝国に大事なモンを奪われ、壊されちまったんだ。

……帝国が隠蔽し、偽装した真実を暴くこと。それが俺たちに出来る、死んじまった者たちへの唯一の――手向けだ」


 例えアルニが生きていたとしても、それだけは変わらない。

 変えてはいけない。

 それだけ多くのモノを、大切な存在を、帝国に奪われたのだから。



***



 隠していた抜け道を使いグラバーズ国から出ると、保存食と物資の調達のために隣のウェイバード国にある首都ダミューバへ立ち寄った。

 久方ぶりの宿のベッドにアルニを転がすと、ルシュは思い切り背伸びをする。

 移動間は眠り続けるアルニを背負っていたため、凝り固まった腰が解放されて喜びに軋んだ。


「お疲れ~、旦那。マッサージのお店にでも行ったらぁ~?」

 苦笑いを浮かべながら提案するラヴィに、それもいいなと返す。


 街に着くなりニマルカは酒場に行くと言っていなくなり、レッセイは知人に会ってくるとどこかへ行ってしまった。

 情報収集がてら街を見ていきたいというのもあり、アルニをラヴィに任せて宿から出た。


 ――鎖国しているグラバーズとは正反対に、貿易に力を入れているウェイバードは各国から訪れる商人や商品で溢れかえっている。

 名だたる商家や商会もここに拠点を構えているものが多く、あちこちで商人たちが交渉している風景を眺めていきながら、ふらりと喧騒から離れた路地へと入る。


 行く手を阻むように積まれたゴミや資材を避けながら進めば、高い建物に囲まれた薄暗い広場へ出た。

 そこには段ボールや薄いアルミの板などで作られた露店が乱雑にひしめき合い、いかにも怪しげなものを売買していた。

 見慣れない顔を惜しげもなく晒すルシュを、警戒と好奇の眼差しが一斉に向けられる。


「兄ちゃん、よくこの場所を見つけられたなぁ。紹介? それとも慣れてる(、、、、)?」

 適当に暇してそうな店へ足を運べば、青髭と首の大きな痣が特徴の男に話しかけられた。おそらく彼が店主だろう。


「さてな。それよりも、ずいぶんと儲かってるみたいじゃないか」

「………へぇ、見て分かるんか。兄ちゃん、そうとう“こっち側”みたいだな」

 店構えはあまりにも酷いものだ。それこそ路地に入る前に見た“表側”の店とは雲泥の差とも言えるくらいには。

 しかし、品ぞろえや扱っている商品の価値を見れば、どれだけその店が儲かっているのか判断出来る。


「――教会さ。どういうワケかは知らないけど、ひと月ほど前か……グラバーズにいた教会連中が、こぞってうちの国に流れてきてな。みんなやけに羽振りが良くなった」

 ひと月前……ちょうどアルニを拾った時期か。


「金をばらまいてるってことか?」

「一部のやつらだけだ。おかげで市場も荒れてはいるが、こっちにはそれほど影響が出てねぇ。取り扱ってる商品の違いだろうさ」

 表の通りにあったのは、一般的な魔道具や薬草、食材、香辛料、アクセサリー、武器といったものだ。

だが、この裏路地の店にあるのは魔物の体の一部や、未加工の魔石、薬品といったもので、確かに扱っている物が違うようだ。


「そのようだ。――にしても、ずいぶんと口が軽いな。親切にしては度が過ぎるんじゃないか?」

 情報は金になる。本来ならばこれだけネタを提供したならば、ある程度せびってくるのが普通なのだが。

 ……それに、周囲の気配がおかしい。


「そうかい? これくらい世間話程度だと思うが」

「そりゃあずいぶんと懐に余裕ができたみたいだな。教会に買収されたか?」

「……」店主が切れ長の瞳を細め、唐突にカウンターに隠していた右手を掲げた。


 ―――閃光玉……!


 すぐに腕で目の前を塞いだが、強烈な閃光を防ぎきれなかったのか視界がチカチカする。

 怯むルシュににたりと下卑た笑みを浮かべた店主は、カウンターを飛び越えて持っていた鉈を横に一閃!

 ひゅんっと風を切る音と共に、ギリギリで躱したルシュの前髪の先がはらりと散った。


 ルシュはそのまま後ろへ転がるようにして距離をとるが、その背後から男が斧を振り落とす!

 ――が、それに気づいたルシュは斧が彼の脳天をかち割る前に、腰に提げた刀の柄で男の手首を思い切り突く。

「っ!?」男が怯むのを気配で察すると、そのまま足払いをする。


 見事に体制を崩して地面に倒れ込みそうだった男の襟首を引っ掴み、鉈を手に再び向かってきた青髭の店主へ放り投げる。

 この隙に逃げようと振り返ったルシュは――逃げ道がないことにようやく気付き舌打ちした。「……なるほど、俺は飛んで火にいるなんとやらだったわけか」


 元に戻ってきた視界で周囲を見回す。

 この路地に入ったときにいた客たちはいつの間にか逃げ出したようだが、店にいた商人たちは各々武器を携えて逃げ道になりそうな路地を塞ぐように立っていた。


「へへへ……悪いね、兄ちゃん。今や裏のルート牛耳ってんの、教会なんだわ。逆らえるはずもないってね」

 投げ飛ばした男を避けていたらしい青髭の店主はべろりと鉈の刃を舐め、厳つい指輪の形をした魔道具を翳した。すると薄紅色の光がルシュを取り囲む男たちへと降り注がれる。

 おそらく身体強化の術式だろう。


「俺を殺せって命令されたのか?」

「いんや? よそ者は生かして捕らえろ、とのことだ」

 どうやら俺たちが標的というわけではないようだ。


「そうか。――なら、こちらとしても悪いけど……さっさとお前たちを潰させてもらう」

 大丈夫だとは思うが、宿にいるアルニとルシュが心配だ。


 手加減はしてやれそうにもないな、と鞘から刀を抜いた。


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