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泡沫に消えろ 前編⑩




 フラフラと遺跡を出たリウルを支えながら、ガラテスは少年の表情を窺う。

 血の気のない、青白い顔。目もどこか虚ろげだ。

 ガラテスは魔族として生まれてまだ間もない。だから知能が低く、さきほどのリウルと魔王の会話をすべて理解できたわけではないが。


 それでも少年の様子に、彼にとってよほど酷いことを言われたのだということは分かる。

「ユーシャ、ダイジョウブ、カ?」

 心配そうに声をかければ、リウルは不意に足を止めた。支えていたガラテスも当然同じように足を止め、どうかしたのかと視線で問う。


「……ガラテスはどうして人間を嫌うの」

「?」

「初めて会ったとき、襲ってきたよね」

「ニンゲン、コワイ。『カミサマ』ノ、テキ」

「敵……」


「『カミサマ』、キョゼツ、サレタ。タイセツナ、モノ、ウシナッタ。イマモ、イタイ。ツタワル」

「……」

 魔族にとっての『神様』は、つまり人間のことだ。

 勇者が魔王を生み出すのと同じで、人間が魔族を生み出している。


 どういう原理なのかは分からない。でもそれは、そういう“システム”なのだと魔王は言った。


 ――ガラテスは今も“神様”とやらの気持ちが分かるのか。

 人間側には魔族の気持ちが分かる者などいない。だけど魔族は生み出した人間の心情が伝わるようだ。

“対”と言うわりに、なんだか一方通行のように感じる。


「ユーシャ。コレカラ、ドウスル」

 ガラテスの言葉に、リウルは眉を顰めた。


 結局魔王との会談は、交渉にもならなかった。魔王からこの世界の真実を聞かされ、むしろリウルの心情が揺らいでいる。


 これから――。

 おれは、どうすれば。


「……キマッタラ、オシエロ。マタ、マオウサマニ、ハナシ、スル」

「ありがとう、ガラテス」


 まずは帝都に戻って、今日聞いたことをまとめてみよう。

 魔王の言ったことがすべて本当だとして、それでもおれの目的は変わらない。


 争いたくない。

 戦いたくない。

 奪いたくない。


 こうして支えてくれるガラテスの温もりは嘘ではないのだから。






 ガラテスとは途中で別れて帝都に戻ると、自室のベッドにダイブする。

 疲れた。

 いろいろと考えることも調べることも山積みだ。


 だけど今日だけはゆっくり休んでもいいだろうと、うとうとと夢の世界に片足を突っ込んだときだ。


「あ、あの――リウル様。戻ってますか……?」

 控えめなノックと共に、弱々しい声。だけど聞き覚えがあるその声に、リウルは訝しく思いながらも重い体を起こしてドアを開ける。


「……」

 薄桃色の瞳が不安げに揺れていた。――ニアだ。

 もう目の前に現れないと思っていたので、内心驚いた。


 思わず目を細めると、彼女はびくりと肩を震わせる。まだ怖いのに、それでも来たのかと感心しつつも何しにきたんだという疑問が大きい。

「何」無意識にぶっきらぼうで問えば、ニアは服の裾をぎゅっと握りしめ、そして決心したように口を開けた。


「は、話を……聞いてくださいませんか」

「………どうぞ」

 部屋に招き入れる。そういえば他人を部屋に入れるのは初めてかもしれない。許婚ですら部屋の外でしか会っていない。

 ――というか、男の部屋に女性が一人いるこの状況、今思えば問題にはならないんだろうか。


「あ、あの」

 どうでもいいことを考えながら椅子に腰かけると、ニアはドアから少し離れた場所に立ち、それから急に深々と頭を下げてきた。

「申し訳ありませんでした!」


「……それ、何に対しての謝罪?」

「先日――私のせいでラヴィやリウル様を危険に晒しました」

「その件は別にいいって前に言ったよね。きみについていったラヴィの自己責任だし、きみたちを守るのも『勇者』の務めだからって」


 勇者の務め、と言いながら違和感を覚えてしまう。

 今までは平然と口にしていたけど、魔王と話してからはなるほどこれは“義務”であって、そこに己の“意思”などなかったのかと今更理解した。


「それだけではありません」

「?」他にもなんかあったっけと首を傾げる。


「――私は……リウル様を、怖い、と感じてしまったんです」

「――」それを、馬鹿正直に謝りにきたというのか。


「私は『勇者』としてのリウル様を知らなすぎたのだと、反省しました。『勇者』という存在を、ただの憧れの存在としてしか見ていませんでした。……私は、愚か者です」


 期待して、落胆して、失望して。

 そういう人間を何人も見てきた。だけど彼女は。


「ここに来たのは、己自身と――それからリウル様ときちんと向き合うために、来たんです」

 ニアはようやく足を前に踏み出し、少しずつ彼との距離を詰めていく。


 まっすぐに。

 馬鹿正直に。


「私はリウル様に守られる存在ではありたくないんです。隣に立ち、共に戦う『仲間』でありたい」

 やがてリウルの前に立つと、己の剣を鞘ごと腰から抜いて掲げる。

 ちりんと鈴が揺れて音を立てた。


「そのための猶予をください。私は強くなります、絶対に。もう――負けません」


 部屋に訪れたときとは反対の、力強いその眼差し。

 眩しいよ、と思わず言いかけてしまいそうだ。


「………勝手にしなよ。勝手に、好きなように強くなれば良い」

「!」ニアは大きく目を見開き、そして「はい!」と見たこともない満面の笑みを咲かせた。


「っ、」ドキリ、と心臓が脈打った。だけどそれは一瞬のことで、今のはなんだったんだと胸に手を当てる。

 大丈夫、いつも通り。平常だ。


「リウル様? どうかされましたか?」

「な、なんでもないよ!――それよりも強くなるんでしょ。修行にでも行ったら」

「ハッ! そうでした、確かにそうですよね!……では、リウル様。すぐに貴方の隣に立ちますので、絶対そのポジション空けておいてくださいね!」


「はいはい、分かったから。さっさと行きなよ」

「絶対ですよー!」と言い残して元気よく去っていったニアに、一人部屋に取り残されたリウルは小さく噴き出して笑った。




 それから一月後のことだ。

 いまだに戦争を止める方法が思いつかないでいるリウルだが、それでも任務は待ってくれない。

 いつものように魔物を倒し、帝都に戻る途中のことだった。


「……ラヴィ?」

 道から外れた雑木林に隠れるように、見慣れた少年の姿を見つけた。

 しかし、まるで思いつめたような暗い表情で蹲る様子に、言いようのない不安が湧き上がる。

 近づき、声をかけながら肩を触れようとしたとき、それに気づいたラヴィに「バシンッ」と手を振り払われた。


「っ」

「――ぁ。り、リウ……。なんで、」

 余裕のない、揺らぐ目。だけどリウルはそれよりも、彼の頬と襟に微かに見えた赤色を捉え、眉を顰めた。


「ご、ごめんねぇ、リウ~! なんかぼうっとしててさぁ~……手、痛くない?」

「……痛いのはきみの方じゃないの」

 え? とラヴィが聞き返すよりも早く、彼の前髪を乱雑に上げれば、左こめかみが血に滲んでいた。

 それに目を細めたリウルに、ラヴィは慌てて彼から離れると「ちょっと転んだんだ~!」と笑みを浮かべる。


 ――嘘つき。

 そういう怪我を、リウルも幼い頃つけたことがある。

 怪我した魔物を介抱しに、山に出かけていた彼のことを知った村の子供たちが「人間の敵」と称して石を投げつけてきたのだ。

 そのとき出来た傷跡に似ている。


 ラヴィは大きい街には入りたがらない。帝都だって、前に一度会っただけだ。

 そういえば普段、彼はどこで寝泊まりしているのだろう。


「……」おれはラヴィのことを知らない。ニアのことも。それにクローツやフィアナのことも。

 独りぽっちだと言った魔王の言葉が、今なら分かる気がする。誰とも心を開かず、距離を開けて接してきた。確かにおれは独りなのかもしれない。


 それなら――知ろう。

 知っていこう。

 今からだって、きっと遅くはないはずだ。


「ラヴィ」

「ん~?」

「おれ、今まで褒美も報酬もいらないって突っ返してきたんだけど。……街の外れに拠点を作ろうと思ってる」


「拠点?」ぱちくりと大きく目を瞬かせるラヴィに頷く。

「うん、少し前から考えてはいたんだ。陛下とかには渋られるかもしれないけど。でも毎回ラヴィが外で待ってるの、危ないし。それにおれも帝都はあまり好きじゃないから」


「………もしかしてぇ~、気を遣ってくれてる~?」

「うん」即答すれば、ラヴィは驚いたように目を丸くした。

「友達なんでしょ。気に掛けるのは、当然じゃないか」


「―――――り、リウが」

「?」

「リウがデレた~!」

「なっ!?」


「いひひひひっ! リウがおいらのこと“友達”って言ってくれた~!」

「そんなにはしゃぐことじゃ……」はたと思い返してみると、そういえばラヴィが友達だと言うことに対して肯定はすれど、自分から言ったことはなかった気がする。


「拠点か~。おいらたちの秘密基地かぁ~」

「いや、秘密じゃないけど」

「いひひっ。おいらたちの帰る場所だね~!」


「……」

 帰る場所、と言われて故郷の村を思い出す。

 今までリウルにとって帝都は“戻らなければいけない場所”だった。


 でも――そうか、帰る場所か。


「うん、そうだね」

 悪くない。

 そう思えた。


「よぉ~し! そうと決まればぁ~、さっそく帰ろう~!」

「いやいや。まだ許可もらってないし、作ってもないし」

「じゃあ~リウは今から許可取ってきてぇ~。おいら、ちょっくら作ってくる~!」


 先ほどまで沈んでいたとは思えないくらい、息巻いて駆け出していったラヴィに仕方ないなと肩を竦めた。

 帝都に戻ってなんとか陛下と第1宰相を説得し、それに協力してくれた騎士団長(ヴァルツォン)第2宰相(イゼッタ)に礼を述べてラヴィの元へ急ぐ。

 途中でニアとも会って話をすれば、彼女も協力したいとついてきた。


 そしてラヴィと合流し、三人で拠点を作る。

 別に業者に頼んでもよかったのに、楽しそうな二人を見て言うのは止めた。


 ――なんか、夢でも見てるみたいだ。


『勇者』という肩書に囚われて、誰も巻き込みたくないと、ずっと一人で戦ってきた。


 ラヴィが友達になりたいと泣きついて。

 ガラテスが協力してくれるようになって。

 ニアがリウルと向き合ってくれて。


「おれの“願い”か」

 魔王は人間と戦う理由が、リウルの“願い”を叶えるためだと言った。

 ……でも、おれは。


「やっぱ魔術使うと早いねぇ~」

「私の剣は木を斬る斧替わりではないのですが……まぁ今回はいいでしょう」

「リウ~! とりあえず簡易拠点の出来上がりだよぉ~!」

嬉しそうに出来上がった木製の小屋をお披露目するラヴィの横で「掘っ立て小屋ですけどね」とニアが呟いた。


 確かに今にも崩れそうな小屋だ。城にあるリウルの自室より小さい。

 だが急に素人がその場のノリで作ったのだから仕方ないが、やはり後日業者に頼んでおこうと思った。


「拠点生誕パーティしよ~!」というラヴィと「この中で騒いで崩れません……?」と不安げなニアの二人と共に小屋を見上げる。







 ――でもね、魔王。


 おれはその“理由”を認めるわけにはいかないんだよ。


 おれが欲しかったモノも、おれが願っていたモノも―――これからこの場所で、おれが築いていかなくちゃいけないものなんだ。

 夢を夢のままでは終わらせられない。


『勇者』であることも、『勇者の証』も、戦争も、魔の者も。

 真実がどうであれ、おれはそのすべてと向き合って足掻かなくちゃいけない。


 ――決めたよ、ガラテス。


 まずはおれ自身が、この世界を好きになるんだ。

 友や仲間がいるこの世界を。

 救いたいと思える“理由”も“意味”も。


『勇者』として、じゃなくて。

『リウル・クォーツレイ』として。


 ここからだ。

 この拠点から、始めよう。

 ラヴィとニアと一緒なら―――――きっと。



"泡沫に消えろ"前編【了】

これにて前編は終了です。

後編は4章を書き進めていき、途中で挟むように更新したいと思います。

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