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泡沫に消えろ 前編⑧




「リウル様――!」氷槍の集中砲火を浴びる様子を見たニアは、居ても立ってもいられずに駆け寄ろうとして――ラヴィに引き留められた。

 腹に腕を回され、体重をかけて首を横に振る。


「ダメだよぉ~! 動くなって言われたじゃんかぁ~!」

「だからってこのまま見ていろって言うんですか!?」

「そうだよぉ~!」


「そうだよって……なんでそんなに落ち着いていられるんですか! 友達なんじゃないんですか!?」

「……」

「ラヴィ、離してください。リウル様を死なせるわけには―――」

「――それ、本気で言ってんの~?(・・・・・・・・・・)

「ぇ」嘲笑うような冷たい声音に、一瞬誰から発せられたものか分からずにニアはラヴィを振り返る。


 そのときだ。


 ――ドォンッ! という衝撃音と共に氷槍が砕け散る。


 砕けた氷がキラキラと舞う中、血に塗れたリウルの姿を見てゾッと背筋を震わせた。

ニアは今度こそラヴィを振り払おうとするが、それよりも速くリウルが魔物の中に埋まった左足を引き千切る(・・・・・)様を見てしまう

「ひッ」小さく悲鳴をあげたニアにも気付かず、片足を失った少年は大剣を振りかざし――自分の左足ごと晶凍ノ鰐を突き刺した!


「オオオオオオォォォオオ――――ッ!」


 リウルの足を埋め込んだことで、その箇所だけ鱗がないことを利用したのだ。

 痛みに暴れる魔物にへばりつきながら、リウルは突き刺したままの大剣に大量の魔力を注ぎ込む。


「武器特性――解放」

「ヴォォオオオオォォオオッオオオオオゥゥウウウォオオオオオオオッ!!!?」


 何が起きているのかニアの目には見えず、分からない。しかしビクンッビクンッとのたうち回る晶凍ノ鰐の姿に、相当なダメージを与えられていることは確かだ。


「これで終わりにしようか」

 そう呟くと、リウルは剣の柄を握り直し、思い切り振り上げた(・・・・・)


 ズパンッと肉を裂く音と同時に、晶凍ノ鰐が真っ二つに割れる。

 そして、そこから出てきたように振り上げられたのは―――巨大な剣だ。

 リウルの持つ大剣の武器特性。それはこめた魔力分、剣の刃が大きくなることだった。


 ――全長10(メイテル)もあるその剣の先が天に向けられると、それはみるみる内に元のサイズへと戻っていった。


「……」呆然とするニアの目の前に、返り血と己のものとで赤く染まったリウルが危うげなく着地する。何故か怪我がないどころか、引き千切ったはずの足も元に戻っていた。


 ―――バケモノ、と脳裏に言葉が過ぎる。


 武器を消して近寄ってくるリウルに何も言えず固まっていると、その横を素通りして一人帰路につく。

 それを見たラヴィが慌てて追いかけようとして、逡巡した後に決心したように彼は言った。


「リウは友達だけど……『勇者』だよ~。どうしようもなく『勇者』なんだよ~」

 寂しげに、諦めたようなその言葉に、ニアは何も返せなかった。





 ――これで彼女は『勇者』に愛想尽かすだろう、とリウルは思った。

 怪我も、失ったはずの足も、違和感も痛みももうない。それこそ魔物と戦う前と同じくらい体調も悪くない。

『勇者の証』の力とは言え、さすがにバケモノじみてるとはリウル自身も思っているので、今更どうこう感じることはないのだが……。


「……」

 後ろからついてくるラヴィの重々しい空気が鬱陶しい。


 ラヴィには前に一度腕が吹き飛んで、それが瞬時に再生された姿を見られたことがある。彼はリウルを畏怖するよりも泣きそうな顔で心配してきたことを思い出し、小さく笑みを浮かべた。


 きっとラヴィはリウルが何者であろうと気にしないのだろう。

 そう思うと少し肩の力が抜けた。


 ――それにしても、と思考を切り替える。


 今回の魔物、司令塔は魔族かと思ったのに気配がなかった。

 先ほどラヴィから話を聞いたが、明らかにこれはラヴィたちを殺すために仕掛けられた罠だ。


 リウルが駆けつけてきたから予定を変えたのか?

 でも晶凍ノ鰐と一緒に魔族が襲いかかってきたら、さすがにラヴィとニアを庇いながら戦うのは、いくらリウルでもキツかったはずだ。

 しかし結果として魔族は現れなかったし、リウルが現れてから晶凍ノ鰐は二人を狙うことはなかった。


 それは――何故?


「………はぁ」小さく溜め息を吐き、考えるのが面倒くさくなって思考を放棄する。

 いいや、もう。なんでも。


 とりあえずガラテスと会って魔王の言葉とやらを聞こう。

 それで魔王が会ってくれるというならば――――なんとか説得して戦争を止めたい。

 そうすればもう、魔の者とのいざこざもなくなるだろうし。『勇者』は必要なくなるはずだ。


 ―――そうなったら。


 もう魔物も魔族も殺さなくて済むだろうか?

 そうしたら、故郷に帰れるだろうか?

 父さんも母さんも、おれを出迎えてくれるだろうか?

 幼なじみのニマルカとも喧嘩別れしたままだし、仲直り出来るだろうか?


 ……出来ることなら、山奥でひっそりと魔物や動物たちに囲まれて生活してみたい、なんて。




 そんな夢を思い描いても―――いいだろうか?



***



「うーん、半分成功で半分失敗かなぁ」


 リウルとラヴィ、それから遅れてニアが去ったあとの戦闘跡地にて。

 一人の青年がつまらなそうに呟く。


「リウルくんが駆けつける前に、ラヴィって子かニアのどっちか一人くらい死んでる予定だったんだけどなぁ……。まさか魔族が勇者に協力するとはねぇ」

 まぁ、でも。と彼は後ろを振り返る。

 そこには虚ろな目を漂わせた白猿(ビッコ)が2匹いた。


「ちょっと良いこと閃いちった☆ 俺ってば天才~」


 黄金(・・)から紺色に戻った瞳が弧を描き、青年――ガロ・トラクタルアースは嗤う。


「これも『勇者の証』が完成に近づく(・・・・・・)ためなんだ! 許してねっ、勇者様!――なぁ~んてねぇ♪」

 機嫌良さそうにムフフフと笑っていると、ああそうだと彼は思い出したように口にする。


「そういえばフィアナ様のことはどうしようかなぁ~。ねぇ、()はどう思う?」

 ずいっと1匹の白猿の目をのぞき込むように顔を近づける。

 そこに映る自分自身に、ガロは口角を上げた。


「“好きにすればいいじゃん”なんて、つれないこと言わないで欲しいなぁ~。つまんないじゃんか!――まぁでも俺は君を知っているからね。俺は嫌がらせが大好きなんだ、君も知っているだろう?」

 彼は逡巡し、それから上唇をペロリと舐める。

「うん、決~めた。今回は“俺”がやるからね? あとでチェンジとか無しだよ?……どうせならさぁ、俺たちがいるところまで堕としてやるんだ~♪ あぁ楽しみっ」


 普段の彼よりも幼い雰囲気を纏ったガロは、これから起きる――否、起こす(・・・)未来に思いを馳せ、そして歓喜に身を震わせた。


***


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