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泡沫に消えろ 前編⑦


***


 自室に戻ってベッドに横になったリウルだが、目を閉じたらまた変な場所にいそうで怖くなり、結局気晴らしに街に出ることにした。

 とは言っても、人とあまり関わりたくないからと路地裏をブラブラ散歩しているだけだが。


「……」


 街は普段と変わらない喧噪で賑わい、人々は笑顔に溢れている。だけど彼らが口にするのは「とある商会の荷馬車が魔物に襲われて野菜の入荷が遅れている」とか、それに対して「勇者様がなんとかしてくれる」とか。


 不平不満を呟き、それを“誰か”がなんとかするだろうと上辺の言葉を紡ぐ。

 誰一人として戦争に危機感もなく、関係ないとばかりに他人事なのだ。

 たった『結界』という薄い膜に守られているだけなのに。


 軍人も勇者も人間だというのに。

 誰だって――死んだら終わりだというのに。


「……だから、嫌いだ」

 人は。

 人間は。

 どうしてこうも自分勝手なのだろうか。


 これならよっぽど、本能に忠実な魔族の方が可愛げがあるものだ。――こんなこと、思っても口には出来ないけど。

 小さく溜め息を吐き、なんの気晴らしにもならなかったなと城へ戻ろうとしたときだ。


「?」なんだか騒がしい。それに人だかりが見える。

 ――あっちは確か……南(ゲート)がある方向だったはず。

 魔物でも出たのかなとリウルは壁を蹴って建物の上に出ると、野次馬であろう人々が流れる方へ自分も足を向ける。


「ま、魔族だぁああああ!」「なんで街の近くに……!?」「騎士団はどうしたんだよ!」「誰か勇者様をつれてきて!」「落ち着け! 結界があるから大丈夫だろ!」「みんな逃げろぉ!」

 飛び交う人々の悲鳴と怒声。それに混じる警備隊の避難誘導の声。

 それらの声から聞き取れた『魔族』という単語に、思わず眉を顰めた。


「なんで南門に……?」

 魔の者の領地である【魔界域(ラグラ)】は街の北にある。だから襲来するときは大抵、北から来ることが多い。

 それに南は帝国の同盟国であるカムレネア王国とドーズ連合国があり、挟撃されるおそれがあるからなのか南門から魔族が襲撃することは過去一度もなかったのに。


 生まれたばかりで知能が低い魔族か……?

 しかし、それでも腑に落ちない。知能が低かろうが魔族は“馬鹿”ではない。


 だとすればこれは囮で、実は魔王軍が侵攻を始めているとか?――絶対にない、とは言えないが、だとすればそんな分かりやすい策を弄するだろうか?

 とりあえず確認すれば分かるだろうと建物から飛び降りると、急に空から落ちてきたリウルに誰もが驚き、そして歓喜した。


「勇者様!」「勇者様だわ!」「勇者様がいれば、もう安心だ!」「さすが勇者様!」

 喚く人々の歓声を右から左に流し、寄ってきた警備兵を手で制す。

 それから門を潜って右手に大剣、左手に杖を出すとリウルは目の前にいる魔族を睨む。「―――なんでここにいるの」


 不機嫌なその声に、魔族の方は気にした様子もなく背中を向けて走り出した。――ついてこいってこと?


 リウルは念のために警備兵の一人に「おれが倒すから軍には門付近の強化を頼んでおいて」とだけ言い残して後を追う。

 そろそろ街が見えなくなったところで、口を開いた。

「ねぇもう大丈夫だと思うんだけど、ガラテス(・・・・)。何の用?」

 ガラテスは足を止めることなく、リウルをちらりと一瞥する。


「スマナイ。デモ、イソグ。ヒツヨウ、アル」

「? どういうこと」

 リウルが先に駆けつけたから良かったものの、騎士団が早ければガラテスの身が危なかった。

 そんな危険を冒してでもリウルを呼びたかった理由に見当がつかない。


「ユーシャ。マエ、イッショニ、イタノハ……ナカマ、カ?」

 前、というとガラテスと会ったときだろう。

 そのとき一緒にいたのはラヴィとニアだ。

 ラヴィはともかく、ニアとはあれ以来会ってもいないが。


「……まぁ、一応」

「ソウカ」

「それがどうかしたの」ガラテスが二人のことを口にした時点で嫌な予感がした。


「コノママダト、シヌ」

「――っ! し、死ぬって……何それ。どういうこと?」


「ワカラナイ。ワレハ、マオウサマノ、コトバ、ツタエニ、キタダケ。ソノトキ、ミタ」

「襲われてるのを、ってこと? 魔族? 魔物?」

「リョウホウ」

 ――両方か。


 ラヴィもニアも弱くはない。ニアは親衛隊に所属してるだけはあるし、ラヴィはリウルと一緒に行動するようになってから見違えるように成長した。

 魔族一人相手なら、万全な状態の二人であればなんとか倒せるかもしれないが。


「モウスグ、ダ」

 森の中に入るとすぐに地面に転がる白猿(ビッコ)が目に入った。斜めに裂かれた胸の傷は、十中八九ニアの剣によるものだろう。


 ――それにしても……なんだか寒い。

 帝国はそれほど寒暖差がない地域なので、息が白くなるなんてことはない。

森の奥へ進めば進むほど足元の草にも霜が降り、木々も凍り付いている。

 これほど周囲に影響を及ぼせるのは、魔族か、或いは魔族にも匹敵するほどの魔物がいる可能性が高い。


「ワレハ、ココマデ、ダ」

 前を走っていたガラテスが急に速度を弱め、リウルの隣にくる。

「分かった。教えてくれてありがとう」

 正直ガラテスがラヴィたちの危機を教えてくれるとは思わなかった。下手したら魔王や魔族(なかま)から反感を買うかもしれないのに。


 リウルの想いに賛同したとは言えここまでしてくれたことに感謝すれば、ガラテスは小さく笑みを浮かべて「マオウサマノ、コトバ。マタ、コンド」と言い残して姿を消した。


 それから少しして森を抜けると、その先――拓けたその場所を目にして、リウルは息を呑んだ。


 ――まるでそこだけが別世界のようだった。

 分厚く重い曇り空からは白い綿のような雪が舞い散り、地面は凍りついていた。


 その地面から伸びたいくつもの氷山には白猿が2匹、奥には晶凍ノ鰐(ブレスタルクス)が全身から冷気を断続的に噴き出している。

 そして晶凍ノ鰐が見下ろす先に――ラヴィとニアはいた。


 ラヴィはもう魔力が底を尽きたのだろう、ただの矢だけで白猿たちを威嚇している。

額から流れる血で左目が塞がれ、更に寒さで指が震えているにも関わらず、矢の照準はそれほどブレることなく的確だ。


 それから彼の前にいるニアだが、彼女が一番満身創痍というべきだろう。傷がない場所が見当たらないくらい血まみれで、足もガクガク震えている。荒い息を零しながら、それでも剣を握る手は力強い。


 ――二人のそんな姿を見て、リウルはぎりっと奥歯を噛み締めた。

 湧き上がってくるどす黒い感情に呼応するように、『勇者の証』が黒く(・・)浮かび上がる。


 それに気付かず、リウルは己の中にあるありったけの魔力を練りながら二人に近づいていき、襲いかかってきた2匹の白猿へ杖を向けた。「目障り。消えて――【収斂の火葬アストラル・クレメーション】」

「ギッ!?」小さく悲鳴を上げた頃にはすでに、気圧の圧縮により小石ほどの大きさになり、やがて燃えて焼け落ちていった。


 そこで二人はリウルに気付いたが、彼の様子に言葉を詰まらせて顔を引き攣らせる。

「り、リウ~……?」なんとかラヴィが呼びかけるが、二人の前に立ったリウルはそれに応えることなく再び魔物に杖を向けて【収斂の火葬アストラル・クレメーション】を放つ!


 しかし。

「グゥゥオオオオオオオオオオゥウウウゥゥウウウオオオォ――――――ッ!!」

「チッ」

 晶凍ノ鰐が宙に展開した複数の氷槍を大剣で弾き落としながら舌打ちする。


 どうやら魔術は効かなかったようだ。おそらくクリスタルのようなあの鱗に守られたのだろう。

「リウル様……!」ニアが隣に立とうとしたが、ラヴィが腕を掴んで首を横に振る。


 その間にも晶凍ノ鰐が更に空気中の温度を下げて息すら凍てつかせようとするのを、リウルは魔術で三人の周囲の気温だけを上げた。

 ――おれの魔術だと、あいつは倒せないかもしれない。

 極限まで魔力乗せれば或いは。だが、ここにはラヴィとニアがいる。それにさほど遠くない場所にも村があったはずだ。巻き込む可能性が高い。


魔術を維持したまま杖を腰のベルトに引っかけ「……すぅ、」小さく細く息を吐き出し、大剣を両手で握る。

 左手の甲が熱い。


「二人とも、絶対そこから動かないで」


 それだけ言い残すと、返事も待たずに地を蹴って超低空から晶凍ノ鰐の右前足へ接近し、まずは試しに一撃。

 キンッ! と弾かれた。――やっぱり鱗が固いか。


 そうして体勢を崩したリウルに氷の槍が襲いかかる!


「リウル様!」ニアは思わず身を乗り出したが、リウルはその不安定な体勢のまま更に剣を振って体の向きを変え、辛うじて避けた。それに安堵するが、今度は魔物の体を駆け昇って晶凍ノ鰐の目を狙う。

 それに気付いた魔物は体を大きく震わせて振り払い、宙に投げ出されたリウルを喰らおうと大きく口を開けた。


 ……このまま飲み込まれて内部から攻撃した方がいいかなとも逡巡したが、ちょうど近場にあった氷山を剣で刈り取ると、それを晶凍ノ鰐の口に放り込んだ。

 氷山の欠片は魔物の舌に刺さるよりも早く、じゅうっ、と瞬時に溶けて消える。


「……」そう簡単にはいかないかとドン引きし、大剣に魔力をこめると衝撃波を放って魔物の口から逃れると、飛来していた氷槍へ着地。そのまま近くにきた氷槍へ次々と移動しつつ、魔物へ再度近づく。


「目、かな」外部からの攻撃は鱗が、内部に侵入しようとすれば唾液が、晶凍ノ鰐を傷つける存在を一切許さない。ならば先ほど守ろうとしていた目が弱点かもしれない。

 そう当たりをつけ、目元に着地すると大剣を大きく一閃!

 だが。


 ガゥンッ! と剣がまた弾かれてしまった。


 再び体勢を崩した少年へ氷槍が襲いかかり、先ほどと同じように躱そうと体を捻るが――足が動かない。

 咄嗟に足元を見れば、鱗が生き物のように動いており左足が晶凍ノ鰐の外皮に埋まっているではないか!

「―――っ」


 ドドドドドドッ!!


 ――容赦なく無数の氷槍が突き刺さる!


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