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泡沫に消えろ 前編③


 ――『友達』が出来ました。


 手紙に書いた一文。すぐに気恥ずかしくなって、紙をぐしゃぐしゃにして捨てた。


「おれもラヴィと同じアホになってしまった……」

 もっと小さい頃は“会いたい”とか“帰りたい”と綴っていた両親宛の手紙。いつまで経っても返事がこないから、最近は書くことすら止めていたというのに。

 ラヴィと会って、彼と一緒に任務に行ったり魔物を狩って料理したり――楽しい、なんて感情は久しぶりだった。


 またね、と別れてその翌日には会う。

 それがこんなにも待ち遠しいことだと知らなかった。


 実はラヴィと同じく“友達”なんていなかったリウルは、初めて出来た友人の存在に浮かれていた。

 だが。

 部屋をノックする音と共に兵士が入ってきて「勇者様、教皇様がお呼びです」と呼び出され、一気に気分が萎れる。


 教皇は嫌いだ。

 まるで物でも見るような眼差しも、嘲るような笑みも。

 それを隠しもせずに晒け出して、その反応すら観察しているような様子も。


「……はぁ」溜め息をこぼし、重い腰を上げて帝都内にある教会へと向かった。




***


 殺せ、と言われるがまま。

 積み上げた屍の山を見上げて――おれは嗤う。

 殺せ殺せ、と。

 それが“世界を救う方法(・・・・・・・)”だから、と。


***




「――勇者殿?」

 呼びかけられ、ハッと顔を上げると目の前の巨体に思わず後ずさりすると、その巨体に隠れていた細い人影がにょっと顔を出した。


「勇者様、このような場所でどうされたのですか?」

「気分でも優れないのですか?」


 巨体の男は騎士団長ヴァルツォン・ウォーヴィス。

 細い人影は第2宰相のイゼッタ・モーディ。


 二人の姿を認識し、それからリウルは慌てて周囲を見渡した。

 ――帝都エルダーニの市街地。その路地裏だ。


「……おれ、」なんでこんな場所にいるんだ?

 サァ、と頭から血の気が引いていく。


 様子のおかしいリウルに二人は顔を見合わせ、心配そうに再び声をかけようと口を開いたが。

「なんでもない」と彼は拒絶し、逃げ出すようにその場を後にした。


「――ははっ。おれ、ぼんやりしすぎだよ」

 内心、まただ(・・・)と不安に掻き立てられる。

「なんでかなぁ……昔からそうだよね。でも、」


 小さい頃からそれはあった。記憶障害だと医者に言われて、だけど本当は――。


 ギリッと左手の甲に爪を立てる。

 グローブをはめているおかげで痛みはない。しかし、それが余計に精神を不安定にさせた。


「なんでっ、なんでおれが――『勇者』なんか……!」


 全部投げ出してしまいたい。

 逃げてしまいたい。

 そして故郷に帰って、父さんの店を継いで。


『勇者』じゃない。ただのリウルという一人の人間として―――。


「………………それこそ、無理な話じゃないか」

 不意に足を止め、走って乱れた息を整えながら建物の壁に寄りかかる。


 苦しい。

 苦しいな。


 ――本当は、分かっている。


 両親から手紙が返ってこない理由も。

 教皇も皇帝も、リウルを『物扱い』している理由も。


「おれは『勇者』で、人々を守る……希望…………」

 そのために魔族も魔物も容赦なく殺して、魔王を倒して。


 ――本当は、知っている。


「希望は希望のままバケモノ(・・・・)になってはいけないんだ」

 勇者はいつだって“希望”となって導く存在であり、そこに未来(・・)はないのだ。


 城内にある勇者にまつわる歴史書や資料を見ても、魔王を倒した勇者のその後は記されていない。

 ただ記すに値しない平凡な余生を送ったから、なら良いが。

 そうじゃないなら――。


「あれ、リウだぁ~」

 ふと路地の先にある大通りから、ラヴィが手を振りながらやって来た。


 ――前に人が多い街は苦手だからと帝都に入ることを拒んでいたはずなのに。

 訝しげな態度に気付いたのか、彼は苦笑いを浮かべながら「リウが来ないから、心配になっちゃってさぁ~」と気恥ずかしげに答えた。


「今日は来ないのかなぁ~って思ったんだけどねぇ」

「…………」

「? どうかしたのぉ~?」

 首を傾げるラヴィに、なんでもないと首を振って返す。


 ――今は、考えるのは止めよう。


「そろそろ行こうと思ってたところだよ」

「なんだぁ~。じゃあ一緒に行こぉ~!」

 今日は良い香辛料が手に入ったんだよぉ! と興奮気味に話始める彼の、変わらない様子に不思議と心が落ち着いてくる。


「大丈夫」ラヴィに聞こえないように、小さく口の中で呟く。

 きっと、大丈夫。

 きっと―――何もかも上手くいく。


 そう自分に言い聞かせ続けた。







 ――ある日、皇帝陛下の勅命で正式な『仲間』が出来た。


「親衛隊と兼任になりますが、宜しくお願いします!」

 ガチガチに緊張した面持ちで頭を下げたのはニア・フェルベルカだった。


 仲間はいらないと突っぱね続けていたが、ついに痺れを切らした軍部が皇帝に直談判したらしい。なんて迷惑な。

 しかも歳が近いからと親衛隊員を寄越してきた。


「こっちは一人でも平気だから、隊の仕事優先しなよ」

 きみはいらないと遠回しに言えば、戸惑ったような薄桃色の瞳が向けられる。

「やはり、私では力不足ということでしょうか……?」


 しゅん、と落ち込むニアに「いや、そうじゃないけど」と咄嗟に口ごもる。

 ラヴィと一緒に任務に出るようになり、密かに力の制御が出来るよう特訓は欠かさずしているので、ニアが加わったところで問題はないが。


「では今日の任務について行きます! それで合否を決めていただければっ!」

 鼻息荒く提案する彼女に、ハッキリと拒絶すれば良かったと後悔しつつも「……もう勝手にして」と自暴自棄になる。

 ラヴィのときもそうだが、どうやらおれは絆されやすいのかもしれない。


 ――そしてニアを加えた三人で、度々街を襲いに来る魔物の司令塔(ボス)を探しに森を探索することになった。


「やはりラヴィさんは勇者様のお知り合いだったんですね」

「おいらたちは親友なのだぁ~!」

「勇者様の親友でしたか……! すごいです!」


 別に何もすごくはないだろうと思うが、ラヴィもどや顔で「でしょ~!」と調子に乗っている。それがなんか腹立つ。


「ねぇ―――ニア、だっけ?」

「はい、勇者様!」

「……その『勇者様』っていうの止めて。リウルで良いよ」

「で、ですが」

「呼びにくいでしょ。それに毎回そう呼ばれるのも嫌だし」


「――分かりました、勇者様! ではリウル様と呼ばせていただきます!」

 いや分かってないよね。

「おいらも様付けした方がいいのかなぁ~?」

「そんなことしたら絶交する」

「えぇ~!?」なんでぇ~と文句言ってるが、無視した。


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