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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
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5-2



 ゴーズ・カーレンヴァードは元々サハディ帝国の軍人だった男だ。


 実家が魔道具製造に携わっていたこともあり、彼は魔道具の生成に長けており、魔術師としての素養があった。

 ――だから(・・・)彼は家と国を捨てて旅に出た。


 サハディにいれば職にも生活にも困らない。しかし好きな魔道具を作れるわけでもなく、魔術の研究も制限が設けられていたために全てを捨てたのだ。

 自由に魔術を探求し、己の好きな物を生み出すことだけを求めた。


 その探究心と好奇心は、それこそサハディ帝国一だっただろう。もし彼が帝国でその欲求を自由に奮っていたら、もしかするとミファンダムス帝国にも匹敵するほどの魔術技術が発展していたかもしれない。


 しかし、あくまで「もしも」の話だ。


 サハディは彼に自由のない強制をし、それに嫌気が差して彼は逃げ出してしまったのだから。

 そして彼は魔術大国であるミファンダムス帝国を目指した。

 ――問題だったのは、魔術師一人では旅をするのがキツいことだった。


 結界のない道は険しく、魔物たちに襲われる。

 リュウレイのように多くの魔力を保持しているならともかく、平凡な魔力量しかないゴーズは結界を展開出来ても維持出来る力がない。

 なので傭兵団を雇うことにした。


 幸い今までこっそりと趣味で作っていた魔道具を売り払ったので、懐はまだまだ温かい。

「頼んだよ君たち!」

 そうして雇った傭兵団こそ――レッセイ傭兵団だった。


「私、こいつ嫌いだわ」とニマルカ。初対面でいきなり口説かれたことと魔術師であること、それから傲慢そうな態度に、生理的嫌悪が勝ったようだ。

 他のメンバーは別に金が貰えるならと、最近依頼をこなしてなくて懐事情が寒かった傭兵団はとりあえず彼をサハディ帝国からミファンダムス帝国までの護衛を引き受けた。


「なぁ、魔術って俺にも出来るのか?」


 ゴーズ、というより魔術に興味を持ったのはアルニだった。

 彼は魔術師としての誇りと、それから大好きな魔術に興味を持たれたことが嬉しくて、何度も魔術を見せては理論を披露した。


 ただ、アルニは魔法師。魔術を使うことが出来ない。


 ―――なんで魔法師は魔術を使えないんだろうか……?


 魔法の展開速度はすさまじい。しかし、もし魔術も使うことが出来れば無敵だとも言える。

 アルニの魔力量は大したことないが、だけど魔術師になれる素質はある。


「魔法師の体を調べられれば分かるかもしれない!」


 素晴らしい発想のように思えた。だが、【式解析】は人体に使うことは世界的に許されていない。禁術扱いだ。

 全国指名手配されるか、己の知的好奇心を埋めるか。ゴーズはそれほど悩まなかった。

 ニマルカには毛嫌いされていることは自覚してたので、アルニに頼み込んで【式解析】をし――ようとして。


「?」何故かうまく解析できなかった。


 解析に用いる“式”が安定せず、勝手に壊れてしまったのだ。


「……魔法師。なんて―――なんて興味深いんだっ!」意味不明すぎる! と彼は感動すら覚えた。

 そう、それからだ。

 ゴーズの興味が魔術から魔法へと変わったのは。


  魔法の仕組みが分かれば、精霊の正体が掴めれば――もしかするとそれを魔術にも応用できるかもしれない!

 そうなるともはやミファンダムス帝国に用はない。幸いなことにレッセイ傭兵団には二人も魔法師がいる。

 ならば側で見ているのが一番だと、ゴーズはレッセイ傭兵団へ入ることを決めたのだった。







「いやはや、ニマルカさんに足蹴りされていた日々を懐かしく思えますなぁ! 痛かったけど、彼女の魔力に触れられる数少ない機会だったから大人しく受け入れてたんですけどね!」

 あっはっはっ、と大きく笑い声を上げるゴーズに、そういうところが気持ち悪がられてたんだけどなと呆れたようにレッセイは呟く。


 ――ここはグラバーズの国境近く、霧が深い平野のど真ん中にある屋敷の一室。


 さっきまでいたグラバーズの城より立派な建物は、傭兵団から抜けた後に各地で魔道具や魔術知識を売って得た金で建てたそうだ。

 ちなみにこの霧は魔石を用いた魔術紋陣を常時展開した結界の一種で、この建物がある場所が深い谷底に見える幻覚を発生させているらしい。


「みんな元気ですかな? ボクはこの国に流れ着いて、メイサとサーシャと運命的な出会いを果たしてからは引きこもってたんで、そりゃあもうたまぁ~に思い出しては懐かしんでたんですよ」

 絶対(ぜって)ぇ嘘だなと胡乱な眼差しを向け、ベッドに腰掛けるレッセイの足を跪いて診ていたゴーズは「ううん、これは酷い」と降参したように手を挙げた。


「魔族に遭遇して出来た傷、でしたっけ?」

「ああ。……まぁ治るとは思ってねぇよ。魔族に会ってこれだけで済んだならマシな方だろうよ」

「団長ともあろう方がそんなミスするとは思えないけどなぁ。どうせ団員でも守ったんでしょうよ、冷めてる癖にお節介なんだから。まるでツンデレ……ぷくくっ」

「あ”あ”?」額に青筋を立てて、ドスの利いた声が這う。


「でも傭兵団解散したことには驚いたなあ!――アルニはもう大丈夫って認識で良いのかい?」

 人を苛つかせることに長けてるくせに、そういうことに気付いていたところがゴーズらしい。

「あいつももう大人だ。自分の道は自分で決めるだろ」

「なるほど――突き放したわけか。やっぱりお節介なのに、冷たいですね団長」


 よっこらせと立ち上がると、ゴーズは壁に備え付けられたワインセラーから赤い瓶を取り出す。

 テーブルの上に置かれた2つのグラスへそれを注ぎ、レッセイへと渡す。


「ふん、こっちも色々と立て込んでんだよ。いつまでも面倒見切れねぇんだよ」

「あっはっは! ボクに言い訳しても仕方ないでしょう!……アルニは記憶がないんでしょ? 精神年齢で考えればまだ10歳くらいなのでは?」

「やけに突っかかるじゃねぇーか」


「――サーシャはまだ5歳なんですよ。だけどメイサにはもう次の誕生日を祝ってあげることが出来ない。……ボクはね、家族に取り残されるサーシャのことを憂いているんです。嗚呼、可哀想なサーシャ」

 さっきの様子からなんとなく予想はついていたが、それほど病状が悪かったのに娘を守ろうとしていたのかと眉を顰める。


「金がいくらあっても彼女の苦しみを多少和らげることしか出来ない。ボクはなんと無力なのか!――だからね、医療を応用した魔術を研究中なんですよ。結構いいところまでは進めたけど、どうしても……“あのとき”みたいには上手くいかない」


 ワインに口をつけながら“あのとき”ってなんだ? と問えば、ゴーズは「アルニに解析を頼んだときですよ」と事も無げに返した。

 ちなみに後日それを知ったニマルカに殺されかけていたが。


「“式”が壊れる――それを上手く使えば、病という“式”だけをピンポイントに壊すことが出来るかもしれない!」

「……、魔術はよく分かんねぇな」

「つまり! 誰もが! 病気を! 簡単に! 治すことが! 出来るんですよ!」

「うるせえ!!」

 わざわざ区切って大声で叫ばなくても聞こえてるわと怒鳴れば、あっはっはっ! と笑われた。


「団長は相変わらずの脳筋ですなぁ!」

「おう、喧嘩なら買うぞ。表出ろや」

「あっはっは! いやですなぁ、冗談も通じない!」

 額にいくつもの青筋を浮かべ、湧き上がる殺意をなんとかワインと共に飲み込んだ。


「魔法師は――おそらく魔術を打ち消す力を持ってる」不意にゴーズが真面目な表情になった。


「………或いは、“式”そのものに干渉出来るのかもしれない」


「―――それは、すごいことなのか……?」

 いまいちピンと来てないレッセイをきょとんと見やり、それからまた大きく笑われた。

「団長には難しかったですね! 今度《赤ちゃんでも分かる魔術入門書》貸してあげますよ!」

 さすがにぶち切れてグラスを投げた。






「さて、閑話休題。ここからが本題です、団長」

 ワインを頭から被ったゴーズがシャワーを浴びて着替え戻ると、彼はその場に土下座して床に額を擦りつけた。


「――いくらでもお支払いします。だから、」


だから。

どうか。


「サーシャを教会から守ってくださいませんか―――――!」



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