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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
106/226

4.魔王軍



***


強制接続(コントロール)――成功】


 閉じていた目をゆっくり開けると、ねずみ色の瞳が僅かに赤く灯り、一瞬で消える。

魔王様(・・・)、」

 玉座にだらりと腰掛けていた――魔王と呼ばれた少女は、上からかけられた声に振り返ることなく右手だけ伸ばし、そこへ傅いた大男が一つの魔石を献上した。


「“(コア)”です。やはり魔王様のおっしゃる通りのことが起きているようですな」

「……」

 目の前に魔石を翳す。純度の高い魔石だが、その魔石に宿る魔力はやけに禍々しい。


 それはまるで、あの日(・・・)見た“炎”に似て――――「――歪なの」


 グッと魔石を握ると、それは粉々になって砕け散った。

「魔王様、」

「放っておけばいいの。歪なモノに世界が蝕まれているとして、私にはその方が都合良いの」

 抱きかかえた猫の人形をそのままに少女は立ち上がって玉座から離れる。


 大男は彼女の長すぎて床にまで広がる髪を腕に優しく抱え、その後ろをついていく。

「……ジュラート、ついてこないでいいの。うざったいの」

「またお一人で行動なさるおつもりですか。今度こそ我が輩もお供させていただきますよ?」

 少女アイリスは顔を顰め、それからようやく振り返ると巨鬼(ギガン)よりは小柄ではあるが、剥き出しの逞しい上半身に入れ墨のような紋様が刻まれたスキンヘッドの男――ジュラートを見上げた。


「配下に戦争の準備任せて、散歩(・・)なんてしないの」

「どうだか! 今期の魔王様はやけに奔放でいらっしゃるので、我が輩たちは気が気じゃありませんよ。おかげで人間に何度見つかりそうになったことか」

「歴代の魔王たちと比べないで欲しいの………」

 疲れたように小さく溜め息を漏らす。


 この男は、もう何代と歴代の魔王の側仕えとして就いている。つまり幾度と100の巡りを経験し、何度も魔王の死を見送ってきたのだ。

 彼は矢面には立たない。

 その理由が――それだ。

 魔王が死んだとき、生き残った魔の者をまとめられる存在がいなければ、すでにこの【魔界域(ラグラ)】は人類に侵略され、魔の者は根絶やしにされていただろう。


 ――まぁ、そうなることなんてありえない(・・・・・)のだけれど。


 ともかく『魔王代理』である彼は魔の者の秩序のために必要なのだ。


「そういえば魔王様の“実験”とやらは上手くいったのですかな?」

「とっくに仕込み終えてるの。――これで人間は、終わる」

「ほう、さすがは魔王様! 歴代最強の賢王!」

「……」からかわれてることに腹が立ち睨むと、その瞳が再び僅かに赤く灯る。

 それと同時に彼女の髪から小指の爪程度の大きさの赤い大蜘蛛針(ロート・レチリック)が、10匹くらい這い出てきた。


 それにジュラートは慌てて「い、いやぁ~! それにしても『勇者』はどう動きますかねぇ」と強引に話を変える。

 正直『勇者』に興味はなかったが、話しに乗ることにした。


「どうも何もないの。偽物量産したところで私を倒せるわけがないの。―――私の(つい)である『勇者(かみさま)』は、もういないの(・・・・・・)


 だから――アイリスの覇道を阻む存在はいない。邪魔者もいない。

 ただ世界を蹂躙し、人間を滅するだけ。

 それがこの世界の意思だ。

 選択した、未来だ。


 ジュラートは赤い大蜘蛛針が引っ込んでいくのをみて安堵し「でも人間を侮れば、痛い目を見ますぞ?」と忠告する。

「我が輩は見てきました。人間の愚かさと醜さは、時に魔の者たちを凌駕するところを」


 そう、人間は愚かで醜い。

 そんなことは、もう知っている。

 だからこそ、人間は自滅するのだ。


「安心していいの。私が全て終わらせてあげるの。『勇者』じゃなくて―――“私”が」

 それが魔王として生まれたアイリスの、存在理由なのだから。


 ――底の見えない澱みきった虚ろな瞳。

 彼女はずっとその“理由”に囚われていた。


 ……だからこそ心配なんですぞ、とジュラートは胸中で呟く。


 歴代の魔王を見てきたからこそ知っている。

 そうして溺れて――沈みきった彼らの末路を。


 だがその反面、アイリスはどうなのだろうかとも思う。

 彼女が言った通り、アイリスに“対”はない。

 歯止めがなく暴走し続けて、彼女はどこまで行くのだろうか。

 ―――なんであろうと、我が輩は魔王様についていくのみ。

 それがジュラートの“存在理由”だ。


「まおう様、お呼びでしゅか?」

 不意に二人の足元から声が聞こえ見やれば、そこには1匹の小さな白蛇がいた。

「あぁ、忘れてたの」

 自分で呼びつけておいて本気で忘れていたらしい少女は、蛇の前にしゃがむとその背中に数匹の赤い大蜘蛛針を乗せた。


「ムク、これらの使用許可を与えるから、お前の仇を討ってくるといいの」

「え」ジュラートはぎょっと驚くのに対し、ムクと呼ばれた白蛇は嬉しそうに片目(・・)を輝かせた。

「ほんとう!? ほんとうに、良いんでしゅか!?」

 手を伸ばして白蛇の右目に触れる。そこには痛々しい傷跡が刻まれていた。


 ――過去、とある人間に負わされた傷だ。


「あと一つだけ私の“傀儡”も貸してあげるの。好きに暴れて、邪魔する者を排除し、壊し、壊し、壊し尽くしなさい」

 それは命令だ。

 ムクは「ありがとうございましゅ!」と何度も頭を下げると、そのまま行ってしまった。


「……いいんです? 確かムクの“仇”って」

「“ガ―ウェイ・セレット”なの。レッセイとかって今は名乗ってるの」

「いや、それは知ってんですが」


「元魔王のヴァネッサが彼を招待して、今はグラバーズにいるはずなの。そういえばハリボテ勇者も向かっているんだっけ? なら、余計に都合がいいの。――『希望』なんて、そんなものありはしないことを証明してあげるの」


 足を止めていた少女が再び動き始め、その後ろを微妙な表情をしたジュラートがついていく。

 やがて両開きのステンドグラスの扉を押し開くと、バルコニーへ出る。目の前の柵に手をかけると眼下に広がるのは――無数の異形の者たち。


 魔の者。


 彼らは一様に自分らを統べる王を仰ぎ見、彼女の言葉を静かに待っていた。

 アイリスは無意識に口角を上げ、待ち望んだこの光景に内心歓喜する。


 ――サハディ帝国が秘密裏に造り上げた魔術兵器ナイトメア。

 【魔界域】にその砲撃が届くことはなかったが、それでも人間が敵意を持って攻撃してきたことに何ら違いはない。

 おかげで穏健派だった魔族もかなり多くこちらに引っ張ることが出来た。


 戦力は申し分ない。

 念のためにと仕込んだ“術”も準備出来ている。

 問題となる結界だが、これも手は打ってある。


 8年前、リウル・クォーツレイによって大打撃を受けたために壊滅した魔王軍が――再編成して眼下に集結している。

『勇者』がいない人類に、もはや勝機はない。



「待たせたの、みんな。私から言えることは一つだけ。“ひとり残らず人間を駆逐しなさい”」



 大きい声ではない。

 だが、その声は波紋のように魔の者たちの頭の中に滲んで染み広がっていく。

 ――魔王からの命令が、その魂に刻まれていく。


 そしてアイリスは右手を翳す。その目がまた赤く灯った

【“魔王”の権限を行使し、今この場にいる者たちの力を全て解除する】


 これで魔族たちは、今まで限定されていた本来の能力を使うことが出来る。



「さぁ、行きなさい。―――戦争は(・・・)始まったの(・・・・・)



 その一言に興奮したように雄叫びをあげる魔の者たち。

 その魔族や魔物たちの体には一様に赤い大蜘蛛針が寄生していた。


***



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