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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
105/226

3-2


 オルドは短剣を捨てると、腰に提げた剣帯に触れる。するとそこについていた魔石が淡く光り、いつの間にかその手に槍を掴んでいた。


「そこに提げてる剣は飾りなのかしら?」

「遠距離相手に剣は不利ですし、これは仕留めるときに使うのです」

「使い分けているのね? 器用な人――でも、槍であろうが関係ないわ」

 ニマルカが左手を前に掲げ、

「どうせ私に届きはしないのだから」


 どこからともなく吹き荒れる風。そして部屋に飾られている絵画や陶器を滞空させ、今にもオルドへ当てようと狙いを定めているようだ。

「その傲慢が仇にならなければいいですけどね!」

 足が踏み込むのを見て、すぐに精霊へ指示する。


 次に足を前に出したときには彼の前方に突風が邪魔し、その風圧に弾き飛ばされた彼の体へ陶器が次々とぶつけられていく。

 鎧を身に纏っている体ではなく、顔や槍を持つ手を狙って、だ。


「……」後ろで回復薬に口つけながらそれを見ていたミアは、ちょっとどっちが敵か混乱しかけた。


「っぅ……!」

 床へと叩きつけられたオルドの顔は傷だらけで、槍を握っている手も打撲が酷く震えている。すでに満身創痍だ。

 これじゃあ弱い者虐めじゃない、と想像以上に手応えのない相手に肩透かし気味に立ち上がった。

 そのときだ。


 ずい、と。


 ちょうどニマルカと同じ背丈の()が目の前に現れる。


 見慣れた自分の姿。

 だけどそれを認識するよりも先に目の奥がチカチカとスパークするような、そして頭の奥が急激に熱くなって―――ニマルカは咄嗟に顔を逸らしたが、すぐにしまったと気付く。


 だが、遅い。

 パキンッと鏡が割れるのと、左肩に槍が突き刺さるのはほぼ同時のことだった。


「ぐ、ぅ!」

 そのままソファの裏にひっくり返るように倒れると、今度は反対の右肩を床ごと槍に刺し貫かれる。

「あ”あ”っ!!?」

 悲鳴をあげたニマルカの腹に跨がり、彼女が起き上がれないようにするとオルドはニヤニヤと笑みを浮かべながら剣を抜いた。


「油断しましたね、魔女!“我々”が貴方の対策を怠るとでも?」

「どう、して……っ」

「どうして“鏡”が魔法師の弱点(・・・・・・)であることを知ってる理由ですか? そんなの簡単ですよ、貴方とは別の魔法師から教えていただいただけです」

「!」


「そんな馬鹿なって顔ですね? そうでしょう、魔法師がわざわざ自分の弱点を教えるメリットなどないですから。ですが――“彼”は敬虔な信徒でして。有り難いことに多くの情報を提供してくださいます」

「提供? どうせ脅したんじゃないの!? あなたたちの十八番だものね!」


 彼女の首に、剣が添えられる。

「どう思おうとご自由に。さぁ、『楽園』へ誘ってあげましょう」

 さようなら、と剣を引くよりも先にオルドの顔面に赤い液体が降りかかる!

 ニマルカが床に流れた血を、魔法を使ってかけたのだ。

 不意打ちで目の中に血が入り悶えるオルドの下、なんとか逃げだそうと藻掻くニマルカ。


「糞アマぁぁぁああああッ!」

 何度も顔に攻撃されたことにぶち切れたオルドが容赦なく剣を振りかざし――ゴスッと後頭部に強い衝撃を受けて目を回す。

 その隙を見て暴風を彼に当てれば、オルドは吹き飛ばれてテーブルやソファと一緒に転がっていく。


「大丈夫か!」

 オルドの頭を殴った壺を放り、ニマルカの傷に触れないよう起き上がる彼女を支えるミア。

 さすがはならず者たちを快く受け入れるカムレネア王家の人間。普通その立場で、この状況なら傷が癒えたら逃げ出していてもおかしくないだろうに。


 それが少しおかしくて笑いながら「ありがとう」と立ち上がる。

 そうしている間に扉の向こうが騒がしくなり、やがて王国の騎士や兵たちが寄せ集まってきた。

 ようやく来たか。


「――さすがに分が悪いようです」

 まだ痛む目を閉じたオルドはゆらりと立ち上がり、それから足元に魔術紋陣を展開した。

「また会いましょう。今度は――必ず殺します」

 それだけ言い残すと彼はその場から消えた。


「……」ニマルカは眉を顰めてオルドがいなくなった場所を睨み続け、ミアは「大丈夫ですか!」と駆けつけてきた兵たちへもう大丈夫だと告げる。

「それよりも父上や兄上たちは!」

「それが……そこにいるニマルカ殿と一緒に入ってきたアレイシス傭兵団が――逆賊の者を捕らえてくださいまして。陛下はご無事です。ですが、リチャード殿下が……」


「――そうか。やはり私だけを狙ったわけではなかったか」

 目を伏せて憂いたのも一瞬、ミアはニマルカへ顔を向ける。

「分かってるとは思うが、聞かせてもらうぞ。助けてもらったことには感謝するが、さすがにタイミングが良すぎる」


 疑われるのも無理はないだろう。だがニマルカはなんと言ったものかと逡巡し、

「あの、私がお願いしたんです――――ひぇっ!?」

 扉からひょっこりと顔を覗かせた一人の女性が、血に塗れたミアとニマルカを見て小さく悲鳴をあげた。


「――誰だ」

 見慣れぬ人物を警戒するようにミアが眉を顰め、彼女の隣に付き添っていた兵士が「ニマルカ殿の連れだと言うので、確認のためにここへ」と報告する。

 ニマルカへ視線を送れば、何故来たとばかりに苦い顔をしている。どうやら知人であることは間違いないようだ。


「ちょっと、どうして来ちゃったのよ……。危ないから待ってなさいって言ったわよ?」

「心配で……」負傷しているニマルカよりもよっぽど青ざめた顔をした彼女は、ミアや兵士に見られていることに気付くと慌てて姿勢を正す。


「初めまして、リッサ・ツェベナーと申します。その、――国王様に『塔の管理者』が訪ねてきたって伝えていただけますか? それで通じると思います」

 栗色のふわふわなボブヘアーに、大きくて丸い橙の瞳。作業着のツナギを着ていて、全身商業用の黒い油に塗れた、やや長身ぎみの彼女は緊張した面持ちで自ら名乗った。


『塔の管理者』。


 その聞き慣れない名称に戸惑いつつ、騎士を一人陛下の元へ向かわせる。

「ひとまず怪我の治療をした方が良さそうだ」

 衛生兵によって応急手当はされたものの、完全に傷口が塞がったわけでもない。それに失った血液量も多く、二人とも顔色があまり優れない。


 しかしニマルカは「私はこれくらい平気よ」と一蹴するが、それをリッサがダメですよ! と窘めた。

「もしニマルカさんに何かあったら、アルニくんになんて言えば……」

「このくらいの傷、日常茶飯事よ。まぁアルニちゃんに想いを寄せる可愛い女の子の頼みとあれば、聞かないわけにはいかないかしら?」

 にやりと卑しい笑みを浮かべながら意地悪な返しをするニマルカに、彼女は頬を染めて俯いてしまった。


「そっ、………そうです。その通りです」

 ごにょごにょと呟きながら肯定した。

 それに更に笑みを深くする。


「うふふっ、可愛いわねぇ! アルニちゃんもリッサちゃんを選んでくれれば、そんなに心配ないんだけれど……」

 そこで先ほど出て行った騎士が戻ってきた。


「――大変お待たせいたしました! 国王陛下からの言付けです。

“此度は助けていただき、まことに感謝しています。申し訳ありませんが、現在カムレネア城塔での襲撃により、いまだ内部が混乱状態にあります。再び危険に晒してしまう危険性があるため、話し合いの場を設けさせていただくのは翌日にさせていただきます。”

 とのことです!」


 国の王が敬語……?

 驚いたのはニマルカだけでなくミアも同じだったらしく、二人揃ってリッサへ視線を向けた。彼女は困ったように笑みを返すだけだったが。


「とりあえず部屋を用意しておこう。この部屋と同じ、主の許可なしに入ることが出来ない術がかけてある場所だ。今晩は泊まっていくといい。――治療も出来るしな」

「お言葉に甘えましょう、ニマルカさん」

「そうねぇ、せっかくだし。城に泊まるなんてそうそうない機会だもの」


 ふかふかで広いベッドに、足も伸ばせるバスルームも使えるなら、という副音声つきだ。

 それを察したリッサは苦笑し、二人は兵士の案内についていった。


「そういえば父上――陛下の元にはアレイシス殿がいるんだったな」

 ミアの問いに兵士が肯定する。


「……女神教の『勇者派』か。――もし、」

 もし、この襲撃が『勇者派』による策謀だとするならば。


 この国には一体どれだけの“敵”が潜んでいるのだろうか。

 いや――もう話は国一つ単位に限ったことではないのかもしれない。


 だが、だとすれば『勇者派』の目的とはなんだ――?


「―――少し、出る」

「え!? き、危険ですミア様! それに傷も、」

 慌てて止めようとする騎士を強引にどかし、着替えを引っ掴んで部屋から出ると「着替えるから入ってくるなよ」と隣の部屋へ移動すると一人でさっさと外出用の動きやすいドレスに袖を通す。

 そして静止する声も聞かずに城の下層から魔術紋陣による転移術を使うと、教会へ足を踏み入れた。


「神父」

「これはこれは王女殿下――」優しげな顔を覗かせ、王都の教会を管理する神父が顔を覗かせた。

「教会本部へ行きたいんだが、“教皇様”は居るか?」

『勇者派』が本当に暴走しているならば、『女神派』を率いる教皇様に少しでもこの現状を話すべきだろう。

 万が一に教皇にも魔の手が伸びないとも限らないのだから。


「ええ、いらっしゃるはずですよ」

「そうか。なら転移術を頼む」

 神父は祈るように指を組んで手を合わせると、ミアの足元に魔術紋陣が浮かび上がり、視界がぐにゃりと歪む。




 そして着いた教会本部のどこかの部屋で目を開けたミアは―――、


「これ、は―――」

 どういうことだ、と言葉を紡ぐ前に意識が途絶えた。



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