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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
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3.襲撃

 カムレネア王国の第7王女――ミア・カムレネア・フェルベルカは、その長い褐色のポニーテールと豊満な胸を揺らして大きく振りかぶった右拳をテーブルに叩きつけた。


 ドンッ!


「み、ミア様……っ! どうかされましたか!?」

 それを聞きつけて慌てたように部屋へ入ってきたのは、このカムレネア城塔の案内人であり彼女の腹心であるオルド・クルオニだ。


「――そうだな、どうにかなりそうだよ。……戦争が始まる」

 帝国と同盟国の一つであるカムレネア王国もまた、この全面戦争に協力要請が来ていた。それを父である国王は当然「是」とし受け入れ、現在は傭兵たちに正式な依頼書を配布している。


「……良かったではありませんか、戦争が起きればミア様が所望されている“あの方”も、さすがに表に出てこざるを得ないでしょうし」

 ミアはヴァルツォン・ウォーヴィスが好きだ。いや、好きというよりは『支配欲』に似ている。

 遊学のためにと一度だけ訪れたミファンダムス帝国。そこで彼女は一目惚れしたのだ。――欲しい、と。


「その通りだよ、オルド。いつまで経ってもクローツは朗報を持ってきはしないし。あいつは元々私を利用したいだけだったからな……分かっている。分かっているさ」


 互いの利益を求めて騙し合うのは政には付きもので、それが嫌で妹のニアは国を出たのだ。

 元々武術の素養はあるが、駆け引きが苦手な子だったから当然の流れにも思える。


 ――でも、嘘にまみれたこの世界を生き抜くのは、疲れる。


「………なぁ、オルド。覚えているか? この国に魔族が襲撃してきた日のことを。そして大蜘蛛針(レチリック)の依頼書の改ざんのことを」

「は、はい。多くの傭兵や騎士が……『楽園』へ召されていかれましたから」

「あの事件、おかしいことばかりだっただろう? 知っているとは思うが、私は私の力を使って独自に調べていた」

「っ、お分かりになられたのですか!」


 多くの人が傷ついて亡くなったことに心を痛めていたのは、オルドもまた同じだ。

 犯人が判明したと聞いて、つい食い気味になってしまった。


「あぁ―――――カメラ(・・・)オウガン(・・・・)だ」


「え、」

 言葉を失い唖然とするオルドに同情する。


 女神教の枢機卿の一人で、特に教皇の右腕と称される人物だ。しかも『勇者派』の代表でもある。

 同じ派閥に属しているオルドからすれば、最も信頼している相手だというのに。


 だが、それなら辻褄が合うのだ。

 王国は勇者派が多い。王家の人間もそうだ。

 ミアは珍しく女神派ではあるが、だからこそカメラ・オウガンの不審な動きにも気づけたというもの。


 ――2番目の兄であるリチャード兄上が彼女(・・)と何度も逢瀬していたという事実。そして封印の間に侵入した彼が、結界を弱体化させた。

 ミアが出した魔物討伐の依頼書も、リチャード兄上の手の者が弄ったことも。


 ただ不思議なことに――、


「兄上には記憶がなかった。おそらく彼女が接触してきたときに、なにかやった可能性がある」

「魔術、でしょうか」

「さてな。私はそういうものに疎くてな」

 クローツにそういう魔術があるのか聞けたらいいが、今はあちらも慌ただしいだろうし。連絡はとれないだろう。


「で、ですがカメラ様がそんなことをする理由とはなんでしょうか……」

 まだ信じられないのか、動揺しているオルドがいたましい。

「そこまではさすがに。だが、つい先日サハディで起きたことの報告を見ても、どうにも教会がきな臭い。そこでオルド、」


 教会本部に潜入して欲しい。そう言いかけて振り返ったとき、とん、と背中に衝撃を受けた。

 咄嗟に視線をそこへ向ければ、いつの間にかミアの背中にオルドが体重を預けるように凭れかけており。

「あれ、残念。急所、外しちゃったじゃないですか」


 その言葉と共に彼が離れると、ぶちゅりと背中から鮮血が噴き出す。


「!?」一気に力が抜けてテーブルに縋るように倒れるミアへ、血に塗れた短剣の先が再び向けられる。

「な、で――」

「? ああ、理由ですか? 最初からそのつもりで貴方様に近づいたのですから。教会を疑い始めたら始末する、それがわたしの役割です」


 そして今度こそミアの命を絶とうと刃が煌めく。


「っ!」咄嗟に目を閉じて、無意味に現実から目を背けた――――刹那!


「な!?」

 突然壁に掛けてあった絵画が吹っ飛び、まっすぐ正確にオルドの顔面にぶち当たる!


 よほど速度があったのか、彼の体が反対の壁にぶつかってずり落ちるのを呆然と見ていると、不意にコンコンと扉をノックする間抜けな音。

 すぐに警戒するミアだが「あ~、王女サマぁ? 助けに来ましたわよ~」と軽い調子の声に希望を見いだす。


 オルドが顔を抑えながらヨロヨロと立ち上がるのを横目に、ミアは「入って!」と痛みを無視して大声で許可した。


 ここカムレネア城塔の部屋は全て魔術紋陣を用いた空間転移による魔術を使用している。つまり部屋は実際城にあるわけではなく、亜空間によって形成されているのだ。

 部屋の主が許可を出さないと入ることは出来ない仕組みになっている。


 そして許可を得た扉の向こうの人物は、まるで友人宅にでも訪ねてきたかのような口調で「じゃ、お邪魔するわよぉ~」と。

 ガンッ! と音を立ててひしゃげた扉が開くのではなく倒れた。


「……なんで、貴方が」

 驚きと警戒に目を細めるオルドに対し、不遜な態度のまま部屋へ入ってきた人物は背中から血を流して倒れているミアへ視線を向ける。


「これ、正式な救援要請として依頼してくれるかしら?」

「もちろんだ!」

 再び許可を得ると、その人物はミアへ回復薬を何本か放ってようやく苦々しげな表情を浮かべるオルドと対峙を果たした。



「 “暴嵐の魔女”……っ!」



「あら、こんな凡人風情の兵士にまで知られているなんて、有名人になったわねぇ私も」

 よっこらせとソファに座り、腕と足を組んだ彼女――元レッセイ傭兵団のニマルカ・フォルティシアは、室内にもかかわらずウェーブがかった金色の長髪を揺らす。

「来なさいよ、雑魚。ひねり潰してあげるから」


 後ろに王族の人間がいるのに、それよりもよっぽど王女様らしい態度だ。

 さすがにオルドもピクピク瞼を痙攣させてしまう。


「……いいでしょう、どちらにせよ多くを知る貴方たちを生かしておく理由はありません。二人諸共『楽園』へ送って差し上げます」


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