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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
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2.矛盾した想い


 戻ってきた、と見慣れた部屋に入るとリュウレイは小さく息を漏らした。


 無機質な部屋だ。

 ベッドとテーブル、椅子しか置いてない。しかも窓には鉄格子がはめられており、それだけ見ればまるで囚人部屋のようだ。


 でも似たようなものだとリュウレイは思っているし、別に気にしたこともない。

 ただ――ティフィアが一緒に行こうと言ってくれたときに壊した窓も鉄格子も直っているのが、少し残念だった。


「お嬢、今頃グラバーズに着いたんかな」

 もう会うことはないだろう。なのに思いを馳せてしまう。

 そうするとなんだか寒さを感じてしまった。


 この部屋はこんなにも空虚だったか、こんなにも寂しい場所だったか。

 ずっとここにいたはずなのに、今はどうにも居心地が悪い。


「ニアおばさん、来ないかな……」

 ベッドで寝る気にも椅子に腰かける気にもなれず、壁に背をつけてずるずるとしゃがみこみ、そのまま膝を抱えて丸くなった。

「………オレ、お嬢より弱虫じゃん」

 ぽつりと呟いた声はあまりにもか細く、誰に届くこともなくすぐに霧散して消えた。


 ――サハディ帝国で最後の会話をしたとき、ティフィアはもう、いつもの弱虫じゃなかった。

 変わろうとしていた。

 己で考え、己と向き合い、前を向いていた。

 それを――嬉しいと思うのに、どこかで否定している自分がいた。


 オレはいつだって矛盾ばかりかかえている。

 嘘ばっか吐いて、生意気なことばっか言って。それなのにオレは。それなのにお嬢は……―――。


「そんなところで何をしているんですか、リウ」

 ハッと沈みかけていた思考と共に顔を上げれば、部屋を開けたクローツ・ロジストが訝し気に見下ろしていた。

「ちょっと、お腹、痛くて」

 咄嗟に吐いた嘘を疑うことなく「ならベッドに横になっていなさい、薬を持ってきましょう」と体を引っ込めたので、慌ててもう大丈夫だと引き留める。


「用があって来たんでしょ。何、もう始めるん?」

「――そう思っていましたが、少し話をしましょうか」

「は、話……?」

 戸惑うリュウレイを置いて部屋に入ってきたクローツは椅子に座り、向かい側の椅子へ促してくる。

 何を考えているのか読めず、警戒しながらおずおずと座ると――彼は「旅はどうでしたか?」と尋ねてきた。


「は?」

「察しの良い君だ、いろいろと思うところがあったはずです」

「―――それ、聞く必要あるん?」

 その返しにふっとクローツが思い出したように笑う。ニアとクローツのやりとりを知らないリュウレイはなんで笑われたのか分からず困っていると、彼はすぐに表情を引き締めた。


「教会は手を出してきませんでしたか?」

「!」

 ローバッハ港町でのことを思い出す。

 短い時間とは言えティフィアがハーベストという神父と二人きりになったときのことを。そして救出しようとして教会の術式に干渉して、彼が複数の術式を展開していたことを。


「……あいつら、なんなん? 何者なわけ?」

「その様子だと、やはりちょっかいかけてきましたか。――相手はハーベスト・モチーフ、ですね」

「知ってるん?」

「僕はこれで女神教の信徒です。教会の幹部連中の名前と配属場所くらい知ってますよ」

「普通の信徒が知っている情報ではないと思うんだけど」


「君たちの動向を探るには教会の人間と手を組むのが一番ですから」

なるほど、今までの足取りはすべて教会から聞いて筒抜けだったわけだ。


「正直、教会はもっと率先して君たちに関わってくると考えていました」

「それは……お嬢の体質のこと言ってるん?」

「いえ、教会はそのことを知りません。――君と、アルニ・セレットのことです」

「―――オレと……お兄さん?」


 しかもクローツはアルニの姓を口にした。

「お兄さ――アルニのこと、知ってるん?」

「貴方たちの旅の動向人を調査しないわけにいきませんし、それに彼はレッセイ傭兵団の人間ですから」

「? なんで解散した一傭兵団のこと気にかけてるん?」

「少しばかり因縁がありまして。――彼の仲間から接触はありましたか?」

「接触というか……ニマルカっていう人には会ったけど」


 アルニのことを聞きに一緒に酒場へ行ったとき会った、酔っ払いの女性のことを思い出す。

 そういえば彼女がリュウレイを見て「リウルちゃん?」と口にしたこと、問いただすのを忘れたことも。


「“暴嵐の魔女”と…………そうですか。何か言われませんでしたか?」

「オレのこと見て、あいつ(・・・)の名前呼んだ」

「リウル・クォーツレイですか」

「……」

「彼女は勇者リウル・クォーツレイの幼馴染ですよ」


「え」

「だから彼の幼少期を知っている。似ている貴方の顔を見て、向こうも驚いたでしょうね。……さすがに勇者リウルの実弟(・・)である貴方の存在は知らなかったようですが」

「………………」


 故郷も家族のことも複雑な事情があるリュウレイにとって喜ばしい話ではないかと、少年のしかめっ面を見て判断したクローツは話題を変えることにした。


「そういえば彼女は魔法師なんですが、術式の構築という過程を必要としない魔法は羨ましいものがあります。魔道具を使ってカバーすることも出来ますが、いかんせん威力が出ないという問題がありますから」


「!――杖に術式ストックしててもそうだよね。簡易展開しても、どうしてもラグが出るん。魔術は展開するまでに必要な工程が多いのに対して、魔法は『精霊』によってその工程が必要ない……。

魔力を与えた分だけ威力上がるし、精霊の属性を上手く使えば術の幅も広がる。しかも魔法は同時にいくつも使えるっていう利点もあるん。

 それに魔術は“式”への理解と知識がないと使えない術もあるし、魔術師としてはやっぱり魔法師が羨ましくはあるよね!」


 でも万能性で言えば魔術の方が、と滾り始めて魔術談義に花を咲かせるリュウレイに、ふとクローツは疑問をぶつける。

「やけに魔法に詳しくなりましたね。彼女から聞いたんですか?」

 それにリュウレイは首を傾げた。「お兄さんから聞いたんだけど……」

 てっきりニアからそういう報告を聞いているかと思ったのだが、まぁいちいちそこまで言わないかと思い直す。


 案の定知らなかったらしい彼は「アルニ・セレットが魔法師?」と考え込むように顎に手を添えて俯く。

「……帝国内で魔法師が生まれた場合は報告義務があるはずだが、」

「え、お兄さんって帝国出身なん?」

 本人は記憶がないと、故郷を知らないようだった。だから傭兵団に拾われた場所――グラバーズが出身国じゃないかと疑っていたけれど。


「――――リウ、彼に関して他に情報はありませんか?」

 リュウレイの問いには答えず、更に聞いてくるクローツに――リュウレイは咄嗟に首を横に振った。

 そうですかと残念そうなクローツをよそに、リュウレイはなんだか自分が酷くマズイことを話してしまった気分に陥る。


 ……でもお兄さんは魔法師であることを隠してなかったし。


 そのとき、ふと帝国に戻る船の中でニアが話してきたことを思い出した。






「――ティフィア様とアルニは、本当にカムレネア王国で会ったのが初めてですよね?」

「? どういう意味?」

「あ、いえ……言葉通りに受け取ってください」


「初めてのはずだけど」

「………」

「何かあったん?」


 どう言葉にすれば分からないのか、ニアは何度も口を動かしては首を傾げてを繰り返す。

 最終的には首を振って、とりあえず話すことに決めたようだった。


「ナイトメアを止める前にティフィア様が呑み込まれたことは話しましたよね」

「うん」“呑み込まれた”というよりは“呑み込まれに行った”が正しいが。


「そのあと助け出しても意識が戻らなくて、そのときにアルニが来て―――ティフィア様は目を覚ましました」

「うん」

「――もっと正確に言えば……アルニが来たからティフィア様も戻ってきたように見えたと言いますか。いや、アルニが―――ティフィア様の意識を引き戻したというか、」

「ちょ、ちょっと待って、おばさん!………言ってる意味が全く分からないんだけど」


 本当に要領を得ない説明に白旗を上げると、自覚があるのかニアも考えるように唸り、それから何かを思い出したように「め」と口にした。

「め?」


「そう、そうです! 目ですよ! 瞳です! あのときアルニの瞳(・・・・・)が金色になって(・・・・・・・)―――それで何かを目で追うようにナイトメアを見てたんです!」

「瞳の色が変わったん?」

 そんなことあるのだろうか。

「分かりませんが、でもなんというか……すごくそれが自然なことのように思えたんです」

「自然?」

「ティフィア様がしたこともアルニがしたことも、当たり前のように違和感がなくて……………不覚にも魅入ってしまった自分がいたことが情けないというか」


 自然な流れ。

 あるべき形。


 ティフィアの体質。

 魔法師。


 無意識に答えが喉元まで出かかって、だけどそれは形になる前に霧散してしまう。

 分かりそうで分からない。


 ――いや、何かピースが抜けてるんだ。


「思えばティフィア様はアルニに結構心開いていましたし、ありえないとは思ったのですが――」




 そのときはリュウレイもとりあえず「ありえない」と判断したが、アルニが帝国出身だというなら――もしかすると会ってる……?

 だけどそれならお嬢が気付かないというのもおかしい。


 ――どちらにせよ、なんとなくこのことは誰にも話すべきではないと、考え込むクローツを前にそう感じた。



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