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タイムリープ芸人

作者: 蛍光灯海峡

 仕事というものには常になんらかのリスクが伴う。高い場所で仕事するとび職には落ちて大怪我するリスクがあるし、可燃性の原料を取り扱う仕事では火災に巻き込まれる危険性がある。


 さて芸人にとって最大のリスクとは何だろうか?自分が思うに、それは大勢の人間の前にしてスベり倒すことだと思う。


 スベる。言葉にすると全くたいしたことのない響きになるのだが、その実態は人間の精神を最も破壊する危険な状況だ。これホントに。

 

 そもそも皆様は大勢の人間を前にしてスベリ倒した経験はあるだろうか?ないという方は幸運である。よほど慎重な性格をしておられるのだろう。羨ましいね。


 人前で壮絶にスベった経験のあるウッカリ君なら理解できるだろうが、あれは許されざる罪人のような気持ちにさせられるものだ。いや実際問題、罪人である。いっそ牢獄に入れてもらった方が助かる気がする。人をそこまで追い詰めてしまうのが「大勢の前でスベった」という悲劇的なミスなのだ。



 ましてやテレビ画面の中でスベってしまった日には、数十万人、数百万人の前でスベリ倒してしまったも同じ。どうやってこれから社会生活を営んでいけばいいのだろう?誰か教えてくれ。


 皆を幸せにしようとしただけなのに!何故こんな罰を受けねばならないんだ。


 結果、皆を不快な気分にさせたあげく、思い出す度に冷や汗出まくりのトラウマが刻み込まれるというWの悲劇。これぞ「大怪我」。芸人には常にこの大怪我のリスクが伴うというのに、この仕事に危険手当など出やしないのだから悲惨。


 たとえ99回爆笑を取ったとしても、1回でもスベリ倒したらプラマイゼロである。いやむしろマイナスである。そんな気もする。俺が繊細すぎるのだろうか?他の芸人は人前でスベリ倒しても平気なんだろうか?


 本当のところは分からない。



 だが芸人を志した者は、どうあがいてもスベリ倒す経験から逃れることはできない。いかなる天才芸人であったとしても、1度たりともスベリ倒すことなく人生を全うことなど不可能であろう。



 あの人はスベってないって?そうかな。俺にはそう思えないな。それはきっと誤魔化すのが上手いだけなのだ。



 一番の保険はスベったことを笑いに転換してしまうことであろう。それには周囲からの温かいフォローが必要だ。その時に一番心強いの存在なのは相方という存在なのだろうが、俺のような孤高のピン芸人に、そんな慈悲は望めない。



 他にもスベったのを誤魔化すための悪質なテクニックは存在する。一番厄介なのは「人がスベったように見せかける」というものである。これは大御所芸人や、チンピラの如き蛮勇みなぎる芸人にのみ許されしテクニックなのだ。よくテレビを注意してみて欲しい。


 よくよく考えるとソイツがスベってるのに、力技で他人がスベってしまったように見せかける悪魔の技なのだ。全く芸人の世界というものは理不尽極まりない弱肉強食の世界だね。



 フォローしてくれる相方もおらず、人がスベったように見せかけられる地位の芸人でもない俺には、こんなお笑いの世界はあまりにも厳しすぎた。



 だが俺、ボイパ深夜特急は『スベリ知らずの爆笑ひな壇王』として現在の芸能界で頭角を現しているのである。信じられないだろう?


 正直言って、お笑いセンスは小学生以下だ。中学生でも俺より面白いやつは大勢いるであろう。だが俺には、お笑いセンスを補ってあまりある特殊能力がある。


 それは『スベリ倒したら、スベる10秒前にタイムリープできる』という奇跡の技。これがあるから無数の死地を超えていけたのだ。



 あの現象が初めて起きたのは舞台の上だった。相変わらず俺は舞台の上でスベっていた。5人しかいない客は苦笑いもしやがらない。



「ドュ・ドュ・ドュ・スチャ・パン・ドウッ!今は師走の12月!来年今頃24月!」


 

 『それ何が面白いのか?』と尋ねられると『怠けるな!そこは自分で見つけ出せ!』としか言えない。


 しかし最後の客が帰ってしまって0人になり絶望したその瞬間、神の力が発動した。

気がつけば帰ったはずの5人の客が目の前にいるのである。時計をみると時刻は舞台に上がる10秒前に戻っていた。



「一体何故……」



 謎めいた能力に戸惑った俺は、舞台の上で前回以上にスベり倒した。すると再び舞台にあがる前にタイムリープしてしまう。もちろん次もダダスベリ。そして累計86回のタイムリープを繰り返した上で、時空のループから脱出することができたのである。



「死ぬ……。助けてくれ」



 最後に笑いを取って地獄から脱出したわけなのだが、その瞬間を覚えていない。



「俺、どうやって笑いとったんだろうか?」



 何しろ86回もスベリ倒すという地獄を経験してしまったので、精神が崩壊しているのだ。後半はずっと舞台から逃げて外に脱出していたのだけれど、その度に舞台の上に戻されていくので逃げられなかった。


 先程は奇跡の技と書き記したが、実際は地獄の底を走る続ける技でもある。



 しかしこの地獄のタイムリープのお陰で、中学生以下のお笑いセンスしかない俺が、無数の失敗を乗り越えて現在の地位を築きあげることになっていく。今や舞台芸人を卒業してテレビタレントとして活躍するまで成功している。


 今もまた生放送の大喜利番組に出演しているんだな。大喜利は本当に苦手なんだけど。



『玉手箱を開けた浦島太郎はお爺さんになりませんでした?何故』



 このお題に対して



「開けた瞬間に死んだから」



 と答えて客と視聴者を引かせまくってる俺。実はこのお題だけでタイムリープ38回目である。全く38回もスベる地獄ったらないね。12回目なんては、回答席でブリーフ一丁になってみたが、これもスベった。


 いずれ受ける回答にたどり着くだろう。そして俺は無敗の爆笑王として君臨し続ける。誰も俺が地獄の底でスベリ続けていることを知らないのだ。

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