ハゲマッチョの勇者
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「合図があるまで絶対に動くな。たとえ誰かがくたばったとしてもだ」
「こおぉぉぉぉ」
岩蜥蜴の関節がにゅるんと伸びた。
これはスキルか。
棒手裏剣が眼球に深く突き刺さった岩蜥蜴は、シャーと独特の声を出しながらバタンバタンと駄々っ子のように暴れる。
アルとキモンが態勢を立て直すまで、俺が引き付けるしかない。俺は岩蜥蜴へ走り出す。
走り出して気付いた、ナイフがない。吹っ飛ばされた時に落としたらしい。
まだ、武器を持って戦うことにしっくりきていない。焦りと混乱から、ナイフのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
今更、探して拾うなんて時間はない。どうせ俺の腕だと、岩蜥蜴にたいしたダメージは与えられない。回避だけなら慣れた素手の方が良い。
俺は気持ちを切り替え、岩蜥蜴に接近する。もう片方の目に向かって、近距離から棒手裏剣を投げる。
岩蜥蜴は、首を振って目に飛んできた棒手裏剣を防ぐ。キンという音を立てて、岩にあたった棒手裏剣が跳ね返された。
さすがに警戒されている。棒手裏剣は防がれたが、自分の目を潰した相手が俺だと理解したらしい。
俺に敵対心が集まった。俺をターゲットと見なした岩蜥蜴が、襲い掛かってくる。
直線的だった首の動きは、伸び縮みしながらしなり、非常に避けにくい。俺は必死でかわし、かわしきれないときは腕で頭の方向を変えるために受けを行う。
空手の受けは、攻撃した相手の部位にダメージを与える受けも多いのだが、相手は岩だ。腕にガツンと骨まで響く衝撃がくる。
相手にダメージを与えるどころじゃない、逆にこっちの腕が持たない。
かわしたと思ったら、そこから首がもうひと伸びして噛み付いてくる。一瞬でも気が抜けない。
岩蜥蜴の攻撃は激しさを増し、頭を槌のように叩き付ける攻撃を繰り出してきた。
ブンと上から振り下ろされる頭。姿勢を低くしながらかいくぐるようにかわす。
ドン! と、地面に頭がたたき付けられる音が聞こえてくる。音だけで、まともにもらったら終わりだと理解できた。
岩蜥蜴は、頭を地面に叩き付ける反動を利用して、頭を振り上げた。予想外の攻撃に虚をつかれた俺は、反応が遅れる。
頭をかわせないと判断した俺は、迎え撃つことにした。
下から斜めに振り上げられた頭に掌底を合わせる。斜めの進路に下から真上へ向かうエネルギーをぶつけ、軌道を逸らすためだ。
ガチンと俺の掌底で跳ね上がった顎が強制的に閉じられ、歯と歯がぶつかる音がした。巨大な岩を押しているような感覚。
軌道の逸らしが間に合わない。
掌底を当てている左腕の筋肉がプチプチと千切れる。俺は歯を食いしばりありったけの力をこめた。
「うおおおおおおおお」
俺の掌底で軌道がそれ、目の前を岩蜥蜴の頭が通り過ぎて行く。頭を空振りし、無防備になった首に飛び付く。
太い首に腕を回し、何とかしがみ付く。
ブンブンと首が振られ手を離しそうになるが、なんとか耐える。少しずつ移動し、眼球に刺さった棒手裏剣をさらに押し込んだ。
またも暴れる岩蜥蜴。暴れる岩蜥蜴に飛ばされないようにしがみ付きながら、動きが鈍って来ると、棒手裏剣をグリグリ押し込む。
そうやって何度も暴れさせていると、さすがにスタミナが尽きてきたのか動きが緩慢になってきた。スタミナは削ったが、まだ油断はできない。
掌底の時に無理した腕が痛む。必死にしがみ付いてるので、腕や胸はパンパンに張っている。このままだと岩蜥蜴より先に俺がスタミナ切れしそうだ。
解決策が見当たらず、岩蜥蜴の首にしがみ付いたまま苦悶する。潰れていない方の目を潰そうとしたのだが、岩蜥蜴が異常に警戒している。
目に何かが近付いたと察知すると、尋常じゃなく暴れるのだ。今の状態で派手に暴れられるとしがみ付いてられなくなるかもしれない。
正直、もう一度岩蜥蜴の噛み付き攻撃をかわせる自信がない。生き残ったこと、それ自体が奇跡だった。
攻撃をするために首にしがみ付いたのではなく、安全な場所を求めて首にしがみ付いたのだ。暴れさせてもっとスタミナを削りたい、しかしこれ以上暴れられるとしがみ付いていられない。
ジリ貧状態でジレンマに苦しんでいると、気配察知に動きがあった。噛み付き攻撃をかわしているときは全く余裕がなかったが、今は少しだけ余裕がある。
気配察知に意識を向けると、キモンがこっそり岩蜥蜴の後ろに回りこんでいた。何をする気なんだ?
キモンはナイフを岩蜥蜴に突き立てた。岩だらけの体なのに、ナイフなんて刺さるのか? そう思っていると、岩蜥蜴がビクンと震える。
「GYAAAAAAAAAA]
耳が痛くなるほどの悲鳴を上げ、岩蜥蜴がのた打ち回る。俺は吹き飛ばされ、なんとか受身を取りながら体勢を立て直す。
めちゃくちゃ効いている! キモンはいったい何をやったんだ? そうか、あの位置は……。
普通なら警戒されて近付けない。
首にしがみ付いていた俺に意識が向いていたこと、スタミナが切れていたこと、本人は弓の練習ばかりしていたから苦手だと言っていたが、狩人のキモンは気配を消すこともできる。
条件が重なって攻撃が可能になったのだろう。そう、尻穴に……。
えぐ過ぎる、キモン恐るべし。のた打ち回っていた岩蜥蜴が動きを止める。目を見ると、完全に心が折れていた。
ゆっくりと動き、逃げ出そうとしているのがわかった。
まずい! どうにか動きを止めないと。でもどうやって? 俺が迷っていると、復活したアルが動き出した。
「うおおおおおお」
アルは盾と剣を放り出すと、岩蜥蜴の足にしがみ付く。知性的なアルが行った知性の欠片もないような泥臭い行為。
力で押さえ込むなんて無理だ。頭ではそう考えていても、アルの行動を見たときには、体が動いていた。
「「うおおおおおおお」」
もう作戦も糞もない。俺は岩蜥蜴の頭を脇に抱え、首を必死に引っ張る。キモンも足にしがみ付いて必死に力を入れた。
5メートルの蜥蜴との力比べ、勝てるはずがない。もうゴンズを呼んでしまえばいい。頭ではそう考えているのに体が動いていた。
俺たちが岩蜥蜴を押さえ込んでいると、岩蜥蜴の動きが止まった。
まさか力比べで勝ったのか? 理由なんてどうでも良い、今しかねぇ!! 俺たちの心はひとつになった。
「「「ゴンズ!」」」
「おう! まかせろ!」
ゴンズは黒鋼の斧を大上段に構え、太陽を背に岩から飛び降りる。
太陽の光を浴びた黒鋼の斧が光り輝く。2メートルのハゲマッチョが、俺には物語の勇者のように見えた。
「おらああああああ」
ゴンズの斧が、俺に引っ張られて伸びた首。普段は奥に仕舞われている、岩を纏っていない柔らかい部分に叩き付けられた。
ドカン! と激しい音が鳴り響く。ゴンズの斧が、地面を叩いた音だった。
数瞬遅れて、岩蜥蜴の首に赤い筋が入る。俺は脇に抱えていた頭を離すと、ゴトリと頭が落ちた。
ビクンビクンと痙攣する岩蜥蜴の体。やがて止まる痙攣。静寂が岩場を包む、俺たちは無言だった。
無言でお互いを見る。視線が交差する。キモンがポツリと言った。
「やったな」
「あぁ、やった」
「やったんだ、俺たちはやり遂げた!」
「「「「うおおおおおお」」」」
ハイタッチをし、肩を抱き合い喜びを爆発させる。
「やったぞ! レベルの壁を越えたぞ!!」
「できた、俺たちにもできたんだ」
「ぐぬうううう、うおおおおおおおん」
この世界に来て日の浅い俺は強敵を倒した感動ぐらいしかない。だが、長年レベル15の壁を越えられずにくすぶっていたゴンズたちは違う。
目に涙を浮かべ、喜びを爆発させた。いつもはクールなアルも、無口なキモンも大はしゃぎ。ゴンズなど大号泣である。
この幸せな空気にいつまでも浸っていたかったが、そうもいってられない。
岩蜥蜴の縄張り内なので、他のモンスターが襲撃してくる可能性が低い。とはいえ、血の匂いに誘われないとも限らない。
俺たちはゴンズ以外ボロボロだ。これ以上の戦闘は行えない。気持ちを切り替え、簡単な治療をした後、解体作業に入る。
そういえば俺のナイフはどこにいったんだ? ぱっと見渡しても見つからない。
「あっしのナイフを知りやせんか?」
ゴンズがいるときは自然に出るようになった下っ端しゃべりで尋ねると、キモンが岩蜥蜴を指差した。
どういうことだ? よく見てみると、指は岩蜥蜴の後ろの方を指している。まさか……。
俺は岩蜥蜴の後ろに回ると尻穴を確認する。大量の血が、尻穴から流れ出ている。もしかして、ナイフを中に置いてきたのか?
そりゃ、力が入らないわけだ。切れ味抜群のナイフが尻穴に残っているのだ。
踏ん張りなど利かないだろう。俺たちが岩蜥蜴を力ずくで押さえ込めたのも、この置き土産のおかげらしい。
なんだろう、この微妙な気持ち。これのおかげで助かったんだけどさ……。
獲物を解体するとき、排泄物が付かないように、肛門からグルリと直腸を傷つけないように解体することもある。
別に尻穴ぐらいなんてことないはずなのに、尻穴の中に丸ごと突っ込まれると、何ともいえない気持ちになる。
俺の愛器が穢されてしまった。