ホブゴブリンとの死闘
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
俺は完全に野人と化していた。
身長百八十センチほどのガッシリとした緑色の戦士、ホブゴブリンだった。
籠に草を入れている人間の女性だった。
「いやあああ、ゴブリン! 見たことないゴブリン!! 誰か助けてええ」
「誰がゴブリンじゃい! 落ち着け村娘、少し格好は変わっているが俺は人間だ」
「人が第一村人との交流を楽しんでるってのに無粋なホブゴブだな」
「ごがああああああああ」
ホブゴブさんが殺るき満々で襲い掛かってきた。
雑な袈裟斬りをダッキングでかわしながら踏み込み、ホブゴブの右の脇腹に左のボディーフックをねじ込んだ。
人間なら肝臓打ちになるのだろうが、ホブゴブの臓器などわからない。だが脇腹で筋肉が薄いので攻撃をした。
固い、拳を痛めるかと思った。っていうかあんまり効いてねぇ。
接近戦でロングソードがうまく使えないホブゴブは、無理やりロングソードの根元付近で俺に攻撃しようとする。
モーションがでかい、かわすのは簡単だ。スピードは速いが、起こりがわかりやすい。
薙ぎ払うようにロングソードを振って俺を攻撃してきたが、姿勢を低くしてかわす。空振りした相手の肘に少し手を添えて、力を流すだけで隙だらけになった。
素手の間合いだと、柄なんかで殴られる方がよっぽど怖い。空振りをして、隙だらけになったホブゴブの股間に膝蹴りを突き刺した。
メリっと膝からいやな感触が伝わってくる。潰れはしなかったがさすがに効いたらしい。前かがみになったホブゴブの顔面に、全身のバネを利かせた頭突きをお見舞いした。
頭がめちゃくちゃ痛い、顔面固すぎるだろホブゴブ。飛び膝蹴りに続き、連続で鼻に強打をくらったホブゴブは鼻を押さえ痛みに声を上げた。
ダメ押しとばかりに、もう一度金的を蹴り上げた。グチュっと潰れる感覚と共にホブゴブの悲鳴が響いた。
「ぎゃおおおおおお」
股間を押さえ、苦痛に呻くホブゴブリン。
「シッ」
短く息を吐きながら、ホブゴブの左目に右の人差し指を突き刺す。
「ぎゃがあああああ」
ホブゴブが再び悲鳴をあげる。
片目を潰した、これでかなり有利になった。そう思った瞬間、ホブゴブは予想外の攻撃を繰り出してきた。
武器を捨て素手で襲い掛かってきたのだ。素手の攻撃が届く超接近戦では武器は逆に邪魔になると判断したのか、両手をむちゃくちゃに振り回す。
潰れた片目の死角を補うためなのか、やたら滅多に腕を振りまわす。
今までの分かりやすい攻撃ではなく本人? 本ゴブすらもどこを攻撃しているのかわからないであろう我武者羅な攻撃だった。
武器一本が両腕になり、視線も予備動作も読めない。むちゃくちゃな軌道で繰り出されるホブゴブの攻撃を捌ききれず、頭に一撃もらってしまった。
とっさに肩でガードしたのだが防ぎきれず吹き飛ばされる。
「つううう」
キーンと耳鳴りがする。景色が歪む、ズキンズキンと頭が痛んだ。力の入らない足を無理やり動かし、何とか起き上がった。
「ごがああああ、ごあ、ごあ、があああああ」
起き上がった俺をホブゴブの野性の連撃が襲う。左の拳を死角の右方向に移動しながら軸をずらし避ける。
ふら付く体に鞭を打ち、潰した左目の方へ死角の方へと体捌きをしながら受けていく。
ホブゴブの剛力相手だとたとえ三戦や騎馬立ちでも正面からは受け止められない。
受け流し、軸をずらす。死角へと回り、体のダメージが回復するまで必死にホブゴブの攻撃を受け流した。
恐らくは短い時間。俺には永遠とも思える長い時間。ホブゴブの猛攻を受け流しながら、少しずつ足に力が戻ってくるのを感じた。
このままではジリ貧だ、反撃しなくては。ホブゴブの攻撃をただかわし、流すという防御から、攻撃をかわし、その進行方向に押してバランスを崩させる受け流しへと移行する。
隙を作りながら、ホブゴブの膝を狙いコツコツとローキックを当てていく。こっちは一発もらえば終わり、ホブゴブは何発でも耐えられる。なんてクソゲーなんだ。
神経をすり減らしながらコツコツとローキックを当てていく。攻撃を回避しながらなので後ろ重心になってしまい、あまり威力は出ないが、コツコツと当てていく。
ホブゴブの足は太くて硬い。蹴る俺の方もかなり痛い。ホブゴブと俺の我慢比べは続く。
バランスを崩させる受け流しからのローキック以外にも、左ジャブからの右ロー所謂、対角線コンビネーションを織り交ぜる。
スイッチして右ジャブからの左ロー、受けからのローとしつこくペチペチと当てていく。
ジャブは潰れた目を狙い、痛みとダメージの蓄積を狙う。空振りによるスタミナ切れと、ローキックのダメージでホブゴブの動きが鈍ってきた。
ホブゴブは、あきらかにローキックを嫌がるようになった。ホブゴブもジャブの後にローが来ると学習し、足を上げてローをカットしだした。
ジャブを放ちハイキックを放つ。下に意識を向けさせて上を蹴る。格闘技の典型的な攻撃パターンの一つだ。
しかし、ホブゴブに格闘技の知識などないだろう。全身のバネを利かせた渾身のハイキックが、ホブゴブの顎に炸裂した。
ぐらりとホブゴブの体が揺れ前のめりに倒れる。足に残る確かな感触が、勝利を予感させた。
倒れてくるホブゴブの頭が俺に接近した、その瞬間。ホブゴブは踏みとどまり、今まで一度もしてこなかった攻撃、噛み付きを俺に仕掛けてきた。
渾身の蹴りで体勢を崩したこと、勝利を予感させる手ごたえを感じ、迂闊なことに残心を忘れ一瞬気を抜いてしまったこと。
体勢と心の隙を付かれ俺は、反応が遅れた。それでも何とか身をよじり首筋を狙った噛み付きをかわす。
首からは攻撃をそらせたが、左の肩に思い切り噛み付かれてしまった。
「ぐああああああ」
刃物を突き立てられたような鋭い痛みが襲ってきた。その後、メキメキと骨の軋む音がする。
ホブゴブの咬合力は骨を砕くほど強く、鋭い痛みの後に鈍い痛みが俺を襲う。痛みに耐えながら俺は右手の中指を立てた。
「フ〇ックユーだ、クソ野郎」
そう言ってホブゴブの耳の穴に中指を突き立てた。ホブゴブの噛む力が一瞬弱まった。それでも噛み続けてくる。
俺の左肩の骨は悲鳴を上げ激痛が俺を襲う。俺も負けじと中指をさらに押し込む。メリメリメリと噛まれた肩と押し込む中指から嫌な音が聞こえてくる。
突き立てた中指が根元まで入った。その指を乱暴にぐりぐりと動かし脳をかき混ぜる。ホブゴブは噛み付きをやめ、前蹴りで俺を蹴り飛ばした。
背中から木に叩き付けられ肺の空気が搾り出される。苦しさと肩の痛み、体のダメージから意識が遠のいた。
今気絶したら死ぬ、俺は何とか体を動かし、気付けの激辛トウガラシを口に入れた。普段は一齧りだけなのだが一本丸ごと口に放り込んだ。
口の中に溶岩を流し込んだかと思うほどの熱さと痛み、涎、涙、汗、体中の体液が噴出し、意識が覚醒する。
ポロポロと涙を流しながら体に鞭を打ち起き上がる。
噛まれた左肩からは激しく出血し、感覚はほとんど無かった。右手の中指を耳に突き刺したまま吹き飛ばされたので、中指は折れ逆方向を向いていた。
肋骨も痛む、折れて肺に刺さってないのが救いか。ホブゴブも脳を損傷したのか平衡感覚に狂いが生じたらしい。
うまく歩けないようで、ふらふらと揺れながらこっちに歩いてくる。ダメージを受けてもホブゴブの心は折れなかった。
それどころかますます怒りを滾らせ、ぞっとするような血走った眼で俺を睨み付ける。俺は弱気にならないよう、心を強く持ちありったけの勇気をこめてホブゴブを睨み返した。
ゆらゆらと足元が定まらない歩みでホブゴブが近付いてくる。彼我の距離が近付きホブゴブの間合いに入る。
ホブゴブが腕を振り上げ俺にとどめの一撃を繰り出そうとしたその瞬間。俺は肋骨の痛みに耐えながらキュっと胸に力を入れ、赤色の液体を霧状にブフーと噴出した。
「ぐぎゃああああ」
激辛トウガラシ汁がホブゴブの無事だった右目にかかる。目を押さえ動きが止まったホブゴブに攻撃を仕掛けた。
わずかな距離だが助走をつけ、体のバネを使い飛び上がる。
「うおおおおおお」
乾坤一擲。俺の全てを掛けた、魂を燃やし尽くすような一撃。右の膝を振り上げ、右の肘を振り下ろす。
ホブゴブの頭を膝と肘でサンドした。ぐしゃりとホブゴブの頭が潰れる感触。全身全霊を掛けた一撃を放った俺は、着地もできず地面に倒れる。
何とか体を起こそうとするが、指がプルプル震えるだけで動けない。血を流しすぎたか、視界が滲み意識が薄れていく。
このまま死ぬのか、そう思ったとき声が聞こえた。
「ゴブリンさん、どこですかゴブリンさん」
村娘の声が聞こえた、俺はここだ! そう声に出そうとしたが無理だった。
薄れゆく意識の中で少し遠くに人型のシルエットが見えた。そう思った瞬間に俺の意識は闇に包まれた。
用語解説
ダッキング
上体を屈めて攻撃をかわす、ボクシングの防御技術の名称。
起こり
攻撃の始まり、予備動作など。
金的
股間にある男性の急所。陰茎ではなく睾丸の事を指す。
三戦
空手の構えの一つ。同名の型もある。、グラップラー〇牙に登場する空手家が使ったことで有名になった。
騎馬立ち
空手の構えの一つ。肩幅の倍ほど足を広げ、腰を落とし踏ん張る。踏ん張りの利く構えなので、衝撃を受け止めやすい。
ローキック
空手では下段回し蹴りという。自分のスネで相手の太ももや膝などを狙う蹴り技。
ハイキック
空手では上段回し蹴りという。上足底、足の甲、スネなどで、相手の頭部、顎、首などを狙う蹴り技。
残心
相手がどんな状態でも心を残す。油断せず、しっかり止めを刺す事。平和な時代になるにつれ、相手を倒しても油断しない事に解釈が変わった。