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野人転生  作者: 野人
欲望の都市
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さてと、今日も頑張りますか!

コミック十巻、発売中です!

あとがき下のバナーをクリックして頂くと、販売リンクに飛べます。

よろしくお願いいたします。

 はしゃぐ子供たちの元気な声が響く中、俺はちらりと時計に目をやる。


 そろそろ時間だな。


「もうすぐ時間だぞー!」

「「「「はーい」」」」


 子供たちの返事が道場に響く。


 騒いでいた子供たちは慌てながら荷物を片付けたり、水分を補給している。


 しばらくすると、子供たちの準備が終わり整列を始める。


 俺はすっと腰を落とすと、正座で背筋を伸ばす。


 それを見た子供たちも、俺に習い正座をする。


 さっきまで騒がしかった道場が静寂に包まれ、かすかな緊張感が漂う。


 俺が号令をかけようとしたそのとき、子供たちの声が再び響いた。


「あー、パピーちゃんだ!」

「かわいい!」

「わー!」


 俺は首を回して後ろを見ると、パピーが道場の入口に立っている。


 なんでパピーが? まぁいいか。


「パピー、今から練習なんだ。危ないから、端っこでおとなしくしていてもらっていいかい?」


 俺がそう尋ねると、パピーは「わん!」と元気よく返事をして道場の隅にちょこんと座った。


「みんな、静かに! 練習を始めるぞ」


 俺がそう言うと、騒がしかった子供たちが静かになった。


 皆が静まり集中しているのを確認してから、俺は号令を掛ける。


「今から練習を始めます! 礼!」


 ゆっくり頭を下げ息を吐く。息を吐き終わると、ゆっくりと息を吸って頭を上げる。


 礼の動作が終わった後、子供たちを見つめながら「よろしくお願いします」と挨拶をした。


 頭を下げながら挨拶をする道場もあるが、呼吸が乱れるためウチの道場では礼の後挨拶をする。


 子供たちもそれに習い、礼が終わった後元気よく挨拶をしてくれた。


 生意気なクソガキや親に無理やり空手を習わされ無気力な子もいたが、今では真剣に練習に取り組んでくれている。


 俺が指導するのはもったいないほど、いい子たちだ。人に恵まれた喜びと、少しの申し訳なさを感じつつ意識を切り替える。


 さぁ、練習を始めよう。




 練習を見ていると、パピーに気を取られて集中しきれていない子供たちがちらほらといる。


 自分のクソガキ時代と比べたら集中できている方だとは思うが、まだ子供なのだ。そこら辺は仕方がない。


 俺は怪我がないように、集中しきれていない子供たちをいつもより注意してみることにした。


 つつがなく練習は進み、組手の練習に入る。


 怪我の後遺症と老化で、年々組手の相手が厳しくなっているのを嫌でも実感してしまう。


 今戦っている高校生は筋が良い。


 まだ判断に荒いところはあるが、素晴らしい反射神経でミスをカバーしている。


 もう二、三年もすれば勝てなくなるのではないだろうか。


 彼の若さが、少しだけうらやましい。





 休憩時間になり、水分を補給していると道場の出口に意識が引っ張られた。


 そちらに目をやると、パピーが道場から外へと出ていく。


「パピー、どこに行くんだ?」


 そう言いながら、俺はパピーの後を追った。


 パピーは道場を出ると、どんどん先に進んでいく。


 不思議なことに、道場から出た先は何も無い空間になっていた。


 何もない空間の先に光があり、パピーはその光へと進んでいく。


 待ってくれ、パピー! 俺は慌てて道場を出ようとするが、一歩が踏み出せない。


 まるで金縛りにあったように足が動かない。


 くそ、なんで足が動かないんだ! 俺はありったけの力を込めて、足を動かそうとする。


 でも、駄目だ。


 さっきと同じ。俺の足はまったく動いてくれない。


 このままでは、パピーが行ってしまう。


 言いようのない不安に襲われた俺は、半狂乱になりながら足を動かそうとする。


 そんなとき、後ろから声が聞こえた。


「野崎先生、行っちゃうの?」


 その声に、俺の動きがピタリと止まる。


 そうだ、子供たちがいる。でも、このままじゃパピーが!


 なぜかはわからないが、俺は前に進まなくてはならない。


 その思いだけが、俺の心を突き動かす。


「あぁ、ごめんな。先生、行かなくちゃいけないんだ」


 歯を食いしばり、なんとか言葉を絞り出した。


 そして、足が一歩前に進む。


「そっか、先生。さようなら」

「先生、バイバイ!」

「ヤジンのおっちゃん、頑張れよ!」

「師範、お疲れさまです」


 子供たちの声を背中に受けながら、俺は一歩一歩前に進む。


 歯を食いしばり、涙を堪えながら前に進む。


 後ろは振り返らない。


 もう少しで光へ届く、そんなとき。


 俺の耳に、一番聞きたくて、一番聞きたくない声が聞こえた。


「野崎くん、元気でね」


 館長の声だった。


 涙が地面を濡らす。


 我慢の限界だった。とてもじゃないが、我慢できない。


 いろいろな感情が駆け巡る。


 あなたに教わった空手でなんとか生き抜くことができました。ありがとうございます。


 あなたに教わった空手で人を殺してしまいました。申し訳ありません。


 感謝も、謝罪も、次から次へと湧いてくる。


 しかし、俺の唇は震えるばかりで声にならない。


「野崎くん、君はこれからも大変な思いをするかもしれない。君が幸せを望むことで、他の誰かが不幸になるかもしれない。だけどね、私は君の幸せを願うよ。他の誰でもない、君の行く末に幸多からんことを祈っています」


 俺は、ボロボロと涙をこぼしながら後ろを振り向くことなく頭を下げる。


 後ろを振り向いてしまえば、子供たちや館長の顔を見てしまえば……前に進めなくなってしまうから。


「押忍! ありがとうございます!」


 俺は短い言葉に、ありったけの感謝を込めて腹の底から声を出す。


 涙はもう流れない。その代わり、『熱』が俺の胸を満たしていた。


 さぁ、進もう。


 パピーの待つ、あの光へと。


 もう迷わない。後ろは振り返らない。


 俺は覚悟を決め、力強く光へと足を踏み出した。







 目を開けると、まぶしい光を感じる。


 光に目が慣れてくると、そこにはいつもの景色が写っていた。


 いつもの部屋? 頬を触ると、そこには涙の痕が残っていた。


 あぁ、夢か……。


 都合の良い夢なのは理解している。それでも、胸に残っていたもやもやはすっかり晴れていた。


 完全に割り切ったとは言えないし思えない。


 それでも、少しは前に進めたのだろうか?


 少なくとも、今の気分は悪くない。


 ありがとう、さようなら。


 そう小さくつぶやくと、腕の中で寝ているパピーをそっと撫でた。


 さてと、今日も頑張りますか!


 俺はベッドから起き上がると、顔を洗うための準備を始めた。

カクヨム様で先行公開。

こちらも、よろしくお願いいたします。


https://www.kadokawa.co.jp/product/322312000758/


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連載を再開して頂けて嬉しく思います。 これからも無理の無いペースで執筆を続けてください。
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