静かに眠れ
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デニスはガキの管理を引き受けた。
イグナーツとのいざこざは何だったのだろう? そう思えるほど、あっさりとしたやり取りだ。
仕事を任せた手前、しばらくは気に掛けてやる必要がある。カールもそれとなくフォローしてくれるようだ。
懸念事項は片付いた。とりあえず、宿に帰ってゆっくりしよう。
とりあえず外見にハッタリを効かせて、何人かを血祭りにすれば俺を舐めるやつも少なくなるはずだ。
しかし、雑魚をいくら始末しても意味はない。だが、強すぎる相手だとこっちのリスクが高い。
ほどほどの、いい感じのやつが俺に殺されてくれないだろうか? そんな都合のいい展開が何もせず転がり込んでくるはずがない。
はぁ、ほどほどの規模で抗争でも起きねえかな。
そんな物騒なことを考えながら歩いていると、いつもの宿についた。
ここも長くなったな。すっかり帰る場所として認識してしまっている。
サービスは問題ないし、泥棒の心配もしなくてすむ。
どこぞに家を借りて、パピーと住むことも考えていたが……結局、ズルズルと先延ばしになっている。
このままここに住んでいてもいいのではないだろうか? まぁ、宿側からしたらすぐ出て行ってほしい嫌な客だろうけど……。
扉を開けると、パピーが見当たらない。
部屋に一歩入ると、右後方から小さな物体が飛びかかる気配がした。
慌てて屈みながら左足を一歩踏み出しくるっと反転。サウスポーにスイッチしながら後ろを向く。
奇襲をかわされたパピーは、いたずらっ子丸出しの顔で嬉しそうに尻尾を振っている。
『よけた! やじんすごい!』
そんな感情が回路から伝わってくる。
パピーの気配隠蔽、俺よりうまくなってねえか? それに、どうやって天井に張り付いていたんだ? NINJAかな? まったく、末恐ろしいぜ。
俺はパピーを拾い上げると、パピーもすごいぞ~! と、わちゃわちゃと頭を撫でる。
「わふわふ、ひゃんひゃん」
嬉しそうなパピーの鳴き声と、手に伝わるもふもふした感触。
ささくれだった心が癒やされていく。パピーの癒やし効果はとんでもねえな。
パピーをモフりながら癒やされていると、回路を通じてパピーが少し困惑していた。
『やじん、なんかへん?』
「あん? なんかへんって、そりゃ俺はいつも変だけどよ……」
『いつも、へん? いつもへんかも!』
俺の返答に納得したのか、パピーはリラックスして俺のナデナデを受け入れてくれる。
おい! そこは否定してくれや! 俺は苦笑いを浮かべると、だらしなくベッドに寝転んだ。
胸に抱いたパピーを撫で続けていると、満足したのかパピーは俺の腕から抜け出して壁にある柱に体を擦り付けている。
俺の匂いを柱に移しているのだろうか? 加齢臭がキツイから拭っているとかじゃねえよな……。
そうだったら、ちょっと泣くかもしれねえ……。
それにしても、冒険者のヤジンはお優しい。
前世でガキに優しいのは美徳だったが、この世界じゃそうとも言えない。
いや、優しいと言うにはひどく歪だ。
こうして、思考を分離したからこそ見えてくるモノがある。
冒険者のヤジンは……アイツは道場の子供たちに恥じない生き方を、子供たちに嫌われない生き方を、そんな風に思っている。
道場の子供たちは、アイツの前世での倫理観の物差しであり価値基準の根幹だ。
前世で人との関わりが薄かったアイツが、唯一触れられた社会との接点。生意気だが、純真な子供たちにアイツはいつも救われていた。
その思いが、子供たちへの歪な執着へと繋がっている。
だけどな、ヤジンよ。
お前はもう、とっくの昔に人殺しなんだぜ。
子供たちに嫌われる? 子供を大切にしないといけない?
子供たちに倫理を説いた口で人を罵っておいて?
身を守る術として、心身を向上させるための鍛錬として鍛えた技で人を殺しておいて?
子どものために殺さないでくれと懇願した冒険者を殺しておいて?
今更どの面して、子供たちのために! なんて言えるんだ。
お前、認識が歪んでいるぜ。
あぁ、そうか。
ヤジン、お前とっくの昔に壊れてたんだな……。
そういった矛盾に気付かないほど、お前の価値観はぐちゃぐちゃになっちまってたのか。
それにお前、まだ諦めてなかったんだな。
もしかしたら転生前に戻れるかもしれない、そう思っていたんだな……。
そして、受け入れてほしかったんだ。
館長や道場の子供たちに。自分にもまだ帰る場所があるって思いたかったんだな。
馬鹿が。
帰れるわけねえだろ。
受け入れてもらえるはずねえだろ。
前世の文明的な生活も、人間関係も。
お前は全部失ったんだよ。
そして、新しい世界で生きるためにお前は変わっちまったんだ。
もう、元には戻れない。
人は簡単には変われない、それと同じだ。一度変わってしまえば、簡単には戻れない。
死にたくないから変わったくせに、帰ったら昔のように受け入れてほしい? なんて都合のいい考えなんだ。反吐が出るぜ。
なぁ、ヤジン。
お前がガキに執着しているのは、ガキを守りたいからじゃない。自分が帰る場所を守りたいだけなんだ。
いい加減、甘い考えは捨てろ。
暴力に酔わないためなんて、クソみたいな言い訳で自分を騙すな。
気付いているだろ? お前はもうとっくに暴力をコントロールしている。
自分より圧倒的な暴力を持つ人間に屈服して、その庇護下で暴力を道具として立派に使いこなしているじゃないか。
ラノベにありがちな、強大な力に酔うなんてあり得ないんだよ。そんなこと、お前が今まで経験してきた出来事が許さないんだよ。
いい加減、自分を騙すのは止めろ。
辛いんだろ? 帰りたいんだろ? 今が嫌なんだろ? だから、『俺を作った』んだろ?
いんだよ、もう。
無理するな。
後は俺に任せろ。
これからは、誰も傷つけなくていい。自分に嘘を吐かなくてもいいんだ。
現実なんて受け止めなくていいんだ。
俺が、代わりに全部やってやるよ。
だからな、ヤジン。
嫌なことも、辛いことも忘れて……静かに眠れ。
カクヨム様で先行公開。
こちらも、よろしくお願いいたします。
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