これだから人間社会ってヤツは……
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イグナーツとの話し合いは順調に進んでいた。
スリ集団の運営を任せると言われたイグナーツは嬉しそうだったし、野心を滾らせ目をギラギラさせていた。
しかし、組織の具体的な運用を話す段階で変にこじれてしまったのだ。
俺は子どもたちをなるべく丁寧に扱うように言った。特別扱いをしろといったのではなく、使い捨ては効率が悪いから気を配れと理由もしっかり伝えた。
人材は有限で、人間は成長するのに時間が掛かる。スリの技術を学ぶのにも、人間関係を構築するのにもそれなりの時間とコストが掛かるのだ。
使い捨てにしては効率が悪い。
舎弟を組織的に運用しているイグナーツなら、すぐに理解してくれると思っていた。
ところが、だ。
イグナーツは良くも悪くもスラムからの叩き上げだった。
厳しいスラムの掟。弱肉強食が彼の価値観に強く根付いていたのだ。
使い捨てにしても子どもたちは次から次へとスラムへ供給されるし、厳しい環境だからこそ強者の選別になる。
強者が弱者を気に掛ける必要はない。そのような運用は承知しかねる。
イグナーツは、そう言って譲らなかった。
彼の主張も理解はできる。
スラムの孤児だった彼は、俺が想像もできないほど過酷な環境を生き抜いてきたのだろう。
スラムを生き抜いた経験が、緑の正式な構成員にまで上り詰めた成功体験が、イグナーツを意固地にさせていた。
話は平行線をたどり、虚しい時間だけが過ぎて行く。
話し合いに疲労を感じた頃、俺はあることに気付いた。
ふぅと短く呼吸すると、パチンと耳元で指を弾く。
俺は椅子から立ち上がると、両手を広げ笑顔でイグナーツに近付いていく。
「イグナーツ、おめぇの気持ちはよくわかった」
「いえ、こちらも熱くなってしまいました。申し訳け」
冷静になったイグナーツが謝罪を述べている瞬間、俺は踏み込むと左のショートアッパーを肝臓にぶっ刺した。
アッパーカットと空手の下突きの中間軌道。
上にカチあげるのではなく、ナックルを突き刺す打ち方。
グローブを付けた拳で肝臓に左のフックを食らうと、内臓をハンマーで殴られたような感覚がある。
重い鈍器でドスン! と腹部を殴られるイメージだ。
それと違い、この突き刺すような打ち方は『素手ならではの技術』である。実戦を想定しており、上半身裸のボクシングとは違い分厚い服の上からでも突き刺さる。
グローブを嵌めた肝臓打ちがハンマーなら、こっちはアイスピックで肉の薄い脇腹をぶっ刺す感じだ。
スラムを生き抜いたイグナーツでも、ここまで力の集約された拳を肝臓にくらったことはないはず。
突き刺さった左拳から、イグナーツの肋骨が折れる感覚が伝わってくる。
今まで味わったことがない痛みと内臓からくる不快感を耐えきれず、イグナーツは声にならない空気を漏らしながら腹を抑えてうずくまる。
俺は少し立ち位置を調整すると、イグナーツの顎をサッカーボールキックで蹴り上げた。
ガキッ! という音とともに、イグナーツの顎が跳ねる。
しこたま脳を揺らされたイグナーツの意識はぶっ飛び、まるで土下座をしているかのようにドチャリと地面に崩れ落ちた。
俺はナイフを抜いて、イグナーツの後頭部に突き刺そうとして――。
「ヤジンさん」
カールの声が室内に響く。
俺は視線をカールに移した。
カールが静かに左右に首を降る。
それを見て、俺はナイフをしまった。
上に逆らった人間を生かしておく必要はない。
しかし、今は色々とトラブっていて忙しい。
イグナーツは俺に舐めた態度を取ったが、こいつが『使える』ことは変わらない。
今は殺すより、使い潰す方が正解か。
俺は気絶しているイグナーツの奥エリをムンズと掴むと、扉へと歩いていく。
扉を乱暴に開けると、リビングにたむろしている構成員にイグナーツを投げつけた。
「うわぁ!」
「ちょ、ヤジンの兄貴!」
驚いて声を上げる構成員を睨むと、俺は懐から金貨を一枚だして親指で弾く。
「その馬鹿を治療してやれ。それから、そいつが目を覚ましたら言っとけ。次舐めたことぬかしやがったら、てめぇもてめぇの知り合いも全員『喰う』ってな」
俺は不機嫌さを隠しもせず、巻き込まれた構成員たちを睨みつける。
「は、はい。わかりました!」
「おい、いくぞ」
「あぁ、まってくれ!」
危機察知能力の高い構成員たちは、気絶したイグナーツを抱えると逃げるように部屋から出ていった。
くそ、上手く行かねぇな。
ガキどもを任せるヤツを決めるどころか、金貨一枚損しちまった。
これが中間管理職の悲哀ってやつか……。
まったく、これだから人間社会ってヤツは駄目なんだ……。
自分でも何目線かわからない愚痴を吐きながら、俺は小さく溜息をこぼした。
カクヨム様で先行公開。
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