新装備の試着 前編
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
パピーにはお留守番してもらうことにした。
黒にほんの少しだけ赤みが足されたレザースーツ。
「急かすようで悪いけど試着してみておくれ」
俺は新装備に袖を通すことにした。
装備を着るため、俺は下着姿になった。
多くの期待と少しの不安が入り混じる複雑な感情が湧き上がってくる。迷いを振り切りいざ新装備へ。
レザースーツの首部分をぐいっと横に引っ張り、一気に足を奥まで通した。
スーツの内側の感触は、鶏皮のぶにゅりとした感触と、おもちゃにあるスライムのヌルッとした感触の中間に近かった。
少しの抵抗というか引っかかりを感じるが、強く押し込めばしっかり奥へと侵入できる。
ただ、表面の材質というか皮質がつるつるしていてとても掴みにくい。
そのことを告げると、エマさんが砂蜥蜴の手袋を持ってきてくれた。
摩擦力が強めに調整された砂蜥蜴の手袋を使って、なんとかレザースーツを引っ張る。
両足が通り、胴体部分を通すときにそれは起こった。
首周りの部分は他に比べて細くなっている。いくら俺の首が太いとは言え、胴体に比べればスリムだ。細い首周りの部分が、胴体部分を強く締め付ける。
多少窮屈だとか、締めつけ感が不快だとか、そんなレベルじゃない。
シンプルにクソ痛い。
痛いのですぐに装着を完了したいのだが、皮膚に食い込むほどぴっちりした状態でレザースーツを上にずらすのは困難だった。
表面をつまんで少しずつ上に伸ばすのだが、表面がつるつるしているため非常に掴みづらい。
砂蜥蜴の手袋を装備していてこれだ。素手なら、装着は不可能だと思う。装着に苦戦している間に、首周りの細い部分が胴体をギューギューと締め付ける。
どのぐらい時間がたっただろうか? おそらく10分以上は苦戦していたはず。なんとか胴体部分を通過して、腕を通すところまでやってきた。
胴体の締付け、うまく着れないストレス。慣れない体勢での作業も合わさり、俺はへろへろの汗だく。
腕を通す作業に嫌な予感しか感じなかったが、これはテストだ。しっかり試して、修正点を明確にしなくてはならない。
俺は気合を入れて、一気に左腕を通す。
多少抵抗を感じたが、力ずくで押し通した。左腕を通したレザースーツはたすき掛けのようになり、俺の右脇辺りをこれでもかと締め付ける。
「いだだだだだ。無理! これ無理です。抜けない。た、助けて」
俺が悲鳴を上げると、ベンとエマさんが慌ててレザースーツを脱がそうとする。
しかし、ぴっちり皮膚に食い込んだスーツはなかなか外れない。ベンとエマさんが苦労しながら装備を脱がすまで、工房に俺の情けない悲鳴が響き続けた。
最初の試着はレザースーツの締め付けに完全敗北。
新装備への期待は全て吹き飛び、俺は『今までにない新しいモノを作り出す』という作業の難しさを痛感していた。
水泳界で革命を起こした高速水着。噂では装着に30分も掛かったと言われている。多少大げさに言われているかもしれないが、ピッチリした装備というのはそれだけ着るのが大変なのだ。
もう少しだけ遊びを持たせるよう調整することに決まったが、根本的な問題は解決していない。まさか、ここまで着用が大変だと思わなかった。
俺たちは話し合い、色々な案がでた。
首周りをもっと柔軟性のある素材にする。首の部分は巻きつけるタイプの別装甲にする。トイレの問題もあるので、いっそズボンと上着で分けて装着するようにする。などなど、様々なアイディアがでた。
しかし、どれも一長一短。なんなら、デメリットの方が多い。
首には頸動脈など、急所が集中している。できるだけ防御力は持たせたかった。別装甲にすると、防具と防具の隙間ができてしまう。
さらに、浸水したり砂が入ってくる恐れがある。
上着とズボンに分けるのは便利そうだが、全身が一枚でできた装備に比べて極端に防御力が低下しそうだ。
多少の不便さには目をつぶって、運動性能と静音性。耐斬、耐衝撃性能をある程度キープ。更に、水中や泥などで活動してもスーツの中は影響を受けない。
あらゆる環境で性能を発揮する。そんなコンセプトで作られた防具としては、現状の形がベストだ。
しかし、脱着にあそこまで時間が掛かるのはまずい。
トイレの度、隙だらけになってしまう。いくら自己修復が付与される予定とはいえ、スーツの中で垂れ流しはキツすぎる。
色々話し合っていると、昼食の時間になった。
エマさんの手料理にトゥクンしながら腹を満たし、また話し合いを続ける。流石にアイディアも尽き、話し合いを沈黙が支配するようになってきた。
ここは仕切り直して、また後日話し合った方がいい。
そう思ったときに閃いた。閃いたというか、一番最初に試すべきことをやっていないことに気付いた。
着方の工夫をしていない。
構造だの技術だのと話し合いに夢中になっていたが、一番単純な今あるものをなんとかしようという努力が足りていなかった。
俺はそのことを二人に話すと、改めてレザースーツと向き合った。そして、創意工夫の末なんとかスムーズに着る方法を発見したのだ。
まず、上半身部分を裏返す。裏返した状態で足を先に入れてしまう。
下半身の装着が完了したら、裏返しにしていた上半身部分を引っ張りながらベロベロと反転させる。
こうすることで、胸辺りまでスムーズに着ることに成功。難関の腕を通す部分は、油を潤滑剤にすることにした。
刃物が錆びないようにオリーブオイルを塗って酸化を防ぐため、鍛冶師の工房には当然油が存在する。
その油を少し分けてもらい、薄く腕に塗ることで潤滑剤にする。塗りすぎるとベトベトして気持ち悪い、ほんの薄くだ。
片方だけ先に通すと、たすき掛けになって締め付けが強くなる。左腕を先に通すが、右側もすぐ通せるよう少しだけ手を入れておく。
左腕を一気に通すと同時に、右手も一拍遅れて一気に通した。
「フン!」
完全な力技だ。右手を通すときに右肩に負荷が掛かる。そこは、レベル補正で強化された肉体でゴリ押しである。
こんな乱暴な着方をウエットスーツなどでしたら破損しそうだが、 海牛の皮はとても頑丈だった。
伸びてしまったり、傷が付くようなこともない。最後は、首の部分をペロンと裏返せば装着完了である。
おそらく5分程度で装着できたはずだ。慣れれば、もっと時間は短縮できる。
ようやく、防具を装備するというスタート地点に立てた。
ものづくりって大変だわ。トライ・アンド・エラーの繰り返しで、少しずつ形にしていくものなんだと改めて思った。
装備の着心地は抜群だった。少しだけ締め付けを感じるが、圧迫感があるとか血流が阻害されるといったことはない。
完璧なフィッティングだった。エマさん、すげぇな。
防具を着た状態での動きをチェックするため、中庭へと移動する。中庭にある川には、新しい建物が立てられていた。
おそらく、ドラム式なめしを試しているのだろう。もうすでに試作の段階まで進んだのか。そんなことを考えながらベンとエマさんに付いていく。
中庭には様々な環境が用意されていた。巨大な桶に大量の水が入っていたり、土と水を混ぜた泥が作られていたり。
二人が作業した訳ではないだろうが、恐ろしく労力が掛かっている。
最初は、的の前へ案内された。ここで、基本的な動きを確認する。的には剣術の練習などで使う藁人形と、木製の人形が用意されていた。
俺はチラリとベンを見た。ベンを疑っている訳じゃない。だけど、冒険者の本能が手の内を見せることをためらった。
ベンが、微笑みながら静かにうなずく。
「大丈夫だよ、僕もエマも喋らない。これでも、口は堅い方なんだ」
「いや、疑っている訳じゃないんだ。すまない」
「戦う人間の本能みたいなものだよね、理解るよ。だから大丈夫」
「ありがとう。俺の戦い方は少し『変わっている』から、驚かないでくれ」
俺はベンにそう告げると、木製の人形へと飛び込んだ。
投稿が遅くなり、誠に申し訳ありません。
今年も野人転生をお読み頂きありがとうございました。
亀更新ではありますが、来年もよろしくお願い致します。