トゥロン36
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
発想の転換ってやつだ。
俺にとってより良い方向にコントロールして貰えばいい。
「朝一で工房へ来ておくれ」
男は武器や防具が好きな生き物なのだ。
翌朝、俺は身なりを整え工房に向かう準備をすます。
パピーを連れて行こうか迷った。しかし、ベンとエマさんがどのような反応を示すかわからない。
一応、従魔という存在は認知されている。ただ、そのほとんどが馬型のモンスターだ。
牧場で育てられた戦闘馬や野性の戦争馬を相棒にしている、ガチの騎士が連れている馬型モンスター。
従魔と聞くと、多くの人がイメージするのはそのどちらかだ。
ダンジョンを探索する探索者の中には、小型のモンスターを使役している探索者もいるとアルが言っていた。だけど、モンスターを使役している人間は、迷宮都市でも珍しいそうだ。
少国家群で馬型モンスター以外を使役しているのは、俺ぐらいかもしれない。
パピーの可愛さは、可愛い生き物に慣れていない人間には恐ろしい武器になる。いくらモンスターとはいえ、いきなり殺そうとしないはず。
ただ、モンスターということでどのような反応を示すかわからない。二人にパピーを紹介するのは、もう少し友好を深めてからの方がいいだろう。
パピーには申し訳ないが、いつものお留守番セットを用意して部屋で待ってもらうことにした。
たっぷりとパピーをもふもふして、後ろ髪を引かれつつ部屋を出た。
新装備に浮かれそうになる気持ちを落ち着け、ゆっくり慎重に歩く。朝早い時間ということもあり、通りを歩いている人々はまばらだ。
朝食を提供する飯屋などが忙しそうに開店準備をしている。屋台などはまだ、影も形も見えない。
朝一と言われたけど、少し早すぎただろうか? そんなことを考えながら歩いていると、工房地区を囲んでいる壁が見えてきた。
近付いていくと、工房地区からはすでに作業音が響いている。これなら、早すぎるということはなさそうだ。
門へ向かって歩き、衛兵さんに向かって軽く頭を下げる。こちらの世界に『お辞儀』の文化があるのか分からないが、敬意は伝わったようだ。
衛兵さんは軽く挨拶を返してくれた。
エマさんから伝言をもらったけど、門番に見せる書状や木札などはもらっていない。
ここで待機して、エマさんに確認を取る形だろうか? そう思ったが、衛兵さんは「お話を伺っております」そう言って、すぐに通してくれた。
不用心だけど大丈夫かな? 少しセキュリティが心配になったけど、改めて考えたらこんなに特徴的なツラの人間二人といない。
門番の仕事は人の顔を覚えることも含まれる。俺の顔を覚えているのも当たり前かもしれない。このアジアンフェイスがある意味、最高の身分証明とも言える。
絶望的にモテないこんな顔でも、いい部分もあったようだ。
冒険者は顔を売ってなんぼみたいなところもある。俺のレベルとランクが上がれば、インパクトの強い顔も強みになるかもしれない。
今日は朝から気分がいい。おかげでポジティブに物事を考えられるようになっている。
最近は慣れない交渉事でゴリゴリにメンタルを削られた。今日は趣味と実益を兼ねて、存分に楽しませてもらうとしよう。
ベンとエマさんの工房は、工房地区の一番奥にある。前回は緊張していて周囲を確認する余裕はなかったが、今回は心に余裕がある。
ジロジロ見て『技術を盗もうとしやがったな!』などと怒られたくはないので、あまり見ないようにしつつ周囲の状況をうかがうことにした。
素材の加工に使う様々な薬品の刺激臭。カンカンと金属を叩くハンマーの音。職人の怒鳴り声と、下働きの元気な返事。
朝の早い時間から、工房地区はフル稼働。とても活気があり、みな忙しそうに働いている。更に歩を進めて行くと、少しずつ騒音が減ってきた。
入り口に近い工房は、素材の下処理。もしくは量産品を製造する工房が多く、奥の工房は一品物を作る工房が集まっている。
素材の下処理や量産品は秘匿技術が少なく、運搬の問題もあるため入り口付近に工房が集中しているのだろう。
奥に行くほど高級で、技術を秘匿する必要がある腕のいい職人が営む工房と言う訳だ。
ファンタジーにお馴染みの職人街。その雰囲気を楽しんでいたが、目的地の工房が見えてきた。
ベンとエマさん。二人の人品になんの文句や疑問はなかった。ただ、俺も慎重に動く必要がある。
若くしてトップの地位に着くのは並大抵のことじゃない。表は綺麗に見えても、裏では……なんてこともある。
念の為、複数の情報屋から二人の情報を聞いていた。
ベンとエマさんが一番奥の工房を任されている理由は、もっとも単純な理由だった。単に二人の両親が超一流の鍛冶師と革職人だったのだ。
二人は幼い頃から両親の技を学び、受け継いだ。工房地区の一番奥に工房を構えたのではなく、生まれたときからその場所にあった工房で育った。それだけのことだった。
ベンとエマさんの両親は貴重な素材を直接現地に仕入れに行った道中、立ち寄った村に流行していた疫病に感染。そのまま現地で亡くなってしまった。
伝染病に感染した遺体のため、その場で火葬されてしまい両親の遺体とも対面できなかったそうだ。
突然工房を継ぐことになった二人は、若い二人を食い物にしようとする悪人たちから工房を死守。外野のうるさい声も、職人としての腕前で黙らせてしまった。
さらに、まだ若輩ということで工房地区の役員などにはならず権力から一定の距離を置いている。複数の情報を洗っても、嫉妬混じりの悪口ぐらいしか耳には入ってこなかった。
おそらく、地球の基準で見ても善人のカテゴリーに入るであろう、この世界では激レアのいい人たちだ。
そんな人達と出会えた幸運を改めて噛み締めながら、工房へと歩いていく。
二人の工房に着いた俺は、工房の中へと足を踏み入れた。工房の奥からは、カンカンと規則正しいハンマーの音が聞こえてくる。
「おはようございます! 野人です。エマさんの伝言を聞いてきましたー!」
作業中の二人にも聞こえるように、大きな声で話しかけた。
作業中に迷惑かな? とも思ったが、俺の掛け声ぐらいで集中力を乱されるほど二人はヤワじゃない。
しばらくすると、奥の方からエマさんがやってきた。
「おはよう、ヤジンさん。今、兄さんを呼んでくるから少し待っていてくれるかい?」
「はい、分かりました」
俺が返事をすると、エマさんは工房の左奥。ベンのいる鍛冶場へと歩いていく。しばらくハンマーの音が続いていたが、ほどなくして音が止んだ。
キリのいいところまで作業が終わったのか、汗を拭きながらベンが奥からやってきた。
「待たせて悪いね、ヤジン。ヤジンが来るまで大人しく待っていればよかったんだけどさ。予定が立て込んでいるから、空いた時間にちょっと作業をね」
「もう、兄さん。炉に火を熾すのもタダじゃないんだからね。予定が立て込んでいるのも、兄さんが納期を無視してダマスカス鋼の研究を続けたからでしょ!」
エマさんは『勘弁してよ』とでも言いたげに眉を顰めた。
このいつものやり取り、なんだかほっこりするなぁ。俺は優しい笑顔で二人のやり取りを見ていた。
俺が優しい目で二人を見ていることに気付いたエマさんは、頬を赤らめて少し恥ずかしそうな顔をした。
キリッとした外見と初々しい乙女な反応のギャップに、思わずトゥクンときてしまった。危ねぇ危ねぇ、危うく恋に落ちるところだった。
俺がアホなことを考えていると、恥ずかしさから復活したエマさんが工房の棚にしまわれていた一枚の服を手渡してきた。
「サイズ合わせの段階だからね、まだ追加装甲なんかはつけていないんだ」
そう言われて渡されたのは、黒にほんの少しだけ赤みが足されたレザースーツ。何の装飾もないのっぺりとした全身タイツのような形状だった。
レザースーツはそれなりに重量を感じるが、厚みは思ったほどじゃない。軽く表面を叩いてみると、コンと硬質な音が返ってくる。
「ヤジンさん、急かすようで悪いけど試着してみておくれ」
超一流の職人が作り出した俺の新装備。はたしてどのような性能なのだろうか……。
俺は高鳴る胸の鼓動を感じながら、新装備に袖を通すことにした。
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