トゥロン32
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
貴族とは、『人間らしさ』を消せる生き物なのか……。
むしったケツ毛が綺麗だと思うなよ!
「いて、いてててて、パピーさん。マジで痛てぇっす」
パピーを怒らせちゃうし。今日は厄日だ。
屋台に行く前に、冒険者ギルドに寄ることにした。ナール草の採取依頼を受け、木札を受け取る。
『依頼を受けました』という証明の木札が無いと、一般用の入り口で待たされることになる。別に予定は無いが、無駄に時間を消費するのは得策じゃない。
冒険者ギルドを出て、屋台へと改めて向かった。
昼のピークを過ぎ、少し暇そうにしていた串焼きの親父に大量注文をする。ここの串焼きは割高だが、味は間違いない。
大きめの肉が3つ刺さった串焼きを30本受け取ると、門へと向かう。門にたどり着くと、冒険者用の出入り口へと向かった。
「よぉ、ヤジン! 今頃町を出るのか?」
「アルフォンスさん、お疲れ様です」
冒険者用の出入り口をチェックしている衛兵が話しかけてきた。
「感覚が鈍らないよう、軽い採取依頼だけでもと思いましてね」
「ヤジンは見かけによらず真面目だな!」
「見かけによらないってひどいですね」
「「はっはっは」」
昔の俺が見たら、反吐が出るようなやり取りだと思う。しかし、こういうくだらないコミュニケーションが大事なのだ。
このアルフォンスさんは、衛兵の中では珍しく話せる人だ。露骨な差別もしないし、俺から搾取してやろうとギラついた目で見てくることもない。
俺に対してキツイ態度を取る衛兵をたしなめてくれたりもする。
階級は平だが、古株で周りから信頼されている。腹の底では何を考えているか分からないが、こういう人と仲良くしておくに越したことはない。
それに、M字ハゲが進行している部分もポイントが高い。謎の共感というか、仲間感がある。
悲しき宿命を背負う二人。取り締まられる側の冒険者と、取り締まる側の衛兵。搾取される冒険者と、搾取する衛兵。
社会的には反目し合うお互いの立ち位置だが、お互いの生え際を見ればわだかまりはすぐに消える。
アルフォンスさんを見て、まだまだ大丈夫だと安心する俺。徐々に進行する俺の生え際を見て『こちら側にようこそ』と言わんばかりに笑顔を浮かべるアルフォンスさん。
共感し合いながらも、お互いが相手に対して失礼な感覚を持っている。
そして、お互いがそれを隠そうともしない。Mの悲劇を見るお互いの視線だけは、打算や嘘などが一切ない正直な目線と表情になっている。
お互い本心を隠して接する間柄だ。何かトラブルがあれば、即座に敵対関係になる。だけど、ほんの一部分とは言え、お互いの正直な部分を見せあえる。
それだけで、相手を信用できてしまう。
こんなクソッタレな世界では、話が分かり通じ合える部分がある。そういった人間はとても貴重だ。
それが、権力者側となればなおさらのこと。
「これ、良かったら食べて下さい」
俺はそう言うと、串焼きを20本アルフォンスさんに渡した。
「いつも悪いな。さっきからいい匂いがしていると思ったんだよ」
賄賂を受け取れない代わりに、門番の給金は普通の衛兵より高い。それでも、稼げる冒険者ほど高給取りって訳じゃない。
みんなお肉は大好きだし、タダ飯も大好きだ。露骨な賄賂は嫌われるが、差し入れという形なら歓迎される。
「おい、お前ら。ヤジンがまた差し入れしてくれたぞ! 礼を言っとけ!」
「「「あざーっす!」」」
衛兵たちは体育会系のお礼を雑に言った後、肉に群がった。
「おい、せめて裏で食え! 隊長にどやされても知らんぞ」
若い衛兵はもうたまらないといった感じで、その場で串焼きに齧り付いていた。アルフォンスさんに注意され、気まずそうに裏へと移動する。
こういった、『素の部分』を衛兵たちが見せてくれるようになったのはごく最近のことだ。
最初はひどく警戒されていたし、形だけでも俺に礼を言う衛兵などいなかった。
俺はこまめに差し入れを届けた。夜には香辛料の入ったホットワインを差し入れるなどして、コミュニケーションを取り続けた。
そして、敬意を示した。誰だって敬われたいし、褒められたい。褒められることのない現場の人間は特にそうだ。
そうやって、少しずつ関係を築いていった。
「まったく、若い奴はだらしなくていけねぇ」
「ははは……」
『最近の若いもんは』というテンプレを聞きながら、俺は苦笑いを浮かべる。
俺の木札を確認したアルフォンスさんは、通ってよしとジェスチャーで示した。
「軽い採取依頼とはいえ、森は危険だ。気をつけろよ、ヤジン」
「ありがとうございます。アルフォンスさんたちが、しっかり町を守ってくれるから俺も安心して働けます」
「ミエミエのおべっかなんぞ使いやがって、もういいから行け」
そういったアルフォンスさんは、照れながら鼻を指で掻いていた。
門を出ると、串焼きが冷めないように素早く移動する。
しばらく街道を進むと、脇にそれ森へと入った。気配察知の範囲を拡大、周囲の状況を確認する。
警戒を続けながらも、急ぎ足で移動する。しばらく進むと、目的の場所へとたどり着いた。
この場所は小高い丘になっており、この場所周辺にはなぜか高い木が存在していない。近くには綺麗な湧水も存在している。
ここからは、トゥロンの町が一望できる。森の浅い部分のため、モンスターも少ない。ハイキングをするにはもってこいの場所だ。
パピーはすでにフードから飛び出しており、楽しそうに森を駆け回っている。
俺は手早く火を熾すと、少し冷めた串焼きを温める。肉が焦げないよう、遠火でじっくり熱を加えるのがポイントだ。
そうやって肉を温めていると、表面に脂が浮かびいい香りが周囲に漂ってくる。匂いに反応したパピーが、嬉しそうにこちらに走ってきた。
群れのリーダーである俺がまず肉を一口食べる。俺と一緒のときは、こうしないとパピーが食べようとしないからだ。
パピーは前足を器用に使い、串から肉を抜くと嬉しそうにガフガフと串焼きを食べていた。
回路からは、美味しいという感情が伝わってくる。
パピーの嬉しそうな姿を見ていると、心が癒やされる。撫でくりまわしたい衝動に駆られたが、食事中に撫でるのは良くない。俺はグッと我慢した。
肉の匂いに釣られた灰色狼が襲撃してきたが、今の俺達には楽勝の相手だった。
手早く灰色狼を片付けると、残りの肉を食べた。
灰色狼の血の匂いに誘われて、別のモンスターが襲撃してくるといったこともなく、二人で串焼きを楽しんだ。
食後に少しまったりした後、慣れた手付きで灰色狼を解体。いらない部分を穴に埋めた。
スコップがないと不便だな。折りたたみ式のスコップを、ベンに作ってもらった方がいいかもしれない。
後処理を終え、毛皮をリュックにしまう。
パピーと森を走り回り、喉が渇いたら湧き水を飲む。地下から湧き出た水は、冷えていてうまい。汗をかいた体に染み渡るようだった。
パピーをモフりながら、俺は丘から夕日を眺めていた。
門が閉まる前に帰らなければ。そう思ったが、夕日に照らされた町の城壁が、茜色に輝いているトゥロンの町が……その光景が、あまりにも綺麗で……。
このままずっと眺めていたい。俺はそんなことを考えていた。
これは、現実逃避だ。夕日に照らされたトゥロンはこんなにも美しいのに。あの美しい造形物は、あの町に住む人間が作り出したというのに……。
そこに住む人の心は、あまりにも汚い。
そして、その汚い町で暮らすことに喜びを覚えている俺もまた、薄汚れている。
自然が作り出した愛らしさと、無垢で純粋な精神を持つパピー。
あまりにも綺麗なパピーを、薄汚れた俺が撫でていていいのか。不意に、そんなことを考えてしまう。
すると、回路を通して、パピーが怒っていた。いつもの拗ねた怒りではない、煮えたぎるような強い怒りだ。
俺が困惑していると、回路を通じて様々な感情が流れてくる。自分の気持をうまく伝えられないパピーの憤りが頂点に達した頃……。
パピーの瞳から涙が零れ落ちた。
狼も泣くんだな。そんな場違いなことを一瞬考えた後、俺は強くパピーを抱きしめる。優しく背中を撫でながら「大丈夫だよ」そういってパピーの気持ちを落ち着かせた。
パピーが落ち着いた頃、周囲はすっかり暗くなっていた。
俺は火を熾し、野営の準備をする。準備が完了した後、落ち着いたパピーと回路で話した。
パピーは卑下する俺に対して怒っていた。
俺はすごいんだ。なんでそんなことを考えるんだ! そう怒っていた。
ギルドマスターとの交渉で好き勝手やられた俺がすごい? 自嘲気味に俺が笑うと、パピーが説明してくれた。
恐怖や混乱から立て直せるのはすごいことだ、と。自分にはできなかったと。
弱い状態で一人、パピーは生きてきた。群れを追い出された後、弱いパピーはすべてが恐ろしかった。
見るものすべてが未知のもの。出会う生き物すべてが敵だった。
恐怖に震え、未知に怯え、ひたすらじっと姿を隠していた。飢えと渇きに耐えかね、移動すれば襲われる。
そんな状態から救ってくれたのは、俺だった。弱い自分を鍛え、生きる術を教えてくれた人。
恐怖に打ち勝つ、強い心を持った人。
それが、俺だと。今まで見てきた、どんなに強い生き物より俺は頼りになると。
そんな俺が、自分を卑下するのは許せない。パピーはそう言ってくれた。
パピーは我慢強い。薬師ギルドで話し合っていたときも、気配を消して身動きひとつしなかった。
じっとして動かない。というのは、想像以上に辛いことだ。
深くは考えていなかったが、パピーの我慢強さは異常だ。その理由が分かった。パピーは耐えることを知っている。恐怖や混乱から立て直す大変さも知っている。
だから、理不尽に耐え、混乱から立て直すことができる俺はすごい。そう言ってくれたのだ。
違うんだ、パピー。俺が混乱から立て直せたのは……。俺が最後に自分を保てたのは、背中に伝わる君の温もりがあったからなんだ。
目が潤み、焚き火が滲む。
俺は涙を拭くと、顔を上げた。強くなる。こんな俺を、こんな俺なんかをここまで信頼してくれるパピーのために。
冒険者ギルド、薬師ギルド、裏ギルド。俺個人など、簡単に潰せる権力者たち。俺は負けない。しぶとくしたたかに、そいつらと渡り合ってやる。
もう迷いはなかった。焚き火より激しい炎が、俺の胸を熱くさせていた。
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