トゥロン26
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
ドラムなめしと呼ばれる方法だ。
金貨200枚以上の価値がある技術は知っている。
エマさんの目が据わる。
弁舌や交渉に自信はないが、全力を尽くすとしよう。
「ドラムなめしと呼ばれる方法がある。その方法を使えば、なめし時間を短縮することが出来るんだ」
「短縮? どのぐらいだい?」
「なめし剤によっては、わずか数時間でなめしが終わる」
「巫山戯るんじゃないよ! たった数時間でなめしが終わる訳ないだろ!」
「エマ。まずは話を聞いてからだって言ったよね?」
「でも、兄さん。こんな与太話」
「エマ! 話を聞いてからだよ。いいね」
「……分かったよ、兄さん」
この二人、エマさんが主導権を握っているようで、実はベンが握っているみたいだ。エマさんより、ベンを説得した方が良さそうだ。
俺はドラムなめしの方法を説明した。そして、説明しながら思った。この不完全な知識で金を取ろうとか無理じゃね? と。
アイディアは確かに重要だ。
だけど、それ以上に必要な物が決定的に不足している。具体的なデータが全く存在していない。
どれだけアイディアが優れていても、それを実用段階に持っていくのは恐ろしく労力が掛かる。
機材を揃え、労力を使い、時間を掛けてデータを蓄積させる。
そして、誰がやっても同じ結果になるよう、再現性を持たせて初めてアイディアは金になる。
知識は出す。機材への投資と検証はそっちでやれ。金貨200枚ください。
舐めてんのか? って話だよな。自己修復が欲しすぎて、まともに頭が回っていなかった。
焦りが顔にでないように気をつけながら、なんとか説明を続ける。
こうなったら、金持ちベンの気まぐれに掛けるしかない。技術の秘匿が当たり前の世界では、断片的な知識やアイディアでも価値が高いはず。
このままアイディアが却下されても、無断で使われても仕方ない。別に革関係で事業を起こして大儲けするつもりもないんだ。
駄目で元々。気楽に行こう。
そう思うと、背中にびっしり掻いていた汗が引いた気がした。心の持ちようって大事だね。手に入らないのが当たり前だと考えたら、少し気が楽になった。
テレビ番組で見た、おぼろげな知識だった。改めて人に説明していると、どんどんと思い出すことがある。
その度、自分の知識がいかに不完全かを理解する。必要な物の名称は分かっても、それが何なのかがさっぱり分からない。
まず、クロムが何者なのか分からない。そして、マスキング剤という物質がいるのだが、それが何かも分からない。
なめし剤を温めるのは、反応を促進させるためだ。
温度が上がることで反応が促進される。底辺高校出身の俺でも、聞いたことがあるぐらいメジャーな知識だ。
そして、促進させた反応を安定させる必要がある。そのために使うのがマスキング剤。だが、この物質が何者なのかさっぱり分からない。
『何の物質なのか分からないが』という言葉を話すたび、自分の見込みが甘かったことを痛感させられる。それでも、俺はなるべく堂々と話す。
細かい交渉のテクニックなど知らん。堂々と自信満々に話せばなんとかなるはずだ。派遣で飛び込み営業をやったときも、堂々としていろと教わった。
俺は自信満々を装いながら、ドラム式なめしの説明を終えた。
腕を組み、思案していたエマさんが口を開く。
「樽を回転させてなめし剤を浸透させる。確かに理には適っているかもしれない」
「それじゃあ!」
「でも、大きな問題がある」
喜びの声を上げる俺に食い気味でエマさんが言葉をかぶせてきた。
「不鮮明な部分が多すぎる。適切な回転速度、温度、なめし剤の種類、安定剤。これらが全て不明だと、実際に試して出来るのかも分からないよ」
何も言い返せない。全くもってその通りだ。
「それに、悪いけどヤジンさん。アンタの職人としての信用度が全くない。そんな素人の戯言に金貨200枚は出せない」
やっぱりダメか。ダメ元とは言え、少しへこむなぁ。自己修復、付与したかったなぁ……。
「だけど、新しいなめし方法の一つを教えてくれた。そのことはありがたいと思っているよ。実際にモノになるかは、試してみないと分からないけどね」
本当に皮をなめす時間が短縮されるかは分からないけど、なめし方のバリエーションが増えたことは評価できると……。
「そうだね、今提供してくれた技術に金貨50枚を出すよ。付与魔法は時価だからいくらになるか分からないんだ。だけど、金貨100枚なら半分うちの工房が持つよ。それなら、装備の値段と付与魔法で金貨100枚で装備を作ってあげるよ」
もし付与魔法が最安値なら金貨100枚用意すればいいってことか……。そのぐらいなら頑張れるだろ? ってことかな。
不完全な知識に対する、エマさんの譲歩ってところかな。
エマさん自身が優しいってこともあるけど、最初に話を聞かずに怒鳴ったことに対する罪悪感があるのかもしれない。
説明を聞いていたとき、そんな方法が! ってびっくりしていたからな。
革職人としての矜持とは別に、理にかなっているならあり得るかもしれないと柔軟な思考ができる。それがエマさんのすごいところだと思う。
既得権益を固め、停滞を好むこの世界では珍しいタイプだ。
金貨100枚か……。虎の子の宝石を売って、装備が出来るまで死にものぐるいで働けば用意はできる。
ただ、リスクが高い。それに、付与魔法が最安値である保証もない。あらゆる幸運が重ならないと不可能だ。
こちらの世界のリスクは命に直結する。悔しいが諦めるしかない。俺が諦めようとした、そのとき。
「ねぇ、ヤジン。他にも何か知っているんだろ? 今の技術で金貨50枚。ほら、もう少し頑張って金貨200枚分値引きさせちゃいなよ」
ベンが突然そんなことを言い出した。
「ちょ、兄さん何言っているのよ」
「エマは気付かないのかい? ヤジンの容姿はアレだけど、明らかに教養がある。冒険者とは思えないぐらい丁寧にしゃべるし、知識も豊富だ」
エマさんは『確かに』という表情をして、ジロジロと俺を見る。
「冒険者の過去を尋ねない。暗黙の了解だから詳しくは聞かないけど、容姿といい、明らかに『普通じゃない』よ。だから、もっと色々知っているんでしょ?」
ベンが無邪気な顔をして聞いてくる。
俺は人を見る目がない。全く嫌になる。ぽやんとした技術馬鹿だと思っていた。食えないやつだ。
金貨200枚分値引きと言った。本体の価格はこれ以上下げる気がないということだろう。ギルドとの兼ね合いがあるから、タダにはできないのかもしれない。
それに、値引きと言った。金銭で買い取るとは言っていない。金貨200枚分技術提供しても、付与魔法との差額は現金でもらえないはずだ。
なぜなら、あくまでも値引きだからだ。値引きがマイナスになったので、現金をお渡し致します。なんて話は聞いたことがない。
防具本体は金貨50枚。オプションで自己修復を付与、金貨200枚。
条件を満たせば、オプション無料。
そう考えると、日本でも似たようなキャンペーンはありそうだ。さすがに、本体価格の4倍もするオプションなんてないだろうが。
しかし、チャンスだ。他にも技術が提供できれば、自己修復に手が届く。問題は、俺の残念な脳にろくな知識がないってことだ。どうしたもんか……。
修正しているうちに膨らんでしまったので、キリのいいところで。続きは明日、投稿予定です。
野人転生の漫画版が、ニコニコ静画とComicWalkerに掲載されています。
毎月「第1・第3水曜日更新」
ニコニコ静画
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