トゥロン25
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
調整を繰り返しながら仕上げるだけになった。
完全にメタル◯アのモブ兵士だな。
自己修復! 付与魔法!
最高金額で考えると金貨250枚。
皮をなめして『革』に加工するという行為は、石器時代から行われている。鹿の脳みそをお湯で溶かした、脳水と呼ばれるなめし剤を使っていた。
それから色々な方法が編み出され、樹液が付いた死体の皮が腐っていないことに気付き、タンニンなめしが行われるようになった。
それから時代が進み、クロムを使った皮なめしが現代では主流になっている。
現代日本だと、一般製品がクロム。高級品が昔ながらのタンニンなめしというイメージだ。最近だと、両方のなめし剤を使うハイブリッド型もあるらしい。
皮の加工は非常に大変だ。毛を抜き、肉と脂を除去。洗浄してなめし剤に漬ける。タンニン濃度の違う桶に順に漬けてなめし剤を浸透させていく。
期間は大体1か月~3か月ほど。
その後は乾燥や熟成、染料やオイルを染み込ませたり、磨いて艶出しを行ったり、様々な工程を経て漸く製品になる。
革製品の値段が高いのも納得の手間だ。
革製品を作るのに何か月もかかってしまうと、コストが掛かり高価になってしまう。高級品のみでは市場が拡大しない。
そこで、短時間でなめすことができるクロムを使ったなめし剤が今の主流になっている。
だけど、クロムが何者なのか、残念な脳みその俺にはさっぱり分からない。
異世界なので、クロムより短い時間でなめすことができるなめし剤が存在するかもしれない。こっちの方向での知識チートは不可能だ。
しかし、皮をなめし剤に漬ける期間を劇的に短くする方法を俺は知っている。何気なく見ていたテレビ番組のおかげだ。
革製品の大量流通を可能にした画期的な方法。それは、ドラムなめしと呼ばれる方法だ。
樽の中に皮となめし剤を入れ、ドラムを回転させることでなめし剤を浸透させる。そうすることで、なめし時間を劇的に短縮できる。
クロムをなめし剤に使ったドラムなめしだと、たった1日で皮なめしが終わってしまう。タンニンなめしも、数週間に短縮できる素敵な手法だ。
ただ、温度管理などが難しく、ある程度文明が発達していないと難しいかもしれない。
しかし、ここは異世界。俺の知らない魔道具や、付与魔法を使った方法があるかもしれない。
直接技術を売るのではなく、聞きかじった技術の断片と、アイディアで大金が取れるのか? 難しく感じそうだが、俺は行けると踏んでいる。
金貨250枚。一般人には大金だが、二人には大した金額じゃなさそうだ。うまく話を持っていければ、金を払わずに自己修復と装備をゲットできるかもしれない。
この世界は技術を秘匿する傾向にあり、エマとベンは新しい知識やアイディアに飢えている。技術の対価は、一般的には大金でも、二人には大した額じゃない。
ここまで条件が揃っていれば、行けるかもしれない。
「流石にそんな大金は払えない」
俺がそう言うと、エマさんが答えた。
「そりゃそうだよ。いくら冒険者の稼ぎがいいからって、簡単に払える金額じゃないさ」
「えー。鍛冶に使う触媒なんか、平気で金貨数十枚とかするけどなぁ。確かに、大きい金額だけど出せないほどじゃないんじゃない?」
ベンがとぼけた顔で言ってくる。
「もう、兄さんは金銭感覚がおかしいのよ。材料費を掛け過ぎたら儲けが出ないっていつも言ってるじゃない」
「いいじゃん。うちには余裕があるんだしさ。いい物を作ればそれが評判になって高値で売れる。だから、いい物を作り続ければいいんだよ」
「値段が上がりすぎると、誰も買えなくなっちゃうでしょ! 金貨だってそこらへんから湧いてくるわけじゃないんだから。もう、兄さん。勘弁してよ」
さっきまでのじゃれ合いと違い、エマさんが本気でイライラしはじめた。
すごいな、ベン。技術馬鹿ってイメージだったけど、金銭感覚も経済感覚も狂ってやがる。エマさんの苦労が忍ばれる。
このまま兄妹のやり取りを見ていても仕方ない。
無断外泊してしまった。パピーを宿に待たせている。一応、トイレと干し肉の用意はしてあるが、心配しているかもしれない。
話をまとめて早く帰らないと。怒っているエマさんに話しかけるのは嫌だけど仕方ない……。
「話しているところ申し訳ない。自己修復について話がしたいのだが、いいだろうか?」
遠慮がちに話しかけると、エマさんは俺の存在を思い出したように『ハッ』として、ゆっくりこちらを向いた。
「ヤジンさん、すまないね。金貨200枚なんて大金は無理だろ?」
素のやり取りを見られて恥ずかしかったのか、少し頬を赤らめるエマさん。可愛いと思わないでもないが、ここまで筋金入りのブラコンだとね……。
そういった目で見る気も起きない。
「金貨200枚は無理だ。だけど、金貨200枚以上の価値がある技術は知っている。その知識と交換できないだろうか?」
俺がそう告げると、エマさんは訝しげにこちらを見た。
「金貨200枚以上の価値? ヤジンさんは職人には見えないけど、そんな技術を習得してるってのかい?」
「正確な知識は知らないんだ。だけど、革職人には喉から手が出るほど欲しい技術だと思うよ」
俺がそう言うと、エマさんの目が据わる。
「へぇ、職人でもないアンタが、町一番の革職人と呼ばれたアタシに技術をねぇ」
馬鹿にされたと思ったのだろうか? エマさんが、怒気を含んだ目で俺を睨みつける。
「落ち着きなよ、エマ。話を聞いてからでも遅くはない。そうだろ?」
「……わかったよ、兄さん」
ベンがエマさんをなだめてくれたが、ベンの目も笑っていない。
自己修復という美味しそうな餌に目がくらみ、土足で彼らの領分に足を踏み入れてしまった。
ここで披露する知識や技術が大したものではなかったら? 彼らの信用は二度と戻らないかもしれない。
少し後悔したが、自己修復を諦めるという選択は取りたくなかった。
仲良くなったからと、甘く見ていた部分はある。ただ、リスクを冒してでも自己修復が欲しかった。
怒らせてしまったものは仕方がない。後は、俺の知っている中途半端な知識が、エマさんたちを納得させられるかだ……。
弁舌や交渉に自信はないが、全力を尽くすとしよう。
更新が遅れました。大変申し訳ございません。
切りどころが難しく、短くなってしまいました。続きは明日投稿します。
26日に電撃大王9月号が発売されました。野人転生はホブゴブ戦となっております。お時間とお財布に余裕のある方は、ご購入頂けると幸いです。
野人転生の漫画版が、ニコニコ静画とComicWalkerに掲載されています
毎月「第1・第3水曜日更新」
ニコニコ静画
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ComicWalker
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