トゥロン15
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
お前の価値を証明しろ。そう言われているようだった。
覚悟は決まった。普通に依頼を受けるとしよう。
泥も乾いた。さぁ、進むとしよう。
見慣れた森が、今日はなぜか不気味に見えた。
いつも狩りをしている中層から更に奥へと進む。いつもはちまちまと採取作業をしながら歩くが、今回は移動速度優先だ。
ナール草や虫下し用の毒草を見かけるが、無視して進む。
生息するモンスターの格が上がる『深層』と呼ばれている領域。その少し前で野営の準備をする。まだ周囲は明るいが、余裕をもって行動したい。
荷物の中から水筒を取り出すと、大事に水分を補給する。
都会では燃料費が高いため、沸かした水が高い。それこそエールのほうが安いぐらいだ。
燃料費を節約するために、宿や食堂では朝食のスープを作るとき大量の湯を沸かす。半分をスープにして残りの半分を飲料水にする。
その飲料水をそれなりの値段で販売している。町の井戸水を煮沸させた綺麗な水。俺の荷物の大半はこの水だ。
水を現地調達すれば、荷物は軽くなる。
だけど、今回は足を踏み入れたことのない領域。水場の場所もわからない。水場を探して徘徊するのも危険だ。
のんびり水が沸騰するのを待つのもリスクが高い。かといって、生水を飲んで腹を壊せば目も当てられない。
クソ塗れで深森狼に食われるなんてまっぴらごめんだ。
俺はパピーにも水を飲ませ、木に寄り掛かりながら体力を回復させる。意識は切らさず、それでいてリラックスした状態で体を休めていると、あたりが暗くなってきた。
俺とパピーはでかい木に登り、落下防止のために腰に紐を通す。紐をしっかりと、太い木の幹に括り付ける。
木の上でも完全に安全とは限らない。情報にはなかったが、蟻以外の厄介な昆虫や毒蛇がいる可能性もある。
俺はパピーと交互に睡眠を取りながら、夜明けを待った。
木の上での睡眠は、お世辞にも上質な眠りとはいい難い。だけど、パピーがいるおかげで交互に休むことが出来た。
紐を外し、地面に降りる。固まった体をほぐすと、パキッと音がなった。
パピーと朝食を食べる。焼き固めた雑穀の混じったパンと水だ。パンは固くてボソボソしている。お世辞にも味がいいとはいえない。
俺とパピーは顔をしかめながら、美味しくない朝食を終えた。トイレをすませ、木を探す。いつも虫除け燻蒸につかっている木だ。
この木はおそらく、虫が嫌う成分を分泌することで害虫から身を守っているのだろう。いつもは木片を水に付けて成分を抽出したりするが、今回は樹液をダイレクトで塗る。
泥の上に乳白色の樹液を塗り、蟻への防御力を高める。
いつも薄めているのは、匂いがきつくなりすぎるからだ。自然にもある匂いだが、あまりにも匂いがキツイと、不自然になり警戒される。
今回はモンスターを仕留めるのではなく、回避する方針だ。もともと自然界にある匂いだ。警戒はされても、襲撃はされないだろう。
泥と樹液のダブルバリアで、毒蟻の被害を抑えることができればいいが……。
レベルが20になり、宿でイエダニに刺されることがなくなった。それなりに上等な宿屋に止まっているので、シーツが清潔だという理由もある。
ただ、日本でも完全にイエダニを排除することは出来なかった。
いくら清潔を心がけても、中世レベルの文明ではイエダニを完全に排除することは難しい。
それでも、宿でダニに刺されなくなった。ということは、レベル補正で皮膚が頑丈になり、イエダニの針が刺さらなかったことを意味する。
もう虫刺されに怯えなくて済むと、アホ面さげていたら、森でマダニにガッツリと刺された。
イエダニと違い、マダニは大きいのでパワーが違うという理由もあるだろう。あと、昆虫の針は恐ろしいほど機能的だということもある。
格好を付けた言い方をすれば、淘汰と進化の果てにたどり着いた機能的なフォルムだ。無痛針などの医療品も蚊を参考にしたと聞いたことがある。
現代科学でも、参考になるほど機能的というわけだ。
皮膚を一枚破るだけなら、突き刺すことに最適化された針で、強化された俺の皮膚を突き破れるかもしれない。
後もうひとつ、強化された皮膚を昆虫が突破してくる可能性が思い当たる。
実際、情報屋の報告でレベル20の冒険者が毒蟻に刺されているという情報があるので、毒蟻が皮膚を貫くのは確定だ。
その蟻が特別に進化した恐ろしい力を秘めている可能性もある。
ただ、俺の予想では森に生息している昆虫だというのがポイントだ。町で見かける昆虫より、森の昆虫のほうが強い。
それは種類の違いだけではなく、魔素の影響を昆虫も受けているからだと思う。
森は魔素が濃いと言われている。魔素が濃いからモンスターが集まるのか? モンスターが集まるから魔素が濃くなるのか? 俺は学者じゃないから、どちらかはわからない。ただ、モンスターほどでは無いにしろ、昆虫も魔素の影響を受けているはずだ。
格の高いモンスターが生息している『深層』。いかにも濃密な魔素が漂っていそうな響きだ。その『深層』に生息している毒蟻。
その言葉の響きだけで、濃い魔素の影響を受けた危険な蟻だと推察できる。
魔素云々に関しては、俺の思い違いかもしれない。
ただ、危険だと想像できる理由があり、実際に被害を受けた人間がいる。それだけで、警戒する理由は十分だ。
樹液ちゃん、しっかり蟻を追い払ってくれよ。俺は覚悟を決めると、森の深層へと足を踏み入れた。





